帝国が守ったもの
第68話 帝国が守ったもの
金色の光が、ゆっくりと消えていく。
僕たちは、誰一人として動かなかった。
目の前に現れたものを、理解できなかったからだ。
「……」
王の間の奥。
そこには、巨大な結晶が浮かんでいた。
高さは僕の身長の何倍もある。
透明な結晶の内部には、金色の光が渦巻いている。
その中心には。
一つの小さな球体があった。
太陽のような球体。
けれど。
普通の魔力とは違う。
僕には分かる。
あれは。
《天曜》と同じ性質の力だ。
「……これは」
アルヴィスが呟く。
「魔石……ではない」
アンタレスが目を細める。
「私もそう思います」
ベラが一歩前へ出る。
「では何じゃ?」
誰も答えられない。
その時。
再び声が響いた。
――あれは、アウレストラ帝国の心臓。
「……帝国の心臓?」
僕が聞き返す。
――はい。
――正式名称は存在しません。
――皇帝アウレストラは、ただ。
――『太陽の種』と呼んでいました。
「太陽の種……」
僕は結晶へ近づく。
一歩。
また一歩。
近づくほどに、身体の奥が熱くなる。
《天曜》が反応している。
「これ」
僕は胸に手を当てる。
「僕の力と」
「繋がってる」
――当然です。
「当然?」
――太陽の種は。
――《天曜》によって生み出された力の核。
「……」
アルヴィスが息を呑む。
「つまり」
「アウレストラ帝国は」
「《天曜》を使って」
「この核を作ったのか?」
――正確には違います。
――太陽そのものから力を受け取り。
――星々の力によって安定させ。
――長い年月をかけて結晶化させたものです。
「そんなことが……」
アルヴィスが言葉を失う。
僕も。
目の前の光景から目を離せなかった。
「じゃあ」
僕は尋ねる。
「これは何のために作ったの?」
少しの沈黙。
そして。
――守るためです。
「何を?」
――帝国を。
――人々を。
――そして。
――未来を。
「……」
その言葉を聞いた瞬間。
結晶の中の光が強く輝いた。
そして。
僕の頭の中へ。
また映像が流れ込んできた。
「……っ」
視界が。
一瞬で変わる。
そこは。
千百年前のアウレストラ帝国。
けれど。
今まで見てきた景色とは違った。
街の至る所に。
巨大な魔法陣が設置されている。
塔の頂上。
城壁。
神殿。
街の中心。
すべてが。
一本の光の線で繋がっている。
その中心に。
この地下空間があった。
そして。
アウレストラが立っている。
今度は。
皇帝として。
その隣には。
数人の魔導士たち。
「準備は整ったか」
皇帝が尋ねる。
「はい」
魔導士が頭を下げる。
「太陽の種への接続も完了しております」
「星脈は?」
「正常です」
「ならば」
皇帝が。
目の前の巨大な装置を見る。
「これで」
「帝国全土を守る」
僕は。
その言葉を聞いた。
「守る……?」
皇帝が続ける。
「我々が戦う相手は」
「我々よりも遥かに強い」
「だからこそ」
「力だけでは勝てない」
「この帝国そのものを」
「一つの魔法陣にする」
魔導士たちが。
一斉に魔法を起動する。
その瞬間。
帝国全土が。
金色に輝いた。
街。
城。
森。
山。
すべてが。
一本の巨大な光で繋がっていく。
そして。
空へ。
太陽の光が伸びた。
「……」
僕は。
その光景を見つめる。
綺麗だった。
帝国全体が。
一つの星のように輝いている。
「これが」
僕は呟く。
「帝国を守る結界……」
――違います。
声が。
静かに否定した。
「え?」
――これは結界ではありません。
――力を循環させるための装置です。
「循環?」
――太陽の力を。
――星々の力で調整する。
――そして。
――帝国全体へ分配する。
僕は。
映像の中の帝国を見る。
――これが。
――アウレストラ帝国が最も繁栄した理由です。
「……」
「魔力を」
「一部の人間だけが使うんじゃなくて」
「国全体で共有していた?」
――はい。
「だから」
僕は理解する。
「こんな巨大な帝国を」
「維持できたんだ」
――その通りです。
けれど。
映像の中の皇帝が。
空を見上げる。
その表情が。
突然変わった。
「……」
空に。
白い光が浮かんだ。
一つ。
二つ。
十。
百。
無数の翼。
「天使……」
