眠れる力
第67話 眠れる力
ゴゴゴゴゴ……。
王の間全体が、大きく揺れていた。
天井から細かな砂が落ちてくる。
僕たちは、それぞれ武器を構えた。
「全員、下がるな!」
アルヴィスの声が響く。
「何かが来るぞ!」
「分かってる!」
アンタレスが杖を構える。
その隣で、ベラも魔力を高めていた。
僕は、目の前の扉を見つめていた。
さっきから感じている。
扉の向こうにある巨大な魔力。
でも。
それは敵意ではなかった。
少なくとも。
今は。
「……何なんだ」
僕が呟く。
すると。
扉に刻まれていた太陽と星の紋章が、ゆっくりと輝き始めた。
金色。
そして、その周囲を青白い光が走っていく。
「ソル」
ベラが僕を見る。
「何かするなら、妾たちにも言え」
「うん」
僕は頷いた。
その瞬間。
扉の向こうから、声がした。
――認証。
「……?」
僕たちは顔を見合わせる。
――第一認証。
――星の声。
――確認。
――第二認証。
――太陽の力。
――確認。
そして。
少しだけ間が空く。
――第三認証。
――王族直系。
――確認。
「……!」
僕の身体が固まった。
「今」
アンタレスが呟く。
「王族直系って……」
アルヴィスも、何も言わない。
ただ、僕を見ていた。
「僕……」
自分でも、何を言えばいいのか分からなかった。
けれど。
扉は、そんな僕たちを待つことなく、ゆっくりと開き始めた。
ゴゴゴゴゴ……。
金色の光が、隙間から溢れ出す。
そして。
今度は、さっきまでの無機質な声とは違う。
ほんの少しだけ、人間らしい声が響いた。
――認証を完了しました。
――長い時間を経て。
――ようやく、戻ってきたのですね。
「……!」
僕は息を呑んだ。
今の声。
まるで、誰かが僕を待っていたような言い方だった。
扉が完全に開く。
その先には、長い通路が続いていた。
左右の壁には無数の魔法陣。
その中央を、金色の光が一本の道のように走っている。
「……奥へ続いてる」
アンタレスが言う。
「この先に何かある」
ベラが頷く。
「ならば」
「行くしかあるまい」
アルヴィスが杖を構え直す。
「慎重に進もう」
僕たちは通路へ足を踏み入れた。
一歩。
また一歩。
足音が響く。
不思議だった。
敵の気配はない。
罠の気配も、今のところない。
ただ。
歩くほどに、身体の奥が熱くなっていく。
《天曜》が反応している。
「……」
僕は右手を見る。
小さな金色の光が、指先に浮かんでいた。
昨日までは、自分で意識しなければ出せなかった。
でも。
今は違う。
ここにいるだけで、《天曜》が勝手に反応している。
「ソル」
アンタレスが、僕の手を見る。
「その光」
「うん」
「昨日より強くなっています」
「僕もそう思う」
「何かを吸収している?」
「分からない」
僕は周囲を見る。
「でも、この場所にある魔力が」
「僕の中へ流れてきてる感じがする」
アルヴィスが振り返る。
「気をつけろ」
「古代の魔力を直接取り込むのは危険だ」
「分かってる」
「ならいい」
僕たちは、さらに奥へ進んだ。
しばらくすると。
通路の壁に、一枚の巨大な壁画が現れた。
そこには、一人の男が描かれていた。
太陽を掲げている。
その周囲には、無数の星。
そして、その男を囲むように、人々が跪いている。
「……」
僕は、その絵を見つめた。
「アウレストラ」
アルヴィスが呟く。
「帝国の始祖だ」
「でも」
僕は首を傾げる。
「この人」
「昨日見た時より」
「若く見える」
「時代が違うんだろう」
「たぶん」
壁画の下には、古代語が刻まれていた。
僕は読み上げる。
「『太陽を掲げし王』」
「『星々の声を聞き』」
「『大地に命を与え』」
「『人々を導いた者』」
その下。
もう一つ。
