天断
第22話 天断
翌朝。
僕たちは再び、皇都を見下ろす山の中腹へ向かっていた。昨日と同じ石段を上り、その先に聳える十二重塔を見上げる。朝日を受けた朱の柱と金の装飾が眩しい。
「身体はどうですか?」
アンタレスが聞く。
「筋肉痛はそんなに。でも、目の奥がちょっと重い」
「昨日は普段使わない集中を続けていましたからね」
「目を見る修行で目が疲れるって、そのままだね」
「当然じゃ」
ベラトリクスが僕の横を歩きながら言った。
「心眼などと大層な名がついておるが、結局は積み重ねじゃ。昨日一日で身についたと思うでないぞ」
「思ってないよ」
「ならよい」
「今日は珍しくまともだね」
「貴様、昨日から妾への扱いが雑ではないか?」
「気のせい」
「妾の台詞を取るな!」
朝から変わらない。
塔へ入り、一般公開されている三階を抜ける。昨日シリウスが真っ二つにした扉の前には、既に何人かの管理人らしい人が集まっていた。
「……まずくない?」
切断面を調べている。
「昨日より人が増えてる」
アンタレスが平然と答える。
「見つからないように通りましょう」
「それでいいの?」
「壊したのは私たちではありません」
「シリウスなんだけど」
「本人は五百年前に亡くなっています」
「逃げ道完璧だなあ」
ベラトリクスが頷く。
「死人へ請求すればよい」
「最低だ」
管理人が別の方向を向いた隙に階段を抜ける。四階へ入った瞬間、聞き慣れた声がした。
『遅い』
「まだ朝だよ」
部屋の中央。
シリウスが立っていた。
昨日と同じ姿。少し長い黒髪を後ろで緩くまとめ、腰には藍色の鞘に収められた天狼。
ただ。
「……少し薄くない?」
僕が聞くと、シリウスは自分の腕を見る。
昨日より僅かに透けている気がする。
『分かる?』
「うん」
『塔が目覚め始めてるからね』
「それとシリウスが薄くなるの、関係ある?」
『あるよ。俺を形にしてるのも、この塔に残ってる魔力だから』
「……」
『そんな顔しない』
「してない」
『してる』
ベラトリクスがシリウスを睨む。
「余計なことを言うな」
『事実でしょ』
「事実でも言い方というものがある」
『ベラトリクスがそれ言う?』
「何じゃと」
シリウスは笑った。
昨日と変わらない。
だから。
僕もそれ以上は言わなかった。
『今日は十階からだったね』
「うん」
『じゃあ行こう』
四階。
五階。
六階。
七階。
八階。
九階。
昨日の場所を通る度に、やったことが蘇る。
見る。
見抜く。
先を見る。
無拍。
流星。
全部。
まだ知っただけだ。
できるようになったわけじゃない。
それでも昨日までとは、少しだけ景色の見え方が違う気がする。
十階。
扉が開く。
「……広い」
昨日までで一番広かった。
床も壁も木造なのは変わらない。でも柱が少なく、ほぼ正方形の大きな空間になっている。壁際には木刀や模擬刀。奥には大小さまざまな的。
そして中央。
白い円。
一つ。
『そこへ』
シリウスが僕を指す。
「今度は何?」
『俺と戦う』
「……え?」
シリウス。
笑顔。
「本気?」
『もちろん』
「昨日まで触れるとか三十秒とかだったよね?」
『今日は戦う』
「勝てってこと?」
『それは無理』
「はっきり言うなあ!」
『今の君が俺に勝てたら、俺が五百年前に泣くよ』
「残響なのに?」
『気持ちとしてね』
アンタレスが部屋の端へ移動する。
「条件は?」
『一本』
「一本?」
『俺に一撃入れたら合格』
「昨日も触ったけど」
『昨日は俺がかなり動きを限定してたから』
シリウスが天狼を抜く。
銀色の刀身。
『今日は自由』
「……」
空気が変わった。
昨日。
九階で《流星》を見た時と同じ。
笑ってる。
殺気もない。
なのに。
怖い。
僕は腰の剣へ手を伸ばす。
『それと』
「まだあるの?」
『今日は星装、使っていいよ』
「……本当に?」
『うん』
胸の奥。
僅かに熱くなる。
昨日はずっと禁止だった。
「何で今日は?」
『見るだけの練習は終わったから』
「終わった?」
『塔の中ではね』
シリウスが天狼を軽く振る。
『実戦じゃ、持ってるもの全部使うでしょ』
「……」
その通り。
僕は剣を抜いた。
リュネで買った剣。
普通の一振り。
まだ手にしてから数日しか経っていない。
でも。
初めて。
自分で稼いだお金で買った。
僕の剣。
「いくよ」
『どうぞ』
呼吸。
一つ。
魔力。
身体。
