星の記憶
第72話 星の記憶
王の墓所を出た僕たちは、そのままアルカディアの街へ戻った。
遺跡から出る頃には、もう空が暗くなり始めていた。
「今日はもう休んだ方がよいじゃろ」
ベラが大きく伸びをする。
「さすがに妾も疲れた」
「私もです」
アンタレスが苦笑する。
「今日は色々ありすぎました」
「そうだな」
僕も頷いた。
千百年前の王子。
天使が残した兵器。
そして。
《天曜》の新しい力。
一日で整理できるような話じゃない。
「明日」
アルヴィスが言った。
「もう一度、塔に集まろう」
「塔で?」
「賢者の塔だ」
「そこで今日分かったことを整理する」
「アステルの話も含めてな」
僕は頷いた。
「分かった」
その日は。
それぞれ別れて休むことになった。
僕とベラとアンタレスは、アルカディアの宿へ戻った。
部屋へ入ると。
ベラが椅子へ腰を下ろす。
「……濃い一日じゃったな」
「うん」
僕もベッドへ座る。
「まさか」
「千百年前の王子に会うなんて」
「妾は」
「お主が兄上と呼ばれた時の方が驚いたぞ」
「……それは僕も」
「本当に」
「なんで僕なんだろう」
アンタレスが窓の外を見ながら言う。
「でも」
「ソルが《天曜》を使えること」
「アステルさんがソルを同族だと感じたこと」
「全部、偶然とは思えません」
「……」
僕は何も答えなかった。
自分でも。
そう思っている。
けれど。
まだ断言することはできない。
「今日は寝よう」
僕はそう言って横になった。
けれど。
なかなか眠れなかった。
目を閉じると。
あの王子の顔が浮かぶ。
そして。
あの言葉。
――兄上。
「……」
僕は天井を見る。
僕はいったい。
何者なんだろう。
そんな疑問を抱えたまま。
夜は静かに過ぎていった。
翌朝。
僕たちは予定通り賢者の塔へ向かった。
塔の中へ入ると。
昨日までとは違う空気を感じた。
「おはようございます」
アルヴィスが待っていた。
その隣には。
数人の賢者たちがいる。
「昨日の遺跡について」
「記録をまとめる」
僕たちは大きな机を囲んだ。
机の上には。
昨日持ち帰った資料。
古代語の記録。
そして。
王の墓所で見た魔法陣の写しが並べられている。
「まず」
アルヴィスが口を開く。
「確認できたことを整理しよう」
「はい」
僕は頷いた。
「一つ目」
アルヴィスが紙へ書き込む。
「千百年前」
「アウレストラ帝国は天使によって滅ぼされた」
「正確には」
「天使が帝国を滅ぼすために動いた」
「うん」
「二つ目」
「帝国の王族には」
「特殊な太陽の力を扱える者が存在した」
「そして」
「その力の名前が」
アルヴィスが僕を見る。
「《天曜》」
「……」
僕は頷いた。
「三つ目」
アルヴィスが続ける。
「《天曜》は」
「単純な太陽魔法ではない」
「星の声を聞き」
「星々から力を受け取り」
「それを太陽の力と繋げて扱う」
「そうだった」
僕は昨日の感覚を思い出す。
星々の声。
無数の光。
そして。
身体の奥から湧き上がった太陽の力。
「四つ目」
アルヴィスが言う。
「天使は」
「その太陽の力を恐れていた」
「理由はまだ不明」
「……」
そこまで整理したところで。
僕は一つ気づいた。
「でも」
「まだ分からないことが多すぎる」
「その通りだ」
アルヴィスが頷く。
「例えば」
僕は指を折る。
「なぜ天使は帝国を滅ぼしたのか」
「どうして太陽の力をそこまで恐れたのか」
「アステルはどうして僕を兄上と呼んだのか」
「そして」
僕は少しだけ言葉を止めた。
「僕が」
「本当にアウレストラ帝国の王族と繋がっているのか」
部屋が静かになる。
「……」
アルヴィスも。
すぐには答えなかった。
「そこは」
「まだ可能性の段階だ」
「分かってる」
「アステル自身も断言していない」
「そうだ」
「だから」
僕は頷く。
「そこは慎重に考えたい」
「その方がいい」
アルヴィスが答えた。
「血筋については」
「証拠がない限り断定できない」
その言葉に。
僕も納得した。
「では」
一人の賢者が口を開く。
「五つ目として」
「アステル王子の存在を加えるべきでしょう」
「そうだな」
アルヴィスが頷く。
「アウレストラ帝国最後の王子」
「そして」
「王の墓所に残された太陽の力を受け継ぐ者」
僕は。
昨日のアステルを思い出した。
彼は。
今もあの墓所にいる。
