D級冒険者
第27話 D級冒険者
ギルドの中は相変わらず騒がしい。
朝より人が減るどころか、むしろ増えているように見えた。
掲示板の前には依頼書を眺める冒険者たちが集まり、受付では樹海から戻ってきたらしい一団が魔物の素材を並べている。
鎧には泥。
剣にはまだ乾き切っていない血。
町の中を歩いている時にも感じていたけれど、ここローディアでは冒険者という存在が生活の一部になっているらしい。
「お疲れさまでした」
受付へ向かうと、朝から僕たちを担当してくれている受付嬢が頭を下げた。
その隣には、先ほど実技査定を担当していた男もいる。
「結果については、先ほどお伝えした通りです」
受付嬢が机の上に三枚の冒険者証を並べる。
僕。
ベラ。
アン。
名前の横に刻まれている階級は、三枚とも同じだった。
D級。
僕は自分の冒険者証を手に取る。
「本当に一気に上がるんだ」
「特殊昇級になります」
受付嬢が答える。
「通常、冒険者の昇級には一定数の依頼達成実績が必要です。ただし、登録時の階級と実力が大きく乖離している場合、ギルドが実技査定を行い、適正な階級まで引き上げることがあります」
三か月ほど前。
僕たちが冒険者登録をした理由は、単純だった。
旅をする上で身分を証明できるものが欲しかったから。
冒険者証なら多くの国や町で身分証として使える。
だから登録した。
それだけだった。
当然、全員一番下のF級。
それから何度か簡単な依頼を受けたことはあったけれど、階級を上げること自体に興味はなかった。
少なくとも。
深緑樹海へ来るまでは。
「D級」
ベラが自分の冒険者証を眺める。
満足しているのかと思ったけれど。
「まだ二つ足りぬな」
「いきなりそこ?」
僕が言う。
「あれ?」
アンが静かに口を挟む。
「二つではありませんよ」
「何?」
「D級からC級なら一つです」
数秒。
ベラが黙る。
僕も黙る。
「……そうだった」
「ソルまで何を言っているのですか」
アンに呆れられた。
F。
E。
D。
C。
確かにあと一つだ。
「ならば話は早いではないか」
ベラが冒険者証を懐へしまう。
「次の依頼を終えればC級じゃな」
「そうはならないと思う」
「なぜじゃ」
受付嬢を見る。
彼女は苦笑していた。
「D級からC級への昇級については、実技能力だけでは認められません」
「なぜじゃ」
「C級以上になると、ギルドから任される仕事の性質が大きく変わるからです」
「性質?」
僕が聞き返す。
受付嬢が頷く。
「D級までは、基本的に自分自身の安全を確保できる能力が重視されます。ですがC級からは、護衛、救助、複数人での討伐、危険区域の調査など、他人の命に関わる依頼が増えます」
なるほど。
単純に強ければいいわけじゃない。
「戦闘能力だけでC級へ上げるわけにはいかないってこと?」
「はい。判断力や依頼遂行能力も確認する必要があります」
受付嬢の視線がベラへ向く。
「特に、依頼内容を守れるかどうか」
「また妾を見る」
「偶然です」
「絶対違うよね」
実技査定を思い出す。
ベラは一応手加減していた。
本人曰く。
ただ、査定用の標的が一つ使い物にならなくなった。
あれを手加減と呼んでいいのかは分からない。
「妾は指示くらい守れる」
「本当ですか?」
アンが聞く。
「アン?」
「確認しただけです」
「お主、最近ソル側ではないか?」
「私は最初から中立です」
「絶対こっち側だよ」
「ソルも黙れ」
怒られた。
査定官の男が堪えきれなかったのか、小さく笑った。
ベラが睨む。
男はすぐ真顔に戻った。
「ともかく」
受付嬢が話を戻す。
「今回、お三方についてはD級相当の能力があると判断されました」
「三人とも?」
「はい」
受付嬢がまずアンを見る。
「アンさんは魔法制御と状況判断」
次に僕。
「ソルさんは剣術と、対人・対魔物戦を想定した対応力」
最後に。
「ベラトリクスさんは……」
止まった。
「なんじゃ」
「魔法です」
「それだけか?」
「十分すぎますので」
「そうか」
納得した。
単純だな。
「ただ」
査定官の男が僕を見る。
「お前の剣は少し妙だったな」
「僕?」
「ああ」
「何がですか?」
男が腕を組む。
「上手い。そこは間違いない」
「ありがとうございます」
「だが、何と言えばいいか……」
言葉を探している。
「癖がないようで、妙に癖がある」
「どっちですか」
「俺にも分からん」
困るな。
「型通りに動いているわけじゃない。かといって我流で滅茶苦茶というわけでもない。相手が動く前から、次に来る場所が分かっているような剣だった」
