太陽の一撃
第71話 太陽の一撃
王の墓所に、低い唸り声が響いていた。
目の前に立つ異形。
黒い甲殻。
四本の腕。
そして、その胸に刻まれた天使の紋章。
『排除対象――王族』
赤い瞳が、僕を捉える。
『太陽の力を確認』
「……」
僕は剣を握り直した。
「やっぱり」
「こいつは僕を狙ってる」
ベラが僕の隣に立つ。
「ならば、妾たちも狙われておるということじゃな」
アンタレスが杖を構える。
「私たちが邪魔だからでしょうね」
アルヴィスが魔法陣を展開する。
「油断するな」
「こいつは千百年前、帝国を滅ぼすために使われた兵器だ」
アステルが前へ出る。
「その通りです」
「そして」
彼は異形を見据えた。
「この兵器は」
「太陽の力を持つ者を最優先で排除します」
「じゃあ」
僕は一歩前へ出る。
「僕が囮になる」
「ソル」
ベラが僕を見る。
「大丈夫」
「みんながいるから」
ベラは少しだけ黙った。
そして。
「……分かった」
「じゃが」
「無茶だけはするな」
「うん」
異形が腕を振り上げる。
次の瞬間。
姿が消えた。
「――っ!」
速い。
目で追えない。
「右!」
アルヴィスの声。
僕は反射的に身体を捻った。
ドォンッ!
目の前の床が砕けた。
「……!」
拳が。
ほんの一瞬前まで僕がいた場所を叩き潰している。
僕は距離を取った。
「速すぎる……」
「私が止めます!」
アンタレスが杖を振る。
「《焔獄》!」
轟ッ!
巨大な炎が異形を包み込む。
赤い炎が。
黒い甲殻を焼いていく。
「効いてる!」
しかし。
炎の中から。
異形が歩いて出てきた。
『損傷――軽微』
「嘘……」
アンタレスが目を見開く。
「私の《焔獄》が……」
ベラが前へ出る。
「ならば妾がやる」
両手を広げる。
周囲の魔力が一気に膨れ上がった。
「《紅蓮魔槍》!」
巨大な炎の槍が。
一直線に放たれる。
ドォォォン!
直撃。
異形の身体が吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられる。
「どうじゃ!」
しかし。
煙の中から。
異形が立ち上がった。
甲殻の一部が砕けている。
だが。
まだ動いている。
『損傷――八パーセント』
「……八パーセント?」
ベラの顔が引きつる。
「妾の魔法でそれだけか」
「どうやら」
アルヴィスが冷静に言う。
「通常の魔法では」
「大きな損傷を与えられないようだ」
アステルが頷く。
「天使が作った兵器です」
「魔法耐性が極端に高い」
「では」
アンタレスが尋ねる。
「どうやって倒すんですか?」
「太陽です」
アステルが答えた。
「この兵器は」
「太陽の力を恐れている」
僕は。
異形を見る。
確かに。
僕の《天曜》に反応した時だけ。
ほんの一瞬。
動きが止まっていた。
「……」
僕は右手を開く。
金色の光が。
小さく灯った。
「じゃあ」
「僕がやる」
異形が動いた。
『王族――排除』
「来る!」
ベラが叫ぶ。
僕は前へ走った。
異形と僕の距離が。
一気に縮まる。
四本の腕が。
同時に振り下ろされた。
「――っ!」
一つ目。
避ける。
二つ目。
剣で受け流す。
三つ目。
身体を沈める。
四つ目。
後ろへ跳ぶ。
ドォン!
ドォン!
ドォン!
床が次々と砕ける。
「ソル!」
アンタレスが叫ぶ。
「分かってる!」
僕は。
異形の懐へ入り込んだ。
剣を振る。
ガキィン!
