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解き放たれた魔力

第38話 解き放たれた魔力

翌朝。

僕たちは再び、アルデバランの塔の修練場へ集まっていた。

昨日までとは違う。

僕の身体には、疲労が残っている。

それでも、不思議と嫌な疲れではなかった。

「昨日より顔色が悪いぞ」

ベラが僕を見る。

「ベラに言われたくないよ」

「なんじゃと?」

「昨日、魔力を使いすぎてふらふらだったじゃん」

「……あれは少し力を使っただけじゃ」

「はいはい」

「なんじゃ、その態度は」

アンが二人のやり取りを見て笑う。

「二人とも、元気そうで何よりです」

その時だった。

修練場の中央に、アルデバランの姿が現れた。

「今日は、お前たちに話しておくことがある」

いつもの落ち着いた声。

けれど、その視線は僕ではなく、ベラへ向けられていた。

「……妾にか?」

「ああ」

ベラの表情が変わる。

アルデバランはゆっくりとベラへ近づいた。

「ベラトリクス」

その名前を呼ばれた瞬間。

ベラの身体が僅かに強張った。

「お前の中には、二つの封印がある」

「二つ……?」

僕が呟く。

アルデバランが頷いた。

「一つは、災厄最高位の天使を封じるためのもの」

ベラが目を伏せる。

「そして、もう一つは……お前自身の魔力を封じるためのものだ」

「妾の……魔力?」

「そうだ」

アルデバランは静かに続けた。

「五百年前、お前の魔力はあまりにも強く、そして邪悪だった」

「そのままでは、最高位の天使を封じる術式を安定させることができなかった」

「だから俺は、お前自身の魔力も同時に封じた」

ベラは黙っていた。

僕は初めて知った。

ベラが今まで本来の力を出せなかった理由。

それは、ただ長い年月で力を失ったからではない。

自分自身の魔力そのものを、封じられていたからだった。

「……では」

ベラが顔を上げる。

「妾の中に封じられている力を、戻すというのか?」

「そうだ」

「なぜ今になって?」

アルデバランはベラを見つめた。

「お前が変わったからだ」

「……」

「五百年前のお前と、今のお前は違う」

「人間を憎み、世界そのものを敵としていたお前は、もういない」

ベラが何も言わない。

アルデバランは続ける。

「お前は仲間を作った」

「誰かを守ろうとしている」

「ならば、もうお前自身の力まで封じておく必要はない」

ベラが小さく息を吐いた。

「……妾を、信じるのか?」

「信じるのではない」

アルデバランは答えた。

「俺は、お前自身を見て判断している」

その言葉に。

ベラはしばらく黙っていた。

そして。

「……そうか」

小さく笑った。

「ならば、受け取ろう」

アルデバランが手を掲げる。

ベラの身体に、黒紫色の魔力が集まり始めた。

「っ……」

ベラが顔をしかめる。

胸元に、古い魔法陣が浮かび上がった。

それは長い年月、ベラの魔力を縛り続けていた封印だった。

「これが……」

僕は息を呑む。

「ベラの封印……」

「そうじゃ」

ベラが苦しそうに答える。

「ずっと……ここにあった」

アルデバランの魔力が魔法陣へ触れる。

パキッ。

小さな音がした。

次の瞬間。

魔法陣に亀裂が走る。

一本。

二本。

そして。

――バキィィン!!