巡らせる。
金色の光。
皮膚の上。
広がる。
細かな粒子が身体の周囲へ溢れた。
『……』
シリウスの目が少しだけ見開かれる。
『やっぱり』
「何?」
『レグルスだ』
「星装?」
『うん』
シリウスが懐かしそうに僕を見る。
『あいつの魔力の動かし方、そのままだね』
「……でも僕はレグルスじゃない」
一瞬。
シリウス。
黙る。
それから。
笑った。
『うん』
天狼。
構える。
『いい答え』
「行く」
右脚。
金。
粒子。
少しだけ多く集める。
全部じゃない。
昨日までの練習。
身体全体の星装を残したまま、必要な分だけ右脚へ。
踏む。
加速。
シリウス。
正面。
剣。
振る。
ガキンッ。
「っ!」
受けられる。
天狼。
軽い。
でも。
動かない。
僕。
右。
抜ける。
シリウスの肩。
見る。
足。
呼吸。
目。
「……」
来る。
僕は先に剣を引く。
銀色。
一閃。
目の前。
通る。
避けた。
「よし――」
『喜ぶの早い』
「っ!」
鞘。
腹。
トン。
「え」
次の瞬間。
身体が床へ転がった。
「痛っ……!」
星装で守っていたから大した痛みじゃない。
でも。
何をされた?
『一回目』
「今、刀じゃなくて鞘?」
『うん』
「刀避けたのに!」
『刀しか見てなかったからね』
「……」
昨日と同じ。
一つ。
見えた瞬間。
それ以外が消えた。
僕は立ち上がる。
「もう一回」
『どうぞ』
二回目。
星装。
踏み込み。
今度はシリウス全体。
見る。
天狼。
鞘。
足。
肩。
僕との距離。
右。
一撃。
弾かれる。
シリウス。
下がる。
僕。
追う。
違う。
下がったんじゃない。
誘ってる。
止まる。
その瞬間。
シリウスが踏み込む。
「っ!」
剣。
受ける。
ガンッ。
重い。
右足。
床。
僕の外側。
次。
左。
分かる。
僕は先に身体をずらした。
天狼。
空を切る。
「今度こそ!」
右腕へ粒子。
集める。
剣。
振る。
シリウスの肩。
届く。
直前。
シリウスの手首。
僅かに返る。
「……!」
天狼の峰。
僕の剣。
下から弾く。
腕。
上がる。
腹。
空く。
鞘。
トン。
「また!?」
床。
転がる。
『二回目』
「シリウス、鞘好きすぎない!?」
『天狼で斬ったら危ないでしょ』
「それはそうだけど!」
ベラトリクス。
壁際。
笑ってる。
「見事に転がされておるのう」
「笑うなら代わってよ!」
「嫌じゃ」
「即答!」
アンタレスはシリウスを見ていた。
「ソル」
「何?」
「シリウス殿は、あなたが星装を集めた場所も見ています」
「……」
右腕。
さっき。
粒子。
集めた。
「攻撃する場所がバレてる?」
シリウス。
笑う。
『そりゃあんなに光ったらね』
「ずるくない?」
『レグルスも同じだったよ』
「レグルスはどうしてたの?」
『見せても攻撃する』
「?」
『見せて、俺がそれを見ることまで利用してた』
「……」
星装。
集めた場所。
強くなる。
でも。
相手が見えるなら。
そこが攻撃。
そう伝えてる。
「じゃあ」
僕は星装を見る。
「隠す?」
『それも一つ』
「それ以外?」
『自分で考えて』
「やっぱり教えてくれない!」
『答えを聞いて使えるなら修行いらないでしょ』
正論。
腹立つ。
三回。
四回。
五回。
何度も倒される。
星装を脚へ集めれば動きを読まれる。
腕へ集めれば攻撃を読まれる。
均等にすれば。
速度も威力も中途半端。
「……」
六回目。
僕は星装を全身へ薄く巡らせた。
シリウス。
見る。
僕の魔力。
見てる。
なら。
右脚。
粒子。
移す。
シリウスの視線。
ほんの僅か。
下。
「見た」
踏む。
でも。
右じゃない。
左。
粒子。
戻す。
同時。
左脚。
集める。
「っ!」
逆。
シリウス。
目。
少し。
開く。
僕。
左。
回り込む。
剣。
右腕。
振る。
粒子。
まだ。
全身。
直前。
右腕。
一気。
集める。
ガキンッ。
天狼。
受ける。
でも。
今までより。
シリウス。
腕。
押される。
『へえ』
「まだ!」
粒子。
腕。
戻す。
左脚。
一部。
移す。
踏み込み。
シリウスの横。
抜ける。
剣。
返す。
届く。
銀。
動く。
弾かれる。
でも。
シリウス。
一歩。
動いた。
「……」
初めて。
動かした。
『いいね』
「まだ一本じゃない」
『そうだね』
七回。
八回。
十回。
十三回。
僕は何度も倒れた。
