魔王凱旋
第87話 魔王凱旋
この日を、魔族領にいた者たちは生涯忘れることはなかった。
五百年の静寂を守り続けた国で。
四百五十年もの間、その力を眠らせていた紅き魔王が目覚めた日。
そして。
五百年前、忽然と姿を消した先代魔王が――再び魔族の大地へ帰ってきた日。
その日。
五百年前を知る者たちは、涙を流した。
彼らは知っていた。
伝承ではない。
歴史でもない。
自分たちの目で見た。
あの時代を。
あの背中を。
そして。
あの紅い魔力を。
*
魔族領北部。
国境を覆う巨大な結界から遠く離れた、小さな集落。
「……?」
一人の老人が顔を上げた。
長い年月を生きてきた魔族だった。
背中は曲がり、かつて頭部から伸びていた二本の角も、今では片方が途中から折れている。
老人の手から。
持っていた杖が落ちた。
カラン。
「爺さん?」
近くにいた若い魔族が振り返る。
「どうした?」
老人は答えない。
ただ。
南を見る。
魔王城がある方向。
地面が。
震えていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――。
「地震か?」
「違う」
老人が呟く。
「え?」
「違う……」
震えているのは。
大地だけじゃない。
空気。
魔力。
そして。
魔族である自分の身体そのものが。
何かに反応している。
遠く。
遥か遠く。
魔王城から。
巨大な紅い光が天へ昇っていた。
その瞬間。
老人の目から。
涙が落ちた。
「爺さん?」
若い魔族が驚く。
「どうしたんだよ」
「……知っている」
「何を?」
老人の唇が。
震える。
「この魔力を……」
「魔力?」
「ああ」
老人が。
ゆっくり。
膝をついた。
魔王城へ向かって。
「お、おい」
「……アンタレス」
その名前を。
老人は。
噛み締めるように呼んだ。
「アンタレス様……」
「魔王陛下?」
「ああ……」
涙が。
止まらない。
「まだ」
老人が。
笑う。
「まだ、あの方が魔王になる前じゃ」
「……」
「ベラトリクス様の傍らに」
「……」
「いつも」
老人の脳裏に。
遠い記憶。
赤い髪。
まだ魔王ではなかった。
一人の魔族。
誰よりも速く。
誰よりも強く。
そして。
誰よりも。
先代魔王の背中を追っていた。
「いたんじゃ」
老人が。
紅い光を見る。
「誰よりも」
「……」
「ベラトリクス様についていった」
「……」
「唯一の魔族が」
若い魔族も。
紅い光を見る。
「これが……」
「ああ」
老人が。
地面へ手をつく。
「アンタレス様じゃ」
そして。
深く。
頭を下げた。
「……お帰りなさいませ」
それは。
誰かに命令されたものではなかった。
*
城下町。
一人の兵士が。
剣を地面へ置く。
膝をつく。
それを見た。
隣の兵士も。
膝をつく。
一人。
また一人。
「魔王陛下」
商人が。
店から出る。
膝をつく。
子供を抱いた母親が。
王城を見る。
「……すごい」
子供が言った。
「お母さん」
「何?」
「あれ」
空。
紅い魔力。
「魔王様?」
母親が。
笑う。
「そうよ」
そして。
その場へ。
膝をつく。
子供も。
真似をする。
*
森。
魔獣たちが。
地面へ伏せている。
その間を歩いていた魔族が。
立ち止まる。
王城を見る。
膝をつく。
*
国境。
結界を守る兵士たち。
全員が。
同じ方向を見る。
「隊長」
「分かっている」
「この魔力は」
「魔王陛下だ」
隊長が。
槍を地面へ置く。
片膝。
地面。
「魔王陛下に」
頭を下げる。
「敬意を」
兵士たちも。
一斉に。
膝をついた。
*
魔族領。
東。
西。
南。
北。
町。
村。
森。
山。
砦。
誰かが命じたわけじゃない。
それでも。
紅い魔力が届いた場所で。
一人。
また一人。
魔族たちは。
魔王城へ身体を向けた。
そして。
膝をついた。
五百年近く。
魔族をまとめ。
人間との争いを避け。
結界を築き。
国を作り。
魔族たちへ。
