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受け継いだ力

第62話 受け継いだ力


アルカディアの街へ戻る道を歩いていた。

塔を出てから。

僕はずっと黙っていた。

頭の中には、昨日から見たものが何度も浮かんでくる。

千百年前。

アウレストラ帝国。

太陽の力を持つ王族。

そして。

その帝国を滅ぼした天使。

「……ソル」

隣を歩いていたベラが、静かに声をかけてきた。

「何を考えておる?」

「僕が王族だっていうこと」

「まだ気にしておるのか」

「うん」

僕は自分の手を見る。

「正直、実感がない」

「当然じゃろ」

ベラは小さく笑う。

「お主が王族として生きてきたわけではないからの」

「……そうだよね」

「それに」

ベラは僕を見る。

「血がどうであろうと、お主はお主じゃ」

僕は少しだけ目を丸くした。

「僕は僕……」

「そうじゃ」

「王族だからどうした」

「賢者の血を引いておるからどうした」

ベラは前を向く。

「ソルという人間が変わるわけではなかろう」

「……」

その言葉が。

不思議なくらい胸に残った。

「ありがとう、ベラ」

「礼を言われるようなことではない」

「でも、嬉しい」

「なら勝手に喜んでおれ」

「ふふ」

僕は笑った。

そのときだった。

「ソル」

前を歩いていたアルヴィスが足を止めた。

「少し話しておきたい」

「何ですか?」

アルヴィスは周囲を確認してから、静かに口を開いた。

「昨日分かったことは、しばらく他言しない方がいい」

「……王族のこと?」

「ああ」

「そしてアークトゥルスとの血筋についてもだ」

「どうして?」

「理由はいくつかある」

アルヴィスは真剣な表情を浮かべる。

「アウレストラ帝国は、今でも賢者たちにとって特別な存在だ」

「千百年前に滅びた帝国なのに?」

「だからこそだ」

「帝国が滅びた理由すら、完全には解明されていない」

「もし君が王族直系だと知られれば」

「君を利用しようとする者が現れるかもしれない」

僕は黙った。

「だから」

アルヴィスは続ける。

「今は、君自身が自分の力を理解することを優先した方がいい」

「……分かった」

「そして」

アルヴィスは少し間を置いた。

「もう一つ、頼みがある」

「頼み?」

「ああ」

僕たちはアルカディアの中央広場へ入った。

人々の声が聞こえる。

昨日までいた地下の静けさとは違う。

いつもの街の景色だった。

「アークトゥルスが残した研究には」

「一つだけ、大きく欠けている部分がある」

「欠けている?」

「アウレストラ帝国が滅びた最後の日だ」

僕は足を止めた。

「昨日見たのは?」

「断片だ」

「アークトゥルスが残した記録には、帝国滅亡の瞬間について、完全な記録が存在していない」

「どうして?」

「分からない」

アルヴィスは首を横に振る。

「アークトゥルス自身が見つけられなかったのか」

「それとも」

「誰かが意図的に消したのか」

嫌な予感がした。

「じゃあ」

「その記録はどこに?」

「可能性が一つだけある」

アルヴィスは遠くを見る。

「アウレストラ帝国の旧王宮」

「王宮……」

「現在は禁域になっている」

「天使によって残された封印があるらしい」

ベラが眉をひそめる。

「そこへ行くというのか?」

「まだ決めてはいない」

アルヴィスが答える。

「だが」

「君なら、何かを見つけられる可能性がある」

「僕なら?」

「あの地下室の扉を開いたのは君だ」

「そして」

「アークトゥルスの記録に反応した」

「だからこそ」

アルヴィスは僕を見る。

「旧王宮にも、君だけが反応できるものが残っているかもしれない」

僕は黙って考えた。

旧王宮。

かつて。

アウレストラ帝国の王族が暮らしていた場所。

僕の血が。

遠い昔に生まれた場所。

「……行きたい」

僕は答えた。

「まだ何も分かってないから」

