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鎖に繋がれた少女

第2話 鎖に繋がれた少女

光が消えた。

最初に感じたのは、冷たさだった。

「……っ」

背中に硬い感触が走る。

僕はどうやら地面に倒れているらしい。

「いった……」

ゆっくり身体を起こす。

頭がぐらぐらする。

胃の中までひっくり返されたような気持ち悪さもあった。

「なに、今の……」

最後に覚えているのは、森の中の祠。

突然現れた魔法陣。

身体が浮いたような感覚。

そして――

『頼む』

誰かの声。

そこから先は分からない。

僕は額を押さえながら周囲を見る。

「……どこ、ここ」

森じゃない。

それどころか、外ですらなかった。

薄暗い石造りの空間。

いや。

部屋と呼ぶには、あまりにも広い。

天井は高く、暗闇の向こうに消えていて見えない。

壁までは何十歩あるのかも分からない。

所々に立つ巨大な石柱。

その表面には、祠で見たものと似た文字が刻まれている。

青白い光を放つ石が一定の間隔で壁に埋め込まれていて、それだけがこの場所を照らしていた。

窓はない。

扉も――少なくとも、僕のいる場所からは見えない。

「……地下?」

なんとなく、そう思った。

空気が冷たい。

風もない。

それに、妙に静かだった。

自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる。

「いや、まずいって……」

王都へ仕事を探しに行く。

今日は、そのために村を出たはずだった。

昼飯を食べようとして。

変な石段を見つけて。

祠に寄って。

手を合わせて。

気づいたら、知らない地下空間。

父さんの顔が浮かぶ。

《寄り道すんなよ》

「……ごめんなさい」

本日二度目の謝罪だった。

しかも本人はいない。

僕は立ち上がり、服についた埃を払った。

鞄はある。

肩から外れて近くに転がっていたけど、中身も無事そうだ。

短剣も腰にある。

とりあえず、完全な手ぶらではない。

問題は――

「どうやって帰るんだよ……」

足元を見る。

さっきまであったはずの魔法陣は消えている。

普通の黒い石床。

蹴っても何も起きない。

しゃがんで手を当てても同じだった。

「もう一回お願いしたら戻してくれたり……」

僕は両手を合わせる。

「帰してください」

……。

何も起きない。

「だよね」

さすがにそんな都合よくはいかないらしい。

僕は小さく息を吐いた。

まず出口を探そう。

考えるのはそれからだ。

そう決めて歩き出した。

靴音が広い空間に響く。

一歩。

二歩。

三歩。

妙な場所だった。

どこを見ても古そうなのに、完全に崩れているわけではない。

五百年前の遺跡なんかを描いた本を見たことがあるけど、それよりもずっと綺麗だ。

埃は積もっている。

石柱にはひびもある。

それでも、この場所には何かが今も動いている。

そんな気がした。

壁の青い石もそうだ。

近づくと、淡い光が脈打つ。

「魔石……かな」

村でも魔石は使われていた。

魔力を溜めて、灯りや簡単な道具を動かすもの。

でも、こんなに長い間、人の手も入らず光り続ける魔石なんて聞いたことがない。

僕は一つに触れようとして――やめた。

「……もう変なものには触らない」

今日だけで十分学んだ。

そのまま奥へ進む。

しばらくすると、石柱の数が減っていった。

代わりに現れたのは、床を走る無数の線。

魔法陣の一部だろうか。

青白く光る細い線が、すべて同じ方向へ伸びている。

「こっちに何かある?」

出口ならありがたい。

そう思って線を辿る。

五分。

いや、もっと歩いただろうか。

時間の感覚が分からなくなる。

やがて、前方の暗闇に何かが見えてきた。

「……?」

最初は大きな柱だと思った。

でも違う。

階段だ。

幅の広い石段が、少し高くなった場所へ続いている。

そしてその上に――

何かがある。

僕は足を止めた。

「……人?」

目を凝らす。

誰かいる。

石段の先。

巨大な円形の台座の中央。

一人の人間が座っていた。

「お、おーい……?」

返事はない。

寝ている?

