六人目
第3話 六人目
「妾が、魔王ベラトリクスじゃ」
少女はそう言った。
あまりにも当然のように。
まるで、自分の名前を名乗っただけみたいに。
「……」
僕は何も言えなかった。
目の前にいるのは、黒い鎖に繋がれた一人の少女。
長い黒髪。
赤い瞳。
僕より少し年上にしか見えない。
さっきは僕の水筒から夢中になって水を飲んでいた。
ありがとうと言いかけて、慌てて誤魔化していた。
そんな少女が。
魔王。
ベラトリクス。
五百年前、世界を滅亡寸前まで追い込んだ存在。
勇者レグルスたち五英雄によって討ち滅ぼされた、史上最悪の魔王。
「……いや」
僕はゆっくり首を横に振った。
「嘘でしょ」
「何?」
「だって……」
もう一度、少女を見る。
「魔王って、もっと……」
「もっと?」
「大きいっていうか」
少女の眉がぴくりと動いた。
「角とか」
「……」
「翼とか」
「……」
「あと、なんかこう……すごく怖い顔してるっていうか」
「ほう」
声が低くなった。
まずい。
「いや、僕が言ってるんじゃないよ!」
「では誰が言った」
「絵本!」
「絵本?」
「学校の教科書とかも!」
「……」
ベラトリクスの目がさらに細くなる。
「妾がそのような醜悪な姿で描かれておると?」
「醜悪とまでは……」
「申したな?」
「言ってない!」
鎖が鳴る。
ガシャン。
僕は反射的に一歩後ろへ下がった。
黒い魔力が、ほんの少しだけ彼女の周囲に滲んでいる。
さっきほどではない。
それでも十分怖い。
「……なるほど」
ベラトリクスが小さく息を吐く。
「五百年もあれば、姿まで好き勝手に変えられるというわけか」
「でも」
僕は腰の短剣に手を置いたまま言った。
「本当に……魔王なの?」
「まだ疑うか」
「疑うよ」
「何故じゃ」
「普通、疑うでしょ」
五百年前に死んだはずの存在が目の前にいる。
しかも、それが人間ですらない。
魔王だ。
「だって魔王ベラトリクスは五百年前に死んだんだ」
「死んでおらぬ」
「でも歴史では」
「その歴史が間違っておると言っておる!」
「じゃあ五英雄は?」
「知らぬ!」
「知らないって」
「妾が聞きたいわ!」
ベラトリクスが鎖を引いた。
再び重い音が響く。
「目を覚ませば見知らぬ小僧がおる!五百年も経っておる!挙げ句、妾は死んだことになっておる!」
「僕に怒られても困るんだけど!」
「ならば誰に怒ればよいのじゃ!」
「知らないよ!」
「使えぬ小僧じゃな!」
「起こして水まであげたんだけど!?」
「勝手に起こしたのであろうが!」
「僕だって好きで来たんじゃないよ!」
「ならば帰れ!」
「帰れるならとっくに帰ってる!」
「……」
「……」
しん、と静まり返った。
地下空間に、僕たちの声だけがいつまでも反響している。
僕は肩で息をする。
ベラトリクスもこちらを睨んでいる。
五百年前の魔王と喧嘩している。
その事実に気づいた瞬間、急に馬鹿らしくなった。
「……何してるんだろ、僕」
「それは妾の台詞じゃ」
「そっちから怒ったんじゃん」
「お主が無礼だからじゃ」
「はいはい」
「はいは一度でよい」
「……」
僕は額を押さえた。
やっぱり魔王には見えない。
怖いというより、面倒くさい。
いや。
さっきの魔力は怖かった。
あれだけは本物だ。
村で何度か魔術師の魔法を見たことがある。
祭りの時に火球を空へ打ち上げたり、畑に雨を降らせたり。
でも、ベラトリクスの魔力はそれとはまったく違った。
量の問題なのか。
質の問題なのか。
僕には分からない。
ただ、身体が勝手に危険だと判断した。
それくらい異質だった。
