星の力
第33話 星の力
ローディアを出て、三日。
僕たちは深緑樹海の中を進んでいた。
以前、災厄の天使と戦った場所と同じ樹海。
けれど。
あの時とは、明らかに何かが違っていた。
「静かじゃな」
ベラが周囲を見渡す。
「うん」
木々の間を吹き抜ける風。
葉が擦れる音。
遠くから聞こえる鳥の声。
以前のような、不気味な魔力の淀みは感じられない。
災厄が消えたことで、樹海は少しずつ本来の姿を取り戻している。
魔物の動きも以前ほど荒れていない。
それでも。
「来るよ」
僕が足を止める。
「分かりました」
アンも剣に手を添える。
次の瞬間。
茂みが大きく揺れた。
「グルルル……!」
飛び出してきたのは、三体の魔物だった。
樹海狼。
以前なら何度も苦戦した相手だ。
「僕がやる」
剣を抜く。
身体に意識を集中させる。
すると。
胸の奥から、淡い光が広がった。
星のような魔力。
「……星装」
全身を星の力が包む。
以前よりも。
ずっと自然だった。
魔力を流す。
身体へ。
腕へ。
脚へ。
そして。
剣へ。
「速い……」
自分でも分かる。
身体が軽い。
一体目が飛びかかってくる。
僕は横へ身体をずらした。
牙が目の前を通り過ぎる。
そのまま踏み込む。
「《星装・流星》」
一瞬。
視界が流れた。
身体が弾けるように前へ出る。
「――ッ!」
魔物の懐へ潜り込み。
そのまま剣を振り抜いた。
一体目が地面へ転がる。
「グァッ!」
二体目が横から襲いかかってくる。
僕は剣を返す。
星装を剣へ集中。
「《星装・星穿》」
剣先に星の魔力が凝縮される。
魔物の爪と剣がぶつかる。
ギィンッ!
衝撃が腕へ伝わる。
けれど。
そのまま押し込む。
星装が爪を弾き。
魔物の身体を貫いた。
「グルァ……!」
最後の一体が背後へ回り込む。
「ソル!」
アンの声。
振り向く。
間に合わない。
そう思った瞬間。
身体が勝手に動いた。
星装が脚へ集まる。
「《星装・流星》」
一瞬で距離を詰める。
魔物の横をすり抜け。
振り返りざまに斬り上げた。
魔物が地面へ倒れる。
静寂が戻った。
「……終わった」
僕は剣を下ろした。
星装がゆっくりと消えていく。
「見違えたのう」
ベラが腕を組む。
「前とは比べ物にならぬ」
「そう?」
「うむ」
アンも頷いた。
「星装の維持がかなり安定しています」
「前はもっと魔力を使ってたよね」
「はい。以前は星装を使うたびに、かなり意識を集中させていました」
アンが僕を見る。
「今は戦いながら自然に維持できています」
僕は自分の手を見る。
確かに。
以前とは違う。
災厄の天使との戦い。
あの戦いで。
僕は何度も星装を使った。
限界まで魔力を引き出して。
身体が壊れる寸前まで。
その中で。
星装の感覚が。
少しだけ変わった。
「……近いんだ」
「何がじゃ?」
「星装が」
僕は胸元へ手を当てる。
「前は、自分の外にある力を借りてる感じだった」
「ほう」
「でも今は……自分の中から自然に流れてくる感じがする」
ベラが少しだけ目を細める。
「災厄との戦いで、何か掴んだということか」
「たぶん」
僕自身にも、まだ分からない。
ただ。
あの戦いを境に。
星装が少しだけ身近になった。
「ならば」
ベラが笑う。
「試してみればよい」
「何を?」
「もっと出してみるのじゃ」
「ここで?」
「魔物も倒したばかりじゃ。少しくらいなら問題なかろう」
アンも周囲を確認する。
「周囲に強い魔力反応はありません」
「なら決まりじゃ」
「……分かった」
僕は剣を構えた。
身体の奥へ意識を向ける。
星装。
魔力を集める。
腕へ。
剣へ。
今までなら。
ここで魔力が乱れていた。
でも。
今日は違う。
「……」
星の光が剣へ集まる。
淡い輝きが。
少しずつ強くなっていく。
「すごい……」
アンが呟く。
