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懐かしい場所へ

第55話 懐かしい場所

セレフィア神聖国を出てから、数日が経った。

僕たちは次の目的地へ向かって、街道を歩いていた。

目指すのは、世界でも有数の魔法国家。

アルカディア魔導王国。

五英雄の一人。

賢者アークトゥルスが生まれた国だ。

「そろそろ見えてくる頃じゃないかの」

ベラが前方を見る。

「地図だと、もうすぐだね」

僕は手元の地図を確認する。

アルカディアはセレフィア神聖国から、それほど離れているわけではない。

けれど。

ここ数日は、ほとんど人のいない道を歩いてきた。

「静かですね」

アンタレスが周囲を見渡す。

「アルカディアへ向かう街道なら、もっと人が多いと思っていました」

「魔法の国なのに?」

「魔法の国だからこそ、かもしれません」

「どういうこと?」

「アルカディアは、他国との交易も盛んですが」

「魔法研究を目的として訪れる者も多い国です」

「だから、街に入ってからの方が人は多いでしょう」

「なるほど」

僕は前を見る。

遠くに。

何かが見えた。

「……あれ」

「ん?」

ベラが顔を上げる。

「建物……?」

街道の先。

地平線の向こうから。

巨大な建物の影が見えている。

最初は城壁だと思った。

けれど。

近づくにつれて、それが街そのものだと分かってきた。

「……大きい」

僕は思わず足を止める。

遠くからでも分かる。

巨大な都市だった。

高い建物が並び。

その間を細い塔のような建築物がいくつも繋いでいる。

空には。

淡い光を放つ魔導具が浮かんでいる。

「これが」

「アルカディア……」

ベラが。

少しだけ目を細めた。

「随分と変わったのう」

「え?」

「いや」

ベラは首を振る。

「何でもない」

僕は少し気になったけれど。

そのまま歩き続けた。

都市へ近づくにつれて。

人の数が増えていく。

魔導具を積んだ馬車。

杖を持った魔法使い。

大きな荷物を運ぶ商人。

魔法陣の描かれた箱を抱える職人。

見たことのない道具を使っている人もいる。

「すごい……」

僕は周囲を見回した。

「魔法が普通に使われてる」

「これほどの規模とは」

アンタレスも少し驚いている。

「さすがはアルカディアですね」

「賢者の国じゃからな」

ベラが言う。

「五百年前とは随分違うが」

「知識を求める者が集まる場所というのは」

「今も変わらぬようじゃ」

「五百年前もこんな感じだったの?」

「いや」

ベラは即答した。

「もっと静かじゃった」

「そうなの?」

「アークトゥルスが研究に集中できぬと怒るからの」

「……」

僕は想像する。

「研究の邪魔だから静かにしろって?」

「そんなところじゃ」

「賢者なのに」

「賢者だからじゃ」

ベラは当然のように言った。

「……アークトゥルスって、結構面倒な人だったんだね」

「本人に言ったら殺されるぞ」

「もう死んでるでしょ」

「……」

ベラが少し黙る。

「そうじゃったな」

その声には。

ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。

僕は何も言わず。

前を向いた。

やがて。

僕たちはアルカディアの正門へ辿り着いた。

巨大な門。

その左右には。

魔力を感知する魔導具が設置されている。

「入国審査か」

ベラが呟く。

「セレフィアでもありましたね」

アンタレスが答える。

僕は。

教皇からもらった聖印通行証を取り出した。

「これを」

門番へ差し出す。

門番は。

通行証を見ると。

目を見開いた。

「セレフィア神聖国の聖印……?」

「はい」

「少々お待ちください」

門番は。

通行証を持って奥へ向かった。

しばらくして。

戻ってくる。

「確認が取れました」

「このまま通って構いません」

「ありがとうございます」

僕たちは。

門を抜けた。

その瞬間だった。

「……」

胸の奥が。

ざわついた。

「……え?」

僕は。

足を止める。

「ソル?」

アンタレスが振り返る。

「どうした?」

「……いや」

僕は。

周囲を見る。

街並み。

建物。

石畳。

魔導具。

どれも。

初めて見るものばかりだ。

なのに。

「……なんだろう」

胸の奥が。

妙に落ち着かない。

「ここ……」

僕は。

言葉を探した。

「……知ってる気がする」

「は?」

ベラが振り返る。

「ここに来たことがあるのか?」

「ないよ」

僕は即答した。

「初めて来た」

「ならば」

「分からない」

僕は。

街を見渡す。

「初めて来たはずなのに」

「なんか……懐かしい」

「懐かしい?」

アンタレスが。

僕を見る。

「はい」

「この街を知っているわけではないんです」

「でも」

「何か」

「胸の奥に引っかかるというか……」

ベラは。

黙って周囲を見る。

「……」

「ベラ?」

「いや」

「何でもない」

そう言ったものの。

ベラの表情は。

少しだけ険しくなっていた。

「とりあえず」

アンタレスが言う。

「宿を探しましょう」

「そうだね」

僕たちは。

アルカディアの街を歩き始めた。

街の中は。

想像していた以上に広かった。

魔導具を売る店。

魔法薬を扱う店。

魔法武器を並べた店。

魔法学校らしき建物。

そして。

巨大な図書館。

「……本当に魔法の国なんだ」

僕は呟いた。

「見たことないものばかりだ」

「興味があるのですか?」

