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魔王の帰還

第81話 魔王の帰還

「魔族領へ行こう」

そう決まった翌日。

僕たちはアルカディアを出る準備をしていた。

「食料」

「入れた」

「水」

「入れた」

「地図」

「持った」

「金」

「ある」

「《明星》」

「腰にあるよ」

「《天曜》」

「これ」

僕は荷物の中に入れた本を軽く叩く。

アンが一つずつ確認し。

最後に僕の荷物を見た。

「多くない?」

「アンが全部持てって言ったんでしょ」

「必要なものだけと言った」

「必要だよ」

「その服、本当に全部?」

「……多分」

「多分?」

アンが荷物へ手を伸ばす。

「ちょっと待って」

「確認するだけ」

「自分でできるって」

「昨日、焼き菓子の包み紙まで入れようとしてたでしょ」

「記念だよ」

「いらない」

「即答!?」

横では。

ベラが椅子に座って。

僕たちのやり取りを眺めている。

「ベラも何か言ってよ」

「妾は準備が終わっておる」

「早くない?」

「持つものなど大してないからの」

見ると。

本当に荷物が少ない。

「着替えは?」

「ある」

「食料は?」

「現地で食えばよかろう」

「途中があるでしょ」

「ソルが持っておる」

「僕の食料を当てにしてたの!?」

「三人分であろう?」

「僕とアンで準備したやつだからね?」

「なら妾の分もある」

「なんでそうなるの!」

アンが僕の荷物から一つ取り出した。

「これ何?」

「……」

「ソル」

「いや」

「何?」

手に持っているのは。

昨日、露店で買った小さな木彫りの飾り。

星の形をしている。

「記念」

「やっぱり」

「いいじゃん!」

「荷物増える」

「これくらい大丈夫だよ!」

「なら自分で持って」

「最初からそのつもりだよ!」

アンが小さく息を吐く。

「分かった」

木彫りを返してくれる。

僕はそれを荷物へ戻した。

「……なんかさ」

「何?」

「アン」

「うん」

「昨日からちょっと魔王っぽい」

アンの動きが止まる。

「どういう意味?」

「なんていうか」

僕は少し考える。

「指示が細かい」

「旅の準備をしているだけ」

「でも今までより細かくない?」

「魔族領へ行くから」

「それだけ?」

「それだけ」

ベラが笑う。

「帰るとなれば気になるのであろう」

「ベラ」

アンが振り返る。

「何じゃ」

「余計なことを言わないでください」

「図星か」

「違います」

「ほう」

「違います」

二回言った。

絶対少し気にしてる。

僕は荷物を背負う。

「でも」

アンを見る。

「五百年近く魔王やってるんだよね?」

「そう」

「……やっぱりすごいな」

「何が?」

「だって僕よりずっと長く」

言いかけて。

やめた。

比べるまでもない。

「いや」

「何?」

「なんでもない」

「変なの」

アンはそう言いながら。

自分の荷物を持った。

「行きましょう」

「うん」

ベラも立ち上がる。

「ようやくじゃな」

宿を出る。

朝のアルカディア。

街には。

いつも通りの人々。

店を開く商人。

荷物を運ぶ人。

通りを走る子供たち。

昨日まで。

この街で。

色々なことを知った。

アウレストラ。

アークトゥルス。

《天曜》。

僕自身の血。

そして。

裂け目。

「……」

振り返る。

遠く。

街の向こうに。

賢者の塔が見えた。

「ソル」

アンの声。

「行くよ」

「うん」

僕は塔へ小さく頭を下げる。

「またね」

誰に向けた言葉なのか。

自分でも分からなかった。

でも。

それでいい。

僕は前を向いた。

次は。

魔族領。

*

街を出て。

しばらく歩く。

「で」

僕はアンを見る。

「どっち?」

「西」

「それだけ?」

「しばらくは街道」

「魔族領までどれくらい?」

「普通に行けば数日」

「意外と近い」

「入口までは」

「入口?」

アンが頷く。

「結界の外縁」

「そこからが長い?」

「長いというより」