「まだ終わってない」
僕はさらに魔力を集中させる。
剣を包む光が強くなる。
「《星装・明星》」
瞬間。
剣が眩く輝いた。
その光は。
まるで夜明け前の空に浮かぶ一つの星のようだった。
「ほう」
ベラが目を細める。
僕は剣を振る。
光が一閃する。
目の前の巨大な木の枝が。
音もなく切り落とされた。
ドサッ。
枝が地面へ落ちる。
「……今のは」
僕自身が驚いていた。
以前より。
遥かに魔力の制御が楽だ。
「かなり安定しています」
アンが言う。
「《明星》を維持したまま動けるなら、今後の戦い方も変わりそうですね」
「うん」
僕は剣を見る。
星の光が消えていく。
「もっと使えるようになりたい」
「ならば練習あるのみじゃな」
「そうだね」
その日の午後。
僕たちはさらに樹海を進んだ。
そして。
何度か魔物と遭遇した。
一度目は大型の牙猪。
二度目は毒を持つ蛇型の魔物。
三度目は木々に擬態する植物型の魔物。
戦うたびに。
僕は星装を試した。
《星装・流星》で一気に距離を詰める。
《星装・星穿》で硬い外皮を貫く。
《星装・明星》で星装そのものを安定させる。
使うたびに。
少しずつ。
身体が星装に馴染んでいく。
「ソル」
戦闘が終わったあと。
アンが声をかけてきた。
「何?」
「かなり強くなっていますね」
「……そうかな」
「はい」
アンは真っ直ぐ僕を見る。
「ですが」
「うん」
「まだ、本当の意味で星装を使いこなしているわけではないと思います」
「やっぱり?」
「はい」
「何が足りない?」
アンは少し考えてから答えた。
「出力ではありません」
「じゃあ?」
「余裕です」
「余裕?」
「星装を使うことに慣れてきたとはいえ、まだ無意識に力を抑えています」
僕は黙った。
確かに。
星装を使う時。
どこかで怖さがある。
災厄の天使との戦いで。
星装を限界まで使った。
あの時の感覚を。
身体が覚えている。
「……怖いんだと思う」
「何が?」
「力を出しすぎるのが」
アンは何も言わなかった。
ただ。
静かに僕の話を聞いている。
「前は、力が足りなかった」
「はい」
「だから強くなりたかった」
僕は剣を握る。
「でも今は……」
あの冒険者の姿が浮かぶ。
助けられなかった命。
守れなかった自分。
「強くなりたいっていうより」
僕は空を見上げた。
木々の隙間から。
青い空が見える。
「守る力が欲しい」
アンが静かに頷いた。
「それなら」
「うん」
「その力を、恐れないことです」
その言葉が。
胸に残った。
夕方。
僕たちは少し開けた場所で野営の準備を始めた。
焚き火を囲みながら。
僕は剣を眺める。
星装。
明星。
流星。
星穿。
そして。
あの一太刀。
《彗星》。
災厄の天使を倒した時に放った技。
あれは。
今の僕にとっても特別な技だった。
一太刀に。
全てを込める。
けれど。
これからは。
彗星だけに頼る必要はない。
普段の戦いで。
星装を自在に操る。
その先に。
もっと強い力があるはずだ。
「……まだまだだな」
「何がじゃ?」
ベラが焚き火越しに聞く。
「僕」
「ふむ」
「もっと星装を使えるようになりたい」
ベラは少し笑った。
「ならば、旅をしながら覚えていけばよい」
「うん」
アンも頷く。
「ヴァルガルドに着くまでに、もっと成長できるかもしれません」
「そうだね」
焚き火が小さく爆ぜる。
僕たちは北を向いた。
樹海の向こう。
遠くには。
白く染まった山々が見え始めていた。
「あれが……」
僕は立ち上がる。
「ヴァルガルドへ続く山か」
白い山々。
その先に。
極寒の地が広がっている。
そして。
そこには。
五百年前の守護騎士。
アルデバランの残したものがある。
僕は剣を握った。
星の力が。
ほんの少しだけ光った。
旅は。
まだ始まったばかりだった。




