王の墓所
第69話 王の墓所
長い階段を下りていく。
一段。
また一段。
僕たちの足音だけが、暗闇の中へ吸い込まれていく。
さっきまでいた王の間の光は、もう見えない。
壁に刻まれた魔法陣だけが、一定の間隔で淡く輝いていた。
「……深いな」
僕が呟く。
「まだ下があるようじゃな」
ベラが前方を見る。
「どこまで続いておるのだ?」
「分かりません」
アンタレスが答える。
「ですが、この階段」
「かなり古いです」
「そうだな」
アルヴィスが後ろから続く。
「おそらく、この遺跡が作られた時代から存在している」
僕は、壁に手を触れた。
ひんやりとしている。
けれど。
触れた瞬間。
また、何かが頭の中へ流れ込んできた。
「……っ」
視界が揺れる。
「ソル?」
ベラの声が聞こえた。
「大丈夫」
僕は手を離した。
今のは。
記憶だった。
けれど、今までとは少し違う。
アウレストラの姿は見えなかった。
代わりに。
たくさんの人間が、この階段を下りていく光景が見えた。
魔導士。
兵士。
そして。
王族らしき人々。
誰もが。
何かを守るようにして歩いていた。
「……」
僕は目を閉じる。
最後に見えたのは。
階段の先にある巨大な扉だった。
その扉の前に。
一人の男が立っている。
アウレストラ。
けれど。
皇帝になった後の姿だった。
彼は扉へ手を置き。
誰かに言っていた。
『ここから先は』
『王族以外、決して入れてはならない』
そこで。
映像が消えた。
「……王族専用」
僕が呟く。
「何か見えたのか?」
アルヴィスが尋ねる。
「うん」
僕はさっき見えたものを説明した。
アルヴィスは顎に手を当てる。
「ならば」
「この先にあるものは、帝国にとって相当重要だったはずだ」
「王の墓所って書いてありましたけど」
「本当に墓なのか?」
「分からない」
僕は階段の先を見る。
「でも」
「アウレストラが何かを封じた場所なのは間違いないと思う」
ベラが腕を組む。
「ならば警戒しておくべきじゃな」
「うん」
その時。
階段の奥から。
風が吹いてきた。
「……風?」
アンタレスが首を傾げる。
「地下なのに?」
「出口があるのかもしれない」
僕たちは歩く速度を少し上げた。
やがて。
階段の終わりが見えてきた。
そして。
その先には。
巨大な空間が広がっていた。
「……」
誰も言葉を発しなかった。
そこは。
地下とは思えないほど広かった。
天井は遥か高く。
まるで夜空のように無数の光が浮かんでいる。
星。
いや。
本物の星ではない。
魔力で作られた星々だった。
その中心には。
巨大な円形の床。
そして。
その中央に。
一つの棺が置かれている。
「……あれが」
アンタレスが呟く。
「王の墓……?」
僕は。
ゆっくりと歩き出した。
床には。
古代語が刻まれている。
僕には読めた。
「『太陽の王、ここに眠る』」
ベラが目を細める。
「やはり墓なのか」
「でも」
僕は棺を見る。
「何か変だ」
「何がじゃ?」
「魔力が強すぎる」
棺から。
微かな魔力が流れている。
それも。
死者が残した魔力とは違う。
今も。
生きているような。
そんな力だった。
アルヴィスが杖を構える。
「不用意に近づくな」
「分かってる」
僕は立ち止まった。
その瞬間。
天井の星々が。
一斉に輝いた。
「……!」
巨大な魔法陣が。
僕たちの足元に浮かび上がる。
「何だ!?」
アンタレスが杖を構える。
「私が解除します!」
「待って!」
僕が叫ぶ。
「敵じゃない!」
「え?」
僕には分かった。
魔力の流れが。
僕たちを攻撃するためのものではない。
むしろ。
何かを確認している。
「また認証だ」
僕が言う。
「この場所も」
「僕を見てる」
すると。
天井から声が響いた。
――王の墓所。
――侵入者を確認。
「……」
無機質な声。
けれど。
少しして。
声の調子が変わる。
――星の声。
――確認。
――天曜。
――確認。
――王族直系。
――確認。
そして。
長い沈黙。
――……お帰りなさいませ。
「またか」
僕が呟く。
「この場所でも同じじゃ」
ベラが言う。
「どうやら妾たちが来ることを想定していたようじゃな」
「でも」
僕は周囲を見る。
「誰が?」
すると。
棺の前に。
一つの人影が現れた。
「……!」
僕たちは一斉に構える。
人影は。
ゆっくりとこちらを振り返った。
若い男だった。
金色の髪。
白い衣。
胸元には。
太陽の紋章。
「……」
僕は。
その顔を見た瞬間。
息を止めた。
知っている。
いや。
正確には。
見たことがある。
記憶の中で。
何度も。
「アウレストラ……」
僕の口から。
その名前が漏れた。
男は。
僕を見る。
そして。
微笑んだ。
『久しいな』
「……」
声が。
直接頭の中へ響いた。
『いや』
『お前にとっては初めてか』
「……あなたは」
『私が誰なのか』
『もう分かっているだろう』
「アウレストラ……帝国の初代皇帝」
男は。
静かに頷いた。
『そうだ』
ベラが。
僕の前へ出る。
「お主」
『……』
「本当にアウレストラ本人なのか?」
男はベラを見る。
そして。
少しだけ笑った。