居場所を与えた。
新たな時代を築いた。
紅き魔王。
アンタレス。
その魔王へ。
魔族領に生きる者たちが。
自らの意思で。
敬意を示した。
そして。
その中には。
泣いている者たちもいた。
五百年以上。
生きてきた。
古い魔族たち。
「……戻った」
「アンタレス様の力が……」
「本当に……」
「戻った……」
四百五十年前。
自らの力を封じ。
魔族を率いる道を選んだ少女。
その力が。
再び。
魔族領を包んでいる。
彼らにとって。
それは。
魔王の力が戻っただけではなかった。
五百年前から。
途切れることなく続いてきた。
魔族の時代が。
今。
再び。
動き始めた瞬間だった。
*
第二封印解放から。
数時間後。
王城。
「……どうしてこうなったの」
アンが。
窓の外を見る。
王城前。
ものすごい数の魔族。
広場。
大通り。
その先。
見える限り。
魔族。
魔族。
魔族。
「アン」
僕も。
隣から外を見る。
「すごいね」
「すごいねじゃない」
「何人いるんだろ」
「知らない」
「全員アンを見に来たんじゃない?」
「だから困ってる」
「なんで?」
「こんなの予定にない」
「まあ」
僕は。
少し笑う。
「あれだけ派手にやればね」
「ソル」
「何?」
「誰の味方?」
「アン」
「本当?」
「多分」
「多分って何?」
後ろ。
ベラが。
大きく笑った。
「よいではないか!」
「ベラ」
アンが振り返る。
「何ですか」
「民が魔王を祝っておる」
「まだ何も発表してません」
「なら発表すればよい」
「簡単に言わないでください」
「簡単じゃろ」
「簡単じゃないです」
「アンタレス」
ベラが。
アンを見る。
「隠す必要があるのか?」
アンが。
黙る。
「妾が生きておることも」
「……」
「お主が今の魔王であることも」
「……」
「第二封印を解いたことも」
ベラが。
窓の外を見る。
「もはや隠せまい」
「……そうですけど」
「なら」
ベラが笑う。
「堂々とせい」
アンが。
小さく息を吐く。
「本当に」
「何じゃ」
「五百年前からそうだったんでしょうね」
「何がじゃ」
「勢いで全部決めるところ」
「失礼な」
「否定できます?」
ベラが黙る。
「……」
「できないんですね」
「うるさい」
僕は。
笑いを堪える。
その時。
扉が開く。
「陛下」
セラだった。
「準備が整いました」
アンの表情が。
変わる。
「……分かった」
「本当に発表するの?」
僕が聞く。
「うん」
アンが。
ベラを見る。
「ベラも」
「当然じゃ」
「お願いします」
ベラが。
一歩。
前へ。
「任せよ」
*
その日の夕刻。
魔王城前。
中央広場。
魔族領各地から。
次々と。
人が集まっていた。
広場だけでは収まらない。
大通り。
建物の窓。
屋根。
遠くの丘。
あらゆる場所から。
魔族たちが。
王城を見ている。
「本当なのか?」
「何が?」
「ベラトリクス様だ」
「五百年前の?」
「生きているらしい」
「そんなわけ」
「王城へ入るところを見た奴がいる」
「でも」
「本当なら……」
その時。
王城。
巨大な門が開く。
ギィィィィ――。
静かになった。
一瞬で。
何万人いるのかも分からない。
魔族たちが。
黙る。
最初に。
魔王軍兵士。
左右へ。
並ぶ。
次に。
ガレス。
セラ。
主力幹部たち。
そして。
最後。
赤い髪。
深紅の外套。
アンタレス。
ざわっ。
でも。
その隣。
もう一人。
女性が。
歩いてくる。
黒。
赤。
圧倒的な。
存在感。
五百年前。
魔族を率いた。
魔王。
「……まさか」
誰かが。
呟いた。
「ベラトリクス……様?」
その声を聞いた瞬間。
広場の一角。
一人の老人が立ち上がった。
震えている。
ベラを。
見ている。
そして。
泣いた。
「……本当に」
涙。
「本当に……」
その場へ。
膝をつく。
「お帰りなさいませ……!」
別の場所。
「……ベラトリクス様」
膝。
一人。
また一人。