でも。
少しずつ。
星装を動かすこと自体を囮に使う。
集める。
戻す。
別へ。
本当に攻撃する。
見せる。
変える。
シリウスの視線。
足。
呼吸。
天狼。
全部。
見る。
十六回目。
僕。
右脚。
粒子。
シリウス。
見る。
踏まない。
代わり。
右腕。
少し。
集める。
シリウスの天狼。
僅かに上がる。
上。
守る。
違う。
「……」
僕は剣を低くする。
星装。
左脚。
踏む。
シリウス。
右へ。
避ける。
予想。
通り。
次。
足。
向き。
左へ戻れる。
僕は先にそこへ。
シリウスの目。
少し。
変わる。
『……』
天狼。
来る。
無拍じゃない。
見える。
僕。
剣。
受けない。
身体。
下げる。
刃。
頭上。
通る。
前。
空いた。
星装。
全身。
右腕。
集中。
剣。
突き出す。
シリウス。
下がる。
でも。
その場所。
分かってた。
左足。
踏む。
さらに。
一歩。
剣先。
シリウスの着物。
肩。
触れる。
ほんの。
一瞬。
「……」
止まる。
金色。
粒子。
空気。
漂う。
シリウス。
自分の肩。
見る。
着物。
一本。
浅い線。
『……入ったね』
「入った?」
『うん』
「やった……!」
足。
力。
抜ける。
床。
座る。
「長かった……」
『十六回なら早いよ』
「十分多いよ!」
ベラトリクスが近づいてくる。
「最後は悪くなかった」
「今日二回目の褒め言葉」
「数えるな」
アンタレスも頷く。
「星装の移動を見せること自体を使ったのは良かったと思います」
「シリウスに全部見られるなら、見せてもいいかなって」
『それ』
シリウスが言う。
「?」
『見られることまで使う』
天狼。
鞘へ。
納める。
『相手を見るだけじゃない。相手が自分の何を見てるかも見る』
「……」
『戦いって、お互いに見てるからね』
僕。
右腕。
金色。
粒子。
少し。
残る。
『星装、面白いね』
「シリウスも使えないの?」
『あれはレグルスのやり方だから』
「魔力で身体を強くするだけなら?」
『できる。でも、あいつみたいに粒子を全身へ巡らせて瞬間的に偏らせるのは俺には向いてなかった』
「シリウスにも向き不向きあるんだ」
『あるよ』
「何でもできそうなのに」
『剣以外は結構普通』
ベラトリクスが鼻で笑う。
「料理は壊滅的じゃったぞ」
『今それ関係ある?』
「魚を焼いて炭にした」
『火が強かったんだよ』
「三回連続で?」
『……次行こうか』
「逃げた」
『十一階』
僕たちは笑いながら階段へ向かった。
十一階。
扉。
開く。
そこにあったのは。
「……魔法陣?」
床。
壁。
天井。
全て。
無数の術式で埋め尽くされていた。
銀。
青。
赤。
白。
線が重なり、円が交差し、見たこともない文字が幾重にも刻まれている。
「気持ち悪くなりそう」
『分かる』
「シリウスでも?」
『最初はね』
ベラトリクスが一歩入る。
「これはアークトゥルスの設計じゃな」
『うん』
「趣味が悪い」
『本人は喜んでたよ』
「じゃろうな」
アンタレスが床へ視線を落とす。
「魔術解析用の訓練室でしょうか」
『正解』
シリウスが中央へ進む。
『十一階は《断理》』
「本気の?」
『本気っていうか、ちゃんと説明する』
「使わせる?」
『無理』
「また即答」
『今の君に複雑な魔法を斬れって言う方が無茶だよ』
「じゃあ見るだけ?」
『半分ね』
シリウスが床の一ヶ所を踏む。
瞬間。
部屋。
光る。
無数の魔法陣。
動き始めた。
魔力。
流れる。
目。
追えない。
「うわ……」
右。
左。
上。
線。
移る。
色。
変わる。
一つの巨大な術式。
部屋全体。
『ソル』
「うん」
『これ、どこを斬れば止まると思う?』
「分かるわけないよ!」
『じゃあ見よう』
「……」
シリウス。
天狼。
抜かない。
ただ。
立つ。
見る。
僕も。
見る。
最初。
全部。
同じ。
光。
でも。
しばらく。
見てると。
魔力。
流れ。
少し。
分かる。
赤。
右。
青。
上。
銀。
中心。
「真ん中に集まってる」
『うん』
「じゃあ中心?」
『斬っても止まるよ』
「正解?」
『でも』
シリウスが中央の巨大な術式を見る。
『一番硬い』
「……」
『大事な場所は守る』
「じゃあ別」
『そう』
「どこ?」
『探して』
「僕も?」
『だから半分』
僕は見る。
中心。
魔力。
集まる。
その前。
どこから?