「うん」

「でも」

僕は。

また街を見る。

さっきから。

ずっと変な感覚がある。

建物の一つを見る。

知らない建物。

なのに。

なぜか。

「……」

僕は。

その建物の前で足を止めた。

「ソル?」

「……ここ」

「何じゃ?」

「分からない」

僕は建物を見上げる。

「でも」

「昔」

「ここにいたような……」

「昔?」

「うん」

「そんなわけないよね」

僕は苦笑した。

僕が生まれたのは。

普通の村。

ここへ来るのも初めてだ。

なのに。

なぜ。

こんな感覚になるのか。

その時だった。

「……古代語」

ベラが呟いた。

「え?」

僕は振り返る。

ベラは。

建物の壁に刻まれた文字を見ていた。

「そこ」

ベラが指を差す。

建物の一角。

そこには。

古びた石板が埋め込まれていた。

文字が刻まれている。

「何て書いてあるの?」

「古代語じゃ」

僕は。

石板へ近づく。

そして。

文字を見た瞬間。

「……」

頭の中に。

何かが流れ込んできた。

知らない景色。

巨大な建物。

白い石で造られた街。

空を覆うほど巨大な塔。

そして。

太陽。

「……っ」

僕は。

思わず目を閉じた。

「ソル!」

アンタレスの声が聞こえる。

「大丈夫か!?」

「……うん」

僕は。

ゆっくり目を開けた。

けれど。

さっきの景色は消えていた。

「何が見えた?」

ベラが聞く。

「分からない」

「でも」

僕は。

石板を見る。

「昔の街が見えた」

「古代帝国か?」

「……たぶん」

ベラの表情が変わる。

「なぜじゃ」

「え?」

「なぜお主に」

「古代帝国の記憶が見える」

「分からない」

僕は。

首を振る。

「僕も知りたい」

僕は。

もう一度石板を見る。

そこに刻まれている文字。

不思議だった。

現代では使われていないはずの言葉。

なのに。

僕には。

その意味が分かる。

「……太陽」

「何?」

僕は。

文字を読み上げた。

「ここに」

「太陽って書いてある」

ベラが目を細める。

「読めるのか」

「うん」

「……」

「なんで?」

僕は自分自身に問いかける。

以前。

ベラから古代語だと教えられた。

でも。

僕は学んだ覚えがない。

それなのに。

読める。

意味が分かる。

「ソル」

アンタレスが。

静かに僕を見る。

「あなたの名前は」

「太陽を意味するのでしたね」

「うん」

以前。

レグルスからも言われた。

ソル。

太陽。

五英雄の名前は。

シリウス。

アルデバラン。

アークトゥルス。

レグルス。

空にある星の名前。

そして。

ルナは月。

ベラトリクスも星の名。

僕だけが。

太陽。

「……」

僕は。

石板へ手を伸ばした。

触れた瞬間。

また。

何かを感じた。

声。

遠くから。

誰かの声が聞こえる。

『――』

聞き取れない。

もう一度。

『――太陽――』

「……!」

僕は手を離した。

「どうした!?」

「声」

「声が聞こえた」

「誰のじゃ?」

「分からない」

僕は。

息を整える。

「でも」

「太陽って」

「言ってた」

ベラは。

何も言わなかった。

アンタレスも。

静かに石板を見る。

「……」

しばらく。

誰も動かなかった。

やがて。

ベラが口を開く。

「アルカディアは」

「古代帝国の跡地に造られた国じゃ」

「……え?」

僕は。

ベラを見る。

「知ってたの?」

「今思い出した」

「五百年前」

「この辺りには」

「すでに古代帝国の遺跡が残っておった」

「アークトゥルスは」

「それらを研究しておった」

「じゃあ」

僕は。

周囲を見る。

「この街って」

「古代帝国の上に?」

「そういうことじゃ」

胸が。

またざわついた。

「……だから」

「懐かしく感じるのか?」

アンタレスが言う。

「分からない」

僕は。

自分の胸へ手を当てる。

「でも」

「この場所」

「嫌いじゃない」

むしろ。

落ち着く。

知らない場所なのに。

帰ってきたような。

そんな感覚。

「……」

ベラは。

僕を見つめていた。

「何?」

「いや」

「何でもない」

けれど。

その目は。

何かを考えているようだった。

僕たちは。

石板を離れた。

まだ。

分からないことばかりだ。

僕がなぜ古代語を読めるのか。

なぜ。

古代帝国の跡地で。

懐かしさを感じるのか。

なぜ。

太陽という言葉に。

強く反応するのか。

そして。

なぜ。

星の声を聞くことができるのか。

答えは。

まだ遠い。

けれど。

一つだけ分かったことがある。

僕たちは。

ただ賢者の国へ来たわけじゃない。

ここには。

僕が知らない何かがある。

五百年前より。

さらに昔。

古代帝国が存在した時代から続く。

何かが。

「……アークトゥルス」

僕は。

小さく呟いた。

「この国で」

「何を見つけたんだろう」

その答えを求めて。

僕たちは。

アルカディアの街の奥へと歩いていった。

やがて。

遠くに。

巨大な塔が見えた。

アルカディアの中心。

賢者アークトゥルスが。

かつて研究を行っていた場所。

「……あれが」

「賢者の塔」

アンタレスが呟く。

僕は。

その塔を見上げた。

胸の奥が。

また。

小さく震えた。

まるで。

何かが。

僕を待っているように。

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