賢者の国へ
第54話 賢者の国へ
翌朝。
僕たちは宿を出る準備をしていた。
セレフィア神聖国へ来てから、まだそれほど時間は経っていない。
それなのに。
この国で起きたことは、あまりにも多かった。
五百年前の真実。
災厄。
大天使ゼファリエル。
ベラの中に封じられたもの。
そして。
聖女ルナとの再会。
思い返すだけで、頭がいっぱいになる。
「……本当に行くんだね」
僕は荷物をまとめながら呟いた。
「何を今さら言っておる」
ベラが呆れたように答える。
「次の目的地が決まったのじゃろう?」
「うん」
僕は懐へ手を入れる。
そこには昨日、教皇から受け取ったものが入っていた。
聖印通行証。
白銀のプレートに、セレフィア神聖国の聖印が刻まれている。
「これがあれば、アルカディアへ入りやすくなるんだよね」
「そう聞いておる」
「教皇が直接渡したものですから、普通の通行証とは意味が違うでしょうね」
アンタレスが言う。
「セレフィア神聖国の正式な許可証」
「それだけでも十分すごいけど」
僕は通行証を見つめる。
その中央に刻まれている聖印。
それを見るたびに。
ルナの顔が浮かんだ。
「……ルナ」
「まだ気にしておるのか」
ベラが言った。
「うん」
僕は正直に答えた。
「もう会えないって分かってるから」
「……」
ベラは何も言わなかった。
昨日。
ルナが消える瞬間。
最後に言った言葉。
『星の声を忘れないでください』
あの言葉が。
ずっと頭の中に残っている。
「でも」
僕は顔を上げる。
「前に進まないとね」
「そうじゃ」
ベラが頷く。
「ルナも」
「妾たちにそうしてほしいと思っておるじゃろう」
「うん」
その時。
アンタレスが窓の外を見る。
「それに」
「塔の再起動によって」
「この国も大きく変わり始めています」
「そうなの?」
「昨日の夜から」
「街中で聖女様の奇跡だと騒がれていましたから」
「……そっか」
僕たちは。
あの塔を後にした。
けれど。
あの光は。
まだセレフィア神聖国の空に残っている。
「では」
アンタレスがこちらを見る。
「行きますか」
「うん」
僕たちは宿を出た。
セレフィア神聖国の街を歩く。
昨日までとは。
少しだけ景色が違って見えた。
大通りには。
朝から多くの人がいる。
教会へ向かう人。
店を開ける人。
荷車を引く商人。
そんな普通の光景の中に。
昨日の奇跡を語る声が混じっている。
「昨日の塔を見たか?」
「ああ、見たとも」
「五百年ぶりらしいぞ」
「聖女様が帰ってきたんだ」
「きっとそうだ」
「聖女様が我々を見てくださっているんだ」
僕たちの横を。
そんな会話をする人々が通り過ぎていく。
「……ルナ」
僕は小さく呟いた。
「何じゃ」
「いや」
「なんでもない」
ベラは。
それ以上聞かなかった。
やがて。
僕たちは港へ向かう道と別れる場所まで来た。
ここから先は。
陸路で進む。
セレフィア神聖国を出て。
次の国へ向かうためだ。
「アルカディア魔導王国」
僕はその名前を口にする。
世界でも屈指の魔法国家。
そして。
五英雄の一人。
賢者アークトゥルスの故郷。
「どんな国なんだろう」
「魔法ばかりの国じゃろうな」
ベラが即答する。
「それはざっくりしすぎじゃない?」
「賢者の国じゃぞ」
「魔法ばかりに決まっておる」
「まあ」
アンタレスが苦笑する。
「間違ってはいないでしょうね」
「本当に?」
「アルカディアでは」
「魔法は生活の一部です」
「魔導具も多く使われていますし」
「研究機関も多いと聞きます」
「じゃあ」
僕は少し期待する。
「僕の星装についても」
「何か分かるかな」
アンタレスは。
すぐには答えなかった。
「……可能性はあると思います」
「アークトゥルスは五百年前」
「魔法に関して」
「世界でもっとも多くの知識を持っていた人物の一人です」
「だったら」
「行ってみるしかないよね」
「うむ」
ベラも頷く。
「妾も」
「アークトゥルスの残したものが」
「今どうなっておるのか」
「少し気になる」
「ベラが?」
「何じゃ」
