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教皇からの招待

第44話 教皇からの招待

セレフィア神聖国へ入国して、まだ一日も経っていない。

それでも。

僕は、この国が今まで訪れたどの国とも違うことを感じていた。

街を歩けば、至る所に聖女ルナの紋章がある。

白い石で造られた建物。

大通りを行き交う人々。

聖職者たち。

そして、街の中央にそびえ立つ巨大な塔。

遠くから見ても、その存在感は圧倒的だった。

いくつもの尖塔が複雑に絡み合い、空へ向かって伸びている。

まるで一つの建物というより、巨大な都市そのものが塔になったような。

そのすぐ近くには、世界最大と呼ばれる大聖堂がある。

僕たちは昨日、港からその景色を見ていた。

そして今日。

ようやく、その塔の近くまで来ていた。

「近くで見ると、やっぱり大きいね」

僕は首を上げる。

見上げても、頂上がよく見えない。

「これ、本当に一つの建物なの?」

「そうでしょうね」

アンタレスが答える。

「ただ、何度も増築されているようにも見えます」

「増築?」

「ええ。塔の形が均一ではありません」

確かに。

近くで見ると、それがよく分かる。

古そうな部分と、新しく見える部分。

異なる時代に造られたような構造が複雑に組み合わさっている。

「何百年もかけて作られたんじゃろうな」

ベラが呟いた。

「ベラ、これ見たことある?」

僕が聞く。

「……」

ベラはしばらく塔を見上げていた。

「ない」

「五百年前にはなかった?」

「少なくとも、妾の知る限りではな」

その答えに、僕は少し驚いた。

聖女ルナの塔。

アルデバランから、そこへ行けと言われた。

けれど。

ベラでさえ知らない。

それだけ、この五百年の間に何かが変わったということなのだろう。

「それより」

アンタレスが言った。

「まずはギルドへ向かいましょう」

「うん」

昨日宿を取った後、簡単に街を見て回った。

冒険者ギルドの場所も確認している。

今日の目的は、情報を集めることだった。

聖女ルナの塔について。

この国について。

そして。

僕たちがこれから何をすべきなのか。

大通りを歩く。

人が多い。

けれど、不思議なほど騒がしくない。

商人の声。

馬車の音。

人々の話し声。

それらが混ざり合っているのに、街全体がどこか静かに感じる。

「……」

僕は周囲を見る。

兵士の数も多い。

街角には必ずと言っていいほど聖職者の姿がある。

「警戒されているのかな」

僕が言うと。

アンタレスが少しだけ周囲を見た。

「分かりません」

「昨日も言ってたよね」

「ええ」

「この国、何か変?」

「変というより……」

アンタレスが言葉を止める。

「何かを守っているように感じます」

「何か?」

「はい」

ベラが鼻を鳴らす。

「宗教国家じゃからな。聖女を守っておるのであろう」

「それならいいんだけど」

僕たちはそのまま歩いた。

その時だった。

「失礼いたします」

後ろから声がした。

僕たちは足を止める。

振り返る。

そこには、一人の男が立っていた。

白を基調とした長い法衣。

胸元には、他の聖職者たちとは少し違う聖印が下げられている。

年齢は五十代ほど。

髪には白いものが混じっている。

けれど、姿勢は真っ直ぐで。

その目は穏やかなのに、妙な鋭さがあった。

男は僕たちへ近づくと、丁寧に頭を下げた。

「突然のお声掛けをお許しください」

「……はい」

僕も少し戸惑いながら返事をする。

「私はセレフィア神聖国に仕える者です」

そう名乗ったところで。

男の視線が僕を通り越した。

そして。

ベラへ向く。

「ベラトリクス様」

「……」

ベラの表情が変わった。

「アンタレス様も」

「……」

アンタレスの目が細くなる。

僕は思わず二人を見る。

「え?」

どうして。

今。

この人は。

その名前を。

