太陽の血
第58話 太陽の血
賢者の塔。
僕たちは、アークトゥルスの血を継ぐ者――アルヴィスの後を追い、塔のさらに奥へと進んでいた。
ここまで来ると、さっきまでいた研究区画とは空気が違う。
人の気配がほとんどない。
壁に刻まれた魔法陣も古く、現在のアルカディアで使われているものとは明らかに異なっていた。
「ここは?」
僕が尋ねる。
「アークトゥルスが研究を行っていた区画だ」
アルヴィスは歩みを止めずに答える。
「五百年前のまま残されている場所も多い」
「五百年前のまま……」
僕は周囲を見渡した。
壁に並ぶ本棚。
古びた魔導具。
机の上に置かれた大量の資料。
そして。
何より気になったのは、部屋の奥に置かれた巨大な天体模型だった。
無数の球体が空中に浮かび、それぞれが複雑な軌道を描いている。
「これもアークトゥルスが?」
「そうだ」
「星の動きを研究するために使っていた」
「星……」
僕が呟くと、アルヴィスがこちらを見る。
「君は星の声を聞くそうだな」
「……誰から聞いたんですか?」
「教皇聖下からだ」
「教皇が?」
「君たちがセレフィア神聖国を訪れた時から、ある程度の情報は伝わっている」
「なるほど……」
アルヴィスは再び歩き始めた。
やがて。
一つの部屋へ入る。
そこには大きな机があり、その上に古い書物が何冊も並べられていた。
「ここが私の研究室だ」
「ここでアークトゥルスの記録を調べている」
僕は部屋を見渡した。
そして。
一冊の本に目が止まった。
表紙には、見たことのない文字が刻まれている。
けれど。
なぜか読める。
「……アウレストラ」
アルヴィスの手が止まった。
「分かるのか?」
「うん」
「書いてある」
「アウレストラって」
アルヴィスは静かに本を見つめた。
「やはり……」
「何か?」
「いや」
「確信が少し深まっただけだ」
「確信?」
アルヴィスは本を机の上へ置いた。
「君が何者なのか」
「それを話そう」
僕たちは椅子へ座った。
ベラとアンタレスも黙ってアルヴィスを見る。
アルヴィスは古い書物を開いた。
「まず、アウレストラ帝国について話す」
「アウレストラ帝国は、今からおよそ千百年前に存在した巨大な帝国だ」
「千百年前……」
「現在のアルカディアは、その帝国が存在した土地の上に築かれている」
「つまり」
「この国そのものが、古代帝国の跡地ということだ」
僕は周囲を見る。
さっきまで感じていた懐かしさ。
それが少しだけ強くなった。
「アウレストラ帝国は」
「非常に高度な魔法文明を持っていた」
「現在のアルカディアが誇る魔法技術の中にも、アウレストラ帝国から受け継がれたものが数多く存在する」
「でも」
僕は聞く。
「どうして滅びたんですか?」
アルヴィスの表情が変わった。
「……天使だ」
「……!」
「アウレストラ帝国は」
「天使によって滅ぼされた」
部屋が静かになる。
「天使……」
アンタレスが呟く。
ベラは何も言わない。
ただ。
アルヴィスをじっと見つめている。
「当時の記録はほとんど失われている」
「だが、アークトゥルスの一族には一つの記録だけが残されている」
アルヴィスは古い紙を取り出した。
そこには。
太陽を象った紋章が描かれていた。
「アウレストラ帝国の王族」
「彼らは太陽を信仰していた」
「そして」
「王族には代々受け継がれていた力があった」
僕の胸が。
ざわついた。
「古代魔法――《天曜》」
「……」
僕は息を呑んだ。
「《天曜》?」
「そうだ」
「星の声を聞く」
「星の力を使う」
「そして」
アルヴィスは一度言葉を切った。
「太陽の力を使う」
僕の身体が。
僅かに反応した。
「太陽の……力」
「そうだ」
「《天曜》そのものが、王族に伝わっていた古代魔法だ」
「ただし」
アルヴィスは僕を見る。
「《天曜》を扱える者すべてが、太陽の力を使えたわけではない」
「え?」
「記録によれば」
「太陽の力を扱うことができたのは」
「アウレストラ帝国の王族直系だけだった」
「……」
僕は言葉を失った。
「じゃあ」
「僕の力は……」
アルヴィスはすぐには答えなかった。
「君が今まで見せてきた力について、教皇聖下から聞いている」
「そして」
