星域
第48話 星域
ルナの言葉が、静かな部屋に残っていた。
大天使ゼファリエル。
《星喰らい》。
その一部が、ベラの中に封じられている。
そして。
そのゼファリエルでさえ、何者かの意思に従っていた可能性がある。
考えれば考えるほど、頭の中が混乱していく。
五百年前に何があったのか。
僕たちはまだ、その全てを知ったわけじゃない。
「……ソル」
ルナに名前を呼ばれ、僕は顔を上げた。
「なに?」
「あなたに」
「一つ、お願いがあります」
「お願い?」
「はい」
ルナは、僕の目を真っ直ぐに見つめた。
「手を」
「前へ出してください」
言われた通りに、僕は右手を前へ伸ばす。
「そのままで」
ルナが僕の手の前に、自分の手を重ねるように掲げる。
すると。
淡い光が生まれた。
白い光だった。
けれど、今まで見てきた魔法の光とは少し違う。
その光の中には、小さな粒が無数に浮かんでいた。
まるで。
夜空をそのまま切り取ったようだった。
「……これ」
僕の星装と似ている。
「そうですね」
ルナが微笑む。
「あなたの星装です」
「僕の?」
「正確には」
「あなたの星装が持つ、可能性です」
「可能性……?」
ルナは頷いた。
「あなたは今まで」
「星装を自分の身体へ纏わせることで、力を高めてきましたね」
「うん」
「剣へ力を集めることもできる」
「うん」
「そして」
「その力を」
「他者へ分け与えることも」
僕はベラを見る。
「……それも知ってるの?」
「見ていましたから」
「いつから?」
「あなたが初めて」
「ベラへ星装を渡した時からです」
僕は少し驚いた。
あの時。
ベラの身体を星装が包んだ。
自分の力を、誰かに渡す。
あれはアルデバランとの修行の中で、偶然見つけた使い方だった。
「でも」
「まだ」
「それだけではありません」
ルナが言った。
「あなたの星装には」
「もっと大きな可能性があります」
「もっと……?」
「はい」
ルナが僕の手のひらへ指先を近づける。
「星は」
「一つだけで輝いているわけではありません」
「無数の星が集まり」
「夜空を照らしています」
「……」
「あなたの星装も」
「同じです」
「一人を強くするためだけの力ではありません」
「誰かを」
「守るためにも使えるのです」
その瞬間。
僕の中で。
何かが繋がった気がした。
「守る……」
「はい」
「今までの星装は」
「自分の力を高めることが中心でした」
「でも」
「それだけじゃない」
「そうです」
ルナが頷く。
「あなたには」
「誰かを守るための星装が必要です」
「……僕に」
「できますか?」
ルナは少しだけ笑った。
「あなたなら」
「できます」
「どうして?」
「あなたは」
「すでにその力を使っているからです」
「え?」
「気づいていないだけです」
ルナが僕の胸元を見る。
「あなたは」
「ベラを守ろうとした」
「アンタレスを守ろうとした」
「村の人々を守ろうとした」
「誰かのために」
「何度も」
「自分より先に」
「力を使ってきました」
「……」
「なら」
「その想いを」
「力にすればいい」
ルナの手から。
光が広がる。
僕の身体へ触れた。
熱くはない。
むしろ。
温かかった。
星装の粒子が。
僕の身体の中へ入り込んでくる。
「……っ」
胸の奥が。
一瞬だけ強く脈打った。
「力を」
「広げてください」
「広げる?」
「はい」
「自分の身体の外へ」
「できる限り遠くへ」
僕は目を閉じた。
星装を発動する。
いつものように。
身体を包む光。
けれど。
今日はそれを外へ押し出す。
「……」
一歩。
また一歩。
僕の周囲へ星の粒子が広がっていく。
最初は数メートル。
それが十メートル。
さらに。
その先へ。
「もっと」
ルナの声が聞こえる。
僕は力を込める。
星の光が。
さらに広がった。
床を這うように。
壁を伝うように。
天井へ届くように。
そして。
僕たちを中心とした広い範囲を。
淡い星の光が包み込んだ。
「……」
僕は目を開ける。
そこには。
見たことのない光景が広がっていた。
塔の内部に。
夜空が生まれている。
無数の星が。
僕たちの周囲を漂っていた。
「……すごい」
思わず呟く。
ルナが頷く。
「それが」
「あなたの星装です」
「これが……?」
「はい」
「ただ」
「まだ完成ではありません」
「まだ?」
「その星の中へ」
「ベラトリクスとアンタレスを」
「入れてください」
僕は二人を見る。
「どうやって?」
「意識してください」
「二人を」
「守る」
僕は目を閉じる。
ベラ。
アン。
二人の存在を意識する。
すると。
星の光が二人へ集まり始めた。
「……なんじゃ?」
ベラの身体を。
淡い光が包む。
「これ」
アンタレスも自分の身体を見る。
「……妙な感覚ですね」
「嫌じゃない」
「むしろ」
「身体が軽い」
ベラが腕を動かす。
アンタレスも魔力を巡らせる。
「……」
僕にも分かる。
二人の魔力が。
いつもより滑らかに流れている。
「身体能力を」
「少し高めています」
ルナが説明する。
「魔力の流れを整え」
「消耗も抑えます」
「そして」
「傷ついた身体には」
「星装が生命力を与える」
ベラの腕に。
以前の戦いで残っていた小さな傷があった。
それが。
少しずつ薄くなっていく。
「……回復している?」
僕が呟く。
「はい」
「ただし」
「何でも治せるわけではありません」
「深い傷を一瞬で治すことも」
