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守護騎士の塔

第36話 守護騎士の塔

翌朝。

目を覚ますと、窓の外は一面の白だった。

昨夜から降り続けた雪が、街道も屋根も覆っている。

「……積もったな」

窓を開けると、冷たい風が吹き込んできた。

「寒っ……!」

慌てて窓を閉める。

「朝から騒がしいのう」

ベラはまだ眠そうに毛布へくるまっている。

「昨日より寒くない?」

「気のせいじゃ」

「絶対違うって」

その隣では、アンがすでに身支度を終えていた。

「準備はできています」

「早いね」

「今日は、あの塔へ向かうのでしょう?」

アンが窓の外を見る。

雪の向こう。

遠くにそびえる塔。

昨日よりも、はっきりと見える。

「うん」

僕は頷いた。

「行こう」

三人で朝食を済ませ、宿を出る。

宿場町を抜けると、街道はすぐに雪原へ変わった。

昨日より雪が深い。

一歩踏み出すたびに、靴が雪へ沈む。

「本当に塔まで行けるのか?」

僕が聞く。

「問題ない」

ベラが答える。

「妾たちを誰だと思っておる」

「昨日、寒いって言ってたのは僕だけど」

「そうじゃな」

「……」

アンが笑う。

「でも、今日は昨日より魔力の感覚がはっきりしています」

「魔力?」

「塔からです」

アンが前を見る。

「昨日より近いから、というだけではありません。何かが私たちを認識しているような……」

その言葉に。

僕は胸元へ手を当てる。

確かに。

星装が微かに反応している。

まるで。

あの塔へ近づくほど、身体の奥にある何かが目を覚ましていくようだった。

しばらく歩く。

すると、塔へ続く道の途中に、大きな石碑が立っているのが見えてきた。

雪を払い、文字を確認する。

古い文字だった。

けれど。

不思議と読める。

『力ある者よ、強さを示せ』

その下に、さらに続きが刻まれていた。

『されど、守れぬ力に意味はない』

僕は黙って石碑を見つめた。

「アルデバラン……」

アンが呟く。

「知っているの?」

「はい」

アンは石碑へ手を触れた。

「これは、あの人がよく言っていた言葉です」

「五百年前にも?」

「はい」

アンの目が少し遠くを見る。

「アルデバランは、強さを誇る人ではありませんでした」

「じゃあ、どんな人だったの?」

「守ることを何より重んじる人です」

アンは石碑から手を離す。

「そして……逃げることも」

「逃げる?」

僕は聞き返した。

「はい」

アンは頷いた。

「アルデバランは、勝てない戦いから逃げることを恥とは考えていませんでした」

「意外だな」

「守るために生き残る。そのためなら逃げることも必要だと」

僕は石碑を見る。

「守るために……逃げる」

その言葉を頭の中で繰り返す。

僕にはまだ、その意味が完全には分からなかった。

でも。

この塔で何かを学べる気がした。

さらに進む。

やがて塔の巨大な門が見えてきた。

近くで見ると、想像していたよりも遥かに大きい。

壁には無数の傷跡が残っている。

けれど。

崩れてはいない。

五百年もの間、雪と風に晒されながらも、そこに立ち続けている。

「ここが……」

僕は門を見上げた。

「アルデバランの塔」

アンが静かに呟いた。

僕が一歩近づく。

すると。

ゴゴゴゴゴ……。

巨大な門が動き始めた。

「……!」

僕たちは顔を見合わせる。

誰も触れていない。

門が。

僕たちを待っていたかのように開いていく。

中は暗い。

けれど。

奥から淡い光が漏れている。

「行こう」

僕が先に足を踏み入れる。

塔の中は外より暖かかった。

壁には古い紋章が刻まれている。

盾。

剣。

そして星。

「アルデバランの紋章です」

アンが言う。

「五百年前のものが、まだ残っている」

僕は壁へ手を触れた。

その瞬間。

視界が一瞬だけ白くなった。

『守るとは、前に立つことだけではない』

声。

知らないはずなのに。

なぜか懐かしく感じる。

『時には、仲間を連れて退くことも必要だ』

僕は手を離した。

「……今の、何?」

「どうしました?」

アンが振り返る。

「声が聞こえた」

「アルデバランですか?」

「分からない」

すると。

塔の奥から声が響いた。

「その通りだ」

三人の足が止まる。

「……!」

低く、落ち着いた声。

聞いたことのない声なのに。

なぜか。

この塔そのものが話しているように感じた。

「お前がソルか」

僕は剣へ手を伸ばす。

「誰だ?」

「剣を抜く必要はない」

声が響く。

「ここは戦う場所ではない」

その言葉と同時に。

塔の奥に淡い光が集まり始めた。

人の形。

鎧を身につけた大柄な男。

その姿は半透明で、身体の奥から淡い光が漏れている。

「……アルデバラン」