「そんな大袈裟な」
僕は笑った。
剣は昔から振っている。
それだけだ。
特別な流派を極めたわけでもない。
剣を握れば、なんとなく相手の動きが分かる時がある。
視線。
肩。
足。
剣先。
そういうものを見ていれば、次に何をしようとしているかくらいは予想できる。
「本人に自覚はないようですね」
アンが言う。
「アンまで?」
「査定を見ていましたので」
「そんな変だった?」
「変というより」
アンが少し考える。
「随分、戦い慣れているようには見えました」
「ずっと剣振ってるからじゃない?」
「そうかもしれませんね」
あっさり引いた。
何なんだ。
「まあいい」
査定官が言う。
「D級なら問題なくやれるだろう」
「ありがとうございます」
男は頷くと、そのまま訓練場の方へ戻っていった。
僕はもう一度冒険者証を見る。
D級。
三か月前までは、階級なんてどうでもよかった。
冒険者証さえあれば、それでよかった。
でも今は違う。
深緑樹海を越える。
そのためには、少なくともC級程度の信用があった方がいい。
実際、ローディアで樹海へ入る冒険者はC級以上が多いと聞いた。
「あと一つか」
「何じゃ。お主もやる気になったではないか」
「必要だからね」
「理由など何でもよい」
ベラが笑う。
「さっさとC級になればよいのじゃ」
「そんな簡単じゃないって今説明されたけど」
「妾たちならすぐじゃろう」
自信だけはすごい。
「それで」
アンが受付嬢を見る。
「D級になったことで、受けられる依頼はどの程度変わりますか?」
やっぱりアンは話を進めるのが早い。
「かなり増えます」
受付嬢が掲示板を指す。
「街の外での採取、小型から中型魔物の討伐、簡単な護衛、周辺地域の調査などですね」
「樹海関連も?」
僕が聞く。
「あります。ただし、深緑樹海の場合は少し特殊です」
受付嬢がカウンターの下から一枚の地図を取り出した。
机の上へ広げる。
ローディア。
そして、その北東側に広がる巨大な緑色の区域。
深緑樹海。
地図で見ても大きい。
ローディアの町が小さな点に見えるほどだ。
「樹海は大きく三つの区域に分けられています」
受付嬢の指が一番外側をなぞる。
「外縁部」
その内側。
「中層部」
そして中心近く。
「深層部です」
ベラが地図を覗き込む。
アンも隣から見る。
「D級が入れるのは?」
「原則、外縁部までです」
「狭い」
ベラが即答した。
「いや、結構広いよ」
地図を見る限り、外縁部だけでも相当な範囲がある。
「中層部へ入るには、基本的にC級以上。深層部はB級以上を推奨しています」
「推奨?」
ベラが反応する。
受付嬢が少し嫌そうな顔をした。
「あくまで推奨です。ただし、階級を無視して立ち入った場合、ギルドからの救助は保証されません」
「つまり入れる」
「そういう意味で言ったのではありません」
「ベラ」
アンが呼ぶ。
「何じゃ」
「入りませんよ」
「まだ何も言っておらぬ」
「顔に書いてあります」
「お主までそれを言うか」
僕が笑う。
ベラが睨んだ。
「とにかく、勝手に奥へ行くのはなしだからね」
「分かっておる」
「本当に?」
「何度も聞くでない」
怪しい。
「ちなみに」
僕は地図を見る。
「最近、街道が崩れたって聞いたんですけど」
受付嬢の表情が少し変わった。
「はい」
指がローディアの東側へ動く。
樹海の外周に沿うように伸びた街道。
その一部に赤い印が付けられている。
「三日前、この地点で崩落が確認されました」
「原因は?」
アンが聞く。
「現在調査中です」
「大雨とか?」
「ありません」
「地震は?」
「それも確認されていません」
自然に崩れた可能性もある。
でも。
何の前触れもなく街道が崩れた。
しかもそれが、樹海のすぐ近く。
「それだけではありません」
受付嬢が続ける。
「崩落が確認された頃から、樹海の外縁部で魔物の目撃数が少し増えています」
「魔物が?」
「はい」
ベラが地図へ視線を落とす。
「関係があるのか?」
「分かりません」
受付嬢が首を横へ振る。
「樹海の魔物は時期によって生息域を変えることがあります。そのため、現時点では異常と断定できるほどではありません」
「でも調べてはいる?」
アンが聞く。
「はい。外縁部を中心に、いくつか調査依頼を出しています」
調査依頼。
その言葉に少し興味が湧く。
「D級でも受けられる?」
「内容によります」
「例えば?」
受付嬢が掲示板を見る。
「村と樹海の境界を巡回して魔物の痕跡を確認するものや、外縁部の指定地点まで行って生息状況を記録する依頼などですね」
