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賢者の末裔

第57話 賢者の末裔

賢者の塔へ入ってから、僕たちはずっと資料を探していた。

塔の内部には、想像していた以上の資料が残されていた。

古代魔法。

魔導具。

魔力制御。

歴史。

魔物。

そして、五百年以上前の記録。

アークトゥルスが残した研究資料も、数多く保存されているらしい。

けれど。

「……ないな」

僕は一冊の本を閉じた。

「何か見つかりましたか?」

アンタレスが聞く。

「ううん」

「古代帝国については書いてあるけど、僕の力に繋がりそうなものはない」

机の上には、何冊もの古い資料が積み重なっている。

どれも貴重なものだ。

けれど。

僕が探しているものとは少し違った。

「古代語についての記録もありますが」

アンタレスが別の本を開く。

「ソルが読める文字と完全に一致するわけではありませんね」

「うん」

「古代帝国の文字そのものも、時代によって変化していたのかもしれません」

ベラは少し離れた場所で、古い資料を眺めていた。

「そもそも」

ベラが言う。

「五百年前のアークトゥルスが、古代帝国についてどこまで知っておったかも分からぬ」

「そうだね」

「アークトゥルスは賢者じゃった」

「じゃが、何でも知っていたわけではない」

「……」

僕はもう一度、資料へ目を落とす。

古代帝国。

星。

太陽。

古代魔法。

どこかで繋がっている気がする。

でも。

肝心なところだけが抜け落ちている。

「これも違う」

本を閉じる。

「こっちも」

また一冊。

そして。

「……やっぱり、ない」

僕は椅子の背もたれへ身体を預けた。

かなりの時間をかけて調べた。

それでも。

決定的な情報は何一つ見つからなかった。

「仕方ありません」

アンタレスが言う。

「五百年前の記録ですから」

「残っているだけでも奇跡でしょう」

「そうだけど……」

僕は天井を見上げる。

この塔には。

何かがある。

そんな気がしてならない。

アルカディアへ来た時から感じていた、妙な懐かしさ。

塔の中へ入ってから、さらに強くなった感覚。

それなのに。

資料には何もない。

「ソル」

ベラが声をかける。

「焦る必要はない」

「……うん」

「答えが見つからぬなら、別の方法を探せばよい」

「そうだね」

僕は立ち上がった。

その時だった。

「その通りだ」

「……!」

背後から声がした。

僕たちは一斉に振り返った。

いつからそこにいたのか。

一人の男が立っていた。

長いローブを身に纏っている。

年齢は分からない。

白髪が混じった髪。

落ち着いた瞳。

そして。

胸元には、この塔に刻まれていたものと同じ紋章があった。

「誰ですか?」

アンタレスが警戒する。

男はすぐには答えなかった。

ただ。

僕をじっと見ていた。

まるで。

僕の姿を確認しているように。

「……」

「何か?」

僕が尋ねる。

男は少しだけ目を細めた。

「なるほど」

「教皇聖下が、ここへ通した理由が分かった」

「教皇を知っているんですか?」

「当然だ」

男は静かに答えた。

「この国の歴史を受け継ぐ者として、あの方とは何度も話をしている」

僕はベラとアンタレスを見る。

二人も警戒を解いてはいない。

男はそんな僕たちを見て、少しだけ笑った。

「警戒するのは当然だな」

「突然現れた私を信用しろと言われても無理だろう」

「あなたは何者なんですか?」

もう一度聞く。

男は。

ゆっくりと僕たちの前まで歩いてきた。

「私は」

「この塔に残された研究を管理している」

「そして」

一度、言葉を切る。

「五百年前の賢者」

「アークトゥルスの血を継ぐ者だ」

「……!」

僕は息を呑んだ。

「アークトゥルスの……」

「子孫」

「そういうことになる」

男は頷いた。

「名は――」

そう言って。

男は自らの名を告げた。

「アルヴィス・アークトゥルス」

「……」

その名前が。

静かな研究室に響いた。

五百年前。

魔王ベラトリクスと共に災厄と戦った五英雄。

その一人。

賢者アークトゥルス。

その血を受け継ぐ者が。

今。

僕たちの目の前にいる。

「あなたが……」

僕はアルヴィスを見る。

「賢者の子孫」

「ああ」

アルヴィスは答える。

「もっとも」

「私は先祖ほどの才能を持っているわけではない」

「この塔と、残された研究を守っているだけだ」

「でも」

僕は聞く。

「僕たちのことを知っていたんですよね?」

アルヴィスの目が。

僕へ向けられる。

「……知っている」

「ベラトリクス」

その名前を聞いた瞬間。

ベラの表情が変わった。

「アンタレス」

続けて。

「そして」

アルヴィスは僕を見る。

「ソル」

「なぜ……」

僕が問いかける。

アルヴィスは答えず。

一冊の古い本へ手を伸ばした。

そして。

その本をゆっくり閉じる。

「資料を探していたのだろう?」

「はい」

「ならば」

アルヴィスは静かに言った。

「探す場所を間違えている」

「……え?」

「ここにある資料だけでは」

「君が知りたいことは分からない」

僕の心臓が。

大きく鳴った。

「じゃあ」

「知ってるんですか?」

アルヴィスはしばらく黙っていた。

そして。

「知っている」

「少なくとも」

「私の一族に、五百年以上受け継がれてきた記録には」

「君が探しているものに繋がるものが残されている」

「……!」

ベラが一歩前へ出る。

「それは」

アルヴィスはベラを見る。

「五百年前のことだけではない」

「……」

「さらに、その前の時代」

「今から千年以上前の話だ」

僕の胸が。

またざわついた。

千年以上前。

僕が知りたいと思っていた何かが。

そこにある。

「ソル」

アルヴィスが僕を見る。

「君がなぜ古代語を読めるのか」

「なぜ星の声を聞くのか」

「そして」

「なぜ、この塔に入った時から妙な懐かしさを感じているのか」

僕は息を止めた。

「それを知りたいのなら」

アルヴィスは。

塔のさらに奥を指差した。

「私の部屋へ来るといい」

「そこで」

「君に話そう」

「五百年前の賢者が残した記録と」

「そのさらに先にある」

「古代帝国の真実を」

僕は。

その言葉を聞いて。

拳を握った。

ようやく。

手がかりに辿り着いた。

「……分かりました」

僕は頷く。

「お願いします」

アルヴィスは静かに背を向けた。

「ならば来い」

「君が知るべき話は」

「ここからだ」

僕たちは。

賢者アークトゥルスの血を継ぐ者の後を追って。

塔のさらに奥へ進んでいった。

まだ。

僕は知らない。

その先で語られる真実が。

僕自身の血筋だけではなく。

この世界そのものに繋がっていることを。

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