勇者の塔
第7話 勇者の塔
『――やっと来たか』
その声は、確かに聞こえた。
祭りの喧騒。
楽器の音。
笑い声。
屋台から上がる呼び込み。
その全部が戻ってきても、僕はしばらく勇者の塔から目を離せなかった。
「……レグルス」
隣で、ベラトリクスが呟く。
「本当に、あやつの声だったのか?」
「多分」
「多分では困る」
「でも、五百年前の本人の声なんて、僕は記憶の中でしか聞いてないし」
「どのような声じゃった」
「どのようなって……」
思い出す。
短い一言。
でも、地下で聞いた時とは違った。
ノイズもなかった。
途切れてもいなかった。
まるで本当に。
僕たちを見つけて。
笑いながら話しかけてきたみたいだった。
「『やっと来たか』って」
「……」
ベラトリクスが黙る。
赤い瞳は、ずっと塔へ向けられていた。
「行くぞ」
「え?」
「今すぐじゃ」
「いやいやいや」
ベラトリクスが歩き出す。
僕は慌てて腕を掴んだ。
「待って!」
「何故止める!」
「もう夜だから!」
「だから何じゃ!」
「あそこ、夜は入れないって!」
「妾に営業時間など関係あるか!」
「あるよ!」
「五百年前には妾も自由に出入りできた場所じゃぞ!」
「今は五百年後なの!」
「その言葉を便利に使うでない!」
「便利なんだよ!」
周囲の人たちが少しこちらを見る。
僕は慌てて声を落とした。
「しかも祭り期間なんだから、警備も多いよ」
「蹴散らせばよい」
「さっき冒険者ギルドで魔力少ないって言われたばっかりでしょ」
「……」
効いた。
「それを持ち出すな」
「現実だから」
ベラトリクスが塔を睨む。
「でも明日は特別公開なんでしょ?」
「……」
「朝から行こう」
「妾は今行きたい」
「子供みたいなこと言わないでよ」
「誰が子供じゃ!」
「ほら」
「ソル!」
また人に見られた。
結局。
ベラトリクスを説得するのに、それから十分ほどかかった。
宿へ戻っても、彼女は明らかに不機嫌だった。
「……」
ベッドに座り。
腕を組み。
ずっと窓の外を見ている。
「寝ないの?」
「眠くない」
「まあ、五百年――」
「その先を申したら焼く」
「まだ何も言ってないよ」
僕は簡易寝台へ横になる。
宿の小さな窓からも、遠くに勇者の塔の上部だけが見えた。
青白い光。
一定の間隔で、ゆっくりと明滅している。
「あれ」
僕は天井を見ながら聞く。
「五百年前から光ってたの?」
「知らぬ」
「知らないの?」
「妾が眠る時には、まだ塔は完成しておらぬ」
「え?」
思わず身体を起こした。
ベラトリクスがこちらを見る。
「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、五つの塔を見たことない?」
「完成した姿はな」
初めて聞いた。
「レグルスたちは、ベラトリクスを封印してから塔を完成させたってこと?」
「正確には、設計自体は妾が眠る前から始まっておった」
「六人で?」
「アークトゥルスが中心じゃ。あの爺め、最後の数日はほとんど眠っておらぬかった」
「……それ、言い方変じゃない?」
「……ほとんど眠っておらぬ」
「うん、その方が分かりやすい」
「細かい男じゃな」
「続けて」
「珈琲ばかり飲んで、術式と睨めっこしておった」
「身体壊しそう」
「何度ルナに怒られても聞かぬ男じゃった」
少しだけ。
ベラトリクスの口元が緩む。
でも。
すぐに消えた。
「妾が眠りについた後、五人で完成させると申しておった」
「……じゃあ」
僕は塔を見る。
「レグルスたちが作った塔を、ベラトリクスが見るのも明日が初めてなんだ」
「そういうことになるのう」
「そっか」
五百年前。
仲間たちが自分のために作ったもの。
本人は完成した姿を見ることなく眠った。
そして。
起きたら五百年。
「……ソル」
「何?」