刃が甲殻に弾かれる。
「硬い……!」
異形の腕が。
僕へ迫る。
その瞬間。
「《星装》」
身体に星の力が流れ込む。
一気に速度を上げる。
僕は横へ飛んだ。
拳が頬を掠める。
風圧だけで。
身体が吹き飛びそうになる。
「……っ」
強い。
今まで戦ったどの魔物よりも。
純粋な力が強い。
「ソル!」
ベラが叫ぶ。
「足元じゃ!」
僕は視線を落とす。
異形の足元に。
小さな魔法陣が浮かんでいる。
「……あれか!」
アルヴィスが叫ぶ。
「兵器を動かしている制御核だ!」
「壊せる?」
「分からない!」
「なら」
僕は剣を握る。
「試す!」
僕が走る。
異形が迎撃する。
四本の腕。
だが。
今度は。
僕だけじゃない。
「《紅蓮魔槍》!」
ベラの炎が飛ぶ。
異形が反応する。
その一瞬。
「私も!」
アンタレスが杖を振る。
「《炎獄連鎖》!」
複数の炎柱が。
異形の周囲から噴き上がる。
「今です!」
僕は。
一気に懐へ入った。
剣を振り下ろす。
ガキィン!
足元の魔法陣へ。
刃が叩き込まれる。
――バチィッ!
魔法陣が揺らぐ。
『警告』
『制御系統――損傷』
「効いた!」
僕はさらに踏み込む。
「もう一度!」
剣を振る。
しかし。
異形が腕を振り上げた。
僕の身体へ。
直撃する。
「――っ!」
ドンッ!
僕は吹き飛んだ。
「ソル!」
背中から壁へ叩きつけられる。
息が詰まる。
「……っ」
視界が揺れる。
「ソル!」
ベラが駆け寄ろうとする。
「来るな!」
僕は叫んだ。
異形が。
僕へ向かって歩いてくる。
『王族――優先排除』
「……」
立ち上がる。
足が少し震える。
でも。
立てる。
僕は。
右手を見る。
金色の光。
さっきよりも強い。
「……これなら」
僕は。
手のひらを前へ向けた。
「《天曜》」
金色の光が。
一気に広がる。
けれど。
炎にはならない。
熱だけが。
空間を震わせる。
「……」
僕の周囲に。
小さな星々が浮かぶ。
一つ。
二つ。
十。
無数の光。
それらが。
僕の手のひらへ集まっていく。
「星の声……」
僕には。
聞こえていた。
無数の声。
遠く。
遥か遠く。
星々が。
僕へ力を渡している。
そして。
その中心に。
太陽の光が集まる。
「……これが」
アステルが息を呑む。
「本来の《天曜》……」
僕は。
手のひらに集まった光を見る。
眩しい。
熱い。
でも。
怖くない。
むしろ。
懐かしい。
「行くよ」
僕は。
異形へ手を向ける。
「《天曜・日輪》」
瞬間。
金色の光が。
一直線に放たれた。
ドォォォォンッ!
王の墓所が。
黄金に染まる。
異形の身体へ。
太陽の光が直撃する。
『――――』
初めて。
異形が声を上げた。
黒い甲殻が。
焼ける。
いや。
違う。
溶けている。
「……!」
僕自身が驚いた。
さっきまで。
あれだけ硬かった甲殻が。
太陽の光に触れた部分から。
消えていく。
『警告』
『警告』
『太陽属性――危険』
『魔力防御――突破』
「……効いてる」
アンタレスが呟く。
ベラも。
目を見開いている。
「炎とは」
「まるで違うな」
「うん」
僕は。
光を維持する。
「これは」
「太陽だから」
異形が。
四本の腕を振り回す。
光を止めようとする。
でも。
近づけない。
太陽の光が。
その身体を焼き続ける。
『王族――』
『排除――』
『不能』
その声と共に。
異形の身体が。
大きく揺らいだ。
「まだだ!」
僕は。
さらに魔力を込める。
「《天曜》――!」
星々の光が。
さらに集まる。
けれど。
その瞬間。
頭の中へ。
大量の声が流れ込んできた。
――熱い。
――眩しい。
――力を貸す。
――もっと。
「……っ!」
僕は。
歯を食いしばった。
星の声。
こんなにも。
たくさんの声を。
同時に聞いたことはない。
「ソル!」
ベラの声。
「無理するな!」
「大丈夫……!」
僕は。
光を握る。
「まだ」
「いける!」
その瞬間。
僕の背後に。
巨大な光輪が浮かび上がった。
太陽。
そして。
その周囲を回る星々。
「……」
アステルが。
静かに呟く。
「《天曜》」
「それは」
「戦うためだけの魔法ではありません」
「でも」
僕は。
目の前の敵を見る。
「今は」
「戦うために使う」
光輪が。
一気に収束する。
「終わりだ」
僕は。
手を前へ突き出した。
「《天曜・日輪》――最大出力」
ドォォォォォンッ!!
