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魔王との協定

第52話 魔王との協定

白い翼が。

空を覆っていた。

ゼファリエルは六人を見下ろしている。

その表情には。

先ほどまでの無機質さはない。

今は。

明確な意思があった。

そして。

その意思には。

圧倒的な傲慢さが宿っている。

「……なるほど」

ゼファリエルが。

ゆっくりと口を開く。

「あなたたちは」

「思っていたよりも」

「ずっと面白い」

レグルスが剣を構える。

「褒めてもらえて光栄だな」

「褒めている?」

ゼファリエルが笑う。

「違いますよ」

「ただの観察です」

「……」

「虫けらが」

「どこまで足掻けるのか」

その言葉に。

ベラトリクスの眉が動く。

「……まだ言うか」

「魔王」

ゼファリエルが。

ベラトリクスを見る。

「あなたは」

「特に興味深い」

「何?」

「あなたの中には」

「私の知らないものがある」

ベラトリクスの表情が。

僅かに強張る。

「……何を言っておる」

「いずれ」

「分かりますよ」

ゼファリエルは。

そう言って空を見上げた。

「今日は」

「ここまでにしましょう」

「何?」

レグルスが叫ぶ。

「逃げるのか!」

「逃げる?」

ゼファリエルが笑う。

「違います」

「撤退です」

「同じだろ!」

「いいえ」

ゼファリエルの翼が。

大きく広がる。

「私は」

「あなたたちを殺すことより」

「優先すべきものを」

「見つけましたから」

「……何を」

アークトゥルスが問いかける。

ゼファリエルは。

その質問には答えなかった。

ただ。

六人を見下ろしながら。

微笑む。

「では」

「また会いましょう」

「次に会う時は」

「もう少し」

「楽しませてくださいね」

白い光が。

ゼファリエルを包む。

「待て!」

レグルスが走る。

しかし。

その瞬間。

ゼファリエルの姿が。

光の中へ消えた。

「くそっ!」

レグルスが。

剣を振る。

空を斬る。

何もない。

「……逃げられた」

シリウスが。

静かに刀を納める。

「いや」

アークトゥルスが言った。

「まだだ」

「何?」

アークトゥルスが。

空を見上げる。

「奴は」

「何かを残していった」

その瞬間だった。

――ドン。

大地が。

僅かに揺れた。

「……?」

アルデバランが。

盾を構える。

――ドン。

二度目。

今度は。

はっきりと地面が震えた。

そして。

三度目。

――ドォォォン!!

地面が裂けた。

「全員、構えろ!」

レグルスが叫ぶ。

地面の亀裂から。

黒い影が。

次々と這い出してくる。

一体。

二体。

十体。

二十体。

それでも。

止まらない。

「……なんだ」

レグルスが呟く。

「数が」

「増え続けている」

アークトゥルスが。

魔力を探る。

「……百」

「いや」

「まだ増えている」

「百体以上……」

ルナが息を呑む。

姿は。

人間に似ていた。

けれど。

顔には何もない。

目も。

口も。

鼻もない。

ただ。

黒い身体に。

赤い光だけが宿っている。

「雑兵」

ベラトリクスが呟く。

「奴の使い魔のようなものか」

一体が。

こちらへ向かって走り出す。

「来るぞ!」

アルデバランが。

盾を構えた。

――ガァン!!

黒い腕が。

盾へ叩き込まれる。

「ぐっ……!」

アルデバランが踏み止まる。

「力が強い!」

「なら」

レグルスが横から飛び込む。

「俺がやる!」

剣が閃く。

――ズバッ!!

雑兵の腕が。

切り落とされる。

しかし。

黒い腕は。

地面へ落ちる前に。

再び身体へ戻っていく。

「再生するのか!」

「厄介ですね」

アークトゥルスが杖を構える。

「ですが」

「仕組みは単純です」

魔法陣が展開される。

「《天雷》」

――バリバリバリッ!!