「……もし」
僕は恐る恐る聞く。
「もし本当に魔王ベラトリクスなら」
「本当にそうじゃ」
「なんでここにいるの?」
ベラトリクスの表情が変わった。
「……」
「五英雄に倒されてないなら、なんで鎖に繋がれてるの?」
返事はない。
「これ、誰がやったの?」
ベラトリクスは自分の手首を見る。
黒い鎖。
その表面には、淡い光が流れている。
「……レグルスたちじゃ」
「え?」
「この封印を施したのは、あやつらじゃ」
僕は一瞬、言葉を失った。
「……やっぱり五英雄じゃん」
「何がじゃ」
「五英雄があなたを封印したんでしょ?」
「そうじゃ」
「じゃあ歴史とそんな変わらないじゃん」
「全く違うわ!」
また怒鳴られた。
「何が違うの?」
「何もかもじゃ!」
「だから説明してよ!」
ベラトリクスが口を開く。
でも。
言葉は出なかった。
彼女は何かを言いかけて、ゆっくり口を閉じた。
その赤い瞳が鎖へ落ちる。
「……」
さっきまでとは違う。
怒っていない。
どこか遠くを見るような目。
「ベラトリクス?」
「気安く呼ぶでない」
「じゃあなんて呼べばいいの」
「魔王様」
「嫌だよ」
「何故じゃ!」
「僕を小僧って呼ぶ人に様つけたくない」
「妾は魔王じゃぞ!」
「だから何?」
「……」
ベラトリクスが固まった。
「何じゃと?」
「いや、だから。魔王だから何?」
「お主……」
「僕からしたら、今は鎖に繋がれて動けない人だし」
「……」
「それに、本当に魔王なのかまだ信じてないし」
「貴様」
「ソル」
「……ソル」
初めてちゃんと名前で呼ばれた。
「妾がこの鎖から解き放たれた暁には、まずお主から焼いてやろう」
「やっぱり魔王じゃない?」
「今頃気づいたか」
「いや、冗談言えるなら元気そうだなって」
「冗談ではない」
「怖っ」
でも。
少しだけ空気が和らいだ気がした。
僕は台座の端に腰を下ろす。
ベラトリクスが怪訝そうに僕を見る。
「何をしておる」
「考えてる」
「何を」
「あなたの話を信じるかどうか」
「信じぬなら好きにせよ」
「そうする」
「……本当に腹の立つ小僧じゃな」
僕は無視して考えた。
まず、ベラトリクスが五百年前の存在だという証拠。
アステリア王国を知らなかった。
今の年を聞いて驚いていた。
五英雄の名前を全員知っていた。
それだけなら、作り話でもできる。
でも。
あの魔力。
そして僕が彼女に触れた時に見た光景。
炎。
崩れる城。
白い翼。
五人の背中。
あれは何だったんだ。
「ねえ」
「なんじゃ」
「さっきあなたに触った時」
「触った?」
「起きる前」
「ああ」
「変なものが見えた」
ベラトリクスの眉が寄る。
「変なもの?」
「景色みたいな」
「……詳しく話せ」
急に声が変わった。
僕は少し驚きながら、思い出す。
「炎があった」
「炎?」
「すごく燃えてた。町か城か分からないけど」
ベラトリクスは黙っている。
「あと、空」
「空?」
「白い……翼」
その瞬間。
ベラトリクスの赤い瞳が大きく開いた。
「何?」
「……続けよ」
「剣を持った男の人とか、大きな盾とか、杖を持ったおじいさんも見えた」
「……」
「女の子もいた」
ベラトリクスが僕を凝視している。
さっきまでの軽いやり取りが嘘みたいだった。
「その男」
「え?」
「剣を持った男は、どのような姿じゃった」
「一瞬だったから……」
思い出す。
金色。
いや。
太陽の光を受けたような明るい髪。
背中。
剣。
「髪が明るかった」
「……」
「それと、剣が光ってた」
ベラトリクスが小さく息を呑んだ。
「レグルス……」
「勇者の?」
