王の間
第66話 王の間
扉が開いた。
重い音が地下空間全体へ響き渡る。
ギギギギ……。
その隙間から漏れ出していた金色の光が、ゆっくりと僕たちの足元を照らしていく。
「……」
僕は扉の向こうを見つめた。
そこにあったのは。
想像していた部屋とは、まるで違う光景だった。
広い。
あまりにも広すぎる。
天井は見上げても分からないほど高く、壁には無数の古代文字が刻まれている。
そして。
その中央。
巨大な円形の祭壇があった。
祭壇の中心には、太陽の紋章。
その周囲を囲むように、無数の星が描かれている。
「これは……」
アンタレスが呟く。
「凄い……」
「王の間」
アルヴィスが静かに答えた。
「これほどの規模だったとは」
ベラが辺りを見回す。
「王の住む場所というより」
「神殿のようじゃな」
「おそらく」
アルヴィスが頷く。
「ここは王族が使っていた祭壇でもあったんだろう」
僕は。
何も言えなかった。
足を一歩。
踏み入れた瞬間から。
身体の奥が熱くなっていた。
「……」
この場所。
知っている。
そんな感覚がある。
もちろん。
来たことなんてない。
それなのに。
ずっと昔から知っているような。
懐かしい感覚。
昨日の遺跡よりも。
強い。
「ソル」
ベラが僕を見る。
「どうした?」
「……ここ」
僕は胸に手を当てる。
「知ってる気がする」
「またか」
「うん」
アルヴィスが祭壇へ近づく。
「無理に思い出そうとするな」
「分かってます」
「この場所には」
「強力な魔力の残滓が残っている」
「触れれば」
「昨日以上の記憶が流れ込んでくる可能性がある」
「……」
僕は祭壇を見る。
金色の光。
その中心に。
小さな球体が浮かんでいる。
「アルヴィスさん」
「あれは?」
アルヴィスも目を細める。
「分からない」
「ただの魔道具ではない」
「かなり古い」
「そして」
「魔力そのものを記録している」
「記録?」
「おそらく」
アルヴィスは周囲を調べる。
「この部屋に残された記憶を保存するための装置だ」
アンタレスが近づく。
「それなら」
「過去の記録が見られるんですか?」
「可能性はある」
「どうやって?」
アルヴィスが。
僕を見る。
「……ソル」
「え?」
「君が触れてみるしかない」
「僕が?」
「昨日と同じだ」
「この遺跡は」
「君に反応している」
僕は。
祭壇へ近づいた。
一歩。
また一歩。
足を進めるたび。
身体の奥にある魔力が反応する。
そして。
祭壇の中央へ手を伸ばした。
指先が。
金色の球体に触れた。
その瞬間。
世界が。
白く染まった。
「……っ」
音が消える。
身体の感覚も。
消える。
そして。
次の瞬間。
僕の目の前に。
巨大な都市が現れた。
「……」
僕は。
言葉を失った。
高い建物。
巨大な塔。
空を飛ぶ魔導船。
街中を走る魔導具。
無数の人々。
そして。
その全てを包み込むように。
空には。
巨大な魔法陣が浮かんでいた。
「これが……」
「アウレストラ帝国……」
アルヴィスの声が聞こえる。
けれど。
その声も。
どこか遠い。
僕の意識は。
完全に過去へ引き込まれていた。
千百年前。
帝国が。
最も栄えていた時代。
そして。
街の中心。
巨大な城が見える。
その最上階。
一人の男が。
窓から街を見下ろしていた。
「……」
僕は。
その姿を見た瞬間。
分かった。
昨日。
会った青年。
まだ王子だった頃の男。
「……アウレストラ」
今は。
王冠を被っている。
長い年月を経て。
彼は王になっていた。
いや。
王ではない。
「皇帝……」
僕が呟く。
その男が。
ゆっくりと振り返った。
「……」
また。
目が合った。
僕は息を呑む。
「また会ったな」
アウレストラが笑った。
「……僕が見えてる?」
「当然だ」
「これは記憶だろ?」
「そうだ」
「なら」
「なぜ僕と話せるの?」
アウレストラは。
少しだけ考えるように笑った。
「お前が」
「私の血を引く者だからかもしれんな」
「……!」
僕の心臓が跳ねる。
「やっぱり」
「僕は」
「お前が何を考えているかは分かる」
「だが」
アウレストラは首を横に振った。
「ここで確定させるつもりはない」
「え?」
「血筋など」
「長い年月の中で」
「何度も変わる」