僕が呟く。
帝国の人々が。
空を見上げる。
魔導士たちが。
一斉に動き始める。
「来たか」
皇帝が言った。
その声には。
怒りではなく。
覚悟があった。
白い翼を持つ天使たちが。
帝国の上空を覆っていく。
そして。
その中心に。
一人だけ。
他とは明らかに違う存在がいた。
巨大な翼。
白銀の装束。
周囲には。
圧倒的な魔力。
僕は。
その姿を見た瞬間。
身体が震えた。
「……」
知らない。
見たことがない。
なのに。
なぜか。
恐ろしい。
――あれは。
声が小さくなる。
――記録に残されていない存在です。
「記録に?」
――はい。
――アウレストラ帝国最後の日。
――その存在についての記録は。
――すべて削除されました。
「どうして?」
――皇帝の命令です。
「……」
僕は。
映像の中のアウレストラを見る。
皇帝は。
その天使を見上げている。
そして。
一言だけ。
「来たか」
天使が。
ゆっくりと口を開く。
「太陽を渡せ」
「……」
「その力は」
「お前たちが持っていいものではない」
皇帝は。
静かに首を横に振る。
「断る」
天使の目が。
赤く光った。
「ならば」
「滅びろ」
次の瞬間。
空が。
白く染まった。
巨大な光が。
帝国へ降り注ぐ。
「……っ!」
僕は。
思わず目を閉じる。
けれど。
映像は止まらない。
帝国全体が。
一斉に魔法を起動する。
城壁。
塔。
神殿。
そして。
地下の太陽の種。
すべてが。
黄金の光で繋がった。
皇帝が。
両手を広げる。
「天曜――」
金色の光が。
皇帝を包み込む。
「――星環」
その瞬間。
帝国全体の魔力が。
皇帝へ集まる。
いや。
正確には。
皇帝を中心に。
循環している。
太陽。
星。
大地。
人々。
すべての力が。
一つになる。
「……これが」
僕は。
言葉を失った。
これが。
アウレストラ帝国の力。
これが。
天使が恐れた。
太陽の力。
そして。
その瞬間。
映像の中の皇帝が。
天使へ向けて。
光を放った。
ドォォォン!
黄金の光が。
空を貫く。
天使たちが。
一斉に吹き飛ばされた。
「……!」
僕は。
目を見開いた。
炎ではない。
雷でもない。
ただ。
純粋な光。
それが。
天使の魔力を。
次々と消していく。
「太陽の力……」
ベラの声が。
遠くから聞こえた気がした。
しかし。
天使は。
倒れなかった。
中心にいた存在が。
ゆっくりと立ち上がる。
そして。
笑った。
「……」
その笑みは。
人間のものではなかった。
「なるほど」
「やはり」
「この力は危険だ」
天使の背後に。
巨大な魔法陣が浮かぶ。
皇帝の顔が。
初めて険しくなる。
「……何をする」
天使は。
答えない。
ただ。
空へ手を伸ばした。
すると。
太陽が。
一瞬だけ。
黒く染まった。
「……何だ」
僕は。
息を呑んだ。
太陽の光が。
消えていく。
星々も。
一つずつ。
闇へ飲まれていく。
――これ以上は。
声が。
途切れた。
映像も。
そこで停止した。
「……」
僕は。
しばらく動けなかった。
「ソル」
ベラの声で。
現実へ戻る。
「大丈夫か?」
「……うん」
僕は。
ゆっくり息を吐いた。
「アウレストラ帝国は」
「天使と戦った」
「そして」
「天曜を使って」
「一度は押し返した」
アルヴィスが。
険しい顔で頷く。
「だが」
「それでも」
「帝国は滅びた」
「……」
「なら」
アンタレスが。
静かに尋ねる。
「この太陽の種は」
「なぜ残っているんですか?」
僕は。
結晶を見る。
その答えは。
すぐには返ってこなかった。
やがて。
魔導知性の声が響く。
――皇帝アウレストラは。
――最後の命令を残しました。
「最後の命令?」
――はい。
――帝国が滅びる時。
――太陽の種を守れ。
――王族が再び現れるまで。
「……!」
僕は。
結晶を見る。
――そのため。
――王の間は閉ざされました。
――そして。
――すべての記録も封印されました。
「じゃあ」
僕は言う。
「千百年間」
「ずっとここで」
「誰かを待ってたの?」
――はい。
「……」
――ですが。
――一つだけ。
――予定外のことがあります。
「予定外?」
――はい。
声が。
初めて。
少しだけ震えた。
