守るための力
第37話 守るための力
翌朝。
目を覚ますと、身体中が重かった。
昨日の修行で、普段使わない魔力の流し方を何度も繰り返したせいだ。
「……身体が痛い」
起き上がろうとすると、肩が軋んだ。
「当然じゃ」
隣からベラの声がする。
「昨日は何度も妾に魔力を流しておったからの」
「ベラは平気なの?」
「妾は魔王じゃぞ。この程度でどうにかなるか」
そう言いながら、ベラは大きく欠伸をした。
「……眠そうだけど」
「気のせいじゃ」
「絶対眠いじゃん」
「うるさい」
そのやり取りを聞いていたアンが、小さく笑う。
「朝から元気ですね」
「アンは大丈夫?」
「私は問題ありません」
アンはいつも通りだった。
けれど。
昨日、四百五十年ぶりに力を引き上げたばかりだ。
それでも疲れた様子を見せないのは、さすがというべきなのかもしれない。
僕たちは簡単に朝食を済ませ、再び修練場へ向かった。
そこには、すでにアルデバランが立っていた。
「来たか」
「はい」
僕は昨日と同じように剣を腰へ差している。
「昨日の続きですか?」
「いや」
アルデバランは首を横に振った。
「今日は、もう一つの力を教える」
「守る力じゃなくて?」
「そうだ」
アルデバランが一歩前へ出る。
「逃げる力だ」
僕は少しだけ眉を寄せた。
「……逃げるって、具体的には?」
「まずは、お前自身が攻撃を受けないことだ」
アルデバランが手を掲げる。
すると、修練場の奥から巨大な魔力の塊が現れた。
「避けろ」
「え?」
次の瞬間。
ドンッ!!
魔力の塊が僕へ向かって飛んできた。
「うわっ!」
反射的に横へ飛ぶ。
轟音とともに、さっきまで僕がいた場所の床が砕けた。
「ちょっと待って!」
「待たない」
「聞いてないんだけど!」
「戦場で敵は待ってくれるのか?」
「……」
返す言葉がなかった。
再び魔力が飛んでくる。
僕は走った。
右へ。
左へ。
後ろへ。
避けるたびに床が砕ける。
「遅い」
「っ!」
次の攻撃が肩を掠めた。
「痛っ……!」
「避けることだけを考えるな」
アルデバランの声が響く。
「周囲を見ろ」
「周囲……?」
「お前一人なら、ただ避ければいい」
魔力弾がさらに飛んでくる。
僕は横へ飛んだ。
「だが、お前が仲間を守るならどうする?」
「……!」
その瞬間。
僕の後ろにベラとアンがいることに気づいた。
二人を巻き込めば、避けるだけでは済まない。
僕は二人の前へ移動した。
魔力弾が迫る。
明星を抜く。
「――っ!」
真正面から受け止める。
衝撃で腕が痺れた。
「ぐっ……!」
足が床を滑る。
「受け止めるな」
アルデバランの声。
「逃げろ」
「でも……!」
「仲間を連れて逃げるんだ」
僕は歯を食いしばる。
次の攻撃が来る。
今度はベラの腕を掴んだ。
「アン! こっち!」
「はい!」
三人で走る。
攻撃を避けながら、出口へ向かう。
けれど。
魔力弾が次々と僕たちの進路を塞いでいく。
「右!」
アンが叫ぶ。
「分かった!」
右へ。
次の瞬間、右側からも攻撃が来る。
「左!」
ベラが叫ぶ。
「こっちじゃ!」
僕は二人の声を頼りに走る。
一人で逃げるより難しい。
仲間がいる。
守るべき人がいる。
だからこそ、周囲を見なければならない。
そして。
「出口!」
前方に光が見えた。
僕たちは一気に駆け抜ける。
ドンッ!!
