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次なる目的地

第53話 次なる目的地

ルナが消えた。

その場には。

もう何も残っていない。

ただ。

祭壇の奥で。

淡い光だけが静かに揺れていた。

「……」

僕は。

しばらく動けなかった。

ついさっきまで。

目の前にいた。

五百年前の聖女。

ルナ。

本当に。

彼女と話した。

ベラも。

アンも。

そして。

僕も。

「……行くぞ」

静かな声が聞こえた。

ベラだった。

「うん」

僕は頷く。

アンタレスも。

何も言わずに歩き始める。

僕たちは。

塔の階段を上った。

一段。

また一段。

上へ進むたびに。

外から聞こえる鐘の音が大きくなっていく。

――カァン。

――カァン。

――カァン。

五百年間。

眠っていた塔が。

今。

再び動き始めた。

外へ出ると。

セレフィア神聖国の街は。

大変な騒ぎになっていた。

「聖女様の奇跡だ!」

「塔が光っているぞ!」

「五百年ぶりだ!」

人々が。

空を見上げている。

塔の頂上から伸びた白い光は。

夜空を貫くように。

まっすぐ天へ伸びていた。

「……すごい」

僕は。

思わず呟く。

「これが」

「聖女の奇跡」

アンタレスが。

静かに空を見上げる。

「そう呼ばれるでしょうね」

ベラは。

何も言わなかった。

ただ。

塔を見つめている。

「ベラ」

「なんじゃ」

「……大丈夫?」

「何がじゃ」

「ルナのこと」

ベラは。

少しだけ黙った。

「……寂しくないと言えば」

「嘘になる」

「そっか」

「じゃが」

ベラは。

塔へ視線を向ける。

「五百年前に別れた時とは違う」

「今度は」

「また会えると」

「思えるからの」

「……うん」

その時だった。

「皆様!」

遠くから。

誰かが走ってくる。

白い法衣を身にまとった聖職者。

その後ろにも。

数人の聖職者が続いている。

「教皇聖下がお待ちです!」

「今から?」

僕が聞く。

「はい!」

セレウスさんが。

少し息を切らしながら頷く。

「塔の再起動についても」

「皆様から伺いたいとのことです」

「分かりました」

僕たちは。

再び大聖堂へ向かった。

街中は。

まだ聖女の奇跡に沸いている。

けれど。

僕たちが大聖堂へ入った瞬間。

外の喧騒が。

嘘のように遠ざかった。

長い廊下を歩く。

やがて。

昨日も見た。

巨大な扉へ辿り着いた。

セレウスさんが。

扉の前で一礼する。

「教皇聖下」

「皆様をお連れいたしました」

「入れ」

扉の向こうから。

静かな声が返ってきた。

ゆっくりと。

扉が開く。

その先に。

教皇がいた。

五百年前から続く。

この国の最高指導者。

教皇は。

僕たちを見ると。

静かに立ち上がった。

「よく戻りました」

「まずは」

「無事で何よりです」

「はい」

僕が答える。

教皇の隣には。

昨日の聖職者。

セレウスさんもいる。

「聖女様とは」

教皇が。

静かに尋ねる。

「会えました」

僕が答える。

その瞬間。

教皇の瞳が。

僅かに揺れた。

「……そうですか」

「はい」

「何を」

「話されましたか」

僕たちは。

ルナとの会話を。

一つずつ説明した。

五百年前から残された意志。

ルナが僕たちを呼んだ理由。

ベラとの再会。

そして。

僕に託された星の力。

最後に。

塔が再起動したこと。

すべてを話し終えると。

教皇は。

長い間。

何も言わなかった。

やがて。

深く息を吐く。

「聖女様が」

「再び」

「この国へ奇跡を示されたのですね」

「……僕には」

「奇跡なのかは分かりません」

僕が言う。

「ルナは」

「塔が自分で目覚めたって言ってました」

教皇は。

静かに頷いた。

「そうでしょう」

「え?」

「聖女ルナ様は」

「五百年前から」

「この国に奇跡を残してくださった」

「しかし」

「本当の奇跡とは」

「人々が」

「その意思を受け継ぐことなのかもしれません」

教皇が。

窓の外を見る。

巨大な塔が。

今も光を放っている。

「五百年間」

「一度も」

「あの塔は」

「このような光を放ちませんでした」

「それが」

「あなた方が来たことで」

「再び目覚めた」

「……」

「偶然だと」

「私は思いません」

教皇の視線が。

僕へ向く。

「あなた方が」

「ここへ来た意味は」

「きっと」

「これから明らかになるのでしょう」

「……」

僕は。

少しだけ緊張した。

すると。

教皇が。

穏やかな声で尋ねる。

「では」

「これから」

「どちらへ向かわれるおつもりですか?」