アンは少し考える。

「知らないと入れない」

「結界だから?」

「うん」

ベラが口を挟む。

「幻惑も重ねておるのか?」

「はい」

「なるほどの」

「何?」

僕だけ分からない。

「単に壁を作っておるわけではないということじゃ」

ベラが説明する。

「人間が近づいても、別の道を歩いていると思わせる」

「そんなことできるの?」

「できる」

アンが答える。

「方向感覚を少しずらしたり」

「うん」

「景色の認識を変えたり」

「うん」

「そもそも近づこうと思わなくさせたり」

「最後怖くない?」

「強制じゃない」

「どんな感じ?」

アンが少し考える。

「なんとなく、こっちじゃない気がする」

「それだけ?」

「それだけ」

「それで五百年も?」

「人間は案外、自分の感覚を信じるから」

「……確かに」

道に迷った時。

なんとなく。

こっちだと思う方へ進んで。

余計に迷ったことがある。

「じゃあ」

僕は聞く。

「偶然入っちゃう人はいないの?」

「いる」

「いるんだ」

「ごく稀に」

「どうするの?」

「追い返す」

「記憶消したり?」

「そこまではしない」

「じゃあ魔族領のこと広まらない?」

「誰が信じるの?」

「……」

確かに。

迷った先で。

魔族の国を見た。

なんて言っても。

「夢でも見たと思われるか」

「大体は」

「なるほど」

ベラが少し笑う。

「昔なら、人間が迷い込めば大騒ぎじゃったがな」

「五百年前は結界なかったんでしょ?」

「ああ」

「人間と魔族って普通に行き来してた?」

「普通ではない」

「やっぱり」

「国境には常に兵がおった」

ベラの声が少し変わる。

「妾の時代は」

五百年前。

人間と魔族が争っていた頃。

「人間領へ行けば」

ベラが言う。

「戦いになる可能性が高かった」

「……」

「逆も同じじゃ」

「それを」

僕はアンを見る。

「アンが変えた」

アンは。

少しだけ前を見る。

「争わないようにしただけ」

「でも」

「褒めても何も出ないよ」

「まだ何も言ってない」

「言いそうだった」

「五百年も魔王をやっていれば、その程度は分かる」

「魔王便利だなぁ」

「ベラと同じこと言わないで」

「妾の真似をするな」

「僕が言ったんだけど!?」

三人で歩く。

街道は。

アルカディアから離れるほど。

人が少なくなっていった。

昼前。

小さな川の近くで休憩する。

「ここで食べる?」

「うん」

「肉はあるか?」

「朝からそれ?」

ベラが僕の荷物を見る。

「干し肉」

「あるけど」

「寄越せ」

「はいはい」

干し肉を渡す。

ベラは満足そうに食べ始める。

「アンも?」

「少し」

アンにも渡す。

僕も一つ。

「……」

三人で。

川の音を聞きながら食べる。

平和だ。

「ねえ」

僕は何となく聞いた。

「魔族領ってどんなところ?」

アンが僕を見る。

「どんな?」

「街とか」

「普通」

「その普通が分からないんだって」

「人間の街とそんなに変わらない」

「家があって?」

「ある」

「店も?」

「ある」

「宿も?」

「ある」

「冒険者ギルドは?」

「ない」

「お」

初めて違いが出た。

「なんで?」

「必要ないから」

「魔物は?」

「いる」

「討伐とかどうしてるの?」

「領内の戦士がやる」

「軍?」

「近い」

ベラが言う。

「昔から魔族は、戦える者が多いからの」

「全員強い?」

「全員ではない」

アンが答える。

「でも人間より、戦闘向きの種族は多いと思う」

「種族?」

「魔族って一種類じゃないよ」

「あ」

そういえば。

そこまで考えたことなかった。

「どんなのがいるの?」

「色々」

「例えば?」

「角がある者」

「うん」

「翼がある者」

「うん」

「獣に近い者」

「うん」

「魔力そのものに近い者もいる」

「……最後すごくない?」

「珍しいけど」

「アンは?」

「何が?」

「どういう魔族なの?」

アンが止まる。

「今さら?」

「そういえば聞いたことなかった」

「アンタレスはアンタレスじゃ」