「私とお前が同じ力を持っている」
「その事実だけで十分だ」
僕は。
黙った。
王族直系。
それが確定している。
けれど。
この人自身から。
「お前は私の子孫だ」
とは言われない。
それが。
逆に。
何かを考えさせた。
「ここは」
僕は周囲を見る。
「帝国が完成した後?」
「ああ」
「この国は」
「私が作った」
アウレストラは。
窓の外を見る。
「最初は何もなかった」
「荒れた大地」
「水もない」
「人々が生きる場所すらなかった」
「それを」
「太陽と星の力で変えた」
「……」
「そして」
「人が集まり」
「国になった」
「国が大きくなり」
「帝国になった」
アウレストラは。
少しだけ笑う。
「だが」
その笑顔が。
消える。
「力が大きくなれば」
「敵も増える」
「……天使?」
僕が尋ねた。
アウレストラは。
空を見る。
「お前は」
「もう知っているのだな」
「うん」
「ならば」
「話は早い」
その瞬間。
空の魔法陣が。
一度だけ大きく揺れた。
僕は。
その揺れに反応する。
「……何?」
「彼らだ」
「天使?」
「ああ」
アウレストラが頷く。
「最初から」
「敵だったわけではない」
「……」
「彼らは」
「私たちを観察していた」
「太陽の力を」
「星の力を」
「そして」
「この帝国の成長を」
「じゃあ」
「最初は」
「敵じゃなかった?」
「少なくとも」
「すぐに滅ぼそうとはしていなかった」
アウレストラは。
手を広げる。
「我々も」
「彼らを攻撃しなかった」
「むしろ」
「互いに距離を保っていた」
「それなのに」
「ある日」
アウレストラの表情が。
険しくなった。
「彼らは」
「太陽の力を見た」
「……」
「私が」
「《天曜》を使った」
その瞬間。
空から。
白い光が降りてくる。
巨大な翼。
白い存在。
天使。
けれど。
僕が今まで見てきた天使とは。
少し違う。
その天使は。
怒っていない。
ただ。
太陽の光を見つめている。
「……恐れてる」
僕が呟く。
「ああ」
アウレストラが答える。
「初めてだった」
「彼らが」
「明確な恐怖を見せたのは」
「どうして?」
「分からない」
「だが」
アウレストラは。
天使を見ながら言う。
「太陽の力を使った瞬間」
「彼らは」
「私たちを敵と認識した」
「……」
僕は。
その光景を見つめる。
天使が。
ゆっくりと後退する。
そして。
空へ消えていく。
「逃げた?」
アンタレスの声が。
遠くから聞こえる。
「違う」
アウレストラが言った。
「戻っただけだ」
「どこへ?」
「分からない」
「ただ」
アウレストラは。
静かに続ける。
「私は」
「その日から」
「彼らが」
「太陽を恐れている理由を調べ始めた」
「分かった?」
「まだ」
アウレストラは首を横に振る。
「だが」
「一つだけ」
「分かったことがある」
「何?」
「太陽は」
「彼らの魔力を」
「打ち消す」
僕は。
息を呑んだ。
「打ち消す……?」
「ああ」
「普通の魔法なら」
「彼らは」
「容易く消す」
「だが」
「太陽の力だけは違う」
アウレストラが。
手を上げる。
金色の光が。
その手に集まる。
「太陽の力は」
「魔力そのものを燃やす」
「だから」
「彼らは恐れている」
僕は。
自分の手を見る。
僕にも。
同じ力がある。
「じゃあ」
「僕の《天曜》も」
「使い方次第では」
「天使に対抗できる?」
アウレストラは。
少しだけ笑った。
「お前なら」
「可能かもしれない」
「でも」
「まだ」
「その力は眠っている」
「……」
「太陽の力は」
「強い」
「強すぎる」
「使い方を間違えれば」
「敵だけではなく」
「自分自身を焼く」
僕は。
昨日の光を思い出した。
確かに。
身体の奥まで熱くなった。
「だから」
アウレストラは言った。
「私は」
「王族だけに」
「この力を伝えた」
「……」
「力を持つ者には」
「責任がある」
昨日と同じ言葉。
「この帝国を」
「守るために」
「そして」
「いつか来るかもしれない」
「大きな災いから」
「人々を守るために」
僕は。
その言葉を聞いていた。
すると。
突然。
記憶の景色が。
大きく揺れた。
「……?」
空が。
黒く染まる。
街の人々が。
一斉に空を見上げる。
「何が起きてる?」