近づこうとして、すぐに違和感に気づいた。

その人の周囲から、何本もの黒いものが伸びている。

「……鎖?」

背筋が冷たくなる。

誰かが。

こんな地下深くで。

鎖に繋がれている。

帰らなきゃいけない。

出口を探さなきゃいけない。

頭ではそう思った。

でも、足は石段の方へ向かっていた。

「……大丈夫ですか?」

返事はない。

一段ずつ上る。

近づくにつれて、姿がはっきりしていく。

少女だった。

僕より少し年上――だろうか。

長い黒髪が床まで垂れている。

白い肌。

身体を包んでいるのは、黒を基調にした古びた衣服。

豪華にも見えるけど、今では所々が破れている。

裸足。

両手首には太い黒い鎖。

足首にも。

さらに腰の周囲から何本もの鎖が伸び、背後の石柱に繋がっていた。

「……なんで」

どう見ても普通じゃない。

犯罪者?

それとも――

僕は腰の短剣に手を伸ばした。

一応。

本当に一応だ。

使えるとは思っていない。

ここまで来て、急に起き上がって襲われたらどうする。

「……生きてるのかな」

そっと近づく。

少女は俯いている。

長い髪で顔が半分隠れていた。

呼吸しているのかも分からない。

「すみません」

返事なし。

「聞こえますか?」

……。

「……死んでないよね」

怖くなってくる。

僕は少し迷ってから、少女の前にしゃがんだ。

顔を覗き込む。

綺麗な人だった。

それが最初に思ったことだった。

ただ、村で見たことのある誰とも雰囲気が違う。

人形みたいに整っている。

眠っているだけならいい。

「……」

僕は恐る恐る手を伸ばした。

肩に触れる。

その瞬間。

――ドクン。

まただ。

「っ!」

祠で感じたものと同じ。

でも今度は、比べものにならないほど強い。

頭の奥に何かが流れ込んできた。

炎。

血。

崩れる城。

空を埋め尽くす白い翼。

誰かの叫び声。

剣を握る男。

笑っている少女。

巨大な盾。

杖をつく老人。

そして――

五人の背中。

「な、に……これ……!」

僕は慌てて手を離した。

景色が消える。

息が上がっていた。

「はぁ……はぁ……」

今のは何だ。

夢?

幻覚?

一瞬だったはずなのに、何十もの光景を見た気がする。

僕は自分の手を見る。

何も変わっていない。

「……魔法?」

でも僕はそんな魔法を使えない。

火をつける程度ならできる。

水を少し出すこともできる。

村の子供なら大体それくらいはできる。

でも、人の記憶を見る魔法なんて習ったことも聞いたこともない。

「この人が……?」

もう一度少女を見る。

さっきまでと同じ。

動かない。

だけど。

微かに。

本当に微かに。

胸が上下している。

「生きてる……」

その事実に少し安心した。

何者かは知らない。

どうしてこんな場所にいるのかも分からない。

でも、生きているなら放っておくわけにもいかない。

「これ、外せるのかな」

鎖を見る。

黒い金属。

僕の腕より太い。

表面には細かな文字がびっしり刻まれている。

試しに触れようとして、やっぱりやめた。

さっきのことがある。

「……短剣じゃ無理だよね」

でも他に道具はない。

僕は腰から短剣を抜いた。

刃を鎖へ当てる。

軽く叩く。

カン。

甲高い音だけが響いた。

傷一つつかない。

「だよなあ」

父さんの短剣で切れるような鎖なら、とっくに本人が逃げているはずだ。

「どうしよ……」

水だけでも飲ませた方がいいだろうか。

鞄を下ろそうとした。

その時だった。

「……ぅ」

「え?」

声。

僕は少女を見る。

指先が動いた。

「……大丈夫ですか?」

もう一度声をかける。

少女のまぶたが僅かに震える。

「聞こえます?」

ゆっくり。

本当にゆっくりと。

瞼が開いた。

赤い瞳。

暗い地下空間の中で、その目だけが淡く輝いて見えた。

僕は反射的に一歩下がった。

少女はぼんやりと前を見ている。

まだ意識がはっきりしていないらしい。

視線が宙を彷徨い――

僕のところで止まった。

「……」

「……」

目が合う。

何を言えばいいか分からない。

とりあえず。

「……こんにちは?」

違う気がする。

少女は僕の顔をじっと見つめていた。

長い。

妙に長い。

その表情が少しずつ変わる。

驚いている?