「先ほど」
「うん」
「本当に、あやつは『やっと来たか』と申したのじゃな?」
「うん」
今度は。
迷わず答えた。
ベラトリクスはしばらく黙った。
「……そうか」
それだけだった。
僕は再び横になる。
でも。
なかなか眠れなかった。
レグルスの声。
勇者の塔。
五百年前。
そして。
あの声が。
どうして僕に聞こえるのか。
考えても答えは出なかった。
やがて。
いつの間にか僕は眠っていた。
翌朝。
「ソル」
「……ん」
「起きよ」
「もう朝……?」
「早うせい」
「まだ外暗くない?」
「朝じゃ」
窓を見る。
薄暗い。
「これ朝っていうか、夜明け前じゃん……」
「塔へ行くぞ」
「開いてないよ……」
「並ぶ」
「そんなに行きたいの?」
「……」
ベラトリクスが黙る。
僕はその顔を見る。
「分かったよ」
起きることにした。
珍しく。
起こされたことに腹も立たなかった。
宿の一階で簡単な朝食を取る。
パン。
卵。
スープ。
ベラトリクスは昨日の夜に三皿も食べたくせに。
普通に全部食べた。
「よく食べるね」
「身体を戻すには必要じゃ」
「昨日は食事しなくても生きられるって言ってたけど」
「食べられるなら食べた方がよい」
「都合いいなあ」
「あと、この卵をもう一つ」
「自分で払って」
「……」
「そんな顔しても駄目」
「けちじゃ」
「昨日だけでかなり使ったんだよ!」
朝食を終え。
僕たちは勇者の塔へ向かった。
朝早いというのに。
王都はすでに人で溢れている。
魔王討伐五百周年記念祭。
しかも今日は、勇者の塔の特別公開日。
当然。
塔へ向かう人も多かった。
「……これは」
塔の前へ着いて。
僕は思わず上を見る。
近くで見ると。
昨日の夜以上に大きい。
白灰色の石で造られた円塔。
見上げても。
頂上が遥か上。
壁面には複雑な魔法文字。
ところどころに。
剣を模した装飾が刻まれている。
入口。
巨大な扉。
その上には。
聖剣の紋章。
「レグルスの紋章だ」
ベラトリクスは答えない。
ただ。
塔を見上げていた。
「……どう?」
僕が聞く。
「趣味が悪い」
「最初の感想それ!?」
「レグルスにしては立派すぎる」
「褒めてない?」
「どうせアークトゥルス辺りが設計したのであろう」
「本人が聞いたら怒りそう」
「怒ればよい」
そう言いながらも。
ベラトリクスはずっと塔を見ていた。
入口前には長い列。
僕たちも最後尾へ並ぶ。
「妾を並ばせるとは……」
「我慢して」
「五百年前なら」
「五百年前は禁止」
「何故じゃ!」
「何でも許されると思ってるから」
少しずつ。
列が進む。
入口には王国兵と神官。
さらに。
歴史学者らしい人まで立っていた。
「本日は魔王討伐五百周年を記念し、勇者の塔第一層から第三層までを一般公開しております!」
案内役の男性が大きな声を上げる。
「勇者レグルスが魔王討伐後、自ら建造したとされる塔です!」
僕の隣。
ベラトリクスの眉が動く。
「自ら?」
小声。
「我慢」
「レグルスは石積み一つできぬぞ」
「知らないよ」
「野営用の椅子すら壊した男じゃ」
「勇者の話だよね?」
「そうじゃ」
「夢壊さないでよ」
そして。
僕たちの順番。
冒険者証を見せる。
「F級?」
門番が僕を見る。
「登録したばかり?」
「昨日です」
「祭りで登録する若者も多いからな」
笑いながら返してくれた。
次。
ベラトリクスの札。
門番が読む。
「ベラトリクス?」
「そうじゃ」
「ははっ。魔王と同じか」
「本人――」
「名前だけです!」
僕が被せる。
「ソル!」
「お願いだから一日だけ黙って!」
門番は笑っていた。
「祭りらしくていいな。中で暴れるなよ、魔王様」
「……」
「行くよ!」
ベラトリクスの背中を押す。
「何じゃあの男は!」
「冗談でしょ!」
「妾を魔王様と呼びながら笑いおったぞ!」