「他に誰がおる」
「じゃあ、盾の人はアルデバラン?」
「恐らくな」
「杖のおじいさんがアークトゥルス?」
「あの爺め……」
「なんでちょっと嫌そうなの」
「紅茶を淹れるたびに文句を言う男じゃ」
「……え?」
聞き間違えたかと思った。
「紅茶?」
「知らぬのか。あやつは珈琲以外を飲み物と認めておらん」
「いやいやいや」
僕は思わず手を振った。
「大賢者アークトゥルスだよ?」
「そうじゃな」
「教科書に載ってるような人だよ?」
「知っておる」
「なんでそんな近所のおじいさんみたいな話になるの?」
「実際、ただの口うるさい爺じゃった」
「……」
「魔術の腕だけは認めてやるがな」
僕は何も言えなくなった。
歴史の教科書に載っている人物。
五百年間、世界中で尊敬されてきた大賢者。
その人を。
目の前の少女は、本当に知り合いみたいに話している。
いや。
知り合いどころじゃない。
「あの」
「なんじゃ」
「聖女ルナは?」
「ルナ?」
ベラトリクスの表情が少しだけ柔らかくなる。
ほんの一瞬だった。
「……頑固者じゃ」
「聖女様が?」
「誰が何を言おうと聞かぬ」
「えぇ……」
僕が知っている聖女ルナは、慈愛と寛容の象徴だ。
絵本でもいつも微笑んでいる。
「一度、敵兵を助けると言い出してな。レグルスが撤退を命じたにもかかわらず、その場を動かぬと言い張りおった」
「本当に?」
「最後にはアルデバランが敵兵ごと担いで逃げた」
「……」
想像できない。
というより。
想像したらちょっと面白い。
「シリウスは?」
「刀馬鹿じゃ」
「剣聖に対して酷くない?」
「事実じゃ。新しい刀を手に入れた日は夜明けまで語りおったぞ」
「……」
「聞いてもおらぬのに刃紋がどうだ、重心がどうだとな」
ベラトリクスは心底うんざりした顔をしている。
「アルデバランは?」
「世話焼きじゃ」
「それだけ?」
「妾を子供扱いする」
「……」
僕はベラトリクスを見る。
鎖に繋がれて頬を膨らませている。
「ちょっと分かるかも」
「何がじゃ!」
「なんでもない」
「言え!」
やっぱり魔王には見えない。
でも。
おかしい。
ベラトリクスが話す五英雄は、僕が知っている五英雄とは違う。
勇者。
剣聖。
守護騎士。
賢者。
聖女。
そんな肩書きじゃない。
レグルス。
シリウス。
アルデバラン。
アークトゥルス。
ルナ。
まるで。
本当に一緒に過ごしていた人たちを話している。
「……ねえ」
「今度は何じゃ」
「あなたと五英雄って」
僕は少し迷った。
「本当はどういう関係だったの?」
ベラトリクスが黙る。
「敵だったんじゃないの?」
「……敵じゃった」
「やっぱり」
「最初はな」
「最初?」
「何度も殺し合った」
「殺し合ったって……」
「特にシリウスは厄介でな。妾の身体に初めて刀傷を残した人間じゃ」
さらっとすごい話が出てきた。
「レグルスとは?」
「何度戦ったか覚えておらぬ」
「じゃあ、なんで」
さっきの話。
五人を語る表情。
どう考えても、ただの敵じゃない。
ベラトリクスは目を伏せた。
長い沈黙。
「……色々あったのじゃ」
「色々?」
「五百年前の話じゃ。十五の小僧に一から説明しておったら夜が明ける」
「ここ地下だから夜かどうか分からないけど」
「揚げ足を取るでない」
「でも知りたい」
「何故じゃ」
「だって」
僕は彼女を見る。
「あなたが言ってることが本当なら、僕が知ってる歴史と全然違うから」
「……」
「魔王を倒した五英雄と、その魔王が普通に一緒に旅してたみたいに聞こえる」
ベラトリクスは答えなかった。
僕は続ける。
「それに」