「戦うんじゃなくて調べるんだ」
「はい」
受付嬢が僕を見る。
「異常を発見した場合は、それ以上深入りせず戻って報告する。それも立派な依頼です」
横を見る。
ベラが露骨につまらなそうな顔をしている。
「何?」
「妾なら原因まで調べられる」
「聞いてた?」
「聞いておる」
「深入りしない」
「場合による」
「場合によらない」
「ソル」
アンが僕を見る。
「何?」
「ベラに言っても無駄です」
「アン!?」
珍しくアンが辛辣だった。
「冗談です」
「顔が笑っておらぬぞ」
三人で話していると、受付嬢が小さく笑った。
「仲がいいんですね」
「どこを見たらそうなるんですか」
「妾は否定せぬぞ」
「私も仲が悪いとは思っていません」
二対一になった。
「僕がおかしい?」
「今さらじゃな」
ひどい。
受付嬢から地図を借り、近くのテーブルへ移動する。
せっかくD級になった。
今すぐ依頼を受けてもいいけれど、実技査定を終えたばかりだ。
それに樹海について何も知らないまま飛び込むのは危ない。
「今日は情報集めにしようか」
僕が言う。
「依頼を受けぬのか?」
ベラが不満そうにする。
「明日でいいでしょ」
「今日でも行ける」
「もう午後だよ」
「夜でも問題ない」
「問題あるよ」
「私はソルに賛成です」
アンが地図を見る。
「樹海へ入る前に最低限の情報は集めておくべきでしょう」
「アンまで」
「受付の方も、日没後の外縁部は避けた方がいいと言っていました」
「妾なら夜目も利く」
「私たちは?」
ベラが黙る。
「決まりですね」
アンが強い。
まず確認したのは樹海周辺の村。
外縁部沿いには大小いくつかの集落がある。
薬草や木材を採る村。
狩猟を主にしている村。
中には冒険者相手の宿場として発展した場所もあった。
その中でも、ローディアから近いのがルクス村。
徒歩で一時間ほど。
深緑樹海との距離も近い。
「ここ」
僕が指差す。
「境界の調査依頼が出やすい場所なんだって」
「理由は?」
アンが聞く。
「樹海と村が近いから。魔物が外へ出てくると、一番最初に影響が出やすいらしい」
「なるほど」
ベラが地図を見ながら言う。
「五百年前にはなかった村じゃな」
「覚えてるの?」
「この辺りには何度か来たことがある」
「どんな場所だった?」
「森じゃ」
即答。
「村ないじゃん」
「だから言ったであろう。なかったと」
「樹海は?」
聞くと、ベラが少しだけ黙った。
そして地図の広大な緑を指でなぞる。
「ここまでではなかった」
「やっぱり?」
「うむ」
アンも地図を見る。
ベラの表情が、ほんの少しだけ変わった。
いつもの自信に満ちた顔ではない。
懐かしんでいるようにも。
知らない場所を見ているようにも見える。
「五百年ですからね」
アンが静かに言う。
「景色が変わるには、十分すぎる時間です」
「……そうじゃな」
短い返事。
僕には分からない。
五百年という時間が、どれほど長いのか。
本で読む数字でしかない。
だけど。
ベラとアンにとっては違う。
知っていた町が消えて。
なかった村が生まれて。
森の形まで変わっている。
今歩いている世界そのものが、二人にとっては五百年後の景色なんだ。
「ソル」
ベラがこちらを見る。
「何じゃ、その顔は」
「どんな顔?」
「妙に気を遣っておる顔」
「そんなつもりないけど」
「ならばよい」
ベラが地図を指で叩く。
「明日はここへ行くぞ」
「ルクス村?」
「うむ」
「何でベラが決めるの」
「一番近いからじゃ」
「理由はまともだ」
「妾を何だと思っておる」
色々。
受付嬢のところへ戻り、ルクス村周辺についてもう少し聞く。
すると。
「ちょうど明日の朝、境界周辺の調査依頼が追加される予定ですよ」
「本当?」
「はい。ここ数日、村側から魔物の鳴き声が近くなったという報告がありまして」
受付嬢が書類を確認する。
「現時点で被害は出ていません。ただ念のため、樹海と村の境界を巡回してもらう予定です」
「階級は?」
「D級ですね」
三人で顔を見合わせた。
つい数時間前までなら受けられなかった依頼。
今日の査定で。
僕たちはD級になった。
「これ、受けられる?」
「もちろんです。ただ正式な依頼書は明日の朝になります」
「じゃあ」
僕はベラとアンを見る。
「明日はこれにしようか」
「妾は構わぬ」
「私も異論ありません」
決まった。
受付嬢が微笑む。
「では明日の朝、受付でお声がけください」
「分かりました」
ギルドを出る。




