最後の王子
第70話 最後の王子
「……兄上?」
その言葉が、王の墓所に響いた。
僕は何も言えなかった。
目の前にいる青年は、確かに僕を見ている。
まるで。
ずっと昔から僕を知っているように。
「……僕のことを言ってるの?」
ようやく絞り出した声に、青年は首を傾げた。
「あなた以外に、誰がいるのですか?」
「いや……」
僕は自分を指差す。
「僕は、ソルだ」
「ソル……?」
青年が、その名前を口の中で確かめるように呟く。
「そうですか」
そして。
少しだけ寂しそうに笑った。
「時代が変われば、名前も変わるのでしょうね」
「待て」
ベラが口を挟む。
「話が全く分からぬ」
アンタレスも頷いた。
「私もです」
「そもそも」
ベラが青年を睨む。
「お主は何者じゃ?」
青年はベラへ視線を向ける。
「……ベラトリクス」
「……!」
ベラの目が細くなる。
「なぜ妾の名を」
「記録で知っています」
「記録?」
「はい」
青年は自分の胸へ手を当てた。
「僕は、この場所に眠っていた」
「そして」
「目覚めた時に、帝国の記録をすべて受け継いでいます」
アルヴィスが一歩前へ出る。
「帝国の記録を?」
「はい」
「では、質問してもいいか」
「もちろん」
アルヴィスは青年をじっと見る。
「お前の名前は?」
青年は少しだけ笑った。
「……まだ名乗っていませんでしたね」
そして。
ゆっくりと立ち上がる。
「僕の名は、アステル」
「アステル……」
僕は、その名前を繰り返した。
「アウレストラ帝国最後の王子です」
「……」
空気が止まった。
僕は。
目の前の青年を見る。
最後の王子。
千百年前。
帝国を滅ぼした天使との戦い。
その中で。
生き残った王族がいた。
「じゃあ」
僕が尋ねる。
「アウレストラは」
「あなたのお父さん?」
アステルは頷いた。
「はい」
「初代皇帝アウレストラ」
「僕の父です」
僕は。
言葉を失った。
アウレストラ。
今まで記憶の中で何度も見てきた人物。
帝国を築き。
太陽の力を使い。
天使と戦った王。
その息子が。
今。
僕の目の前にいる。
「でも」
僕は一つの疑問を口にした。
「どうして僕を兄上って呼んだの?」
アステルは。
少し困ったような顔をした。
「それは」
「……」
「僕にも分かりません」
「え?」
「記録の中には」
「あなたのことが残されていない」
「では、なぜ」
ベラが尋ねる。
アステルは。
僕を見る。
「僕が目覚めた瞬間」
「あなたの魔力を感じたからです」
「魔力……」
「はい」
アステルの胸元にある太陽の紋章が輝く。
僕の身体からも。
金色の光が溢れた。
二つの光が。
ゆっくりと重なっていく。
「……」
その瞬間。
頭の奥に。
また声が響いた。
――同族。
「……っ」
僕は額を押さえた。
「ソル!」
ベラが駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「うん……」
僕は息を整える。
「今」
「声が聞こえた」
「何と?」
「……同族って」
アステルが目を見開いた。
「やはり」
「何が?」
「あなたは」
「僕と同じです」
「同じ……?」
「太陽の力を持つ者」
アステルは右手を掲げる。
そこに。
金色の光が集まった。
炎ではない。
光そのもの。
僕の《天曜》と。
同じ。
「僕たち王族には」
「太陽の力が受け継がれていました」
「王族なら誰でも?」
「いいえ」
アステルは首を横に振る。
「王族の中でも」
「ごく一部だけです」
「太陽の力を扱えるのは」
「直系の中でも」
「さらに限られていました」
僕は。
胸に手を当てる。
「じゃあ」
「僕も……」
アステルは。
すぐには答えなかった。
「可能性は」
「非常に高いと思います」
「可能性?」
ベラが聞き返す。
「なぜ断言せぬ?」
「僕は千百年前の人間です」
「今の時代に何が起きたのか」
「僕には分かりません」
「だから」
アステルは僕を見る。
「あなたが僕たちの血を引いていると」
「今ここで断言することはできません」
僕は。
少しだけ安心した。
まだ。
何も確定していない。
でも。
「ただ」
アステルが続ける。
「太陽の力」
「星の声」
「そして《天曜》」
「この三つを同時に持つ者が」
「王族以外に現れたという記録は」
「ありません」
「……」
アルヴィスが静かに口を開く。
「つまり」
「ソルがアウレストラ帝国の王族に繋がっている可能性は」
「かなり高い」
「はい」
アステルが頷く。
「少なくとも」
「僕はそう考えています」
その時。
王の墓所の奥から。
大きな音が響いた。
ドンッ!