特に。
古い魔族たち。
五百年前を。
実際に。
知っている者たち。
次々と。
泣きながら。
膝をつく。
「お帰りなさいませ!」
「ベラトリクス様!」
「お帰りなさいませ!!」
声。
広がる。
やがて。
若い魔族たちも。
膝をつく。
広場。
大通り。
遠くまで。
魔族たちが。
頭を下げる。
ベラは。
黙って。
その光景を見ていた。
僕は。
少し後ろから。
ベラを見る。
いつもの。
余裕のある顔じゃない。
目が。
少しだけ。
揺れている。
「ベラ」
小さく。
呼ぶ。
ベラが。
一度だけ。
目を閉じた。
そして。
前へ出る。
「面を上げよ」
声。
大きくない。
それでも。
広場へ。
響いた。
一人。
また一人。
顔を上げる。
ベラが。
魔族たちを見る。
五百年。
自分が。
見ることのなかった。
魔族たち。
「久しいの」
静かな声。
「五百年ぶりじゃ」
その瞬間。
泣き声。
聞こえた。
ベラが。
少し笑う。
「妾は」
一拍。
「ベラトリクス」
「……」
「五百年前」
「……」
「魔王と呼ばれておった者じゃ」
どよめき。
でも。
すぐ。
静まる。
「見ての通り」
ベラが。
両手を少し広げる。
「生きておる」
笑い。
泣き声。
歓声。
一気に。
広がる。
「ベラトリクス様!!」
「魔王様!!」
「お帰りなさいませ!!」
ベラが。
片手を上げる。
静まる。
そして。
「じゃが」
声。
変わる。
「その前に」
全員。
ベラを見る。
「妾は」
一度。
広場を見渡した。
老人。
若者。
子供。
親。
兵士。
商人。
五百年前を知る者。
知らぬ者。
その全てを。
ゆっくりと。
目に焼き付けるように。
「礼を言わねばならぬ」
ざわめきが。
消えた。
「五百年前」
ベラが言う。
「妾たちの時代は」
一拍。
「決して」
「……」
「穏やかなものではなかった」
広場の空気が。
少しずつ。
変わる。
「人間と争い」
「……」
「魔族同士でも血を流し」
「……」
「その果てに」
ベラの目が。
少しだけ。
遠くを見る。
「天より」
「……」
「災厄まで降ってきた」
誰も。
動かない。
「妾は」
ベラが言う。
「お主らを逃がした」
「……」
「生きよと」
「……」
「ただ」
「……」
「それだけを願って」
ベラの声が。
ほんの少し。
震える。
「じゃが」
一拍。
「妾は」
「……」
「その後を知らぬ」
目の前にいる。
魔族たち。
「妾が眠りについた後」
「……」
「何人が死んだのか」
「……」
「何人が生き残ったのか」
「……」
「誰が」
「……」
「誰を守ったのか」
「……」
「何も」
ベラが。
小さく首を振る。
「知らぬ」
五百年以上。
生きている。
老人たちの目から。
また。
涙が落ちる。
「じゃが」
ベラが。
ゆっくり。
顔を上げる。
「今」
一拍。
「分かった」
魔族領。
今。
ここにある。
街。
国。
民。
「お主らが」
ベラは言う。
「生きたからじゃ」
誰かが。
息を呑む。
「五百年前」
「……」
「あの地獄を」
「……」
「生き延びた者たちが」
「……」
「次へ」
ベラの声が。
少しずつ。
強くなる。
「命を繋いだからじゃ」
「……」
「傷だらけで」
「……」
「何も残らぬと思うような世界で」
「……」
「それでも」
「……」
「生きた」
老人が。
涙を拭わない。
「誰かを愛し」
「……」
「子を授かり」
「……」
「親となり」
「……」
「その子へ」
ベラが。
目の前の家族を見る。
「未来を託した」
母親が。
子供を抱き締める。
「その子が」
「……」
「また誰かを愛し」
「……」
「子を生み」
「……」
「血を繋いだ」
ベラが。
胸元へ手を置く。
「それを」
「……」
「何度も」
「……」
「何度も」
「……」
「繰り返した」
広場の。
あちこちから。
すすり泣く声。
「五百年じゃ」
ベラが。
言う。
「五百年」
「……」
「一人では」
「……」
