↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
51/67

五百年前

第50話 五百年前

五百年前――。

まだ、魔王と五英雄が共に戦うよりも前。

人間と魔族は。

互いを敵としていた。

魔族が人間の住む土地へ現れたことから始まった戦争は、瞬く間に大きくなっていった。

魔族にとっては、生きるための逃避だった。

けれど。

人間たちには、それが侵略にしか見えなかった。

家を奪われた者。

家族を失った者。

仲間を殺された者。

両者の間に積み重なった憎しみは、簡単には消えなかった。

そして。

その戦争の中心に。

一人の魔族がいた。

魔王。

ベラトリクス。

まだ、五人の英雄と肩を並べる前の彼女は。

人間たちにとって、倒すべき敵だった。

「……来たか」

荒野の向こうから。

一人の少女が歩いてくる。

黒い髪。

赤い瞳。

その姿は、人間の少女と大きく変わらない。

けれど。

彼女の周囲に漂う魔力だけは。

明らかに人のものではなかった。

「魔王ベラトリクス」

一人の青年が剣を抜く。

勇者レグルス。

その隣には。

一本の刀を携えた男。

剣聖シリウス。

さらに。

巨大な盾を持つ守護騎士アルデバラン。

長い杖を手にした賢者アークトゥルス。

そして。

聖女ルナ。

五人。

後に世界中で英雄と呼ばれることになる者たちが。

魔王の前に立っていた。

「……五人か」

ベラトリクスは。

面倒そうに五人を見る。

「随分と大勢で来たものじゃな」

「お前が相手だからな」

レグルスが答える。

「一人で十分だと言いたいところだが」

「生憎、俺たちはお前を甘く見てない」

「ほう」

ベラトリクスが笑う。

「ならば」

「少しは楽しませてもらおうか」

次の瞬間。

大地が弾けた。

ベラトリクスの姿が消える。

「速い!」

アルデバランが盾を構える。

――轟ッ!

衝撃が盾を叩いた。

「ぐっ……!」

アルデバランの身体が地面を滑る。

「アルデバラン!」

ルナが叫ぶ。

「大丈夫だ!」

アルデバランは踏み止まる。

その隙に。

シリウスがベラトリクスへ迫った。

「――そこだ」

刀が閃く。

しかし。

ベラトリクスは身体を僅かに逸らす。

刃が頬を掠めた。

「……ほう」

赤い瞳が細くなる。

「良い刀じゃな」

「刀を褒める余裕があるか」

シリウスがさらに踏み込む。

一閃。

二閃。

三閃。

その全てを。

ベラトリクスは紙一重で躱していく。

「シリウス! 下がれ!」

レグルスが叫ぶ。

「分かっている」

その瞬間。

空から巨大な魔法陣が展開された。

「――《天雷》」

アークトゥルスの声と共に。

無数の雷が落ちる。

ベラトリクスが後ろへ飛ぶ。

大地が次々と砕けていく。

「今だ!」

レグルスが駆ける。

聖なる光を纏った剣が。

ベラトリクスへ振り下ろされた。

――ガァンッ!