ベラが言う。

「説明になってないよ」

「細かい分類など気にしたことがない」

「魔王がそれでいいの?」

「妾の時代には強いか弱いかで十分じゃった」

「雑!」

アンが少し笑う。

「ベラらしいですね」

「何じゃ」

「いえ」

「アンは?」

もう一度聞く。

「私は」

アンが少し考える。

「人型に近い魔族」

「それだけ?」

「それだけ」

「何か隠してない?」

「別に」

「怪しい」

「魔族領へ行けば分かることもある」

「……それ言われると余計気になる」

「なら楽しみにしてて」

珍しい。

アンが少し楽しそうだ。

「アン」

「何?」

「帰るの、楽しみ?」

聞いた瞬間。

アンの表情が。

少しだけ止まった。

「……どうだろう」

「違うの?」

「長く離れてたわけじゃない」

アンが答える。

「でも」

視線が。

少しだけ遠くなる。

「今回の旅で色々あったから」

「うん」

「戻ったら」

そこで。

言葉が止まる。

「戻ったら?」

「説明が面倒」

「やっぱりそれ!?」

「ベラがいる」

「はい」

「ソルがいる」

「うん」

「私の力が四十五%まで戻ってる」

「……」

「天使も出た」

「……うん」

「これ全部説明する」

「……頑張って」

「手伝って」

「僕も!?」

「当事者でしょ」

「そうだけど」

ベラが笑う。

「現魔王も大変じゃな」

「ベラ」

「何じゃ」

「一番説明が大変なのはベラです」

「なぜじゃ」

「五百年前にいなくなった魔王本人が帰ってくるんですよ」

「……」

ベラが。

干し肉を食べる手を止めた。

「そうか」

「今気づいたんですか?」

「考えておらんかった」

「考えてください」

「妾が帰るだけじゃろう」

「ベラにとってはそうでも」

アンが。

珍しく少し困った顔をする。

「魔族領では大騒ぎになります」

「なぜじゃ」

「なぜって……」

アンが言葉を失う。

僕もベラを見る。

「そりゃそうでしょ」

「ソルまで何じゃ」

「だって五百年前の魔王が帰ってくるんだよ?」

「そうじゃな」

「しかも今の魔族は、ベラが生きてること知らないんでしょ?」

「ほとんど知らない」

アンが答える。

「一部には話しているけど」

「一部?」

「私が旅に出る時に説明が必要だった者たち」

「じゃあ、ベラ本人を見た人は?」

「いない」

「……」

想像する。

五百年前。

魔族を率いた魔王ベラトリクス。

その存在が。

突然。

目の前に現れる。

「絶対大騒ぎになるじゃん」

「だから言ってる」

アンが小さく息を吐く。

「ベラ」

「なんじゃ」

「魔族領に入ったら、少しだけ大人しくしていてください」

「なぜじゃ」

「混乱するからです」

「妾が何をするというのじゃ」

「それが分からないから言っています」

「失礼な」

「ベラだからです」

「どういう意味じゃ!」

僕は思わず笑った。

「アンも苦労してるんだね」

「誰のせいだと思ってるの」

「ベラ?」

「半分正解」

「じゃあ残りは?」

アンが僕を見る。

「ソル」

「僕!?」

「人間を連れて帰るのも説明が必要」

「僕はアンについてくだけじゃん!」

「魔族領から見れば同じ」

「そんな」

「しかも」

アンが僕の腰を見る。

《明星》。

「剣聖シリウスの刀を持って」

次に。

僕自身を見る。

「勇者レグルスの力を受け継いで」

さらに。

荷物の中にある《天曜》へ視線を向ける。

「賢者アークトゥルスの《天曜》まで使う人間」

「……」

「普通の人間ならまだ説明しやすかった」

「僕が悪いみたいに言わないでよ」

「悪いとは言ってない」

「顔が言ってる」

「気のせい」

ベラが楽しそうに笑う。

「面白いではないか」

「ベラは他人事だと思ってません?」

「妾は帰るだけじゃ」

「だからそれが一番大変なんです」

「何とかせい。現魔王じゃろう?」

「……」

アンの目が細くなる。

「ベラ」

「なんじゃ」

「魔王を押し付けた人がそれを言いますか」

ベラが止まった。

「妾は押し付けておらぬぞ」

「いなくなったじゃないですか」