「本物だと思ってないんだから仕方ないよ!」
「妾の威厳が……」
「その話また?」
そして。
塔の中へ入った。
瞬間。
空気が変わった。
「……」
外の音が遠くなる。
冷たい。
石の匂い。
壁には魔導灯。
広い円形の空間。
何十人もの観光客がいる。
それでも。
塔の大きさのせいか。
狭く感じない。
中央。
巨大な石像。
勇者レグルス。
聖剣を掲げている。
「またレグルス」
僕が呟く。
「この国、本当にレグルス好きだね」
「当然じゃろ」
「ベラトリクスが認めるんだ」
「王国の象徴なのであろう?」
「そうだけど」
「ならば民が尊ぶのは当然じゃ」
意外と冷静だった。
僕たちは人の流れに沿って進む。
第一層。
勇者レグルスの生涯を紹介する展示。
絵。
武具。
資料。
写本。
五百年前の戦争。
魔王軍との戦い。
仲間との出会い。
「……」
ベラトリクスは一つ一つ見ている。
「これは?」
僕が指差す。
古びた盾。
《勇者レグルスが魔王軍との戦いで使用した盾》
「偽物じゃ」
即答。
「分かるの?」
「レグルスは盾を持たぬ」
「一回くらい使ったかも」
「ない」
「断言?」
「あやつは盾を持つくらいなら一歩前へ出る」
「……それ褒めてる?」
「馬鹿だと言っておる」
次。
一本の短剣。
《勇者レグルス愛用の短剣》
「それは本物じゃ」
「え!?」
僕は近づく。
「分かるの?」
「妾がやった」
「……ベラトリクスが?」
「一度、聖剣を折りかけてな」
「何してるの!?」
「敵じゃったから当然であろう」
「その時?」
「代わりに使えと投げた」
「敵に武器渡したの!?」
「素手で挑んできて鬱陶しかったのじゃ!」
意味が分からない。
でも。
展示の短剣。
説明文。
《勇者が名もなき鍛冶師より譲り受けたと伝えられる》
「……名もなき鍛冶師になってるよ」
「妾は鍛冶師ではない!」
「歴史変わりすぎじゃない?」
「変わりすぎじゃ!」
第一層だけでも。
ベラトリクスの機嫌はどんどん悪くなっていった。
第二層。
五英雄との旅。
中央には。
巨大な壁画。
僕は足を止める。
五人。
レグルス。
シリウス。
アルデバラン。
アークトゥルス。
ルナ。
そして。
向かい側。
黒い魔王。
炎を纏い。
五人へ襲いかかっている。
「……」
ベラトリクスが止まった。
僕も。
何も言えなかった。
壁画の下。
文字。
《最終決戦》
《五英雄は魔王城へ乗り込み、七日七夜の死闘の末、魔王ベラトリクスを討ち滅ぼした》
「七日七夜」
ベラトリクスが読む。
「……長いのう」
「そこ?」
「妾なら七日も戦わぬ」
「そういう問題じゃない気がする」
「そもそも、魔王城で最終決戦などしておらぬ」
「じゃあどこ?」
ベラトリクスが壁画を見る。
「……空じゃ」
「空?」
それ以上。
言わなかった。
空より来た災厄。
白い翼。
僕が記憶で見たもの。
聞こうとした。
その時。
「皆様、こちらをご覧ください!」
案内役の声。
人々が集まる。
僕たちも近づく。
展示されていたのは。
一枚の古い石板。
「これは勇者レグルスが魔王討伐後に残したとされる言葉です!」
文字。
古い言葉。
その下に現代語訳。
《我ら五人、ここに誓う》
《二度と魔王の災厄を世界へ放たぬことを》
「……」
ベラトリクスが。
石板を見た。
「どうしたの?」
返事はない。
「これも偽物?」
「……いや」
意外だった。
「本物?」
「石はな」
「石は?」
ベラトリクスが近づく。
触ることは禁止されている。
だから。
少し離れたところから見る。
「この文字」
「うん」
「レグルスの字ではない」
「分かるの?」
「当然じゃ」
「じゃあ誰?」
「知らぬ」
ベラトリクスの表情が険しくなる。
「だが」
「何?」
「この石自体は」
赤い瞳が細くなる。
「この塔と同じ時代のものじゃ」