「アークトゥルスのこと気になるんだ」
「五百年前の仲間じゃぞ」
「気になるに決まっておる」
「そっか」
僕は笑った。
その時。
ふと。
胸の奥に。
何かが引っかかった。
アークトゥルス。
五百年前。
古代魔法。
そして。
僕の力。
以前。
ベラは僕の力を見て。
古代魔法だと言ったことがある。
魔力の残滓へ触れた時。
そこに残された記憶を感じ取る力。
それが何なのか。
僕自身にも分かっていない。
そして。
古代語。
僕が自然に理解できる。
現代では使われていない言葉。
ベラが。
僕の口から出た言葉を聞いて。
古代語だと気づいたこともあった。
「……」
僕は足を止めた。
「ソル?」
アンタレスが振り返る。
「どうした?」
「いや」
僕は首を振る。
「ちょっと考え事」
「何を考えておる」
ベラが聞く。
「僕の力のこと」
「……」
ベラの表情が変わる。
「星装じゃな」
「それもだけど」
僕は空を見る。
昼の空。
太陽が。
強く輝いている。
「星の声を聞く力」
「……」
「ルナが言ってた」
『星の声を聞くものよ』
あの言葉。
なぜか。
ずっと胸に残っている。
「僕は」
「なんで星の声なんて聞けるんだろう」
ベラは。
すぐには答えなかった。
「それは」
「妾にも分からぬ」
「そっか」
「じゃが」
ベラが続ける。
「アルカディアなら」
「何か分かるかもしれぬ」
「うん」
僕は頷く。
その時。
太陽の光が。
雲の隙間から強く差し込んだ。
一瞬。
僕の目の前に。
何かが見えた気がした。
――白い光。
――巨大な都市。
――空へ伸びる塔。
――そして。
見知らぬ誰かの声。
『……』
「……っ」
僕は目を閉じた。
「ソル!?」
アンタレスが駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「うん」
「今」
「何か見えた?」
「……分からない」
僕は額を押さえる。
「一瞬だけ」
「知らない景色が見えた」
ベラが。
僕を見る。
「記憶か?」
「たぶん」
「何が見えた」
「分からない」
「でも」
僕は。
太陽を見る。
「すごく古い場所だった」
ベラは。
何も言わなかった。
ただ。
僕の言葉を聞いて。
少しだけ考え込む。
「やはり」
「何?」
「アルカディアへ行く必要があるようじゃな」
「うん」
僕は頷いた。
「知りたい」
自分が何者なのか。
自分の力は何なのか。
なぜ。
自分だけが。
こんな力を持っているのか。
その答えを。
少しずつでも知りたい。
そして。
そのために。
僕たちは歩き出した。
セレフィア神聖国を出る。
次なる目的地へ向かって。
◆
数日後。
僕たちは。
セレフィア神聖国の国境近くまで来ていた。
国境には。
大きな門がある。
普通なら。
長い列に並び。
一人ずつ身分を確認されるらしい。
けれど。
僕は。
教皇から渡された聖印通行証を取り出した。
「これを」
門番へ差し出す。
「……」
門番は。
それを見た瞬間。
目を見開いた。
「これは……」
「セレフィア神聖国の聖印」
「はい」
「少々お待ちください」
門番は。
すぐに奥へ走っていった。
しばらくして。
別の人物が現れる。
「確認いたしました」
「こちらの通行証で問題ありません」
「ありがとうございます」
僕が受け取る。
「お気をつけて」
門を抜ける。
振り返ると。
セレフィア神聖国の巨大な塔が。
遠くに見えた。
白い光は。
まだ消えていない。
「……またね」
僕は。
小さく呟いた。
ベラも。
塔を見ている。
「行くぞ」
「うん」
僕たちは。
セレフィア神聖国を後にした。
そして。
新たな国へ向かう旅が始まった。
アルカディア魔導王国。
賢者アークトゥルスが生まれ。
五百年前の知識が眠る国。
そこには。
僕たちがまだ知らない。
古い歴史が残っている。
魔法の歴史。
五英雄の歴史。
そして。
僕自身の。
知らない歴史も。
僕はまだ知らなかった。
アルカディアで。
僕の中にある何かが。
少しずつ。
過去と繋がっていくことを。