「失ったものを戻すこともできない」
「あなたの力は」
「治癒そのものではありません」
「生命を」
「本来の状態へ戻ろうとする力を」
「支えるのです」
「なるほど……」
強すぎる力ではない。
でも。
戦いの中では。
きっと大きな意味を持つ。
誰かが倒れそうになった時。
あと一歩だけ踏み出せる。
あと一撃だけ耐えられる。
あと少しだけ。
仲間を守れる。
「これが」
「僕の星装……」
僕は呟いた。
「違います」
ルナが言う。
「これは」
「あなたがこれから育てていく力です」
「僕が?」
「はい」
「私は」
「きっかけを渡しただけ」
ルナが微笑む。
「その力をどう使うのかは」
「あなたが決めることです」
僕は。
広がった星々を見る。
一つ一つの光は小さい。
でも。
それが集まれば。
こんなにも広い場所を照らせる。
「名前は」
ルナが言った。
「決めていますか?」
「名前?」
「この力の」
僕は考える。
自分を強くする星装。
剣へ集める星装。
そして。
仲間を包み。
守る星装。
「……星域」
自然と。
その言葉が口から出た。
「《星域》」
ルナが微笑む。
「良い名前ですね」
「これで」
「みんなを守れるかな」
「はい」
ルナは。
迷いなく答えた。
「あなたが」
「その力を」
「守るために使う限り」
「きっと」
僕は拳を握った。
強くなる。
それだけじゃない。
ベラを守る。
アンを守る。
出会った人たちを守る。
そのための力。
「……ありがとう」
僕が言う。
ルナは首を横に振った。
「お礼を言うのは」
「まだ早いですよ」
「え?」
「あなたには」
「これから」
「やらなければならないことがあります」
「……ゼファリエル?」
ルナは。
少しだけ表情を曇らせた。
「それも」
「ですが」
「それだけではありません」
「……」
「ベラトリクスの中にある封印」
「それは」
「時間と共に弱くなっています」
ベラが黙って胸元を見る。
「《星域》は」
「その封印を」
「一時的に安定させることもできます」
「……本当に?」
ベラが顔を上げる。
「はい」
「ですが」
「それだけでは」
「永遠には持ちません」
「分かっておる」
ベラは静かに答えた。
「妾の問題じゃ」
「いいえ」
僕は言った。
「ベラだけの問題じゃない」
ベラが僕を見る。
「僕たちの問題だよ」
「……」
ベラは。
しばらく僕を見つめていた。
やがて。
小さく笑った。
「……そうか」
「なら」
「頼むぞ」
「うん」
その時。
アンタレスが口を開いた。
「ソル」
「なに?」
「その力」
「使い続ければ」
「あなた自身はどうなる?」
「……」
僕は答えられなかった。
ルナが代わりに答える。
「広範囲へ星装を展開するほど」
「ソル自身の消耗は大きくなります」
「人数が増えれば」
「さらに」
「範囲が広がれば」
「さらに」
「そして」
「傷を癒やすほど」
「魔力も消費します」
「……やっぱり」
「万能ではないんですね」
「はい」
ルナは微笑んだ。
「だからこそ」
「あなた自身が」
「倒れないことが大切なのです」
アルデバランから教わった。
受け止めない。
流す。
無駄な力を使わない。
そして。
今度は。
仲間を守る。
全部が。
一つに繋がっていく。
「……もっと」
「上手く使えるようにならないと」
僕が呟く。
「はい」
ルナが頷く。
「ですが」
「あなたなら」
「きっとできます」
その言葉を聞いた瞬間。
また。
あの声がした。
――星の声。
僕の耳には。
微かにしか聞こえない。
けれど。
確かに。
「……」
僕は空を見上げる。
塔の天井があるはずなのに。
そこには星空が見えた。
その中で。
一つだけ。
他とは違う星が。
赤く瞬いた。
「……あれは」
「どうしました?」
「なんでもない」
僕は目を細める。
けれど。
その星を見た瞬間。
胸の奥に。
言葉が浮かんだ。
――探せ。
――賢者を。
僕は息を呑んだ。
アークトゥルス。
賢者の名前。
「ルナ」
「はい」
「僕は」
「アークトゥルスを探す」
ルナは。
静かに頷いた。
「それが」
「あなたの次の道です」
「どこにいるのか」
「分からないんだよね?」
「はい」
「でも」
「あなたなら」
「星が」
「道を示してくれるかもしれません」
僕は。
空に浮かぶ星々を見る。
五百年前から続く物語。
ベラの中に眠る災厄。
大天使ゼファリエル。
《星喰らい》。
そして。
そのさらに上にいるかもしれない。
名も知らない存在。
まだ。
何も分からない。
それでも。
一つだけ。
僕には分かっていた。
「……行こう」
ベラとアンを見る。
「アークトゥルスを探す」
「そして」
「ベラを守る」
ベラが笑う。
「妾も」
「もう逃げるつもりはないぞ」
アンタレスも頷く。
「ならば」
「私も付き合いましょう」
僕は。
もう一度。
星装を展開した。
無数の星が。
僕たちを包み込む。
《星域》。
それは。
僕が初めて手にした。
誰かを守るための星装だった。
そして。
この力がいつか。
星を喰らう天使と向き合う時。
僕たちの未来を。
照らしてくれることになる。
その時の僕は。
まだ知らなかった。
大天使ゼファリエルが。
本当に恐ろしい存在なのは。
その力ではないことを。
そして。
《星喰らい》と呼ばれた天使のさらに上に。
五百年前の英雄たちですら。
その名を口にすることを避けた存在がいることを。
僕たちの旅は。
まだ始まったばかりだった。