いや。

戸惑っている?

それから、少女の唇が動いた。

「……レグルス?」

「……え?」

思ってもいなかった名前が出てきた。

レグルス。

この国で知らない人はいない。

五百年前の勇者。

「レグルス……?」

僕が聞き返すと、少女の眉が僅かに寄った。

「……違う」

「え?」

「お主……レグルスではないな」

少女の声は弱い。

それでも妙に威圧感があった。

眠りから覚めたばかりの人間とは思えない。

「僕はソルだけど」

「ソル……」

少女は確かめるように名前を呟く。

「うん」

「……知らぬ名じゃ」

「そりゃ、初対面だから」

少女の眉がさらに寄った。

「妾に向かって随分と馴れ馴れしい小僧じゃな」

「……わらわ?」

聞き慣れない一人称だった。

少女は僕を睨む。

「何じゃ」

「いや……変わった喋り方するなって」

「無礼者」

「起きてすぐそれ?」

少なくとも会話はできるらしい。

ちょっと安心した。

同時に、変な人だとも思った。

少女は再び周囲を見た。

その表情から、ほんの少しだけ余裕が消える。

石柱。

鎖。

魔法陣。

壁。

一つ一つを確かめるように視線を動かしていく。

そして自分の手首を見る。

「……」

黒い鎖。

少女はしばらく何も言わなかった。

僕から見ても分かる。

さっきまでの傲慢そうな雰囲気とは違う。

何かを考えている。

「……これ、外せないんだ」

僕が言う。

「試したけど、僕の短剣じゃ傷もつかなくて」

「当然じゃ」

「当然なの?」

「これは五重封魔鎖じゃ。そこらの刃で断てるものではない」

「ごじゅう……?」

聞いたことがない。

少女は呆れたように僕を見る。

「その程度も知らぬのか」

「知らないよ」

「……」

「そんな顔されても、知らないものは知らないって」

「人間の魔術はそこまで衰えたのか?」

人間の魔術。

妙な言い方だった。

まるで自分は違うみたいな。

僕は気になった。

「さっきから何なの?」

「何がじゃ」

「レグルスとか、人間の魔術とか。あと、なんでこんな場所にいるの?」

少女は僕を見た。

答えない。

逆に問いかけてくる。

「お主は、何故ここにおる」

「僕?」

「そうじゃ」

「僕にも分からないよ」

「……は?」

初めて少女の顔に、年相応に見える表情が浮かんだ。

「祠に手を合わせたら魔法陣が出てきて、気づいたらここにいた」

「祠?」

「森の中にあったボロボロの」

「……」

「その祠から転移したんだと思う」

少女の顔から表情が消えた。

「……祈ったのか?」

「うん。まあ、なんとなく」

「なんとなく?」

「ボロボロで誰も来てなさそうだったから、ちょっと可哀想だなって」

「……」

「変?」

少女は答えなかった。

ただ僕を見ている。

今度はさっきまでと違う。

まるで、何か信じられないものを見るような目だった。

「何?」

「……いや」

少女は視線を逸らした。

「よい」

「よく分からないけど」

僕は鞄から水筒を取り出した。

「水飲む?」

「……水?」

「ずっとここにいたんでしょ?」

少女は水筒を怪訝そうに見る。

「毒ではあるまいな」

「助けようとしてる相手に毒飲ませる意味ある?」

「妾を殺したい者なら幾らでもおる」

さらっと言われて、僕の手が止まった。

「……そんなに?」

「数えたことはない」

何したんだ、この人。

「とりあえず飲む?」

「……よこせ」

「その鎖じゃ持てないでしょ」

両手首が繋がれている。

動かせないわけじゃないけど、水筒を口まで運ぶのは難しそうだ。

「僕が持つよ」

少女の目が細くなる。

「妾に飲ませると?」

「嫌ならいいけど」

「……」

「喉乾いてないの?」

沈黙。

少女が小さく顔を逸らす。

「……乾いておる」