魔力と剣がぶつかる。

「……っ」

レグルスの腕が震える。

「重い……!」

「勇者とやら」

ベラトリクスが笑う。

「その程度か?」

「……言ってくれるな!」

レグルスが力を込める。

二人の魔力が激しくぶつかり合う。

その時だった。

「――やめてください!」

ルナの声が響く。

「ルナ?」

レグルスが振り返る。

「何をしている!」

「その人は」

ルナはベラトリクスを見る。

「今」

「私たちを殺すつもりがありません」

「……何?」

レグルスが眉を寄せる。

「何を言ってる」

「さっきから」

「ベラトリクスは」

「私たちを殺せる場面が」

「何度もありました」

「……」

レグルスが黙る。

確かに。

そうだった。

アルデバランを吹き飛ばした時も。

シリウスの刀を躱した時も。

レグルスの剣を受け止めた時も。

ベラトリクスには。

命を奪う隙があった。

それでも。

彼女は殺していない。

「なぜだ」

レグルスが聞く。

「……」

ベラトリクスは答えなかった。

ただ。

少しだけ空を見上げる。

「……嫌な匂いがする」

「何?」

「お主らからではない」

ベラトリクスの赤い瞳が。

遠くへ向けられる。

「もっと」

「上じゃ」

「上?」

レグルスたちが空を見る。

何もない。

青い空。

雲が流れているだけ。

「何を言ってるんだ?」

レグルスが聞く。

「妾にも」

「まだ分からん」

ベラトリクスは。

そう呟いた。

その時。

アークトゥルスが。

初めて口を開いた。

「……おかしい」

「どうした、アークトゥルス」

「魔力が」

「消えている」

「……?」

「この周辺の魔力が」

「少しずつ」

「減っている」

アークトゥルスが地面へ手をつく。

目を閉じる。

「……これは」

「自然現象ではない」

「何かが」

「魔力を吸っている」

ルナの表情が変わる。

「魔力を?」

「いや」

アークトゥルスが首を振る。

「魔力だけじゃない」

「生命そのものを」

「吸い上げている」

その瞬間。

遠くで。

森が崩れた。

木々が一斉に枯れていく。

「……」

全員が。

言葉を失った。

大地から。

何かが抜けていく。

草が枯れる。

木々が崩れる。

魔物たちが。

逃げることすらできずに倒れていく。

「なんだ……これ」

レグルスが呟く。

ベラトリクスも。

空を見上げている。

「……来る」

「何が?」

「分からぬ」

「じゃが」

ベラトリクスの表情から。

初めて余裕が消えた。

「これは」

「妾たちが戦っている場合ではない」

その瞬間。

空が。

白く染まった。

「……何?」

ルナが呟く。

雲がない。

なのに。

空から。

白い光が降ってくる。

最初は。

一本。

それだけだった。

次の瞬間。

――轟音。

大地が揺れた。

巨大な光が。

遠くの森を貫いた。

森が消える。

木々も。

岩も。

そこにいた魔物も。

全て。

跡形もなく。

消えた。

「……」

誰も。

動けなかった。

「今の」

シリウスが刀を握り直す。

「何だ」

アークトゥルスが。

震える声で答えた。

「分からない」

「お前が分からない?」

レグルスが驚く。

賢者アークトゥルス。

世界中の魔法を知る男。

その男が。

分からないと言った。

「違う」

アークトゥルスは。

空を見つめている。

「知らないんじゃない」

「理解できないんだ」

「……」

「こんな魔力」

「この世界には」

「存在しない」

白い光が。

もう一度。

空から降りた。

今度は。

もっと近く。

大地が大きく揺れる。

ベラトリクスが。

レグルスを見る。

「勇者」

「なんだ」

「今から」

「妾たちは」

「敵ではない」

「……」

レグルスも。

ベラトリクスを見る。

「同感だ」

剣を。

ゆっくり下ろす。

「何か」

「俺たちが戦っている相手より」

「もっと危険なものが」

「来ている」

ルナが。

静かに頷いた。

「……人間も」

「魔族も」

「関係ありません」

「今」

「この世界そのものが」

「狙われています」

その瞬間。

空が。

完全に白くなった。

雲ではない。

光だった。

そして。

その光の中から。

何かが。

ゆっくりと降りてくる。

最初に見えたのは。

巨大な翼。

白い。

あまりにも白い翼だった。

「……翼?」

シリウスが呟く。

二枚。

四枚。

六枚。

数え切れないほどの翼が。

空を覆っていく。

その中心に。

人の形をした何かが。

浮かんでいた。

美しい。

そう思った。

けれど。

次の瞬間。

ルナの顔から。

血の気が引いた。

「……天使」

「天使?」

レグルスが聞き返す。

「違う」

アークトゥルスが。

震える声で呟いた。

「……あれを」

「天使と呼んでいいのか」

空から。

その存在が。

ゆっくりとこちらを見る。

人間も。

魔族も。

区別していない。

ただ。

見ている。

まるで。

そこにいる全てを。

最初から。

「存在してはいけないもの」として。

見下ろしているようだった。

ベラトリクスが。

初めて。

一歩後ろへ下がった。

「……なんじゃ」

レグルスが。

それを見て驚く。

魔王が。

怯えている。

「ベラトリクス」

「……」

「お前」

「何を知っている?」

「知らぬ」

ベラトリクスは。

空を見上げたまま答える。

「じゃが」

「分かる」

「何が?」

「これは」

ベラトリクスの赤い瞳が。

大きく見開かれる。

「妾たちを」

「殺しに来た」

その瞬間。

空から。

声が響いた。

『――不純物を確認』

人間の声ではなかった。

魔族の声でもない。

感情のない。

ただ。

命令を読み上げるような声。

『排除を開始します』

レグルスが剣を構える。

シリウスが刀を抜く。

アルデバランが盾を構える。

アークトゥルスが杖を握る。

ルナが聖なる力を展開する。

そして。

ベラトリクスも。

魔力を解放した。

「……仕方ない」

ベラトリクスが笑う。

「勇者」

「なんだ」

「さっきの続きを」

レグルスが笑った。

「ああ」

「後でやろう」

「約束じゃぞ」

「約束だ」

その瞬間。

六人ではなかった。

まだ。

五人と一人。

勇者と魔王。

人間と魔族。

敵同士。

けれど。

この日。

初めて。

同じ空を見上げた。

そして。

五百年前の世界を変える戦いが。

始まった。

大天使。

ゼファリエル。

《星喰らい》。

その名を。

彼らはまだ知らない。

ただ。

一つだけ。

この時。

六人全員が。

同じことを感じていた。

――これは。

魔王よりも。

人間よりも。

遥かに恐ろしい。

何かだ。

五百年前。

人類がまだ知らなかった災厄が。

初めて。

その姿を現した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。