「絶対に」
「……」
「繋げぬ時間じゃ」
その言葉に。
五百年以上生きた魔族たちが。
泣いた。
「お主らは」
ベラの声が。
震える。
「戦ったのじゃな」
「……」
「剣を持つだけが」
「……」
「戦いではない」
「……」
「生きること」
「……」
「子を守ること」
「……」
「明日へ」
「……」
「命を渡すこと」
ベラが。
魔族領を見る。
「それを」
「……」
「五百年」
「……」
「続けた」
そして。
頭を下げた。
「……!」
広場。
誰も。
動けない。
五百年前の魔王。
ベラトリクスが。
魔族たちへ。
頭を下げている。
「ありがとう」
静かな。
声。
「生きていてくれて」
老人たちが。
声を上げて泣いた。
「ありがとう」
もう一度。
「血を」
「……」
「繋いでくれて」
「……」
「この地を」
「……」
「残してくれて」
ベラが。
ゆっくり。
頭を上げる。
目。
少しだけ。
濡れている。
「妾が」
一拍。
「帰る場所を」
「……」
「残してくれて」
その瞬間。
広場のあちこちから。
泣き声が。
大きくなった。
「ベラトリクス様……!」
「魔王様……!」
「お帰りなさいませ!!」
「お帰りなさいませぇ!!」
五百年前を知る者。
その子。
その孫。
その先。
何世代も。
何世代も。
繋がれた血。
それが。
今。
同じ場所で。
泣いている。
ベラが。
一度。
目を閉じる。
そして。
再び。
前を向いた。
「そして」
隣を見る。
アンタレス。
「この五百年を」
「……」
「繋いだ者の中で」
「……」
「最も大きなものを」
アンが。
僅かに。
目を見開く。
ベラが。
一歩。
アンへ近づく。
「紹介せねばならぬ」
静寂。
「妾がいなくなった後」
「……」
「魔族をまとめ」
「……」
「争いを止め」
「……」
「力ある者を集め」
「……」
「結界を築き」
「……」
「お主らが」
一拍。
「子を産み」
「……」
「親となり」
「……」
「血を繋げる国を」
ベラが。
アンの肩へ手を置く。
「守った者じゃ」
アンが。
何も言えない。
「妾の知らぬ五百年を」
「……」
「こやつは」
「……」
「背負った」
ベラが。
魔族たちを見る。
「アンタレス」
一拍。
「今の」
「……」
「魔王じゃ」
広場が。
静まり返る。
「妾が戻ったからとて」
ベラが続ける。
「この五百年を」
「……」
「無かったことにはせぬ」
「……」
「妾は」
一拍。
「既に」
「……」
「魔王ではない」
アンが。
ベラを見る。
「ベラ……」
「アンタレス」
「はい」
「前へ出よ」
アンが。
一歩。
前へ。
そして。
ベラが。
一歩。
後ろへ。
「先代魔王」
ベラの声が。
広場へ響く。
「ベラトリクスの名において」
一拍。
「ここに」
「……」
「改めて宣言する」
魔族領。
全てが。
静かになる。
「魔王の座は」
ベラが。
アンを見る。
そして。
笑った。
「アンタレスのものじゃ」
一瞬。
静寂。
次の瞬間。
「――魔王陛下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
爆発した。
歓声。
地面が。
揺れる。
「アンタレス陛下!!」
「魔王陛下!!」
「紅き魔王!!」
「ベラトリクス様!!」
「魔王陛下!!」
何千。
何万。
声。
空を震わせる。
アンが。
固まっている。
「アン」
僕が。
後ろから小声で呼ぶ。
「何?」
「なんか言わないと」
「分かってる」
「緊張してる?」
「してない」
「してるでしょ」
「ソル」
「はい」
アンが。
前へ出る。
歓声。
少しずつ。
静まる。
「私は」
アンが。
口を開く。
「アンタレス」
「……」
「この国の魔王」
短い。
アンらしい。
「ベラがいなくなった後」
「……」
「私は」
一拍。
「この国を作った」
「……」
「人間と戦わないため」
「……」
「魔族同士で争わないため」
「……」
「みんなが」