アンが呟いた。

男はアンを見る。

そして。

少しだけ目を細めた。

「久しいな、アンタレス」

「……やはり、あなたでしたか」

アンが静かに頭を下げる。

「五百年ぶりですね」

「そうだな」

アルデバランは笑った。

「お前がまだこの世界にいるとは思わなかった」

「私もです」

僕は二人を見た。

五百年前。

魔王を討った英雄。

その一人と。

アンが。

今、目の前で話している。

「本当に……アルデバランなの?」

「そうだ」

アルデバランは僕を見る。

「正確には、ここに残した魔力の残響だがな」

「残響……」

「俺自身は、とうの昔に死んでいる」

その言葉に。

胸が少し重くなる。

けれど。

アルデバランは気にした様子もない。

「この塔は、俺が最後に残した修行場だ」

「修行場?」

僕が聞き返す。

「そうだ」

アルデバランが頷く。

「お前を強くするための場所ではない」

「……え?」

「強くなることだけを目的にした修行など、俺は残さない」

アルデバランが僕を見る。

「お前は、何のために力を求める?」

僕は答えに詰まった。

以前なら。

迷わず「強くなりたい」と答えていたと思う。

でも。

今は違う。

災厄との戦い。

助けられなかった冒険者。

あの時、もっと力があればと思った。

だから。

「守りたい」

僕は答えた。

「仲間を」

ベラを見る。

アンを見る。

「もう、目の前で誰かが傷つくのを見たくない」

アルデバランは黙って僕を見る。

そして。

小さく笑った。

「ならば、ここで学べ」

「何を?」

「守る力だ」

アルデバランの姿が消える。

次の瞬間。

塔の奥に大きな扉が現れた。

「この塔に階層はいくつも必要ない」

「必要なものだけを残した」

扉が開く。

その先には広い修練場があった。

「俺が教えるのは二つ」

アルデバランが言う。

「守る力」

「そして――逃げる力」

僕は目を見開いた。

「逃げる力……?」

「そうだ」

アルデバランは真っ直ぐ僕を見る。

「守れない相手と戦い続けることは、勇気ではない」

「……」

「仲間を連れて逃げることができる者こそ、本当の意味で仲間を守れる」

その言葉が胸に残った。

アルデバランが手を掲げる。

すると。

修練場の中央に一本の剣が現れた。

「まずは、己の力を他者へ渡すところから始める」

「他者へ?」

「お前の星装だ」

僕は明星を見る。

「今のお前は、自分自身にしか星装を纏わせられない」

「……うん」

「ならば、仲間へ渡してみろ」

「どうやって?」

「それを考えるのが修行だ」

アルデバランが手を下ろす。

「ただし、覚えておけ」

「魔力は、渡せばいいというものではない」

「相手の身体に合わせ、量を調整し、流れを制御する」

「少しでも間違えれば、守るどころか相手を傷つける」

僕はアンとベラを見る。

二人に星装を渡す。

それだけのことが。

今まで以上に難しいことなのだと分かった。

「やってみる」

僕は剣を握る。

「いい目だ」

アルデバランが笑った。

「では、始めよう」

そして。

僕の修行が始まった。

最初の一度。

星装をベラへ流そうとした。

「……っ」

魔力が弾かれる。

「駄目じゃな」

ベラが首を振る。

「妾の魔力とぶつかっておる」

「もう一度」

二度目。

少しだけ流れた。

けれど。

今度は強すぎた。

「ぐっ……!」

ベラの身体が一瞬だけ震える。

「ソル」

アンが声をかける。

「魔力を押し込むのではなく、流してください」

「流す……」

僕は深く息を吸う。

星装を意識する。

自分の中にある魔力。

それを外へ出す。

相手へ押し付けるのではなく。

道を作る。

少しずつ。

ほんの少しずつ。

「……」

ベラの身体を淡い星の光が包む。

「……できた?」

「まだじゃ」

ベラが答える。

「だが、さっきよりはましじゃ」

「よし」

もう一度。

そして。

もう一度。

何度も繰り返す。

失敗する。

弾かれる。

強すぎる。

弱すぎる。

それでも。

僕は繰り返した。

その日の修行は。

日が沈んでも終わらなかった。

そして。

塔の外には、いつの間にか夜が訪れていた。

「今日はここまでだ」

アルデバランが言う。

僕は床へ座り込んだ。

「……疲れた」

ベラが隣に座る。

「当然じゃ」

アンも壁へ寄りかかっている。

けれど。

三人とも。

少しだけ笑っていた。

「明日も続けるぞ」

アルデバランが言う。

「はい」

僕は立ち上がる。

まだ始まったばかり。

この塔で。

僕は守るための力を手に入れる。

そして。

その先にあるものを。

まだ僕は知らなかった。


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