「僕がどうして星の声を聞けるのか」

「どうして《天曜》を使えるのか」

「そして」

「天使がどうして太陽の力を恐れていたのか」

僕は空を見上げる。

青い空。

その向こうには。

無数の星がある。

昼間だから見えないだけで。

星は。

そこに存在している。

「知りたい」

アルヴィスはしばらく僕を見つめた。

そして。

小さく頷いた。

「……分かった」

「では、準備を整えよう」

「すぐに行くんですか?」

「いや」

「旧王宮へ入るには準備が必要だ」

「何か危険なものでも?」

「それだけではない」

アルヴィスは少しだけ表情を曇らせた。

「旧王宮は」

「今のアルカディアでも最も深い禁域の一つだ」

「過去に何人もの探索者が挑んだ」

「だが」

「戻ってきた者は少ない」

アンタレスが口を開く。

「それほど危険なんですか?」

「天使が残した封印がある」

「そして」

「帝国が滅びた際に発生した魔力の残滓も残っている」

「……」

「簡単には入れない」

アルヴィスはそう言ってから。

僕へ視線を向けた。

「だから」

「まず君自身の《天曜》を理解しておく必要がある」

「天曜……」

僕は昨日のことを思い出す。

星の声。

金色の光。

そして。

あの古代の青年が放った太陽の力。

「僕は」

「まだ《天曜》をほとんど知らない」

「そうだ」

「アークトゥルスの記録にも、詳しい説明は残されていない」

「でも」

僕は拳を握る。

「少しだけ分かってきた気がする」

「何が?」

「《天曜》は」

「ただの魔法じゃない」

アルヴィスが黙って聞いている。

「星の声を聞く」

「星の力を借りる」

「そして」

「太陽の力を使う」

「……」

「全部が繋がってる」

アルヴィスは小さく頷いた。

「その通りだ」

「そして君は」

「まだその力の一部しか使えていない」

「……一部」

「《天曜》は」

「本来、もっと強大な魔法だ」

僕の胸が高鳴る。

「どんな力なんですか?」

アルヴィスは答えようとした。

そのとき。

「それは」

ベラが口を挟んだ。

「自分で確かめるべきではないか?」

「ベラ?」

「お主の力じゃ」

「誰かに教えられただけでは」

「本当の意味で理解したことにはならぬ」

僕は少し笑った。

「そうだね」

「だったら」

僕は手を握る。

「僕自身で知っていく」

その瞬間だった。

空が。

一瞬だけ暗くなった。

「……?」

僕たちは空を見上げる。

雲はない。

なのに。

ほんの一瞬。

太陽の光が消えた。

そして。

僕の頭の中に。

声が響いた。

――太陽。

「……っ」

胸の奥が熱くなる。

「ソル?」

ベラが僕を見る。

「今」

僕は空を見上げたまま呟く。

「星の声がした」

アルヴィスの表情が変わる。

「何と言った?」

「……太陽」

その瞬間。

遠くの空に。

一筋の光が走った。

誰にも見えないほど小さな光。

けれど。

僕には分かった。

あれは。

星の光だった。

そして。

その光に呼応するように。

僕の手の中に。

小さな金色の光が生まれた。

炎ではない。

燃えているわけでもない。

ただ。

暖かい。

「これが……」

僕は光を見つめる。

「太陽の力」

まだ小さな光だった。

けれど。

確かに。

僕の中に眠っていた何かが。

今。

目を覚まし始めていた。

その頃。

アルカディアから遠く離れた場所。

暗い空間の中で。

一人の天使が目を開いた。

「……感じた」

「何をですか?」

別の天使が尋ねる。

「太陽だ」

その声には。

以前のような無機質さはなかった。

「……まだ生きていたのか」

天使は。

ゆっくりと笑う。

「アウレストラの血が」

「再び目を覚ました」

そして。

その瞳が。

赤く光った。

「ならば」

「今度こそ」

「完全に消してやろう」


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