「なんじゃ」
「さっき言ったよね」
「何を」
「『何故、妾がおらぬ』って」
ベラトリクスの目が僕を見る。
「五英雄の中に自分がいないみたいな言い方だった」
「……」
「どういう意味?」
沈黙。
遠くで水滴が落ちる音がした。
一度。
二度。
ベラトリクスは目を閉じる。
「ソル」
「うん」
「先ほどのものを、もう一度見ることはできぬのか」
「先ほどの?」
「妾に触れた時に見たという景色じゃ」
「分からない」
「試せ」
「簡単に言うなあ」
「よいから」
ベラトリクスが右手を少し動かす。
鎖が擦れる。
僕はその手を見る。
「大丈夫なの?」
「何がじゃ」
「また変なことになったり」
「妾に聞くな。お主の力じゃろう」
「僕の?」
「恐らくな」
「僕、そんな魔法知らないよ」
「術ではないのかもしれぬ」
「じゃあ何?」
「それを確かめるのじゃ」
理屈は分かる。
でも、ちょっと怖い。
さっき見えた光景。
あれが何だったのか僕にも分からない。
それでも。
僕は手を伸ばした。
「……触るよ」
「いちいち確認するでない」
「さっき触るなって怒ったじゃん」
「今はよい」
「勝手だなあ」
「早うせい」
僕はベラトリクスの手に触れた。
冷たい。
長い間、日の光を浴びていないせいなのか。
それとも魔族は元々こうなのか。
最初は何も起きなかった。
「……」
「……」
「何も――」
――ドクン。
「っ」
来た。
胸じゃない。
もっと奥。
頭の中。
いや。
世界そのものが脈打った。
「ソル?」
ベラトリクスの声が遠くなる。
青白い光。
黒い鎖。
石柱。
すべてが歪んでいく。
「待っ……」
声を出したつもりだった。
でも聞こえない。
景色が変わった。
風。
頬を撫でる暖かい風。
「……え?」
地下じゃない。
目の前に広がっていたのは、草原だった。
青い空。
遠くまで続く緑。
太陽の光。
僕は立っている。
いや。
立っている感覚があるだけなのかもしれない。
足元を見る。
自分の身体が薄い。
透けている?
「何……これ」
声を出しても、誰も反応しない。
その時。
笑い声が聞こえた。
振り返る。
少し離れたところに、人がいた。
六人。
「だから俺は最初から右だって言っただろ!」
明るい髪の青年が叫んでいる。
腰には剣。
鞘に収められていても分かる。
絵本で何度も見た聖剣。
僕は息を呑んだ。
「……レグルス」
勇者レグルス。
でも。
僕が知っている像とは全然違う。
もっと若い。
二十歳くらい。
英雄というより、どこにでもいそうな青年に見える。
「君、地図逆さに持ってたよ」
その隣で爽やかに笑う男。
腰には一本の刀。
シリウス。
「だから道を間違えたのは俺だけのせいじゃないだろ!」
「地図を持ってた人間のせいでは?」
「うるさい!」
「二人とも、そろそろやめたらどうですか」
少女が困ったように笑っている。
白い服。
胸元の小さな十字架。
「……ルナ」
聖女。
その隣では巨大な男が荷物を背負っていた。
背中には大盾。
「まあまあ。道なんてそのうち着けばいいだろ」
「アルデバラン、お主は適当すぎるのじゃ」
聞き覚えのある声。
僕は目を見開いた。
そこにいた。
黒い髪。
赤い瞳。
今よりずっと綺麗な黒い服。
腕にも足にも鎖なんてない。
ベラトリクス。
「妾が言った通り左へ進めばよかったものを」
「お前も迷ってただろ!」
「妾は迷っておらぬ!」
「じゃあなんで三時間歩いて同じ岩に戻ってきたんだよ!」
「岩が移動したのじゃ!」
「岩が歩くか!」
「この世界には歩く岩くらいおる!」
「この草原にはいねえよ!」