「じゃあ最初からそう言えばいいのに」

「黙れ」

僕は水筒の蓋を開け、口元へ近づける。

少女は最初こそ警戒していたけど、一口飲むと止まらなくなった。

「ゆっくり」

「分かっておる」

「全然ゆっくりじゃないじゃん」

「うるさい」

結局、水筒の半分くらい飲んだ。

「……ふぅ」

少女が息を吐く。

少しだけ顔色が良くなった気がする。

「ありが――」

そこで言葉が止まった。

「ん?」

「……なんでもない」

「今ありがとうって言おうとした?」

「言っておらぬ」

「絶対言おうとした」

「黙れと言うておる」

少し面倒な人らしい。

でも、さっきまで死んでいるんじゃないかと思っていたから、これくらい元気な方がまだいい。

僕は水筒をしまった。

「それで」

「なんじゃ」

「あなた、誰?」

少女が固まった。

「……何?」

「名前」

「お主……」

なぜか、ものすごく馬鹿を見るような顔をされた。

「妾を知らぬのか?」

「知らない」

「本当に?」

「うん」

「……」

少女はしばらく黙った。

それから鼻で笑う。

「なるほどのう」

「何?」

「いや。面白い」

「何が?」

「妾を知らぬ人間がおるとはな」

「そんな有名人なの?」

「有名?」

少女は少し考える。

そして口元を歪めた。

「そうじゃな」

妙に楽しそうな笑みだった。

「人間どもが妾を忘れておらぬのであれば、世界で最も有名な女かもしれぬ」

「……王女様とか?」

少女は一瞬ぽかんとした。

そして。

「くっ……」

肩が震える。

「……何」

「王女……」

「違うの?」

「ふ、ふふっ……」

「なんで笑うんだよ」

「いや、許せ。随分と久方ぶりに笑った」

久方ぶり。

どれくらいなんだろう。

一日?

一週間?

この様子なら何か月かもしれない。

少女はまだ笑いを堪えながら顔を上げた。

「よかろう。名乗ってやる」

「なんでそんな偉そうなの」

「事実、偉いからじゃ」

少女は鎖に繋がれたまま、それでもまるで玉座に座る女王のように背筋を伸ばした。

赤い瞳が僕を見る。

「妾の名は――」

その瞬間。

地下空間全体が揺れた。

「うわっ!」

地面が大きく震える。

天井から細かな石片が落ちた。

「な、何!?」

少女――まだ名前を聞いていない彼女の表情が変わった。

さっきまでの余裕が消える。

「……まさか」

「何!?」

少女は答えない。

代わりに目を閉じた。

空気が変わる。

目には見えない何かが、少女を中心に広がっていく。

僕の肌が粟立った。

魔力。

たぶん、そうだ。

村の魔術師が使うものとは全然違う。

ほんの少し漏れただけなのに、息が詰まりそうになる。

でも次の瞬間。

少女が激しく咳き込んだ。

「ごほっ……!」

「大丈夫!?」

「触るでない!」

僕が近づこうとすると怒鳴られた。

少女は苦しそうに胸を押さえる。

「……なんじゃ、これは」

「何が?」

「魔力が……」

少女が自分の手を見る。

信じられないような顔。

「殆ど残っておらぬ……?」

「魔力?」

「あり得ぬ」

「だから何が――」

「黙っておれ!」

「はいはい」

僕は少し離れる。

少女は何度か呼吸を整えた。

やがて揺れも収まった。

再び静寂。

「……」

「……」

さっきより空気が重い。

「ねえ」

「なんじゃ」

「本当に大丈夫?」

「問題ない」

明らかに問題ありそうだけど。

「それより」

少女が僕を見る。

「先ほどの話じゃ」

「先ほど?」

「お主、どこから来た」

「フィル村」

「知らぬ」

「小さい村だからね」

「国は」

「アステリア王国」

「……アステリア?」

少女が眉を寄せる。

「そのような国、知らぬぞ」

「え?」

今度は僕の番だった。

アステリア王国を知らない?