僕は。

ベラとアンを見る。

二人とも。

僕へ任せるように。

何も言わなかった。

「賢者の国へ」

僕は答えた。

「賢者アークトゥルスの故郷へ行きます」

教皇の表情が。

僅かに変わった。

「アルカディア魔導王国」

「はい」

「なるほど」

教皇は。

椅子へ腰を下ろした。

「アルカディアへ向かうのですね」

「何か」

「気をつけた方がいいことはありますか?」

「あります」

教皇は。

迷いなく答えた。

「アルカディアは」

「この世界で最も魔法研究が進んだ国です」

「魔法研究?」

「はい」

「魔法そのものを」

「学問として研究している国です」

「魔導具」

「魔法薬」

「魔法陣」

「古代魔法」

「精霊魔法」

「そして」

「五百年前の魔法技術に至るまで」

「世界中の知識が集められています」

「……すごい」

僕は。

思わず呟いた。

「ですが」

教皇の声が。

少しだけ低くなる。

「知識が集まる場所には」

「それを求める者も集まります」

「危険な人も?」

「ええ」

「アルカディアは」

「知識を求める者には寛容です」

「ですが」

「知識を求めすぎる者には」

「危険な国でもあります」

僕は。

その言葉を聞いて。

少しだけ背筋を伸ばした。

「知らないことが」

「罪になる国ではありません」

教皇は続ける。

「しかし」

「知らないまま」

「力へ触れることは」

「時に」

「命取りとなります」

「……分かりました」

「それと」

教皇が。

僕たちを見る。

「アルカディアでは」

「アークトゥルス様の名は」

「現在でも非常に大きな意味を持っています」

「やっぱり」

アンタレスが。

静かに口を開く。

「五百年前の賢者」

「ええ」

「ただの英雄として」

「知られているわけではありません」

教皇が説明する。

「アークトゥルス様は」

「現代の魔法学そのものに」

「大きな影響を残した人物です」

「魔力の循環理論」

「魔法陣の構築法」

「魔導具の基礎技術」

「その多くに」

「アークトゥルス様の研究が関わっています」

「……」

僕は。

驚いた。

アルデバランから。

直接力を教わった時も。

凄い人だとは思っていた。

けれど。

自分が今から向かおうとしている国では。

アークトゥルスは。

ただの英雄ではない。

現代の魔法そのものを変えた人物なのだ。

「なら」

僕は。

自分の胸へ手を当てる。

「僕の星装についても」

「何か分かるかもしれない」

教皇が。

静かに頷く。

「可能性はあります」

「アルカディアには」

「五百年前の研究資料も」

「数多く残されていると聞きます」

「それなら」

「行く意味はある」

僕は。

強く頷いた。

その時。

教皇が。

机の上に置かれていた小さな箱を手に取った。

蓋を開く。

中には。

白銀のプレートが一枚。

そして。

その中央に。

セレフィア神聖国の聖印が刻まれている。

「ソル」

「はい」

「これを」

教皇が。

僕へ差し出す。

「これは?」

「聖印通行証です」

「通行証……?」

「セレフィア神聖国が」

「正式に発行するものです」

「この国の聖印を持つ者として」

「各国の国境や」

「重要な施設において」

「身分を証明することができます」

「そんな大事なもの」

「僕たちが持っていいんですか?」

「ええ」

教皇は。

迷わず答えた。

「あなた方には」

「必要でしょう」

僕は。

両手で受け取る。

ずしりとした重さがあった。

ただの金属板ではない。

聖印から。

僅かに魔力を感じる。

「この通行証には」

「セレフィア神聖国の」

「正式な許可が刻まれています」

「アルカディアへ向かう際」

「国境で提示してください」

「分かりました」

僕は。

大切にしまった。

その時。

ベラが。

通行証を見て。

少しだけ目を細める。

「……ルナの聖印か」

「はい」

教皇が答える。

「聖女ルナ様の象徴です」

ベラは。

しばらく黙っていた。

そして。

小さく笑う。

「五百年経っても」

「あやつの印は」

「変わらぬのじゃな」

「ええ」

教皇も。

静かに微笑んだ。

「この国にとって」

「聖女ルナ様は」

「今も変わらず」

「大切な存在です」

僕は。

通行証をもう一度見る。

その聖印は。

不思議なくらい。

温かかった。

「教皇様」

「何でしょう」

「ありがとうございます」

僕が頭を下げる。

ベラも。

アンも。

それぞれ教皇を見る。

「……」

教皇は。

僕たちを見つめた。

そして。

静かに立ち上がる。

「こちらこそ」

「ありがとうございます」

「え?」

僕が顔を上げる。

教皇は。

深く。

