表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/44

守護騎士の残響

第39話 守護騎士の残響


修練場に、静かな時間が流れていた。

先ほどまで戦っていた魔力体は、跡形もなく消えている。

残っているのは、僕たち三人の荒い呼吸と、床に僅かに漂う魔力の残滓だけだった。

僕は明星を鞘へ収める。

「……終わったんですね」

「ああ」

アルデバランが答える。

「お前の修行は、これで終わりだ」

その言葉を聞いた瞬間。

胸の奥に、僅かな寂しさが生まれた。

ここへ来てから、それほど長い時間が経ったわけじゃない。

それでも。

アルデバランから教わったことは多かった。

星装の扱い方。

魔力の流し方。

明星の使い方。

そして。

力を受け止めるのではなく、流すという戦い方。

何より。

強くなることだけが、戦う理由ではないということ。

「……終わり、か」

ベラが呟く。

「そうですね」

アンタレスも静かに答えた。

アルデバランは二人を見る。

「世話になったな」

「こちらこそじゃ」

ベラが答える。

アンタレスも小さく頭を下げた。

「ありがとうございました」

アルデバランは二人にそれ以上何かを教えようとはしなかった。

そして。

その視線が僕へ向く。

「ソル」

「はい」

「ここから先は、自分で考えろ」

「……はい」

「俺がお前に教えられることは、もうない」

僕は頷いた。

アルデバランの言葉はいつも簡潔だった。

けれど。

だからこそ、一つ一つが胸に残る。

「お前がこれから進む道は、俺が生きていた時代とは違う」

「五百年という時間は、それだけ長い」

「だから、俺の言葉をそのまま正解にするな」

「自分で見て、自分で考えて、自分で決めろ」

「分かりました」

僕が答えた、その時だった。

アルデバランの身体から。

淡い光が漏れた。

「……?」

僕は目を凝らす。

アルデバランの輪郭が、僅かに揺らいでいた。

「アルデバラン……?」

僕が声をかける。

アルデバランは自分の手を見る。

「……もう、時間だな」

「時間……?」

「ああ」

アルデバランは静かに頷いた。

「俺はもう、ここにはいられない」

その言葉に。

胸がざわついた。

「どういうことですか?」

「俺の身体は、五百年前に死んでいる」

「ここに残っていたのは、俺の記憶と魔力の残滓だけだ」

「この塔に残された力を使って、お前たちに会うことができた」

「だが、それも限界らしい」

アルデバランの身体から、さらに光が溢れる。

「……そんな」

僕は一歩前へ出た。

「まだ、聞きたいことがあります」

「分かっている」

「もっと教えてほしいです」

アルデバランは、少しだけ笑った。

「だからこそ、もう教える必要はない」

「え?」

「俺が教えられることは教えた」

「ここから先は、お前自身が答えを見つける番だ」

僕は黙った。

もっと聞きたい。

もっと知りたい。

そう思った。

けれど。

アルデバランの姿は、もう少しずつ薄くなっている。

「……ソル」

「はい」

「一つだけ、最後に伝えておく」

僕は顔を上げる。

「聖女ルナの塔へ行け」

「……ルナの塔」

その名前に。

僕の中で、五百年前の英雄たちの話が蘇る。

聖女ルナ。

五英雄の一人。

そして。

今はもう、この世界にはいない人物。

「ルナも……もう死んでいるんですよね」

「ああ」

アルデバランが頷く。

「俺と同じだ」

「だが、ルナにも塔が残されている」

「俺の塔と同じように、彼女の魔力と記憶が残された場所だ」

僕はアルデバランを見る。

「そこへ行けば、何か分かるんですか?」

「分からない」

アルデバランは即答した。

「だが、お前には行く価値がある」

「……僕に?」

「ああ」

アルデバランの視線が、僕の胸元へ向く。

「お前の星装について」

「そして、お前が感じ取る魔力の残滓について」

僕は息を呑む。

「ルナの塔に残されたものが、何かの手掛かりになるかもしれない」

「……分かりました」

僕は強く頷いた。

「必ず行きます」

