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賢者の血

第61話 賢者の血

翌朝。

僕たちは再び、地下の研究室へ向かっていた。

昨日見た映像が。

頭から離れない。

黄金の光を放つ青年。

空を覆う天使。

そして。

僕へ向けられたように感じた視線。

「本当に大丈夫ですか?」

アンタレスが僕を見る。

「うん」

「もう平気」

「無理はしないでくださいね」

「分かってる」

ベラは何も言わなかった。

ただ。

僕の隣を歩いている。

やがて。

昨日の部屋へ辿り着いた。

水晶は。

昨日と変わらず、静かに浮かんでいた。

そして。

その前にはアルヴィスが立っている。

「来たか」

「ああ」

僕は頷く。

「今日は続きを見せてくれるんですよね?」

「そのつもりだ」

アルヴィスは古い本を取り出した。

「昨日の記録には」

「まだ続きがある」

本を開く。

すると。

昨日は見えなかった文字が。

金色に浮かび上がった。

「……」

僕は思わず息を呑む。

「どうした?」

アルヴィスが聞く。

「文字が」

「読める」

「昨日も読めていただろう」

「そうじゃなくて」

僕は本を指差した。

「昨日はなかった文字が浮かんでる」

アルヴィスの表情が変わる。

「……まさか」

僕が文字を読む。

「王族の血を継ぐ者」

「星の声を聞く者」

「太陽の光を宿す者」

「三つの条件を満たす者が現れた時」

「記録は次なる頁を示す」

アルヴィスが。

しばらく黙り込む。

「アークトゥルスは」

「そこまで仕掛けていたのか……」

「どういうこと?」

「この記録は」

「誰にでも読めるものではなかったらしい」

アルヴィスは僕を見る。

「王族の血」

「星の声」

「太陽の力」

「その全てを持つ者が現れた時」

「初めて続きを開く」

僕は。

自分の手を見る。

「……僕」

「ああ」

「君だ」

アルヴィスが答える。

僕は。

ゆっくりと本へ手を伸ばした。

指が触れた瞬間。

ページが勝手にめくれていく。

一枚。

また一枚。

そして。

一つの名前の前で止まった。

『アークトゥルス』

「……」

そこには。

五百年前の賢者について記されていた。

『私は、アウレストラの王族直系に連なる者である』

僕の呼吸が止まる。

「……アークトゥルスも」

アルヴィスが呟く。

「やはり」

僕は続きを読む。

『帝国は滅びた』

『王族は散り散りとなった』

『だが』

『血は絶えなかった』

『私はその血を受け継ぐ者の一人である』

ベラが本を覗き込む。

「つまり」

「アークトゥルスも王族じゃったのか」

「ああ」

アルヴィスが頷く。

「そして」

僕は次の文章を読む。

『いつか』

『我と同じ血を持つ者が現れるだろう』

『その者が星の声を聞き』

『太陽の光を扱うのであれば』

『その者こそ』

『失われた王族直系の血を継ぐ者である』

部屋が静まり返った。

僕は。

文字を見つめたまま動けなかった。

「……僕」

アルヴィスが。

静かに頷く。

「君だ」

「アークトゥルスと君は」

「同じ血筋だ」

「そして」

「君はアウレストラ帝国王族の直系だ」

胸の奥が。

大きく鳴った。

ずっと。

自分が何者なのか分からなかった。

ただ。

魔力の残滓を感じる。

星の声を聞く。

そして。

時々。

自分でも理解できない力が湧き上がる。

それが。

1100年前の帝国から続く血だった。

「……だから」

僕は呟く。

「アルカディアに来た時」

「懐かしいと感じたのか」

「そうだろう」

アルヴィスが答える。

「ここは」

「かつてアウレストラ帝国が存在した土地だ」

「君の血が」

「故郷を覚えているのかもしれない」

僕は目を閉じる。

確かに。

初めて訪れた場所なのに。

懐かしかった。

見たことのない景色なのに。

どこか知っているような気がした。

それは。

記憶ではなく。

血が覚えていたのかもしれない。

「……アークトゥルス」

僕は名前を呟く。

五百年前。

僕と同じ血を持っていた賢者。

星の声を聞き。

災厄と戦い。

そして。

僕が生まれるずっと前に。

この記録を残した。

『だが』

まだ文章は続いていた。

僕はページをめくる。

『太陽の力を持つ者よ』

『お前がこれを読んでいるのなら』

『すでに天使は再び動き始めているのだろう』

「……」

ベラが黙り込む。

『五百年前』

『我々は災厄を退けた』

『だが』

『あれは終わりではない』

『災厄は』

『天使そのものではない』

僕の目が見開かれる。

「……違う?」

アンタレスが呟く。

『天使は』

『何かを恐れている』

『そして』

『その恐怖の先には』

『我々がまだ知らぬ存在がいる』

「……」

『私は、その存在を知ることができなかった』

『だが』

『一つだけ確信している』

『太陽の力は』

『その存在に対抗するために存在している』

僕は。

拳を握った。

「……だから」

「天使は太陽を恐れていた」

アルヴィスが答える。

「そういうことだ」

そして。

最後の一文が浮かび上がる。

『もしも』

『この記録を読む者が』

『我と同じ血を持つのであれば』

『頼む』

『どうか』

『太陽を絶やさないでくれ』

文字が。

そこで消えた。

しばらく。

誰も話さなかった。

僕は。

古い本を見つめていた。

アークトゥルスが残した言葉。

500年前の賢者が。

未来の誰かへ託した言葉。

そして。

その相手は。

僕だった。

「……分かった」

僕は小さく呟く。

「アークトゥルス」

「僕が何者なのか」

「今まで何も分からなかった」

「でも」

僕は。

自分の胸へ手を当てる。

「この力が」

「この血が」

「誰かを守るために残されたものなら」

「僕は」

「逃げない」

ベラが。

静かに僕を見る。

「ソル……」

「ベラ」

僕は振り返る。

「僕はまだ」

「自分の力を全部理解できてない」

「でも」

「それでも」

僕は笑った。

「少しずつ知っていけばいい」

ベラは。

ほんの少しだけ笑った。

「そうじゃな」

アルヴィスも頷く。

「それでいい」

「知識とは」

「一度に全てを得るものではない」

「一つずつ」

「積み重ねていくものだ」

僕は。

もう一度、本を見る。

アウレストラ帝国。

1100年前に滅びた古代帝国。

その王族直系である僕。

500年前。

同じ血を持ち、星の声を聞いた賢者アークトゥルス。

そして。

今。

再び動き始めた天使。

まだ。

分からないことは多い。

けれど。

一つだけ。

はっきりした。

僕の旅は。

ただベラを助けるためだけのものではない。

五百年前の戦いの続きを。

終わらせるためでもある。

そして。

その先にいる存在を。

僕はまだ知らない。

けれど。

いつか。

必ず辿り着く。

僕たちは。

研究室を後にした。

その背中を。

古い太陽の紋章だけが。

静かに見送っていた。

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