床。
四方。
壁。
天井。
線。
繋がる。
「……」
魔力。
一番多い。
場所じゃない。
流れ。
集める。
場所。
その前。
「ここ?」
僕は床。
左端。
細い円。
指す。
『理由は?』
「ここから二つに分かれてる」
『うん』
「ここ切ったら、中心に行く魔力減る?」
『半分正解』
「半分?」
シリウスがしゃがむ。
僕が指した場所。
少し。
右。
「こっち?」
『こっち』
「何が違うの?」
『君が指した場所は、二つへ分ける場所』
「うん」
『俺が指したのは、その前』
「前?」
『ここを切れば、そもそも二つへ行かない』
「……」
細い。
本当に。
小さな線。
『魔法は大きければ大きいほど、全部が同じ強さじゃない』
「弱いところがある?」
『ある。というより』
シリウス。
指。
線。
なぞる。
『役割が違う』
「役割」
『集める。流す。変える。維持する。守る』
「……」
『どれが止まれば全部が崩れるか』
シリウスが立つ。
『それを見抜く』
天狼。
抜く。
光。
一瞬。
細い線。
斬る。
音。
ほぼ。
ない。
次。
魔法陣。
一斉。
明滅。
中心。
巨大。
光。
消える。
壁。
天井。
床。
順番。
崩れる。
「……」
昨日。
見た。
簡単な結界。
違う。
今。
部屋全体。
一ヶ所。
それだけ。
止まった。
『三ノ奥義《断理》』
シリウスが天狼を納める。
『魔法を斬るんじゃない』
「魔法が成り立つ理由を斬る」
『そう』
「……」
少し。
分かった。
でも。
「これ、覚えるの何年かかる?」
『分からない』
「シリウスは?」
『最初に魔法を斬ろうと思ってから、まともに使えるまで数年』
「数年……」
『ベラトリクスの術式を初めて斬るまで、さらに時間かかった』
ベラトリクスが腕を組む。
「当然じゃ」
『七十回以上負けたし』
「七十四じゃ」
『まだ言う?』
「妾は勝利を忘れぬ」
「でも最後は斬られたんでしょ?」
僕が言う。
ベラトリクス。
止まる。
「……」
シリウス。
笑う。
『言ったね』
「ソル」
「何?」
「あとで覚えておれ」
「なんで僕!?」
アンタレスが口元を押さえる。
シリウスも笑ってる。
その後。
僕も。
簡単な術式。
一つ。
挑戦することになった。
五階より少し複雑。
線。
三本。
円。
二つ。
魔力。
流れる。
「……」
中心。
違う。
守られてる。
入口。
探す。
一つ。
明るい。
でも。
囮?