アンが。
広場を見る。
「生きる場所を」
「……」
「失わないため」
古い魔族たち。
泣いている。
「四百五十年前」
「……」
「私は」
「……」
「自分の力を封じた」
「……」
「今日」
一拍。
「その第二封印を解いた」
ざわめき。
「理由は」
アンの紅い瞳。
鋭くなる。
「戦争を始めるためじゃない」
「……」
「誰かを支配するためでもない」
「……」
「今あるものを」
一拍。
「守るため」
風。
深紅の外套。
揺れる。
「私は」
アンが。
胸へ。
拳を当てる。
「魔王として」
「……」
「これからも」
「……」
「この国を守る」
一瞬。
静寂。
そして。
「魔王陛下!!」
歓声。
再び。
爆発した。
*
翌日。
魔王城。
「三日?」
アンが。
聞き返した。
「はい」
セラが答える。
「三日間です」
「何が?」
「祭りが」
「なんで?」
「なんでと言われましても」
セラが。
書類を見る。
「先代魔王ベラトリクス様の帰還」
一つ。
「現魔王アンタレス陛下の正式承認」
一つ。
「第二封印の解放」
一つ。
「これだけ重なりましたので」
「だからって三日?」
「民衆側からは七日という意見も」
「三日で」
「承知しました」
「即決だね」
僕が言う。
アンが。
僕を見る。
「七日よりいい」
「まあね」
「祭りか!」
ベラが。
勢いよく立ち上がる。
「よいではないか!」
「ベラ」
「何じゃ」
「絶対楽しみにしてますよね」
「当然じゃ」
「……」
「五百年ぶりの魔族の祭りじゃぞ!」
「元気だね」
僕が言う。
「ソル!」
「何?」
「行くぞ!」
「どこに?」
「街じゃ!」
「今から!?」
「祭りじゃぞ!」
「まだ始まってないでしょ!」
「もう始まっておる!」
窓の外。
ドォン!
赤い光。
空へ。
花のように広がる。
魔法。
歓声。
音楽。
「……早い」
アンが。
呟く。
セラが。
笑う。
「皆」
一拍。
「待っていたのでしょう」
*
三日間。
魔族領は。
騒ぎ続けた。
酒。
料理。
音楽。
踊り。
城下町には。
魔族領各地から。
人が集まった。
魔法使いたちが。
夜空へ。
色とりどりの魔法を放つ。
戦士たちは。
腕比べ。
子供たちは。
走り回る。
「ベラトリクス様!」
「おう!」
「一杯どうぞ!」
「もらおう!」
「ベラ」
僕が止める。
「何じゃ」
「何杯目?」
「知らぬ」
「知らぬじゃないよ」
「祭りじゃ!」
「便利な言葉だなぁ!」
少し離れた場所。
アン。
魔族たちに。
囲まれている。
「陛下!」
「こちらも!」
「アンタレス陛下!」
「陛下!」
アンが。
僕を見る。
助けて。
目が。
そう言っている。
僕は。
目を逸らした。
「ソル!」
「聞こえない」
「絶対聞こえてる!」
僕も。
笑った。
*
そして。
祭りの中心。
王城から。
城下町を通る。
大通り。
魔王軍兵士たちが。
左右へ並ぶ。
先頭。
魔王軍。
続いて。
ガレス。
セラ。
主力たち。
その後ろ。
二人。
ベラトリクス。
アンタレス。
並んで。
歩く。
「来たぞ!!」
「魔王陛下!!」
「ベラトリクス様!!」
歓声。
建物の窓から。
花。
舞う。
子供たち。
手を振る。
兵士。
剣を掲げる。
「魔王陛下!!」
「紅き魔王!!」
「ベラトリクス様!!」
「お帰りなさいませ!!」
その中。
五百年前を知る。
老人たち。
道の端。
膝をつく。
泣いている。
ベラが。
一人の老人を見る。
足。
止まる。
「……お主」
老人が。
顔を上げる。
「はい」
「妾を知っておるのか?」
老人。
涙。
さらに。
溢れる。
「五百年前」
「……」
「一度だけ」
声。
震える。
「魔王城で」
「……」
「お姿を」
ベラが。
少し。
目を細める。
老人が。
頭を下げる。
「お帰りなさいませ」
「……」
「ベラトリクス様」
ベラは。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