この大陸でもかなり大きな国なのに。

「いや、知らないはずないでしょ」

「知らぬものは知らぬ」

「王国ができて何百年も経ってるんだけど」

「……何百年?」

少女の声が低くなった。

「うん」

「……小僧」

「ソル」

「今は何年じゃ」

「え?」

「年を聞いておる」

何か嫌な予感がした。

少女の顔から完全に笑みが消えている。

「王暦?」

「何でもよい。今が何年なのか答えよ」

僕は少し考える。

「アステリア暦五百二十七年」

「……」

少女が止まった。

瞬きもしない。

「五百……?」

「二十七年」

「……」

「どうしたの?」

返事がない。

「ねえ」

少女の唇が僅かに動いた。

「……五百年」

僕には聞き取れないくらい小さな声だった。

「何?」

「五百年……経ったというのか」

「何から?」

少女は答えない。

ただ、鎖に繋がれた自分の手を見つめている。

やがて。

「……レグルス」

また、その名前。

今度は最初とは違った。

誰かを探す声じゃない。

怒っているようにも。

悲しんでいるようにも聞こえた。

「勇者レグルスのこと?」

少女の顔が上がった。

「……勇者?」

「うん」

「何故、お主がその名を知っておる」

「なんでって……」

変な質問だった。

「誰でも知ってるよ」

「……」

「五百年前、魔王を倒して世界を救った五英雄の一人だから」

その瞬間。

空気が止まった。

本当に、そう感じた。

少女の赤い瞳が大きく見開かれる。

「……何?」

「え?」

「今……何と言った」

「だから、勇者レグルスは――」

「その後じゃ」

「魔王を倒して世界を救った……」

少女が僕を見つめる。

「……誰が?」

「五英雄」

「五……?」

「勇者レグルス、剣聖シリウス、守護騎士アルデバラン、賢者アークトゥルス、聖女ルナ」

一人ずつ名前を挙げるたび、少女の表情が変わっていった。

驚き。

困惑。

そして。

理解できないという顔。

「五英雄……」

「うん」

少女が俯く。

「……五人」

「どうしたの?」

「五人……じゃと?」

僕は首を傾げる。

少女の身体が小さく震えていた。

怒っている?

「何がおかしいの?」

少女はゆっくり顔を上げた。

「……では」

赤い瞳が僕を射抜く。

「妾は?」

「え?」

「何故、妾がおらぬ」

何を言っているのか分からなかった。

「あなた……?」

少女は僕の困惑など気にも留めない。

「魔王を討ったと?」

声が震えている。

「五人が?」

「……そう習ったけど」

「妾を?」

「うん」

少女は黙った。

長い沈黙。

それから突然。

「……ふざけるな」

地の底から響くような声だった。

同時に、少女の身体から黒い魔力が噴き上がった。

「っ!?」

僕は咄嗟に腕で顔を庇う。

鎖が激しく鳴る。

ガシャン。

ガシャン。

ガシャン。

石床に刻まれた魔法陣が一斉に光った。

「レグルス……!」

少女が叫ぶ。

怒りだけじゃない。

悲しみ。

戸惑い。

色々なものが混ざっていた。

「シリウス!アルデバラン!アークトゥルス!ルナ!」

五英雄の名前。

まるで昔から知っている人間を呼ぶように。

「何故じゃ……!」

黒い魔力がさらに膨れ上がる。

「何故、妾が――」

そして。

鎖に繋がれた少女は、五百年間世界中で語り継がれてきた名前を口にした。

「妾――ベラトリクスが、貴様らに殺されたことになっておる!!」

「……」

僕は固まった。

ベラトリクス。

その名前を知らないはずがなかった。

五百年前。

人類を滅亡寸前まで追い込み。

五英雄によって討ち滅ぼされた。

史上最悪の魔王。

僕は目の前の少女を見る。

長い黒髪。

赤い瞳。

黒い鎖。

そして、地下空間を震わせるほどの魔力。

「……え」

喉が乾いた。

「ベラ……トリクス?」

少女は僕を睨む。

「そうじゃ」

「……魔王の?」

「魔王の、ではない」

少女は不機嫌そうに言った。

そして、当然のことを告げるように。

「妾が、魔王ベラトリクスじゃ」

僕の王都への旅は。

この瞬間。

完全に予定から外れた。

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