僕が尋ねる。
アウレストラは。
答えない。
ただ。
空を見ている。
その顔に。
初めて。
恐怖が浮かんだ。
「……来たか」
「何が?」
「まだ」
「お前には見せられない」
「え?」
「これは」
「帝国の最後に繋がる記憶だ」
「なら」
「見せてよ!」
僕が叫ぶ。
けれど。
アウレストラは首を横に振る。
「まだ早い」
「どうして!」
「お前は」
「まだ」
「太陽の力を知らなすぎる」
「……」
「力を知る前に」
「絶望を知れば」
「その力に飲まれる」
「だから」
「ここまでだ」
「待って!」
僕が手を伸ばす。
その瞬間。
アウレストラが。
僕の方へ歩いてきた。
そして。
僕の手へ。
自分の手を重ねる。
「……っ」
金色の光が。
一気に広がった。
「これを」
「……?」
「覚えておけ」
「太陽は」
「破壊するためだけの力ではない」
「守ることもできる」
「そして」
「星は」
「その力を導く」
「星が?」
「そうだ」
アウレストラが笑う。
「だから」
「星の声を聞く者は」
「太陽を使う資格がある」
その瞬間。
アウレストラの姿が。
光の中へ消えていく。
「待って!」
「まだ聞きたいことが――」
僕の声が。
響いた。
そして。
世界が。
崩れた。
「ソル!」
誰かの声。
目を開ける。
「……」
そこには。
ベラがいた。
「戻ったか」
「……うん」
アンタレスも。
心配そうに僕を見る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
アルヴィスは。
祭壇を見ている。
「何を見た?」
僕は。
ゆっくりと立ち上がる。
「帝国が」
「一番栄えていた頃」
「そして」
「アウレストラ皇帝に会った」
「……皇帝に?」
アルヴィスが驚く。
「また」
「会話を?」
「うん」
「何を?」
僕は。
少し考えた。
「天使のこと」
「……!」
「最初から敵だったわけじゃない」
「天使は」
「帝国を観察していた」
「でも」
「僕の祖先が《天曜》を使ったことで」
「態度が変わった」
アルヴィスは。
深く考え込む。
「太陽の力が」
「天使の魔力を打ち消すらしい」
「……」
「だから」
「天使は太陽を恐れていた」
ベラが。
腕を組む。
「なるほどのう」
「つまり」
「《天曜》は」
「奴らに対抗するための力でもある」
「たぶん」
僕は頷く。
「でも」
「まだ分からないことがある」
「何じゃ?」
僕は。
祭壇の奥を見る。
そこには。
今まで見えなかった扉があった。
「……あれ」
「何だ?」
アンタレスが近づく。
「さっきまで」
「なかったですよね?」
アルヴィスが目を細める。
「記憶の再生によって」
「隠されていた魔法が解除されたのかもしれない」
「……」
僕は。
その扉へ近づいた。
そこにも。
太陽と星の紋章。
そして。
古代語が刻まれている。
僕には。
読めた。
「『王の血を持つ者』」
「『星の声を聞く者』」
「『太陽を宿す者』」
ベラが。
扉を見る。
「また同じ条件か」
「うん」
僕は。
扉へ手を伸ばす。
その瞬間。
扉の向こうから。
巨大な魔力が伝わってきた。
「……っ」
僕は。
思わず手を止める。
「何じゃ?」
「何かいる」
「敵か?」
アンタレスが。
すぐに構える。
「分からない」
「でも」
「生きてる感じじゃない」
「じゃあ」
「何なんですか?」
僕は。
耳を澄ます。
星の声。
魔力の残滓。
そして。
その奥に。
何かがある。
――まだ。
「……」
また。
聞こえた。
「ソル?」
ベラが僕を見る。
僕は。
扉から手を離さない。
そして。
もう一度。
その声を聞いた。
――まだ、眠っている。
「……眠っている?」
僕が呟く。
その瞬間。
王の間全体が。
大きく揺れた。
ゴゴゴゴゴ……。
天井から。
細かな砂が落ちてくる。
「全員、構えろ!」
アルヴィスが叫ぶ。
僕たちは。
一斉に戦闘態勢へ入った。
けれど。
魔力の反応は。
扉の向こうからだけだった。
巨大な何かが。
ゆっくりと。
目を覚まそうとしている。
僕は。
その扉を見る。
ここには。
アウレストラ帝国が残した。
まだ知られていない秘密がある。
そして。
その秘密は。
僕たちが来るのを。
ずっと待っていた。