「好きでいなくなったわけではない!」

「知ってます」

「ならば言うでない!」

アンが笑う。

ベラも。

少し遅れて笑った。

僕も。

つられて笑う。

五百年前の魔王。

今の魔王。

そして。

僕。

改めて考えると。

本当に変な旅だ。

「でも」

僕は二人を見る。

「楽しみだな」

「何が?」

「魔族領」

アンが僕を見る。

「人間がほとんど知らない場所なんでしょ?」

「そう」

「どんなところか見てみたい」

「観光じゃないよ」

「分かってるって」

「本当に?」

「信用ないなぁ」

「ソルだから」

「またそれ!」

ベラが立ち上がる。

「そろそろ行くぞ」

「もう?」

「数日かかるのであろう?」

アンも立ち上がる。

「そうですね」

僕たちは荷物をまとめ。

再び歩き出した。

*

それから。

二日。

街道を進んだ。

途中。

小さな村で一泊し。

次の日から。

道を外れた。

「……本当にこっち?」

僕は周囲を見る。

森。

森。

森。

道らしい道はない。

「こっち」

アンは迷わず進んでいく。

「地図にも何もないよ」

「だから隠してるって言ったでしょ」

「それにしても」

木の根を跨ぐ。

枝を避ける。

「魔王が帰る道にしては険しくない?」

「正規の道じゃないから」

「え?」

「人間領側から一番近い経路」

「じゃあ本当の入口は?」

「別にある」

「そっちから行こうよ!」

「遠回りになる」

「どれくらい?」

「かなり」

「……じゃあこっちでいい」

ベラが前を歩きながら。

周囲を見ている。

さっきまで。

いつも通りだったのに。

少しずつ。

口数が減っている。

「ベラ」

「なんじゃ」

「大丈夫?」

「何がじゃ」

「いや」

僕は周囲を見る。

「この辺、覚えてる?」

ベラも見る。

木々。

岩。

遠くに見える山。

「……少しだけ」

「五百年前と同じ?」

「いや」

ベラが首を振る。

「全く違う」

五百年。

森なら。

変わって当然だ。

「じゃが」

ベラが前を見る。

「魔力の流れは」

少しだけ。

目を細める。

「懐かしい」

アンが振り返った。

「分かりますか?」

「ああ」

「結界の向こうから?」

「僅かにな」

ベラの表情が。

ほんの少しだけ変わる。

懐かしさ。

それとも。

別の何か。

僕には分からなかった。

さらに。

数時間。

森を進む。

やがて。

アンが足を止めた。

「着いた」

「え?」

僕は周囲を見る。

「どこに?」

森。

それしかない。

前にも。

木がある。

左右にも。

後ろにも。

「何もないけど」

「ある」

アンが前へ出る。

「ソル」

「何?」

「ここからは私の後ろにいて」

「分かった」

「ベラも」

「妾もか?」

「念のためです」

「必要ない」

「お願いします」

「……分かったわ」

珍しく。

ベラが素直に従った。

アンが。

何もない空間へ手を伸ばす。

「……」

その瞬間。

空気が。

揺れた。

「え?」

水面に触れたように。

景色が歪む。

森。

木々。

地面。

全部が。

波打つ。

「これ……」

「結界」

アンが言う。

魔力が。

広がる。

赤。

アンの魔力。

今まで何度も見た。

でも。

何かが違う。

戦う時の魔力じゃない。

もっと。

静かで。

深い。

そして。

その魔力が結界へ触れた瞬間。

――ドクン。

「っ」

空間が。

脈打った。

巨大な何かが。

目を覚ましたような。

そんな感覚。

「何……これ」

僕は思わず一歩下がる。

ベラが目を細める。

「なるほど」

「ベラ?」

「この結界」

ベラが笑う。

「相当なものじゃぞ」

「そうなの?」

「ああ」

「五百年近く維持しておるだけはある」

アンは何も言わない。

ただ。

結界へ魔力を流し続ける。

やがて。

景色の一部が。

ゆっくりと裂けた。

その向こう。

光。

森とは違う。

明るい空。

遠くに。

巨大な山々。

そして。

その麓に。

何かが見える。

「……」

僕は。