床が揺れる。
「またか!」
アンタレスが杖を構える。
「今度は何じゃ!?」
ベラも魔力を高める。
僕は。
魔力の流れを探る。
「……来る」
「何が?」
「何かが」
遠く。
地下のさらに奥。
巨大な魔力が動いている。
しかも。
さっきより近い。
「アステル」
僕は青年を見る。
「この場所には」
「他に何かいるの?」
「……」
アステルの表情が変わった。
「いる」
「何が?」
「帝国が最後に戦ったものです」
「天使?」
「違います」
アステルが首を横に振る。
「天使ではありません」
「では何じゃ」
ベラが尋ねる。
「天使が帝国を滅ぼしたんじゃないのか?」
「天使だけではありません」
アステルが答える。
「天使は」
「何かを連れてきました」
「何か?」
「はい」
アステルが。
墓所の奥を見る。
「帝国を滅ぼすための」
「兵器を」
「……」
僕たちの間に。
緊張が走った。
「兵器って」
アンタレスが呟く。
「そんなものが」
「ここに残っているのですか?」
「残っている」
アステルが答える。
「だから」
「父は」
「この墓所を作った」
「自分の墓を作るためではなく」
「封印するために」
「何を?」
アステルは。
静かに答えた。
「天使が残した」
「終末兵器です」
ドンッ!
今度は。
さっきよりも強く。
王の墓所が揺れた。
天井から砂が落ちてくる。
「……封印が」
アステルが呟く。
「弱くなっている」
「千百年も経ってるから?」
「それだけではありません」
アステルが僕を見る。
「あなたが」
「ここへ来たからです」
「僕が?」
「はい」
「太陽の力が」
「この場所を目覚めさせた」
「そして」
「眠っていたものまで」
「目覚めようとしている」
僕は拳を握った。
「なら」
「止めないと」
アステルは。
少しだけ驚いた顔をした。
「怖くないのですか?」
「怖いよ」
僕は正直に答える。
「でも」
「放っておけない」
ベラが笑った。
「それでこそじゃ」
アンタレスも頷く。
「私も同じです」
アルヴィスが杖を構える。
「ならば」
「封印を確認しよう」
「はい」
アステルが答えた。
「ですが」
彼は僕を見る。
「その前に」
「一つだけ」
「何?」
「あなたに渡したいものがあります」
「僕に?」
アステルが。
自分の胸元へ手を伸ばす。
すると。
太陽の紋章が輝いた。
その光が。
ゆっくりと形を変えていく。
小さな結晶。
金色の光を宿した。
「これは」
「王族に代々伝わる」
「太陽の欠片です」
「太陽の……」
「本来は」
「王位継承の証でした」
アステルが。
僕へ差し出す。
「ですが」
「帝国が滅びた時」
「父は」
「これを未来へ残しました」
「なぜ?」
「太陽を受け継ぐ者が」
「いつか現れると信じていたからです」
僕は。
結晶を見る。
手を伸ばす。
そして。
触れた瞬間。
光が弾けた。
「……っ!」
頭の中へ。
大量の声が流れ込んでくる。
星。
無数の星。
そして。
太陽。
温かい光。
「……聞こえる」
僕は呟く。
「星の声が」
今までよりも。
はっきりと。
近い。
まるで。
手を伸ばせば。
届きそうなほどに。
その瞬間。
金色の光が。
僕の全身を包んだ。
「ソル!」
ベラが叫ぶ。
「大丈夫!」
僕は答えた。
そして。
右手を前へ出す。
「……天曜」
光が集まる。
けれど。
今までとは違う。
炎のような熱。
太陽そのもののような輝き。
その中心に。
星々の光が混ざっていく。
「これは……」
アンタレスが息を呑む。
僕自身も。
驚いていた。
「僕の力が」
「変わった……?」
アステルが。
静かに笑った。
「違います」
「え?」
「あなたの力が」
「本来の姿へ」
「近づいたのです」
その瞬間。
王の墓所の奥で。
巨大な轟音が響いた。
ドォォォンッ!
「来るぞ!」
アルヴィスが叫ぶ。
壁の一部が崩れ。
その向こうから。
黒い魔力が噴き出した。
「全員、構えろ!」
僕が叫ぶ。
ベラが魔力を解放する。
「任せよ!」
アンタレスも杖を掲げる。
「私も準備できています!」
アルヴィスが。
魔法陣を展開する。
アステルは。
僕の隣に立った。
「アステル」
「はい」
「戦えるの?」
「千百年前の王子を」
「甘く見ないでください」
アステルが。
初めて戦意を見せた。
金色の光が。
その身体を包む。
「僕も」
「この国を守るために」
「眠っていたのですから」
黒い魔力の中から。
巨大な影が姿を現す。
四本の腕。
鋭い爪。
全身を黒い甲殻に覆われた異形。
そして。
その胸には。
天使と同じ紋章が刻まれていた。
「……天使の兵器」
僕が呟く。
異形が。
ゆっくりと顔を上げる。
そして。
赤い目が。
僕を捉えた。
『太陽……』
低い声が響く。
『太陽を……確認』
『王族を……確認』
『排除を開始する』
「……」
僕は。
剣を握った。
ベラが隣に並ぶ。
アンタレスも。
アルヴィスも。
アステルも。
全員が戦闘態勢へ入る。
そして。
僕は。
右手に集まった金色の光を見る。
太陽。
星。
そして。
《天曜》。
まだ。
この力のすべてを理解したわけじゃない。
でも。
今は。
十分だった。
「行こう」
僕は前を見る。
「みんなで」
王の墓所に。
千百年ぶりの戦いが始まろうとしていた。