「なぜ、その名を?」

アンタレスが静かに尋ねる。

男は少しだけ目を伏せた。

「ご説明は、ここでは難しいでしょう」

「質問に答えてください」

「申し訳ございません」

男はあくまで穏やかだった。

「ですが、決して敵意があってお声を掛けたわけではありません」

ベラが一歩前へ出る。

「ならば答えよ」

その声には、いつもの軽さがなかった。

「なぜ妾の名を知っておる」

男はベラを真っ直ぐ見た。

「そのお名前を知らぬ者が、この国の中枢にいるとは思えません」

「……」

「そして」

男はアンタレスを見る。

「アンタレス様のお名前も、同じです」

アンタレスの表情が変わらない。

けれど。

僕には分かった。

警戒している。

僕も無意識に明星へ手を伸ばしかけた。

その瞬間。

「どうか、ご警戒なさらず」

男が言った。

「武器を抜く必要はございません」

「……」

「私どもは、あなた方を拘束するために来たわけではありません」

「じゃあ、何のため?」

僕が聞く。

男は僕を見る。

その目が。

ほんの一瞬だけ。

僕の身体を見透かすように揺れた。

「あなた方を、教皇聖下のもとへご案内するためです」

「教皇?」

僕の声が少し大きくなる。

「はい」

「いきなり?」

「はい」

「どうして?」

「それについては、教皇聖下ご本人からお話があるかと存じます」

僕はアンタレスを見る。

アンタレスもベラを見る。

二人とも黙っている。

「……罠じゃないのか?」

僕が小さく聞く。

ベラが男を見る。

「罠ならば、もっと別のやり方をするじゃろう」

「どういう意味?」

「妾たちを捕らえる気なら、わざわざ一人で近づいて来る必要などない」

確かに。

この国は大国だ。

僕たちが来たことを本当に敵と判断しているなら、もっと大勢の兵士を差し向けてもおかしくない。

なのに。

目の前の男は一人。

それも。

武器を抜く気配すらない。

アンタレスが口を開く。

「あなたのお名前を伺っても?」

男は静かに頭を下げた。

「失礼いたしました」

胸元の聖印へ手を添える。

「私は枢機卿、セレウスと申します」

「枢機卿……」

聞いたことがある。

この国における、教皇に次ぐ地位。

国の宗教と政治、その両方に深く関わる最高位の聖職者。

そんな人物が。

なぜ僕たちの目の前にいる。

「教皇の側近?」

「そのように考えていただいて構いません」

セレウスは微笑む。

「教皇聖下より、直接の命を受けております」

「……」

ベラが腕を組む。

「教皇は妾たちが来ることを知っておったのか?」

「はい」

「いつからじゃ」

セレウスは一瞬だけ沈黙した。

「正確な時間までは、私から申し上げることはできません」

「ふむ」

「ただ」

セレウスは静かに続けた。

「あなた方が、この国へ入られたことは、すでに教皇聖下へ伝わっております」

その言葉に。

僕の背中を冷たいものが走った。

入国してから。

まだ、それほど時間は経っていない。

それなのに。

もう知られている。

「……どうやって」

僕が呟く。

セレウスは答えなかった。

ただ。

「ご安心ください」

そう言った。

「教皇聖下は、あなた方を歓迎するご意向です」

「歓迎?」

アンタレスが聞き返す。

「はい」

「私たちのことを知っているのに?」

「だからこそ、でございます」

その答えは。

余計に不気味だった。

ベラがセレウスを睨む。

「妾たちを、どこへ連れて行くつもりじゃ」

「教皇宮殿へ」

「大聖堂の近くか?」

「はい」

僕は街の中央を見る。

巨大な大聖堂。

その奥に。

教皇がいる。

そして。

この国の中枢がある。

「……行こう」

僕が言った。

アンタレスが僕を見る。

「ソル」

「大丈夫」

「しかし」

「このまま街を歩き回っても、向こうは僕たちのことを知ってる」

「……」

「だったら、直接聞いた方がいい」

ベラも頷いた。

「妾も賛成じゃ」

アンタレスは少し考え。