つまり。
後世の完全な偽物ではない。
五百年前か。
その少し後に。
誰かが。
この文章を刻んだ。
「……誰が変えたんだろ」
僕が呟く。
ベラトリクスは答えなかった。
第三層。
一般公開の最上階。
そこには。
聖剣を模した巨大な祭壇。
そして。
レグルスの像。
「また?」
「本当に多いのう」
「ベラトリクスでも思う?」
「あやつが見たら恥ずかしさで死ぬぞ」
「もう亡くなってるけど」
言ってから。
しまったと思った。
ベラトリクスは。
一瞬だけ黙った。
「……そうじゃったな」
「ごめん」
「謝るなと言ったであろう」
「うん」
第三層。
人々は祈ったり。
記念品を買ったり。
窓から王都を眺めたりしている。
そして。
奥。
赤い縄。
《関係者以外立入禁止》
その先。
階段。
さらに上へ続いている。
「一般公開はここまでか」
「みたいだね」
ベラトリクスが階段を見る。
「行くぞ」
「駄目だよ!」
「何故じゃ!」
「立入禁止って書いてあるでしょ!」
「読めぬ」
「嘘つけ!」
「五百年前の文字なら読める」
「現代語も普通に話してるじゃん!」
「話すのと読むのは違う」
「さっき展示読んでたよ!」
「……」
「ベラトリクス」
「細かい男じゃな」
「普通だよ!」
その時だった。
――ドクン。
「……っ」
また。
僕は胸を押さえた。
「ソル?」
「来た」
「何がじゃ」
「昨日と同じ」
階段。
その奥。
上じゃない。
「……違う」
「何?」
僕は周囲を見る。
何か。
おかしい。
声は。
上からじゃない。
もっと。
近い。
「こっち……」
人の流れから外れる。
第三層の壁。
何もない。
普通の石壁。
「何をしておる」
「ここ」
「壁じゃぞ」
「分かってる」
でも。
感じる。
薄い。
すごく薄い。
魔力。
誰かの。
五百年経って。
ほとんど消えかけている。
でも。
確かに。
「残ってる」
ベラトリクスの顔が変わる。
「またか?」
「うん」
僕は壁へ近づいた。
「ソル」
ベラトリクスの声。
少し低い。
「触れる前に待て」
「え?」
珍しい。
いつもなら。
触れろと言うのに。
ベラトリクスが壁へ近づく。
手を翳す。
「……」
僅かな黒い魔力。
石壁を撫でる。
数秒。
「なるほど」
「何?」
「隠蔽術式じゃ」
「隠蔽?」
「壁に見せておるだけじゃ」
「じゃあ、この向こうに何かある?」
「ああ」
「開けられる?」
「……」
ベラトリクスが少し嫌そうな顔をする。
「今の妾では難しい」
「じゃあ僕?」
「待て」
また。
止められた。
変だ。
「何?」
「お主」
ベラトリクスが僕を見る。
「昨日の塔の声も」
「うん」
「地下の封印も」
「うん」
「妾の記憶も」
「……うん」
少し間。
「すべて、触れたことで起きた」
「そうだね」
ベラトリクスが黙る。
何を考えているのか。
分からない。
「ベラトリクス?」
「……触れよ」
「結局触るんだ」
「ただし」
「何?」
「何か異変を感じたら、すぐ手を離せ」
「珍しく心配してる?」
「違う」
即答。
「お主が死ねば塔を開ける者がおらぬ」
「はいはい」
「はいは一度でよい」
僕は壁へ手を伸ばした。
石。
冷たい。
最初は。
何も起きない。
「……」
数秒。
その時。
――ドクン。
青白い光。
壁の中。
一本の線。
「っ!」
「ソル!」
文字。
浮かび上がる。
古い文字。
でも。
何故か。
読める。
いや。
意味が。
直接頭に入ってくる。
《待っていた》
「……え?」
壁全体が光った。
周囲。
誰も気づいていない。
いや。
おかしい。
こんなに光っているのに。
観光客たちは。
普通に話している。
こちらを見ない。
「ベラトリクス!」
「結界の内側じゃ!」
「いつから!?」
「今じゃ!」
石壁。
音もなく。
中央から割れる。
そこに。