「やめんか」
最後の一人。
老人が呆れたように杖を地面についた。
「アークトゥルス……」
六人。
僕が教科書で習った五英雄。
その中に。
魔王ベラトリクスがいる。
同じ場所に。
同じ旅装で。
普通に。
笑っている。
「……嘘」
僕の声は届かない。
これは記憶だ。
たぶん。
五百年前。
本当にあった出来事。
レグルスが大きく息を吐いた。
「とりあえず休憩にしよう」
「賛成じゃ」
「一番歩いてない奴が言うな」
「妾は魔王じゃぞ。歩く必要などない」
「じゃあ飛べよ」
「魔力を温存しておるのじゃ」
「昨日も同じこと言ってアルデバランの背中に乗ってただろ」
「何か問題でも?」
「ある」
「俺は別に構わんぞ」
アルデバランが笑う。
「ほら見よ」
「甘やかすなって!」
その場に笑い声が広がる。
何なんだ。
これ。
魔王と五英雄。
敵じゃない。
どう見ても。
仲間だ。
「レグルス」
ベラトリクスが呼ぶ。
「ん?」
「次に道を間違えたら、お主を置いていくからな」
「絶対間違えねえ」
「先ほども聞いたぞ」
「次は大丈夫だ」
「信用ならぬ」
「俺を誰だと思ってる」
レグルスが胸を張る。
「勇者だぞ」
ベラトリクスが鼻で笑った。
「妾より弱い勇者が偉そうに」
「いつか勝つ!」
「千年早いわ」
「なら千年生きて待ってろ!」
「よかろう」
ベラトリクスが笑った。
「妾が見届けてやる」
その言葉に。
何故か胸が締めつけられた。
この人たちは知らない。
この五百年後。
勇者レグルスは世界を救った英雄になっている。
剣聖シリウスも。
守護騎士アルデバランも。
賢者アークトゥルスも。
聖女ルナも。
でも。
そこにベラトリクスはいない。
彼女だけが。
世界を滅ぼそうとした魔王として残っている。
「……何があったんだよ」
呟いた瞬間。
景色が揺れた。
「え?」
六人の姿がぼやける。
待って。
まだ何も分からない。
「待って!」
手を伸ばす。
当然、届かない。
景色が白く染まる。
最後に。
誰かの声が聞こえた。
レグルスだった。
さっきまで笑っていた声とは違う。
もっと真剣な。
遠い声。
『――六人で帰るぞ』
そこで。
世界が消えた。
「……っ!」
目を開ける。
地下空間。
僕は大きく息を吸った。
「はぁっ……はぁ……」
膝から力が抜けた。
ベラトリクスの手を離し、その場に座り込む。
「ソル!」
「大丈夫……」
「何を見た」
ベラトリクスが身を乗り出す。
鎖が鳴った。
「今、何を見た!」
僕は答えられなかった。
頭の中にまだ残っている。
草原。
笑い声。
レグルス。
シリウス。
アルデバラン。
アークトゥルス。
ルナ。
そして。
ベラトリクス。
六人。
「……いた」
「何?」
「あなたが」
僕はベラトリクスを見る。
「五英雄と一緒にいた」
赤い瞳が揺れた。
「草原で……みんな笑ってた」
「……」
「レグルスと喧嘩してた」
「……そうか」
「アークトゥルスもいた」
「……そうか」
「ルナも」
「……」
ベラトリクスは俯いた。
表情が見えない。
「ねえ」
僕は聞く。
もう、さっきまでと同じようには聞けなかった。
「本当に……仲間だったの?」
長い沈黙。
ベラトリクスの手が小さく握られる。
そして。
「……そうじゃ」
静かな声だった。
「敵であった時もある」
顔を上げる。
赤い瞳が僕を見る。
「殺し合ったこともある」
一度、目を閉じる。
「それでも最後には」
五百年前から一人取り残された魔王が、はっきりと言った。
「妾たちは、六人で世界を救った」
僕が知っていた歴史が。
初めて。
音を立てて崩れた。