別。
薄い。
線。
「これ?」
剣。
木刀。
使う。
『斬って』
振る。
コンッ。
魔法陣。
何も。
「外れ?」
『外れ』
「くそ」
もう一回。
術式。
変わる。
二回。
三回。
五回。
ようやく。
一ヶ所。
見つける。
木刀。
当てる。
魔法陣。
消える。
「できた!」
『それは断理じゃないよ』
「分かってるよ!」
『念のため』
「入口でしょ?」
『うん』
シリウス。
笑う。
『でも、入口には立った』
見る。
見抜く。
魔力。
流れ。
僕の《残響視》とは違う。
あれは残ったものを感じる。
これは。
今。
目の前で起きてるものを読む。
同じじゃない。
『その変な魔力の感覚も、無理に俺のやり方へ寄せなくていいよ』
「分かる?」
『なんとなく』
「僕の力」
『俺には説明できない』
シリウスが少し考える。
『アークトゥルスなら、何か分かるかも』
ベラトリクスが頷く。
「妾もそう思うておる」
『あの爺さん、変な魔法好きだったから』
「本人に言ったら喜びそうじゃな」
『絶対喜ぶ』
四つ目。
最上階。
残る。
十二階へ続く階段の前。
シリウスが止まった。
『休む?』
「大丈夫」
『本当に?』
「うん」
目。
疲れてる。
身体も。
でも。
行きたい。
「最後なんでしょ?」
『塔はね』
「……」
塔は。
その言い方。
少し。
気になる。
でも。
聞かなかった。
階段。
上る。
十一。
十二。
最後の段。
扉。
開く。
風。
吹く。
「……」
そこは。
壁がなかった。
正確には、腰ほどの高さの欄干と柱だけ。十二重塔の最上階。四方が開けていて、皇都が一望できる。
黒い瓦屋根。
朱の橋。
川。
遠く。
山。
さらに先。
空。
広い。
軒先。
小さな金具。
風。
チリン。
チリン。
鳴る。
「すご……」
思わず。
欄干。
近づく。
皇都。
小さい。
人。
点。
昨日。
あそこから。
この塔。
見た。
今。
逆。
「ここ、シリウスが考えたの?」
『最上階は外が見えるようにしてって頼んだ』
「何で?」
『高いところ好きだから』
「理由軽っ」
『景色いいでしょ』
「いいけど」
ベラトリクス。
懐かしそう。
外。
見る。
「昔から高い場所へ登りたがる奴じゃった」
『ベラトリクスも一緒に来てたじゃん』
「妾は付き合わされただけじゃ」
『景色見ながら酒飲んでた』
「……」
「楽しんでるじゃん」
「うるさい!」
シリウスが最上階の中央へ進む。
床。
中央。
小さな星。
銀色。
刻まれてる。
その上。
立つ。
笑顔。
消えない。
でも。
昨日から。
初めて。
少し。
静か。
『ソル』
「うん」
『昨日、聞いたよね』
「何を?」
『俺がベラトリクスと戦えた理由』
「……心眼の理?」
『そう』
シリウスが腰の天狼へ手を置く。
『俺がベラトリクスと戦えた理由、何だと思う?』
「天狼?」
『違う』
「じゃあ、天断?」
『それも違う』
「……」
シリウス。
自分。
目。
指す。
『これだよ』
風。
吹く。
黒髪。
揺れる。
『俺はあいつより速かったわけじゃない』
ベラトリクス。
見る。
『あいつより強かったわけでもない』
「……」
『ただ――あいつが動く前から、俺はあいつを見てた』
昨日。
ベラトリクス。
言った。
未来が見えてた?
違う。
「未来が見えておったのではない」
ベラトリクスが静かに言う。
「見すぎておったのじゃ」
シリウスが苦笑した。
『やっぱりその言い方気持ち悪いなあ』
「事実じゃ」
『でも』
僕。
見る。
『技なら見せられる』
「うん」
『型なら教えられる』
「うん」
『でも、これだけは俺から君に渡せない』
「心眼の理?」
『そう』
シリウスが目を閉じる。
『理だけ教える』
ゆっくり。
開く。
『できるようになるかどうかは――君次第だ』
「……」
『俺の記憶を君に渡しても意味がない』
「自分で経験しないと」
『うん』
『見る』
一本。
指。
『見抜く』
二本。
『先を見る』
三本。
『何度も間違えて、何度も外して、何度も痛い目見て』
「今日だけでも結構見た」
『まだ足りない』
「やっぱり?」
『全然』
笑う。
でも。
嫌じゃない。
「分かった」
『いい返事』
「じゃあ」
僕。
天狼。
見る。
「最後」
シリウスの目。
僅か。
変わる。
『見たい?』