小さな文字があった。
「……『しかし』」
僕は、そこで止まった。
「何て書いてある?」
ベラが尋ねる。
「……」
僕は文字を追う。
「『その光は』」
「『天より降りし者にとって』」
「『許されざるものとなった』」
空気が、一瞬で変わった。
「……やはり」
アルヴィスが低く呟く。
「天使と太陽の力には」
「深い因縁がある」
僕は壁画を見つめる。
その時。
また、声が聞こえた。
――懐かしいですね。
「……!」
僕は振り返った。
誰もいない。
「ソル?」
ベラが僕を見る。
「今」
「また聞こえた」
「誰の声じゃ?」
「分からない」
「何と言った?」
「……『懐かしい』って」
アンタレスが周囲を見る。
「この場所に」
「誰かいるんでしょうか?」
「分からない」
僕は通路の奥を見る。
「でも」
「さっきの声とは違う」
「さっきの?」
「扉を開けた時の声」
「認証をした声ですね」
「うん」
アルヴィスが何かを考えている。
「記録装置が」
「複数あるのかもしれない」
「複数?」
「ああ」
「帝国は高度な魔法技術を持っていた」
「人間の記憶そのものを」
「魔力として保存する技術があってもおかしくない」
僕は、もう一度壁画を見る。
「……記憶」
その言葉を口にした瞬間。
頭の奥に、また映像が流れ込んできた。
――眩しい。
「……っ」
僕の視界が、一瞬だけ真っ白になる。
そこには、少年がいた。
まだ皇帝ではない。
昨日見た、あの王子。
アウレストラ。
彼は、一人で荒野に立っていた。
「……」
周囲には何もない。
建物も。
人も。
ただ、広い大地。
そして、空に浮かぶ星々。
少年は静かに目を閉じていた。
すると。
星が一つ。
また一つ。
輝き始める。
――聞こえる。
少年が呟く。
――星の声が。
僕の胸が強く鳴った。
少年の手に、小さな光が集まる。
星の光。
それが、ゆっくりと少年の身体へ入っていく。
そして。
次の瞬間。
太陽が昇った。
巨大な光が荒野を照らす。
少年は両手を広げた。
「天曜」
その言葉と同時に、金色の光が大地へ降り注いだ。
枯れていた土地が、少しずつ変わっていく。
水が生まれ。
植物が芽を出す。
人々が集まってくる。
笑顔。
歓声。
そして。
小さな村が町へ。
町が都市へ。
やがて。
巨大な国へ。
僕は、その光景を見ていた。
これは、魔法ではない。
いや。
魔法ではある。
けれど。
それ以上の何かだった。
星の力を、太陽の力へ繋げる。
それが、《天曜》。
「……」
映像が途切れる。
僕は、その場に膝をついた。
「ソル!」
ベラが駆け寄ってくる。
「大丈夫か!?」
「……うん」
「顔色が悪いぞ」
「ちょっと」
「記憶が流れ込んできた」
アルヴィスが近づく。
「何を見た?」
「アウレストラ」
「始まりを見た」
「始まり?」
「うん」
僕はゆっくり立ち上がる。
「帝国ができる前」
「まだ何もない土地で」
「アウレストラが」
「《天曜》を使ってた」
アンタレスが聞く。
「何をしたんですか?」
「土地を」
「蘇らせた」
「……」
「太陽の力だけじゃなかった」
「星の力を」
「太陽へ繋いで」
「大地へ降ろしてた」
アルヴィスは静かに頷いた。
「それが」
「《天曜》の本来の使い方なのかもしれない」
僕は右手を見る。
「……僕も」
「できるのかな」
「おそらく」
アルヴィスが答える。
「君の《天曜》は」
「まだ完全には目覚めていない」
「でも」
「少しずつ」
「力を取り戻している」
その瞬間。
通路の奥から声が響いた。
――力を取り戻す。
――その表現は正確ではありません。
「……?」
僕たちは、一斉に奥を見る。
――貴方の中にある力は。
――最初から失われてはいません。
――ただ、眠っていただけです。