深く頭を下げた。

「あなた方は」

「この国へ」

「聖女様を連れてきてくださった」

「それだけではありません」

「五百年前から」

「誰も知らなかった真実を」

「この世界へ」

「再び繋いでくださった」

「……」

「そして」

「これから」

「人類の未来に関わる戦いへ」

「向かおうとしている」

教皇の声は。

とても静かだった。

けれど。

その一言一言には。

重みがあった。

「どうか」

「お気をつけください」

「あなた方の旅が」

「人類にとって」

「どれほど大きな意味を持つのか」

「今の私には」

「まだ分かりません」

「ですが」

教皇は。

もう一度。

深く頭を下げる。

「それでも」

「私は」

「あなた方を信じます」

僕は。

何も言えなかった。

その隣で。

教皇の言葉を聞いていたセレウスさんも。

静かに前へ出た。

そして。

教皇と同じように。

深く頭を下げる。

「私からも」

「心より」

「御礼を申し上げます」

「セレウスさん……」

「あなた方が」

「この国へ来てくださったこと」

「聖女様に再び会ってくださったこと」

「そして」

「これから先も」

「人々を守るために」

「歩み続けてくださること」

「その全てに」

「感謝いたします」

僕は。

慌てて頭を下げた。

「そんな」

「僕たちは」

「自分たちのために」

「旅をしているだけです」

「それでも」

教皇が。

静かに言う。

「あなた方の歩みが」

「誰かの希望になることは」

「あります」

「……」

「だから」

「どうか」

「その歩みを」

「止めないでください」

僕は。

しばらく。

教皇を見つめた。

そして。

ゆっくり頷く。

「はい」

「約束します」

「僕たちは」

「前へ進みます」

ベラが。

僕の隣へ立つ。

「当然じゃ」

アンタレスも。

静かに続く。

「ええ」

三人で。

教皇を見る。

「では」

教皇が。

微笑む。

「次なる目的地へ」

「お気をつけて」

僕たちは。

教皇の部屋を後にした。

扉が閉まる。

長い廊下を。

ゆっくり歩く。

「アルカディアか」

ベラが。

呟いた。

「うん」

「どんな国なんじゃろうな」

「魔法だらけなんじゃない?」

「それは間違いないでしょうね」

アンタレスが答える。

「賢者アークトゥルスの故郷ですから」

僕は。

手の中の通行証を見る。

刻まれているのは。

聖女ルナの聖印。

五百年前の仲間から。

託されたもの。

そして。

これから向かうのは。

五英雄の一人。

賢者アークトゥルスの故郷。

「……アークトゥルス」

僕は。

小さく呟く。

アルデバランから。

力を教わった。

シリウスの技を。

ベラから。

五百年前の真実を。

ルナから。

星の力を。

そして。

次は。

賢者アークトゥルス。

「僕の星装のこと」

「もっと知りたい」

僕は。

そう言った。

ベラが。

こちらを見る。

「ならば」

「行くとするか」

「うん」

僕たちは。

歩き出した。

セレフィア神聖国を。

後にするために。

けれど。

僕たちが知らないところで。

塔はまだ。

光を放ち続けていた。

五百年間。

眠っていた聖女の塔。

その光は。

夜空へ伸び。

遥か彼方へ。

星々の間へ。

まるで。

何かを知らせるように。

そして。

同じ頃。

世界のどこか。

白い翼を持つ存在が。

その光を見ていた。

「……聖女の塔」

無機質だった声に。

僅かな感情が混じる。

「再起動を確認」

手元に浮かんだ光の板には。

セレフィア神聖国。

そして。

三つの反応が映っていた。

「魔王」

「現魔王」

「星の声を聞く者」

天使は。

しばらく。

その情報を見つめる。

やがて。

口元が。

僅かに歪んだ。

「……面白い」

「五百年ぶりに」

「歯車が」

「動き始めました」

白い翼が。

ゆっくりと開く。

そのさらに上。

遥か高い場所から。

低い声が響く。

『まだ』

『始まったばかりです』

天使が。

静かに跪く。

『ベラトリクス』

『アンタレス』

『そして』

『星の声を聞く者』

『彼らが』

『次に向かう場所は』

一瞬。

沈黙。

そして。

『アルカディア』

その名が。

夜空へ落ちる。

『ならば』

『こちらも』

『準備を始めましょう』

白い光が。

夜の闇へ消えていく。

その頃。

僕たちはまだ。

知らなかった。

次に向かう賢者の国が。

僕自身の力の秘密だけではなく。

五百年前に隠された。

もう一つの真実へ。

繋がっていることを。

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