老人の肩へ。
手を置く。
「長く」
一拍。
「生きたの」
老人が。
泣きながら。
笑う。
「はい」
「……」
「今日まで」
「そうか」
ベラが。
小さく。
笑う。
「ありがとう」
老人の顔が。
崩れた。
声を上げて。
泣いた。
その光景を。
アンが。
黙って見ている。
そして。
再び。
歩く。
二人。
並んで。
ベラトリクス。
アンタレス。
五百年前を知る者たちにとって。
それは。
あり得ない光景だった。
五百年前の魔王。
五百年を守った魔王。
二つの時代が。
今。
同じ道を。
歩いている。
勇者の凱旋とは。
きっと。
こういうものなのかもしれない。
でも。
これは。
勇者じゃない。
魔王たちの。
凱旋だった。
*
三日目。
夜。
祭りは。
終わりへ近づいていた。
王城。
高い塔。
僕は。
少し離れた場所にいた。
前には。
ベラと。
アン。
二人が。
城下町を見る。
まだ。
灯り。
消えていない。
笑い声。
音楽。
遠くから。
聞こえる。
「……変わったの」
ベラが。
呟く。
アンが。
横を見る。
「何がですか?」
「全部じゃ」
ベラが。
街を見る。
「妾の知っておる魔族とは」
「……」
「随分」
「……」
「変わった」
アンが。
少しだけ。
俯く。
「嫌ですか?」
「なぜじゃ」
「だって」
「……」
「ベラがいた頃とは」
「……」
「違うから」
ベラが。
アンを見る。
「アンタレス」
「はい」
「よい国を作ったの」
アンが。
止まった。
「……」
「妾には」
ベラが。
街を見る。
「作れなかった国じゃ」
「そんなこと」
「事実じゃ」
「……」
「妾は」
一拍。
「強かった」
「……」
「じゃが」
ベラが。
少し笑う。
「強いだけでは」
「……」
「国は続かぬ」
アンが。
何も言わない。
「お主は」
「……」
「五百年近く」
「……」
「続けた」
ベラが。
アンを見る。
「これは」
一拍。
「もう」
「……」
「妾の国ではない」
アンの目が。
僅かに。
揺れる。
「ベラ……」
でも。
ベラは。
笑っていた。
「お主の国じゃ」
「……」
「アンタレス」
アンが。
街を見る。
自分が。
守ってきた国。
四百五十年。
力を封じ。
争いを避け。
結界を作り。
魔族たちを。
守ってきた。
国。
「……はい」
小さな声。
「そうですね」
ベラが。
頷く。
「魔王という名も」
「……」
「この国も」
「……」
「お主のものじゃ」
「……」
「妾から」
ベラが。
右手を差し出す。
「改めて」
「……」
「預ける」
アンが。
その手を見る。
そして。
自分の手。
重ねる。
「預かります」
「うむ」
「でも」
「何じゃ」
アンが。
少しだけ。
笑った。
「ベラも」
「……」
「この国の魔族ですから」
「……」
「勝手にいなくならないでください」
ベラが。
目を見開く。
そして。
笑った。
「分かった」
僕は。
少し離れた場所から。
二人を見る。
五百年前。
魔王ベラトリクスは。
魔族を守るため。
戦場へ向かった。
その後。
眠りについた。
残された。
アンタレス。
彼女は。
魔王になった。
力を封じ。
結界を張り。
国を作り。
五百年近く。
守り続けた。
そして。
今日。
先代魔王が帰還した。
現魔王は。
力を取り戻した。
二人は。
争わなかった。
奪わなかった。
ただ。
繋いだ。
五百年前と。
今を。
その日から。
三日三晩。
魔族領では。
祭りが続いた。
魔王ベラトリクスの帰還を祝い。
紅き魔王アンタレスの新たな門出を祝い。
互いに酒を酌み交わし。
歌い。
踊り。
笑った。
後の魔族たちは。
この三日間を。
一つの名前で呼ぶことになる。
二人の魔王が。
二つの時代を繋いだ日。
そして。
新たな魔族の時代が。
始まった日。
――《双王凱旋祭》。
それが。
長い長い魔族の歴史に刻まれる。
新たな時代の。
始まりだった。