声が。
明らかに人間らしくなっている。
静かで。
落ち着いている。
けれど。
どこか寂しさを感じる声だった。
「誰なんだ?」
僕が尋ねる。
返事は、すぐにはなかった。
そして。
――私は。
――この王の間を管理していた者。
「管理していた?」
アルヴィスが驚く。
――正確には。
――記録を守るために作られた魔導知性です。
「魔導知性……」
アルヴィスが呟く。
――かつて。
――私は皇帝アウレストラに仕えていました。
「アウレストラに?」
僕が聞く。
――はい。
「じゃあ」
僕は声の主へ尋ねる。
「アウレストラは」
「この場所に」
「何を残した?」
少し間があった。
――未来への希望です。
「希望?」
――そして。
――警告です。
その言葉と同時に。
通路の奥に、巨大な扉が現れた。
扉には、今までよりも大きな太陽の紋章。
その中央には一本の亀裂が入っている。
そして。
その向こうから、魔力が流れてくる。
強い。
あまりにも強い。
「……これは」
アルヴィスが息を呑む。
「何なんだ」
アンタレスが杖を握る。
ベラも、すぐに魔力を高める。
僕は扉を見つめた。
そして。
感じた。
その奥にあるもの。
それは。
生き物ではない。
でも。
完全な無機物でもない。
何かが。
眠っている。
ずっと。
ずっと。
長い間。
「……」
僕が近づく。
すると。
扉の紋章が輝いた。
――王族直系。
――確認。
「……また」
僕が呟く。
――星の声。
――確認。
――天曜。
――確認。
そして。
最後に。
声が少しだけ変わった。
まるで笑っているようだった。
――お帰りなさいませ。
「……」
僕は言葉を失った。
「お帰り……?」
アンタレスが僕を見る。
ベラも黙っている。
アルヴィスだけが険しい顔をしていた。
「ソル」
「うん」
「今の言葉」
「分かってる」
僕は扉を見る。
「まるで」
「僕が」
「ここへ来ることを」
「ずっと待っていたみたいだ」
――その通りです。
「……!」
声が答えた。
――千百年前。
――皇帝アウレストラは。
――いつか再び。
――太陽を宿す者がここへ来ると。
――予測していました。
「……僕を?」
――いいえ。
――貴方という個人を予測したわけではありません。
――ただ。
――太陽の力を継ぐ者が。
――いつか現れると。
僕は息を吐いた。
「……」
まだ。
自分が何者なのか。
全部は分からない。
アウレストラの子孫なのか。
王族直系なのか。
その答えは。
まだ。
確定していない。
でも。
一つだけ。
分かった。
この場所には。
僕が来ることを想定して残されたものがある。
そして。
それは。
千百年前の帝国が。
未来へ託したもの。
「……開けて」
僕が言った。
――承知しました。
扉が。
ゆっくりと開いていく。
その瞬間。
凄まじい魔力が、王の間へ溢れ出した。
「っ!」
ベラが腕で顔を覆う。
アンタレスも魔力障壁を展開する。
アルヴィスが叫ぶ。
「気をつけろ!」
金色の光が僕たちを包み込んだ。
けれど。
不思議なことに。
僕には、その光が敵には感じられなかった。
むしろ。
温かい。
懐かしい。
そして。
その奥から。
一つの巨大な影が、ゆっくりと浮かび上がった。
「……何だ」
アンタレスが構える。
影は動かない。
ただ。
そこにある。
僕は目を細める。
すると。
頭の中に、最後の声が響いた。
――まだ。
――眠りから目覚める時ではありません。
――ですが。
――貴方が来たことで。
――目覚めるための準備は。
――始まりました。
光が消える。
そして。
王の間の奥に。
巨大な何かが姿を現した。
それは。
千百年前。
アウレストラ帝国が。
最後まで守ろうとしたものだった。