雷が。

複数の雑兵をまとめて貫く。

黒い身体が。

次々と崩れていく。

「効いている!」

ルナが叫ぶ。

「なら」

シリウスが。

刀へ手を添える。

「数を減らす」

一歩。

踏み込む。

「天星一刀流――壱ノ太刀」

閃光。

一体。

二体。

三体。

一瞬で。

複数の雑兵が。

斬り裂かれる。

「すごい……」

レグルスが呟く。

「まだだ」

シリウスが。

前を見る。

「次が来る」

さらに。

十体以上が。

一斉に襲いかかってくる。

「アルデバラン!」

「任せろ!」

盾を構える。

「《守護結界》!」

巨大な結界が。

六人を包む。

雑兵の攻撃が。

次々と結界へ叩き込まれる。

「ぐっ……!」

「多すぎる!」

「私が支えます!」

ルナが。

アルデバランの背中へ手をかざす。

「《聖域》!」

淡い光が。

結界を包み込む。

アルデバランの力が。

一気に安定する。

「助かる!」

「まだまだいけます!」

ベラトリクスが。

二人の横を通り抜ける。

「ならば」

黒い魔力が。

一気に膨れ上がる。

「まとめて消えよ」

「《黒炎》!」

巨大な黒炎が。

地面を走る。

雑兵の群れを。

一気に飲み込んだ。

――ゴォォォッ!!

黒炎が。

戦場を覆う。

「……これで」

ベラトリクスが呟く。

しかし。

炎の向こうから。

まだ動く影がある。

「しぶといのう」

「なら」

レグルスが。

剣を握る。

「俺も行く!」

「待て」

シリウスが。

レグルスの前へ出る。

「俺が道を作る」

「シリウス」

「下がっていろ」

シリウスが。

刀を抜く。

「天星一刀流――弐ノ太刀」

一閃。

黒い影が。

一直線に切り裂かれる。

「今だ」

「分かった!」

レグルスが走る。

「《聖光斬》!」

光を纏った剣が。

残った雑兵を。

まとめて吹き飛ばす。

だが。

まだ終わらない。

「まだ来ます!」

ルナが叫ぶ。

「……数が多すぎる」

アルデバランが。

周囲を見る。

地面を埋め尽くすほどの雑兵。

「なら」

アークトゥルスが。

杖を掲げた。

「まとめて」

「消す」

巨大な魔法陣が。

空に展開される。

「《星界封縛》」

無数の光の鎖が。

雑兵たちへ伸びる。

一体。

二体。

十体。

次々と動きを封じる。

「ベラ!」

レグルスが叫ぶ。

「分かっておる!」

ベラトリクスが。

両手を広げる。

「退け」

黒い魔力が。

戦場を覆う。

「《黒炎・連獄》!!」

無数の黒炎が。

空から降り注ぐ。

動きを封じられた雑兵たちを。

一体ずつ。

飲み込んでいく。

――ドォォォン!!

――ドォォォン!!

――ドォォォン!!