『面白いな』
『五百年前の魔王が』
『私の墓所にいるとは』
「……!」
ベラの表情が変わる。
「妾を知っておるのか?」
『知っている』
『正確には』
『記録としてな』
ベラが黙る。
アウレストラは。
僕へ視線を戻した。
『だが』
『私がここにいることに驚いているのは』
『お前の方だろう』
「……うん」
僕は頷いた。
「あなたは」
「死んだんじゃないの?」
『当然だ』
「じゃあ」
『私の肉体は』
『千百年前に滅びた』
「……」
『ここにいる私は』
『残された記憶だ』
僕は。
少しだけ安心した。
でも。
同時に。
疑問が増えた。
「じゃあ」
「どうして」
「僕と話せるの?」
アウレストラは。
しばらく僕を見つめた。
『それは』
『お前が』
『私と同じ力を持っているからだ』
「……」
『《天曜》』
その名前を聞いた瞬間。
胸の奥が熱くなる。
『お前は』
『まだその力を理解していない』
「……教えてほしい」
僕は。
一歩前へ出た。
「《天曜》って」
「本当は何なんだ?」
アウレストラは。
すぐには答えなかった。
『《天曜》とは』
『太陽を操る魔法ではない』
「え?」
『それだけではない』
『星々の声を聞き』
『その力を受け取り』
『太陽へと繋ぐ』
『そして』
『太陽の力を』
『再び世界へ返す』
僕は。
息を呑んだ。
「循環……」
『そうだ』
『星から力を受け』
『太陽へ集め』
『世界へ返す』
『それが』
『本来の《天曜》だ』
アルヴィスが。
興味深そうに聞いている。
「では」
「攻撃魔法というのは」
アウレストラが。
アルヴィスを見る。
『後から生まれた使い方だ』
「後から?」
『帝国が戦争を始めた時』
『私は』
『太陽の力を武器として使った』
「天使と戦うために?」
『そうだ』
「……」
アウレストラの表情が。
少しだけ曇った。
『だが』
『それが』
『帝国を滅ぼす原因にもなった』
「……天使」
僕が呟く。
『そうだ』
『奴らは』
『太陽の力を恐れていた』
『だから』
『帝国を滅ぼした』
僕は。
拳を握った。
「どうして」
「そこまで太陽を恐れたの?」
アウレストラは。
僕を見る。
『太陽の力は』
『奴らにとって』
『唯一』
『完全に支配できない力だったからだ』
「……」
『天使は』
『世界を管理する存在だ』
『そう自称していた』
『だが』
『太陽は』
『誰かの命令では動かない』
『星々も』
『誰かの所有物ではない』
『だから奴らは』
『恐れた』
「……」
『そして』
『消そうとした』
その時。
王の墓所全体が。
大きく揺れた。
ドンッ!
「なっ!?」
アンタレスが周囲を見る。
「何が起きているんですか!?」
アウレストラの表情が変わる。
『……時間がない』
「え?」
『奴らが』
『こちらに気づいた』
僕は。
振り返る。
何も見えない。
でも。
感じる。
遠くから。
巨大な魔力が近づいている。
「天使?」
『違う』
アウレストラが答える。
『天使ではない』
『だが』
『奴らに繋がる者だ』
ベラが。
魔力を高める。
「ならば」
「迎え撃つだけじゃ」
「待って」
僕が止める。
「ここは」
「まだ何かある」
アウレストラが。
僕を見る。
『その通りだ』
『私が』
『お前をここへ呼んだ理由も』
「……理由?」
『王の墓所には』
『私の記憶だけではない』
『帝国が最後に残した』
『もう一つのものがある』
僕は。
棺を見る。
「まさか」
アウレストラが。
静かに頷いた。
『太陽の種だ』
「……!」
『王の間にあったものは』
『本体ではない』
『あれは』
『帝国全体へ力を循環させるための制御核だ』
「じゃあ」
『本当の核は』
アウレストラが。
棺へ手を向ける。
『ここにある』
棺が。
ゆっくりと開き始める。
ゴゴゴゴゴ……。
中には。
一人の青年が眠っていた。
「……!」
僕は。
言葉を失う。
その顔は。
アウレストラに似ていた。
いや。
それだけじゃない。
どこか。
自分にも似ている。
金色の髪。
穏やかな顔。
そして。
胸元には。
太陽の紋章。
「……誰?」
アウレストラが答える。
『私の息子だ』
「……」
『そして』
『最後の王子だ』
その瞬間。
僕の胸が。
強く鳴った。
ドクン。
ドクン。
眠っている青年の胸から。
金色の光が漏れる。
僕の身体からも。
同じ光が溢れた。
「……僕と」
「同じ……」
『そうだ』
アウレストラが言う。
『同じ太陽の力を持っている』
僕は。
青年を見つめる。
その時。
青年の目が。
ゆっくりと開いた。
「……っ!」
ベラが構える。
アンタレスも。
杖を向ける。
アルヴィスが叫ぶ。
「警戒しろ!」
青年は。
ゆっくりと上半身を起こした。
そして。
僕を見る。
「……」
しばらく。
何も言わない。
やがて。
小さく口を開いた。
「……兄上?」
「……え?」
僕の身体が。
固まった。
青年は。
僕を見つめたまま。
静かに笑った。
「ようやく」
「戻ってきたのですね」
王の墓所に。
その声が響いた。
そして。
僕は初めて。
千百年前の帝国が。
何を守ろうとしていたのか。
その意味を。
少しだけ理解した。