――太陽の種が。
――すでに目覚め始めています。
「……え?」
結晶の中心。
金色の球体が。
ゆっくりと脈打った。
ドクン。
ドクン。
まるで。
心臓のように。
「……」
僕の胸も。
同じように。
鼓動する。
ドクン。
ドクン。
「ソル」
ベラが。
僕を見る。
「お主の魔力が」
「……」
僕の身体から。
金色の光が溢れ始めていた。
《天曜》。
今までとは。
明らかに違う。
強い。
でも。
苦しくない。
むしろ。
自然だった。
星の光が。
身体へ入ってくる。
そして。
太陽の力が。
それを包み込む。
「……これ」
僕は。
自分の手を見た。
「僕の中に」
「星が……」
小さな光が。
いくつも浮かんでいる。
それらが。
僕の周囲を回り始めた。
「綺麗……」
アンタレスが。
思わず呟く。
ベラも。
黙って見ている。
アルヴィスだけが。
目を見開いていた。
「それは」
「《天曜》の」
「本来の姿の一つかもしれない」
「本来の……」
僕が呟く。
すると。
魔導知性が言った。
――まだ。
――完全ではありません。
「……」
――ですが。
――貴方は。
――もう一度。
――太陽の力を使えるようになった。
「どういう意味?」
――これまで。
――貴方は星の力を中心に。
――太陽の力を引き出していました。
――しかし。
――これからは。
――太陽そのものを。
――力として扱えるようになるでしょう。
僕は。
拳を握る。
金色の光が。
一瞬だけ強くなる。
その光は。
炎のように燃えている。
けれど。
炎ではない。
もっと純粋な。
太陽そのもののような光。
「……攻撃にも」
僕が呟く。
――はい。
「守るだけじゃない」
――はい。
「敵を倒すためにも」
――可能です。
僕は。
ゆっくり顔を上げた。
今まで。
アンタレスには炎がある。
ベラにも。
強大な魔法がある。
シリウスには剣がある。
僕には。
星装があった。
そして。
今。
新しい力が。
少しずつ。
形を見せ始めている。
太陽。
その力を。
僕はまだ知らない。
でも。
一つだけ。
確かだった。
僕は。
この力を。
いつか。
必要な時に使う。
そのために。
ここまで来たのかもしれない。
「……」
けれど。
その時。
突然。
王の間の奥から。
大きな音が響いた。
ドン。
「……?」
もう一度。
ドン。
今度は。
さっきより強い。
ドンッ!
地面が揺れる。
ベラが構える。
「何じゃ!?」
アンタレスも。
杖を握り直す。
「私にも分かりません!」
アルヴィスが。
周囲を見る。
「魔力の流れが変わった!」
結晶の奥。
さらに地下。
そこから。
巨大な魔力が。
ゆっくりと上がってくる。
僕は。
その魔力を感じた。
そして。
気づく。
これは。
さっきのものとは違う。
敵意がある。
「……何かが」
「起きる」
僕が言った瞬間。
結晶の背後にあった壁が。
ゆっくりと開いた。
その奥には。
さらに下へ続く階段。
そして。
その入口に。
古代語が刻まれていた。
僕は。
それを読む。
「『王の墓所』」
「……墓所?」
ベラが呟く。
「アウレストラの墓?」
僕は。
首を横に振る。
「分からない」
けれど。
その奥から。
声が聞こえた。
今度は。
魔導知性ではない。
もっと低い。
そして。
どこか苦しそうな声。
――太陽を……。
「……」
僕は。
階段を見る。
――太陽を……奪わせるな……。
声が。
そこで消えた。
王の間に。
静寂が戻る。
僕たちは。
誰も口を開かなかった。
やがて。
ベラが。
静かに言った。
「……行くのか?」
僕は。
階段を見る。
怖くない。
とは言えない。
でも。
行かなければならない。
この場所には。
千百年前の帝国が残した。
まだ知らない真実がある。
そして。
その真実は。
今の僕たちへ。
繋がっている。
僕は。
ゆっくりと。
階段へ向かって歩き出した。
「行こう」
アンタレスが。
僕の隣に並ぶ。
「はい」
ベラも。
後ろからついてくる。
アルヴィスが。
最後に王の間を振り返った。
その時。
結晶の中の太陽が。
一度だけ。
強く輝いた。
まるで。
僕たちを。
見送るように。
そして。
僕たちは。
さらに深い場所へ。
足を踏み入れた。