背後で魔力が爆発した。
僕は息を切らしながら振り返る。
「……終わった?」
「そうだ」
アルデバランが答えた。
「どうだった?」
僕は肩で息をしながら答える。
「……難しい」
「だろうな」
アルデバランは笑った。
「逃げるというのは、ただ走ることではない」
「……」
「生き残るために、何を見るか。誰を連れていくか。どこへ向かうか」
「それを判断する力だ」
僕は頷いた。
「勝てない相手から逃げることは、負けることじゃない」
アルデバランが続ける。
「生き残ることだ」
その言葉は。
今までの僕の考え方とは違っていた。
僕は強くなれば、全部守れると思っていた。
でも。
強さだけではどうにもならない相手がいる。
その時に。
仲間を連れて逃げることができれば。
いつか、もう一度戦える。
「……分かった」
僕は明星を握った。
「次は、剣の修行ですか?」
「ああ」
アルデバランが明星を見る。
「その剣は、まだ使い切れていない」
「明星を?」
「そうだ」
アルデバランが僕の前に立つ。
「お前は攻撃を受ける時、どうしている?」
「剣で受け止めています」
「それでは遅い」
アルデバランが拳を構える。
「守るために、力と力をぶつけ合う必要はない」
「……」
「流せ」
アルデバランが踏み込んだ。
速い。
僕は明星を構える。
拳が迫る。
反射的に受け止めようとする。
ガンッ!!
腕が弾かれた。
「っ……!」
「今のでは駄目だ」
「分かってます……」
「もう一度」
再び来る。
今度は剣を少しだけ傾ける。
拳が明星の刃へ触れる。
力が伝わる。
けれど。
真正面から受け止めず、そのまま刃を滑らせる。
「……!」
アルデバランの拳が、僕の身体の横を通り過ぎた。
僕は目を見開いた。
「今の……」
「そうだ」
アルデバランが頷く。
「受け流した」
「力を……逃がした」
「その通りだ」
もう一度。
今度は剣を少しだけ早く動かす。
拳の軌道を読み、刃を添える。
力を受ける。
そして。
流す。
「……できた」
「まだだ」
アルデバランが言う。
「実戦では、一度成功した程度では意味がない」
その言葉と同時に、攻撃が飛んでくる。
僕は明星を動かす。
右。
左。
上。
下。
次々に迫る攻撃を、真正面から受けずに流していく。
「そうだ」
アルデバランの声が響く。
「相手の力を利用しろ」
僕は一歩踏み込む。
攻撃を流し、そのまま身体を回転させる。
明星が弧を描く。
「――っ!」
アルデバランの腕の横を、刃が通り抜けた。
「今の動きだ」
アルデバランが止まる。
「覚えておけ」
僕は荒い息を吐きながら明星を見る。
「受け止めるんじゃない」
「流す」
アルデバランが頷く。
「そうだ」
僕はもう一度、明星を握り直した。
この剣で。
誰かを守る。
そのためには。
ただ強く斬るだけでは足りない。
その日の修行は、夕方まで続いた。
何度も攻撃を受け。
何度も吹き飛ばされ。
何度も失敗した。
それでも。
昨日とは違う感覚があった。
自分の中にある星装が。
少しずつ形を変えている。
修行が終わる頃。
僕は一人で修練場に残った。
「もう一度だけ」
誰もいない場所で、手を前へ伸ばす。
星装を発動する。
淡い光が身体を包む。
その光を。
今度は自分の外へ。
「……ベラ」
少し離れた場所にいるベラへ向ける。
星装が指先から伸びていく。
「……っ」
途中で揺らぐ。
僕は魔力の流れを細かく調整する。
強すぎないように。
弱すぎないように。
相手の魔力とぶつからないように。
そして。
ベラの身体を、星の光が包んだ。
「……」
ベラが自分の手を見る。
「これは……」
「星装」
僕は笑った。
「僕の力を、ベラに渡せた」
ベラが拳を握る。
「……身体が軽い」
「本当に?」
「ああ」
ベラは少し驚いたような顔をした。
「魔力を渡しただけなのに、身体の奥から力が湧いてくる」
アンも近づいてくる。
「成功ですね」
「うん」
僕は嬉しくなった。
まだ完璧じゃない。
少ししか維持できない。
でも。
初めて。
自分の力を誰かのために使えた。
「守る力……」
僕は小さく呟く。
アルデバランが後ろから言った。
「そうだ」
「お前が手に入れようとしているのは、敵を倒すためだけの力ではない」
「誰かに託し、誰かと共に戦うための力だ」
僕は頷いた。
明星を見る。
そして。
星装に包まれたベラを見る。
「もっと上手くなる」
「うむ」
ベラが笑う。
「期待しておるぞ」
アンも微笑む。
「私も楽しみです」
塔の外では、雪が静かに降っていた。
けれど。
僕の中では。
確かに何かが変わり始めていた。
強くなるためだけじゃない。
守るために。
逃げるために。
そして。
仲間と一緒に生き残るために。
僕は、この塔で力を学んでいく。