息を呑んだ。

城壁。

建物。

塔。

そして。

その遥か奥。

山を背にして建つ。

巨大な城。

黒を基調とした。

人間の国では見たことのない建築。

「あれが……」

声が。

自然と小さくなる。

アンが振り返る。

「魔族領」

僕は。

結界の向こうを見る。

五百年近く。

人間から隠され続けてきた場所。

今も。

魔族たちが暮らしている国。

その隣で。

ベラは。

何も言わなかった。

ただ。

じっと。

向こう側を見ている。

「ベラ?」

返事がない。

その目は。

遠く。

城を見ていた。

五百年前。

自分が魔王だった頃。

あの城が。

同じ場所にあったのか。

それとも。

全く別のものなのか。

僕には分からない。

「……変わったの」

ようやく。

ベラが呟いた。

アンが。

静かに答える。

「はい」

「城も」

「建て直しました」

「街も」

「広がりました」

「そうか」

それだけ。

ベラは言った。

でも。

その声には。

色々なものが混ざっていた。

アンが。

結界の裂け目へ足を踏み入れる。

そして。

一度だけ。

こちらを振り返った。

さっきまでの。

旅をしていたアンとは。

少しだけ違う。

背筋が伸び。

視線が変わる。

静かなのに。

どこか。

人を従わせるような空気。

「行こう」

現魔王。

アンタレス。

僕は昨日。

初めて。

本人の口からその事実を聞いた。

でも。

今。

初めて。

その言葉の意味を。

少しだけ理解した気がした。

僕とベラも。

結界を越える。

その瞬間。

世界が変わった。

空気が違う。

魔力が濃い。

遠くから。

街の音が聞こえる。

そして。

結界の内側。

少し離れた場所に。

数人の魔族がいた。

武装している。

結界の異常を察知して。

確認に来たらしい。

「何者――」

一人が。

声を上げる。

でも。

途中で止まった。

その目が。

アンを見る。

「……」

完全に。

固まっている。

「どうしたの?」

僕が小さく聞く。

アンは。

少しだけ嫌そうな顔をした。

「始まった」

「何が?」

魔族の男が。

持っていた槍を落とした。

カラン。

音が響く。

そして。

「……魔王」

震える声。

次の瞬間。

その場にいた魔族たちが。

一斉に膝をついた。

「魔王陛下……!」

「え」

僕は。

思わずアンを見る。

アンは。

小さく息を吐いた。

「ただいま」

あまりにも。

いつも通りの声だった。

でも。

目の前では。

何人もの魔族が。

頭を下げている。

「……」

本当に。

魔王なんだ。

昨日聞いたばかりなのに。

まだ。

どこか信じ切れていなかった。

でも。

これは。

もう疑いようがない。

そして。

一人の魔族が。

ゆっくり顔を上げた。

アンを見る。

次に。

僕を見る。

明らかに。

驚く。

人間だからだろう。

そして。

最後に。

ベラを見る。

「……?」

その魔族の表情が。

変わった。

何か。

引っかかったような。

そんな顔。

ベラは。

何も言わない。

ただ。

五百年ぶりの故郷を。

静かに見ていた。

アンが。

小さく呟く。

「……面倒になりそう」

僕は。

思わず笑った。

「魔王なんだから頑張って」

「ソル」

「何?」

「他人事だと思わないで」

「え?」

「人間を連れて帰ってきた理由」

アンが僕を見る。

「ちゃんと説明してもらうから」

「僕が!?」

「当たり前でしょ」

「聞いてないよ!」

「今言った」

「そういう問題じゃないって!」

ベラが。

隣で笑った。

「頑張れ、ソル」

「ベラもだからね!?」

五百年ぶりに帰ってきた。

かつての魔王。

五百年近く魔族を率いてきた。

今の魔王。

そして。

なぜかその二人と一緒にいる。

人間の僕。

こうして。

僕たちは。

人間の地図には存在しない国。

魔族領へ。

足を踏み入れた。


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