「うん」
四ノ奥義。
《天断》。
シリウスはベラトリクスを見る。
『いい?』
「妾に聞くな」
『一応』
「見せてやれ」
『ありがとう』
「ただし」
「?」
ベラトリクス。
シリウス。
真っ直ぐ。
見る。
「半端なものを見せるなよ」
一瞬。
シリウス。
笑顔。
消える。
『もちろん』
空気。
変わった。
これまで。
違う。
無拍。
静か。
流星。
流れ。
断理。
見抜く。
でも。
今。
何も。
してない。
ただ。
立ってる。
それだけ。
なのに。
息。
しづらい。
アンタレスも表情を変えた。
「……」
塔。
魔力。
動く。
床。
銀色。
星。
光る。
柱。
屋根。
十二層。
全部。
震える。
最上階の外。
空。
目の前。
巨大な魔法陣。
展開。
一枚。
二枚。
三枚。
増える。
七枚。
十枚。
何重。
分からない。
巨大。
防御結界。
塔に残された魔力。
「これを?」
『斬る』
シリウス。
天狼。
抜く。
ゆっくり。
刀身。
銀。
光。
でも。
すぐ。
振らない。
見る。
ただ。
見る。
結界。
魔力。
流れる。
何重。
動く。
術式。
変わる。
一枚。
別。
守る。
さらに。
その奥。
「……」
僕には。
分からない。
でも。
シリウスの目。
動く。
右。
左。
上。
中心。
呼吸。
静か。
一秒。
二秒。
長い。
今まで。
一番。
長い。
「天断って」
僕が小さく聞く。
「すぐ斬らないんだ」
ベラトリクスが答える。
「当然じゃ」
「?」
「見えぬものは斬れぬ」
「……」
シリウス。
まだ。
見る。
『……ここ』
小さな声。
天狼。
魔力。
集まる。
刀身。
銀色。
細く。
強く。
光。
でも。
溢れない。
一点。
刃。
沿う。
天狼。
魔力を外へ放つ刀。
圧縮。
される。
シリウス。
一歩。
踏む。
大きくない。
普通。
一歩。
天狼。
振る。
音。
なかった。
眩しい。
光も。
爆発も。
ない。
ただ。
銀色。
一本。
線。
空。
走る。
巨大な結界。
止まる。
「……?」
何も。
起こらない。
僕。
思わず。
「外れ――」
カチン。
天狼。
鞘。
収まる。
次。
瞬間。
結界。
中央。
一本。
線。
生まれる。
一枚目。
割れる。
二枚目。
三枚目。
でも。
ただ真っ二つじゃない。
線。
通った場所から。
術式。
崩れる。
魔力。
流れ。
切れる。
守っていた結界。
自分。
維持。
できなくなる。
七。
八。
九。
全部。
連鎖。
崩壊。
巨大。
光。
粒。
空。
散る。
朝日。
中。
銀。
雪。
みたい。
降る。
「……」
声。
出ない。
シリウス。
立ってる。
天狼。
鞘。
中。
何も。
してない。
みたい。
『四ノ奥義』
静か。
声。
『《天断》』
「……これが」
『うん』
「何を斬ったの?」
『結界』
「でも断理と」
『似てるよ』
「同じ?」
『違う』
シリウスが空を見る。
『断理は、相手の理を見抜いて崩す』
「うん」
『天断は』
自分。
天狼。
柄。
触れる。
『見たもの全部を、一太刀へ集める』
「全部」
『相手の動き。魔力。構造。守り。逃げ道。間合い』
一つ。
一つ。
『全部見て』
『全部見抜いて』
『その先まで読んで』
僕。
見る。
『一番必要な一線だけを斬る』
「……」
『だから』
シリウスが笑う。
『見えないものは斬れない』
「何でも斬れる技じゃない?」
『そんな技ないよ』
「伝説だとありそう」
『五百年後なら書かれてそうだね』
「絶対ある」
ベラトリクスが鼻を鳴らす。
「この国の者なら『天をも断った』くらい書いておるのではないか」
『盛りすぎだよ』
アンタレスが静かに言う。
「一階の土産物屋に《天断せんべい》がありました」
『……』
シリウス。
固まる。
「食べれば天を断てるらしいぞ」
『帰りに買おう』
「欲しいんだ」
やっぱり。
シリウス。
笑う。
僕も。
笑った。
その時。
ゴォン。
塔。
低い。
音。
響いた。
「……?」
床。
銀。
星。
強く。
光。
十二階。
柱。
光。
伝う。
下。
十一。
十。
九。
塔。
全体。
動く。
ベラトリクス。
表情。
変わる。
「来るぞ」
「何が?」
アンタレスがすぐにベラトリクスの隣へ立つ。
「陛下」
「分かっておる」
塔。
魔力。
下。