階段。
下へ。
「下?」
勇者の塔なのに。
階段は地下へ続いていた。
「……行くぞ」
ベラトリクスが先へ進もうとする。
今度は。
僕が止めなかった。
一歩。
階段へ入る。
背後。
石壁がゆっくり閉じる。
外の音が。
完全に消えた。
「……暗い」
僕が言うと。
壁。
青い炎が灯った。
一つ。
また一つ。
地下へ。
道を示すように。
「これ」
ベラトリクスが炎を見る。
「知ってる?」
「レグルスの魔力ではない」
「じゃあ誰?」
「アークトゥルスじゃ」
「え?」
「この術式は、あの爺の癖じゃ」
五人。
塔はレグルスだけで作ったんじゃない。
やっぱり。
五人で。
いや。
「ベラトリクスも設計に関わった?」
僕が聞く。
「少しだけな」
「じゃあ六人で作ったようなものじゃん」
「完成させたのは五人じゃ」
階段を下りる。
深い。
何段あるのか分からない。
やがて。
広い地下室へ出た。
「……」
僕は。
言葉を失った。
正面。
壁。
そこに。
大きな彫刻。
六人。
聖剣を持つ青年。
刀を持つ男。
盾を構える大男。
杖を持つ老人。
祈る少女。
そして。
中央。
黒髪の少女。
角はない。
翼もない。
今。
僕の隣にいる少女と。
同じ顔。
「……ベラトリクス」
彼女は。
動かなかった。
壁画を見る。
六人。
歴史から消された。
六人目。
その下。
古い文字。
今度は。
僕にも読めない。
「何て書いてあるの?」
ベラトリクスが近づく。
指で。
文字をなぞる。
そして。
止まった。
「……」
「ベラトリクス?」
返事はない。
「何て?」
赤い瞳が。
僅かに揺れる。
「……馬鹿者どもめ」
「え?」
ベラトリクスが。
小さく笑った。
でも。
声が震えていた。
「何て書いてあるの?」
僕がもう一度聞く。
長い沈黙。
そして。
ベラトリクスが読んだ。
「――我ら六人」
一文字ずつ。
「ここに災厄を封ず」
僕は壁を見る。
五英雄。
そして魔王。
「六人……」
証拠。
初めてだった。
ベラトリクスの記憶じゃない。
彼女の言葉でもない。
五百年前から。
ここに残されていた。
形ある証拠。
歴史は。
本当に違っていた。
「下にもある」
僕が言う。
「何?」
碑文。
さらに続いている。
ベラトリクスが読む。
「勇者レグルス」
一行。
「剣聖シリウス」
「守護騎士アルデバラン」
「賢者アークトゥルス」
「聖女ルナ」
そして。
最後。
ベラトリクスの指が止まる。
「……魔王」
少しだけ笑う。
「ベラトリクス」
六つ。
確かに。
名前が刻まれている。
「本当に」
僕は呟く。
「六人だったんだ」
「言ったであろう」
「うん」
「妾は嘘をつかぬ」
「それはまだ分からない」
「貴様」
「でも」
僕は壁を見る。
「これは信じる」
ベラトリクスが。
こちらを見る。
「あなたたちは」
六人の彫刻。
「本当に仲間だったんだね」
「……ああ」
声は。
小さかった。
その時。
奥。
光。
「何?」
部屋のさらに先。
今まで暗闇だった場所に。
一つ。
青い光が灯る。
そして。
男の声。
『やっと』
ベラトリクスが。
息を止めた。
僕も。
声の方向を見る。
光。
人の形。
少しずつ。
輪郭ができる。
明るい髪。
剣。
若い男。
草原の記憶で見た。
あの人。
ただし。
身体は透けている。
本物じゃない。
生きている人間でもない。
魔力。
記憶。
残された何か。
男は。
最初に僕を見る。
そして。
その隣。
ベラトリクスへ視線を移した。
「……」
ベラトリクスは。
動けない。
男が。
笑った。
あの草原で見たのと。
同じ笑い方だった。
そして。
五百年越しに。
勇者レグルスは。
魔王の名を呼んだ。
『――遅かったな、ベラトリクス』
「……レグルス」
五百年。
届かなかった約束が。
初めて。
目の前に現れた。