「分かりました」

セレウスが静かに頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ただし」

アンタレスが続ける。

「一つだけ」

「何でしょう」

「私たちに危害を加える意思がないこと」

「もちろんです」

セレウスは即答した。

「教皇聖下の名において、お約束いたします」

「……」

アンタレスがセレウスを見る。

「分かりました」

僕たちは彼の後を歩くことになった。

大通りを進む。

人々が行き交う。

けれど。

セレウスが歩いていると、周囲の聖職者たちは自然と道を開けた。

その様子を見て。

僕は改めて、この男の立場を理解した。

ただの聖職者じゃない。

本当に。

教皇に次ぐ立場なのだ。

「セレウスさん」

「はい」

「一つ聞いていい?」

「もちろんです」

「僕たちの名前を知っていたこと」

「はい」

「それって、この国では普通なの?」

セレウスは少しだけ笑った。

「いいえ」

「じゃあ」

「普通ではございません」

「……」

「あなた方のお名前を知る者は、この国でも限られております」

「どうして?」

「それは」

セレウスが歩みを止める。

僕たちも止まる。

彼は振り返る。

「教皇聖下がお話しになるでしょう」

また。

その答えだった。

「……そっか」

僕は前を見る。

巨大な大聖堂が近づいている。

その大きさは。

さっき遠くから見た時よりも、さらに圧倒的だった。

白い壁。

巨大な柱。

何本もの尖塔。

そして。

正面には、聖女ルナを象徴する巨大な聖印が掲げられている。

僕はそれを見つめる。

胸の奥が。

僅かにざわついた。

昨日。

船の上で聞いた声。

『星の声を聞くものよ』

『ベラトリクスを』

『私のもとへ』

あれが本当にルナだったのなら。

この先に。

その答えがある。

「ソル?」

アンタレスの声。

「……何でもない」

僕は歩き出す。

大聖堂の脇を抜ける。

その先に。

巨大な建物があった。

教皇宮殿。

白い石で造られた建物。

何人もの聖職者が周囲を警護している。

けれど。

誰一人として僕たちへ武器を向けない。

セレウスが入口の前で足を止める。

「こちらです」

巨大な扉。

その向こうには。

長い廊下が続いている。

壁には、歴代の教皇らしき人物の肖像画が並んでいた。

その中に。

一枚だけ。

妙に古い絵があった。

僕は足を止める。

「……」

そこには。

一人の少女が描かれていた。

白い服。

穏やかな笑顔。

そして。

胸元には聖印。

「ルナ……?」

僕が呟く。

セレウスが振り返る。

「ご存じでしたか」

「え?」

「そのお方を」

「……聖女ルナですよね」

「はい」

セレウスはそれ以上何も言わなかった。

僕は絵を見る。

昨日聞いた声が。

頭の中に蘇る。

『ベラトリクスを』

『私のもとへ』

「……」

本当に。

ルナなのか。

そして。

なぜ。

ベラを。

その疑問を抱えたまま。

僕たちは廊下を進んだ。

やがて。

一際大きな扉の前へ辿り着く。

セレウスが立ち止まった。

「この先に、教皇聖下がおられます」

ベラが静かに息を吐く。

アンタレスの表情も険しい。

僕は手を握った。

扉の向こうに。

何があるのか。

まだ分からない。

ただ。

ここまで来た。

なら。

確かめるしかない。

セレウスが扉へ手を添える。

「教皇聖下」

静かな声が響く。

「お連れいたしました」

しばらく。

返事はなかった。

そして。

「……入れ」

扉の向こうから。

低く。

静かな声が返ってきた。

セレウスがこちらを見る。

「どうぞ」

巨大な扉が。

ゆっくりと開いていく。

その先に。

セレフィア神聖国の最高権力者。

教皇がいた。


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