封印が砕け散った。

「――っ!!」

凄まじい魔力が爆発する。

僕は思わず腕で顔を庇った。

風圧が修練場全体を駆け抜ける。

黒紫色の魔力が、ベラの身体から一気に溢れ出した。

「ベラ!」

「大丈夫じゃ!」

声が返ってくる。

けれど、その声には今までにないほどの力が宿っていた。

魔力の奔流が徐々に収まっていく。

ベラは立っていた。

身体の周囲に、濃密な魔力が漂っている。

「……これが」

ベラは自分の手を見る。

「妾の……本来の魔力」

「そうだ」

アルデバランが答える。

「ただし、最高位の天使を封じている封印には触れていない」

「分かっておる」

ベラは頷く。

「それだけは、まだ眠らせておく」

僕はベラを見る。

以前とは明らかに違う。

力が戻った。

でも。

その力を感じても、以前のような恐ろしさはなかった。

ベラ自身が変わったからだ。

「……すごい」

僕が呟く。

「なんじゃ、じろじろ見るな」

「いや、本当にすごいなって」

「ふん」

ベラは少し照れたように顔を背けた。

アンもベラへ近づく。

「おめでとうございます」

「礼を言う」

ベラが笑う。

アルデバランは二人を見た後、僕へ視線を移した。

「さて」

「次は、お前だ」

「僕?」

「ああ」

アルデバランが修練場の中央へ歩いていく。

「昨日、お前は星装を他者へ渡すことに成功した」

僕は頷く。

「でも、まだ安定していない」

「はい」

「ならば今日は、それを戦いの中で使う」

アルデバランが手を掲げる。

修練場の奥から、巨大な魔力体が姿を現した。

昨日よりも遥かに大きい。

「……これと?」

「三人で戦え」

僕は明星を抜く。

「分かった」

魔力体が地面を蹴った。

凄まじい速度で迫ってくる。

「来るぞ!」

僕が叫ぶ。

ベラが前へ出た。

「妾が受ける!」

巨大な腕が振り下ろされる。

ベラが魔力を解放する。

ドンッ!!

衝撃が修練場を揺らした。

「ぐっ……!」

ベラの足が床を滑る。

「ベラ!」

僕はすぐに星装を発動する。

「――星継」

星の光が僕の身体から伸びていく。

ベラの身体を包む。

「……!」

ベラの魔力と星装が重なる。

「これは……」

「どう?」

「力が……さらに上がった」

ベラが笑う。

「なるほどのう」

そのままベラが踏み込む。

「はあああっ!!」

拳が魔力体の腕を弾き飛ばした。

「アン!」

「はい!」

アンが跳ぶ。

赤い魔力が刃のように収束する。

「――っ!」

アンの一撃が魔力体の肩を切り裂いた。

だが。

「まだ倒れない!」

魔力体が咆哮する。

巨大な腕がアンへ向かう。

「アン!」

僕が走る。

明星を構える。

真正面から受ける。

――そう思った瞬間。

昨日のアルデバランの言葉が蘇った。

『受け止めるな』

『流せ』

僕は剣を傾ける。

「……っ」

巨大な力が明星へ触れる。

そのまま。

刃を滑らせる。

「――明星・流転」

力の方向が変わった。

巨大な腕が僕の身体の横を通り抜ける。

「今だ!」

アンが踏み込む。

ベラも同時に動く。

「任せろ!」

二人の攻撃が同時に魔力体へ叩き込まれる。

轟音。

魔力体が大きく後退する。

「まだだ!」

僕は星装をさらに広げる。

ベラへ。

アンへ。

二人の身体を星の光が包む。

「――星継!」

魔力の流れを細かく調整する。

ベラには身体能力を。

アンには魔力の流れを。

それぞれに必要な分だけ。

「……これなら!」

アンの魔力が一気に膨れ上がる。

「行きます!」

アンが一瞬で距離を詰める。

「はあっ!!」

魔力体の胸を貫く。

その瞬間。

ベラが反対側から飛び込んだ。

「終わりじゃ!」

拳が叩き込まれる。

魔力体の身体に亀裂が走る。

そして。

――ドォォン!!

魔力体が崩れ落ちた。

修練場が静かになる。

僕は荒い息を吐きながら明星を下ろした。

「……勝った」

「そうだ」

アルデバランの声が響く。

「今のお前たちは、一人ではない」

僕はベラとアンを見る。

二人とも、疲れてはいる。

けれど。

確かに笑っていた。

「これが……守る力」

僕は自分の手を見る。

「自分の力を、仲間へ渡す」

アルデバランが頷く。

「そうだ」

「そして、逃げる力も忘れるな」

「はい」

「戦って勝てるなら戦えばいい」

「だが、勝てないなら逃げろ」

「仲間を連れて、生き残れ」

僕は強く頷いた。

アルデバランが僕の肩へ手を置く。

「ソル」

「はい」

「お前はもう、強くなることだけを考える必要はない」

「守るために強くなれ」

僕は明星を見る。

そして。

隣に立つベラとアンを見る。

「……分かりました」

塔の外では、雪が静かに降り続いていた。

五百年前から残る、守護騎士の修行場。

そこで僕たちは、それぞれ新しい力を手に入れた。

ベラは。

封じられていた本来の魔力を取り戻した。

アンは。

本来の力の四十五パーセントまで引き上げた。

そして僕は。

自分一人で戦うためではなく。

仲間を守るために、力を託す術を覚えた。

――星装・星継。

そして。

敵の力を受け流す、明星の新たな技。

――明星・流転。

この二つの力が。

これからの僕たちの戦いを、大きく変えていくことになる。


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