黄金の光が。
王の墓所を貫いた。
異形の身体が。
完全に光の中へ消える。
黒い甲殻が。
一枚。
また一枚と。
崩れていく。
そして。
最後に残った天使の紋章が。
光に焼かれ。
砕け散った。
――バキィン。
異形が。
膝をつく。
『……太陽……』
『なぜ……』
『この時代に……』
その言葉を最後に。
異形の身体は。
黒い灰となって崩れ落ちた。
静寂。
誰も。
しばらく動かなかった。
僕は。
ゆっくりと腕を下ろす。
金色の光が消えていく。
「……終わった?」
アンタレスが。
恐る恐る尋ねる。
アルヴィスが。
魔力の残滓を確認する。
「……反応はない」
ベラが。
僕を見る。
「ソル」
「うん」
「今のは」
「妾の知っている魔法とは」
「全く違ったぞ」
僕は。
自分の手を見る。
「僕も」
「まだよく分からない」
アステルが。
僕の横へ歩いてくる。
「ですが」
「確かなことがあります」
「何?」
「あなたは」
「太陽の力を」
「自分の意思で扱えるようになった」
「……」
僕は。
もう一度。
手のひらを見る。
そこには。
小さな金色の光が残っていた。
「天曜……」
僕は。
その名前を呟く。
これまで。
星の声を聞く力だと思っていた。
けれど。
違う。
星の声を聞く。
星の力を受け取る。
そして。
太陽の力を扱う。
それらすべてが。
《天曜》という一つの魔法だった。
その時。
突然。
王の墓所の奥から。
小さな音が響いた。
カチッ。
「……?」
全員が振り返る。
さっきまで異形が立っていた場所。
そこに。
一つの小さな光が浮かんでいた。
黒い魔力ではない。
金色。
その光が。
ゆっくりと。
僕の方へ飛んでくる。
「ソル」
ベラが構える。
「待って」
僕は。
手を伸ばした。
光が。
僕の手のひらへ落ちる。
その瞬間。
声が聞こえた。
――太陽の継承者へ。
「……!」
頭の中に。
アウレストラの声が響く。
――もし。
――この力が目覚めたのなら。
――帝国の最後の封印も。
――いずれ解かれる。
「……封印?」
僕が呟く。
――そして。
――天使たちも。
――再び動き始めるだろう。
声が。
そこで途切れる。
僕は。
拳を握った。
「……」
ベラが。
僕を見る。
「何を聞いた?」
僕は。
少しだけ迷った。
でも。
隠す必要はない。
「天使が」
「また動き始めるって」
王の墓所に。
再び静寂が落ちる。
アステルが。
ゆっくりと目を閉じた。
「……やはり」
「知ってたの?」
「はい」
「千百年前から」
「父は」
「いつか天使が戻ってくる可能性を考えていました」
僕は。
顔を上げる。
「だったら」
「僕たちが」
「止めないといけない」
ベラが笑う。
「その通りじゃ」
アンタレスが杖を肩に担ぐ。
「私たちが来た意味も」
「そこにあるのかもしれませんね」
アルヴィスが。
静かに頷く。
「ならば」
「一度、アルカディアへ戻ろう」
「そうだね」
僕は頷いた。
「遺跡で分かったことを整理しよう」
僕たちは。
王の墓所を後にする準備を始めた。
僕は。
最後に一度だけ振り返る。
そこには。
千百年前から眠り続けていた王の墓所。
そして。
その奥に残された。
アウレストラ帝国の記憶。
まだ。
すべてが分かったわけじゃない。
僕が本当に王族の血を引いているのか。
なぜアステルは僕を兄上と呼んだのか。
天曜とは本当は何なのか。
そして。
天使はなぜ。
太陽の力をそこまで恐れているのか。
答えは。
まだこの遺跡のどこかに。
残っているのかもしれない。
けれど。
今は戻る。
アルカディアには。
まだ調べるべき場所がある。
そして。
賢者たちなら。
この遺跡で起きたことを。
何か知っているかもしれない。
僕は。
仲間たちと共に。
王の墓所を出た。
その先にある。
アルカディアの街へと。