「君が古代語を自然に理解できること」
「星の声を聞くこと」
「さらに」
「太陽の力を扱えること」
アルヴィスは静かに僕を見る。
「その全てが、アウレストラ帝国の王族に残された記録と一致している」
「……じゃあ」
僕は拳を握る。
「僕は」
「王族の子孫なの?」
アルヴィスは首を横に振った。
「まだ、そうとは言えない」
「……え?」
「可能性はある」
「だが、確定はできない」
「千百年前の帝国だ」
「王族の血筋を証明できる記録は、ほとんど残っていない」
「それに」
「太陽の力を扱えるという事実だけでは、血筋そのものを証明することにはならない」
僕は黙った。
少しだけ。
胸の奥が揺れた。
自分の出生。
自分が何者なのか。
その答えが。
手の届きそうなところまで来ている。
それなのに。
まだ分からない。
「……可能性」
僕が呟く。
「ああ」
アルヴィスは頷く。
「君がアウレストラ帝国王族の血を引いている可能性はある」
「しかし」
「今の段階では、それ以上のことは言えない」
ベラが口を開いた。
「なるほどの」
「だから妾が知らぬのも当然か」
「ベラ?」
「アウレストラ帝国は、妾が生まれるより遥か昔に滅んでおる」
「じゃが」
ベラは僕を見る。
「その《天曜》という力」
「それが王族直系にしか使えぬというのなら」
「ソルが持っておること自体が、かなり重要な手掛かりじゃ」
「うん」
僕は自分の手を見る。
「僕自身も」
「ずっと不思議だった」
「星の声が聞こえること」
「古代語が読めること」
「そして」
「太陽の力」
僕は小さく息を吐いた。
「全部、偶然じゃなかったのかもしれない」
アルヴィスは頷く。
「そうだろう」
「だが」
「ここから先は、まだ記録が必要だ」
「アークトゥルスはアウレストラ帝国について、さらに調べていた」
「しかし」
「その研究には、まだ誰にも解読できていない部分が残っている」
「そこに」
「君の血筋についての答えがあるかもしれない」
「……本当に?」
「ああ」
アルヴィスは立ち上がった。
「だが、その前に」
「君に見せなければならないものがある」
「何?」
アルヴィスは研究室の奥へ歩いていく。
そこには。
一枚の巨大な壁画があった。
古びている。
ところどころ崩れている。
それでも。
中央に描かれたものだけは、はっきりと残っていた。
太陽。
その周囲を取り囲む無数の星。
そして。
空から降りてくる白い翼。
僕は。
その絵を見た瞬間。
息を呑んだ。
「……天使」
アルヴィスが静かに言った。
「アウレストラ帝国が滅びた日の記録だ」
「この壁画には」
「最後に残された言葉が刻まれている」
僕は壁画へ近づいた。
その文字は。
古代語だった。
けれど。
読める。
「……」
僕はゆっくりと文字を追う。
そして。
一つの言葉を口にした。
「太陽を……恐れし者」
アルヴィスが頷いた。
「そうだ」
「天使は」
「アウレストラ帝国の太陽の力を恐れていた」
僕は壁画を見る。
白い翼。
黄金の太陽。
そして。
崩壊していく帝国。
「だから」
アルヴィスは言った。
「天使はアウレストラ帝国を滅ぼした」
僕は。
その言葉を聞きながら。
500年前の出来事を思い出していた。
ベラの中に封じられた災厄。
ゼファリエル。
そして。
今も続いている天使との戦い。
もしかしたら。
僕たちが今戦っているものは。
500年前から始まったものではない。
もっと。
もっと昔から。
続いていたのかもしれない。
「ソル」
アルヴィスが僕を見る。
「君が何者なのか」
「それはまだ分からない」
「だが」
「君の力が、この世界の過去と深く繋がっていることだけは確かだ」
僕は。
静かに頷いた。
「……知りたい」
「自分が何者なのか」
「そして」
「アウレストラ帝国で何があったのか」
アルヴィスは。
古い記録を手に取った。
「ならば」
「アークトゥルスが残した最後の研究を見せよう」
「そこには」
「アウレストラ帝国が滅びる直前に何が起きたのか」
「その手掛かりが残されている」
僕たちは。
まだ知らなかった。
そこに記されているものが。
五百年前の災厄へと繋がる。
新たな真実になることを。