爆発が。

何度も起きる。

そして。

最後の一体が。

崩れ落ちた。

静寂。

先ほどまでの騒音が。

嘘のように消える。

レグルスが。

剣を下ろす。

「……終わった」

シリウスが。

周囲を確認する。

「もういない」

アルデバランが。

盾を下ろす。

「全員」

「無事か?」

「私は大丈夫です」

ルナが答える。

「俺も」

アークトゥルスが杖を下ろす。

「問題ない」

ベラトリクスが。

軽く息を吐く。

「妾もじゃ」

レグルスが。

ベラを見る。

「……助かった」

「何じゃ」

「さっき」

「お前がいなかったら」

「俺たちはもっと苦戦していた」

「ふん」

ベラトリクスが顔を背ける。

「礼などいらぬ」

「ただ」

「……?」

「奴を倒すためじゃ」

レグルスが。

少しだけ笑った。

「そうか」

「なら」

「俺も同じだ」

ベラトリクスが。

レグルスを見る。

「……」

「さっきの話」

「何じゃ」

「俺たち」

「本当に」

「一緒に戦えると思う」

「……」

「人間と魔族」

「今までずっと」

「殺し合ってきた」

「だが」

レグルスが。

剣を鞘へ戻す。

「さっきの奴は」

「そんなこと関係なく」

「俺たちを殺そうとした」

ベラトリクスは。

何も言わない。

「だから」

「俺は」

「お前と協定を結びたい」

「協定?」

「ああ」

レグルスが。

真っ直ぐベラを見る。

「人間と魔族」

「一時的に」

「戦争をやめる」

「……」

「そして」

「共通の敵」

「ゼファリエル」

「そいつを倒す」

ベラトリクスが。

少しだけ目を細める。

「人間の勇者が」

「魔王に」

「そんなことを言うのか」

「言う」

「なぜじゃ」

「簡単だ」

レグルスは。

空を見る。

「俺たちだけじゃ」

「勝てない」

「……」

「お前も」

「そう思っているんだろ?」

ベラトリクスは。

少し黙った。

そして。

「……そうじゃ」

素直に答えた。

「妾一人では」

「奴には届かぬ」

「なら」

レグルスが。

手を差し出す。

「力を貸してくれ」

ベラトリクスは。

その手を見る。

「……」

「条件がある」

「何じゃ」

「魔族を」

「人間へ攻撃させない」

「……」

「俺たちも」

「魔族を敵として扱わない」

「それだけだ」

ベラトリクスが。

レグルスを見る。

「お主」

「随分と簡単に言うのう」

「簡単じゃない」

レグルスが答える。

「だから」

「俺たち五人が」

「責任を持つ」

「……」

ベラトリクスの視線が。

レグルスの後ろへ向く。

シリウス。

アルデバラン。

アークトゥルス。

ルナ。

誰も。

反対しなかった。

「……お主ら」

ベラトリクスが。

小さく笑う。

「本当に」

「変な奴らじゃな」

レグルスも笑う。

「よく言われる」

「妾も」

「少しだけ」

「お主らを信用してみよう」

ベラトリクスが。

差し出された手を握る。

「協定じゃ」

「ああ」

「人間と魔族」

「共に」

「災厄と戦う」

「約束だ」

二人の手が。

固く握られた。

その光景を。

シリウスは黙って見ていた。

アルデバランは。

嬉しそうに笑っている。

ルナも。

静かに微笑んでいた。

そして。

アークトゥルスだけが。

空を見上げる。

「……」

「どうした?」

レグルスが聞く。

「いや」

アークトゥルスは。

ゼファリエルが消えた空を見つめる。

「この協定は」

「きっと」

「俺たちが思っている以上に」

「大きな意味を持つ」

「どういうことだ?」

「分からない」

アークトゥルスが答える。

「ただ」

「これだけは分かる」

「何だ?」

「ゼファリエルは」

「まだ」

「本気じゃなかった」

「……」

全員が。

空を見る。

「今日の戦いで」

「俺たちは」

「奴に傷をつけた」

「だが」

「奴は」

「それ以上に」

「俺たちを知ろうとしていた」

ベラトリクスが。

静かに呟く。

「……つまり」

「次は」

「もっと強くなる」

「そういうことだ」

レグルスが。

剣へ手を添える。

「なら」

「俺たちも」

「強くなるしかない」

シリウスが。

静かに頷く。

「そうだな」

アルデバランも。

盾を担ぐ。

「守るためには」

「力が必要だ」

ルナが。

二人を見る。

「私も」

「もっと強くなります」

ベラトリクスが。

少しだけ笑った。

「なら」

「忙しくなるのう」

六人が。

並んで歩き出す。

その背中は。

まだ。

歴史に刻まれる英雄の姿ではなかった。

人間と魔族。

敵同士だった者たち。

それぞれが。

互いを完全には信用していない。

それでも。

この日。

一つだけ。

確かなものが生まれた。

人間と魔族の。

最初の協定。

そして。

それこそが。

後に世界を救うことになる。

六人の始まりだった。

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