流れる。
地中。
さらに。
どこか。
そして。
ベラトリクス。
足元。
黒。
魔法陣。
浮かぶ。
「ベラトリクス!」
「騒ぐな」
「でも」
「レグルスの塔と同じじゃ」
鎖。
音。
頭。
中。
一瞬。
聞こえた。
ガチャン。
何か。
外れる。
ベラトリクスの身体。
黒い魔力。
溢れる。
昨日までより。
明らか。
濃い。
風。
強い。
髪。
舞う。
赤い瞳。
光。
「……」
でも。
数秒。
収まる。
「増えた?」
僕。
聞く。
ベラトリクス。
手。
握る。
開く。
「僅かにな」
「どのくらい?」
「以前よりはましじゃ」
「分かりにくい」
「妾にも正確には分からぬ」
アンタレスが魔力を感じ取る。
「レグルスの塔の時より、戻った量は少ないようですね」
「妾の封印へ回った分が多いのであろう」
「封印」
災厄。
ベラトリクス。
中。
核。
塔。
力。
戻す。
同時。
封じる。
「……」
全部。
繋がってる。
シリウスの塔。
目覚めた。
その瞬間。
『よし』
声。
僕。
振り返る。
「シリウス?」
薄い。
さっきより。
明らか。
透けてる。
『ちゃんと動いた』
「……」
ベラトリクス。
黙る。
シリウス。
自分。
手。
見る。
光。
向こう。
景色。
透ける。
『これで俺の塔は終わり』
「終わりって」
『役目』
「シリウスは?」
『俺も』
「……」
『残響だからね』
分かってた。
昨日。
最初。
レグルス。
同じ。
魔力。
記憶。
人格。
残ったもの。
本人。
違う。
それでも。
嫌。
「まだ聞きたいことある」
『あるだろうね』
「奥義も」
『教えた』
「形だけ」
『十分』
「剣も」
『基礎から』
「心眼の理も」
『理は教えた』
「……」
シリウス。
笑う。
『あとは君がやる』
「ずるい」
『何が?』
「全部途中で終わる」
『剣ってそういうものでしょ』
「……」
『師匠から全部教えてもらって完成する人なんていないよ』
五百年前。
天星一刀流。
師匠。
免許皆伝。
貰えなかった。
自分の剣で行け。
「シリウスも?」
『うん』
「師匠に途中で放り出された?」
『言い方』
少し。
笑う。
『でも、似てるかもね』
シリウス。
僕。
見る。
『ソル』
「うん」
『レグルスの力を使っていい』
胸。
金。
光。
もう。
消えてる。
『俺の教えも使っていい』
「うん」
『ガイルって人に習ったことも』
「うん」
『ベラトリクスも、アンタレスも』
「……」
ベラトリクス。
「妾をついでのように言うな」
『今いいところだから』
「何じゃと」
シリウス。
笑う。
また。
僕。
見る。
『でも』
声。
静か。
『全部混ぜて、誰かの真似になる必要はない』
「……」
『君は君の身体で戦う』
「うん」
『君の目で見る』
「うん」
『君の剣を作ればいい』
風。
吹く。
シリウス。
輪郭。
揺れる。
『俺の真似も、レグルスの真似もしなくていい』
「でも今の僕、剣の使い方ほとんどシリウスに習ったよ」
『最初は真似でいいよ』
「どっち?」
『基礎は真似る』
笑う。
『最後は捨てる』
「天星一刀流の師匠に怒られそう」
『俺も怒られた』
「免許皆伝もらえなかった」
『それは言わなくていい』
ベラトリクスが小さく笑う。
「五百年後まで残るとは思っておらなんだろうな」
『本当にね』
一瞬。
静か。
シリウス。
ベラトリクス。
見る。
『ベラトリクス』
「何じゃ」
『久しぶり』
「遅いわ」
『ごめん』
「……」
『レグルスも』
ベラトリクス。
目。
僅か。
揺れる。
『アルデバランも。アークトゥルスも。ルナも』
声。
少し。
遠い。
『誰も君を忘れてない』
「……」
『俺たちが駄目だったから、五百年待たせた』
「違う」
ベラトリクス。
すぐ。
言う。
「それは違う」
『でも』
「妾が選んだ」
『……』
「お主らは最後まで戻ろうとしておった」
シリウス。
目。
少し。
細くなる。
「レグルスから聞いた」
『そっか』
「ああ」
『なら』
笑う。
いつもの。
爽やか。
笑顔。
『よかった』
「何がじゃ」
『君が知れたこと』
「……」
ベラトリクス。
何も。
言わない。
風。
吹く。
髪。
顔。
隠す。
シリウス。
それ以上。
言わない。
代わり。
僕。
見る。
『そうだ』
「?」