アルデバランは満足そうに笑った。

「それでいい」

その時。

アルデバランの視線がベラへ向く。

「ベラトリクス」

「なんじゃ」

「力を取り戻したな」

ベラは自分の手を見る。

黒紫色の魔力が、指先で静かに揺れている。

「うむ」

「そうか」

それだけだった。

ベラも、それ以上は何も言わない。

やがて。

アルデバランはアンタレスへ視線を向けた。

「アンタレス」

「はい」

アンタレスが姿勢を正す。

「……」

アルデバランは一瞬だけ彼女を見つめる。

「お前にも、礼を言っておこう」

「いえ」

アンタレスは首を横に振る。

「私の方こそ、貴重な時間をありがとうございました」

「そうか」

アルデバランは短く答えた。

それ以上、何かを語ることはなかった。

そして。

再び僕を見る。

「ソル」

「はい」

「星継は、これからお前にとって重要な力になる」

「はい」

「だが、便利だからといって無闇に使うな」

僕は頷く。

「力を託すということは、その力を受け取った仲間の命まで背負うということだ」

「……」

「必要な時に、必要な相手へ」

「それを忘れるな」

「分かりました」

僕は強く頷いた。

「覚えておきます」

アルデバランは満足そうに頷く。

「ならば、もう言うことはない」

その瞬間。

光が一気に強くなった。

「アルデバラン……」

僕が呟く。

「もう時間だ」

アルデバランの身体が、少しずつ光へ変わっていく。

僕は思わず手を伸ばした。

「待ってください」

「ソル」

「……また、会えますか?」

アルデバランは少しだけ目を細めた。

「俺はもう死んだ身だ」

「だから、分からない」

「……そうですか」

「だが」

アルデバランが続ける。

「お前たちが歩き続ける限り、俺の残したものも消えない」

僕は黙って、その言葉を聞いた。

「強くなれ」

「はい」

「だが、強くなることだけを追うな」

「……はい」

「守りたいものがあるなら、そのために力を使え」

僕は隣を見る。

ベラがいる。

アンタレスがいる。

「分かりました」

「そして」

アルデバランの視線が、僕の持つ明星へ向く。

「その剣を信じろ」

「……はい」

「お前なら使いこなせる」

その言葉を最後に。

アルデバランの身体が、完全な光へ変わった。

「アルデバラン……!」

僕が手を伸ばす。

けれど。

指先が触れることはなかった。

光が静かに宙へ溶けていく。

一つ。

また一つ。

小さな光の粒となって。

そして。

消えた。

「……」

誰も何も言わなかった。

しばらくの間。

僕たちは、その場に立ち尽くしていた。

やがて。

アンタレスが静かに口を開く。

「……行ってしまいましたね」

「うむ」

ベラが答える。

その声は、いつもより少しだけ静かだった。

僕はアルデバランが立っていた場所を見る。

そこには、もう何も残っていない。

「……ありがとう」

僕は小さく呟いた。

「アルデバラン」

返事はない。

それでも。

胸の中には、確かに残っている。

あの人から受け取った言葉が。

星装・星継。

明星・流転。

そして。

「聖女ルナの塔……」

僕は呟く。

「次は、そこへ行こう」

ベラが頷く。

「うむ」

アンタレスも頷いた。

「はい。向かいましょう」

僕たちは修練場を後にする。

扉を開けると、ヴァルガルドの冷たい空気が流れ込んできた。

白い雪。

巨大な城壁。

そして、遠くに広がる要塞都市。

ここへ来た時とは。

ほんの少しだけ、世界の見え方が変わっていた。

アルデバランはもういない。

けれど。

彼が残したものは、僕たちの中にある。

五百年前の守護騎士。

アルデバラン。

その最後の言葉を胸に。

僕たちは歩き始めた。

次に向かうのは。

五英雄の一人。

聖女ルナが残した塔。

そこに何が残されているのか。

そして。

なぜアルデバランは、僕にそこへ行けと言ったのか。

その答えを探すために。

僕たちは、塔を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