千百年前から。
帝国が滅びた後も。
「……」
その時だった。
「――」
声がした。
「……?」
僕は顔を上げた。
誰かが喋ったわけではない。
賢者たちは。
まだ話し合っている。
でも。
確かに。
聞こえた。
「どうした?」
ベラが僕を見る。
「……今」
僕は耳を澄ませた。
「何か聞こえた?」
「何も聞こえぬぞ」
「私にも聞こえません」
アンタレスも首を振る。
僕だけ。
「……まただ」
「また?」
アルヴィスが聞く。
僕は。
目を閉じた。
すると。
昨日よりも。
はっきりと聞こえた。
――ソル。
「……!」
僕は立ち上がった。
椅子が大きな音を立てる。
「今」
「名前を呼ばれた」
「誰に?」
僕は答えられない。
声は。
この塔の中から聞こえている。
けれど。
誰かが近くにいるわけじゃない。
もっと深い。
もっと遠い場所から。
「……こっち」
僕は。
無意識に歩き始めた。
「おい、ソル!」
ベラが後を追う。
「待ってください!」
アンタレスも続く。
アルヴィスは。
何かに気づいたように目を見開いた。
「……まさか」
「どうした?」
ベラが振り返る。
「アークトゥルスの記録室だ」
「え?」
「声が」
「そこから聞こえているのかもしれない」
僕は。
塔の奥へ進む。
以前。
資料を探した部屋。
そのさらに奥。
古い本棚の前で。
足が止まった。
「……」
ここだ。
間違いない。
声が。
はっきり聞こえる。
――ソル。
――ようやく聞こえたか。
「……誰?」
僕が問いかける。
すると。
返事があった。
――私の名は。
――アークトゥルス。
「……!」
アルヴィスが息を呑む。
「アークトゥルス……」
ベラも。
アンタレスも。
黙っている。
僕は。
目の前の本棚を見る。
「あなたは」
「どこにいるの?」
――ここにはいない。
――私は五百年前に死んでいる。
「じゃあ」
――これは。
――私が残した記憶だ。
僕は。
息を呑んだ。
五百年前。
この塔で。
数多くの記録を残した賢者。
アークトゥルス。
その声が。
今。
僕だけに聞こえている。
――ソル。
――お前がここまで来たということは。
――やはり。
「……やはり?」
しばらく。
声が途切れる。
そして。
静かな声が響いた。
――お前は。
――私と同じ星の声を聞く者だ。
僕の心臓が。
大きく跳ねた。
「……」
――そして。
――その力を持つ者が。
――再び現れたということは。
――天使も。
――目を覚まし始めたということだ。
「待って」
僕は。
声を遮る。
「アークトゥルス」
「あなたは」
「僕のことを」
「知ってるの?」
長い沈黙。
そして。
――知っている。
「……!」
――だが。
――私が知っているのは。
――お前が何者なのかではない。
「え?」
――お前が。
――何を背負っているのかだ。
「……」
――ソル。
――お前は。
――千百年前の帝国に繋がる力を持っている。
――だが。
――まだ。
――その答えを求めてはいけない。
「どうして?」
――早すぎるからだ。
――真実を知れば。
――お前は。
――今までの自分を。
――疑うことになる。
「……」
僕は。
拳を握った。
「それでも知りたい」
「僕が何者なのか」
「どうして星の声が聞こえるのか」
「どうして天曜を使えるのか」
「全部知りたい」
声は。
しばらく返ってこなかった。
そして。
小さく笑ったような気配がした。
――そうか。
――やはり。
――お前は。
――あの方に似ている。
「あの方?」
僕が聞き返す。
けれど。
声は答えなかった。
代わりに。
本棚の奥から。
一冊の本がゆっくりと動く。
「……!」
本が。
宙へ浮かぶ。
その表紙には。
古代語で一つの言葉が刻まれていた。
『天曜』
僕は。
手を伸ばす。
本に触れた瞬間。
頭の中へ。
無数の星が流れ込んできた。
そして。
最後に。
一つだけ。
アークトゥルスの声が響いた。
――その本を開け。
――そこから先は。
――私自身の記憶で話そう。
光が。
僕の視界を埋め尽くす。
そして。
僕たちはまだ知らなかった。
五百年前の賢者アークトゥルスが。
なぜ《天曜》を知っていたのか。
そして。
なぜ彼が。
僕の存在を。
待っていたかのような記録を残していたのか。
その答えが。
今。
少しずつ。
姿を現そうとしていた。