『まだ終わりじゃなかった』
「何?」
『行ってほしい場所がある』
「どこ?」
『俺の家』
「家?」
『昔住んでた家。皇都から少し北へ行ったところ』
ベラトリクスが眉を上げる。
「まだ残っておるのか?」
『残ってる』
「分かるの?」
『塔が目覚めたから、少しだけ繋がった』
シリウスが指。
北。
示す。
『山の麓。竹林を抜けた先に、一軒だけ古い家がある』
「そこに何があるの?」
シリウス。
笑う。
『行けば分かる』
「またそれ!」
『楽しみ減るでしょ』
「昨日からずっとそれだよ」
『最後くらいいいじゃん』
「……」
最後。
言葉。
重い。
シリウス。
少し。
透ける。
『地下がある』
「地下?」
『家の奥。刀を飾ってた部屋の床』
「何がある?」
『だから行けば分かるって』
ベラトリクスが目を細める。
「まさか」
『ベラトリクスは黙ってて』
「妾はまだ何も言っておらぬ」
『顔が言ってる』
「妾の顔を読むな」
『昔から見てるから』
「気持ち悪い」
『褒めてる?』
「悪口じゃ」
昨日。
同じ。
やり取り。
僕。
笑う。
でも。
胸。
少し。
痛い。
シリウス。
足。
もう。
ほとんど。
光。
『それと』
「まだある?」
『その家で、もし見つけたら』
「何を?」
少し。
間。
『持っていっていい』
「だから何を?」
『それも見れば分かる』
「最後までそれ!?」
『見る修行したでしょ』
「そういう意味じゃない!」
シリウス。
楽しそう。
笑う。
『あと』
「うん」
『それを持っていくなら、会ってほしい奴がいる』
「誰?」
『刀を打った人』
「……五百年前の?」
『うん』
「生きてるの?」
シリウス。
少し。
考える。
『ドワーフだから、たぶん』
「たぶん!?」
アンタレスが呟く。
「可能性はありますね」
「五百年だよ?」
「長命な種族ですから」
ベラトリクスも頷く。
「奴なら生きていても妾は驚かぬ」
「みんな基準おかしくない?」
シリウスが笑う。
『カグラを出て二日くらい。山の麓に工房がある』
「そんな遠いの?」
『刀持ってくなら行って』
「まだ何の刀か知らないんだけど」
『それでいい』
シリウス。
少し。
真面目。
なる。
『もし会えたら』
「うん」
『一つ、伝えてほしい』
僕。
顔。
上げる。
シリウスの表情。
今まで。
違う。
刀。
好き。
強い相手。
好き。
いつも。
笑ってる。
そんな男が。
天狼。
柄。
ゆっくり。
触れる。
『天狼は、最後まで折れなかった』
「……」
『俺の剣についてこられたのは、あいつだけだった』
銀色。
刀。
見る。
『ありがとうって』
「……それだけ?」
『うん』
「名前は?」
『行けば分かる』
「また?」
『その方が面白いから』
「伝言頼む人の名前くらい教えてよ!」
『明星を見せれば向こうから分かるよ』
「……」
止まる。
「今」
『あ』
ベラトリクス。
額。
手。
「馬鹿者」
アンタレス。
静か。
「明星、と仰いましたね」
『言ったね』
「それ」
僕。
聞く。
「刀の名前?」
シリウス。
苦笑。
『まあ』
「家にある?」
『……』
「あるんだ」
『見る力上がったね』
「今のは普通に分かるよ!」
シリウスが笑う。
大きく。
『じゃあ』
光。
身体。
崩れる。
「シリウス」
『ソル』
「うん」
『最後に一個だけ』
「何?」
『その刀を手にしても』
「……」
『俺の剣を振るな』
「え?」
『俺の教えを使っていい』
笑顔。
柔らかい。
『でも――その刀を振る時だけは、誰の真似もするな』
風。
光。
散る。
「……」
『君の剣にして』
声。
薄い。
ベラトリクス。
見る。
『じゃあね』
「軽いなあ」
『俺だから』
「……うん」
アンタレス。
一歩。
前。
「シリウス殿」
『何?』
「昨夜の件は」
『まだ言うの?』
「次に会った時に」
『残響に次あるかな』
「では、五百年後でも」
シリウス。
少し。
目。
丸く。
そして。
笑う。
『怖いなあ』
ベラトリクス。
腕。
組む。
「シリウス」
『うん』
「またな」
シリウス。
止まる。
ほんの。
一瞬。
『……うん』
光。
散る。
銀。
粒。
風。
乗る。
十二重塔。
外。
朝。
空。
消える。
誰も。
しばらく。
話さなかった。
チリン。
軒先。
音。
一つ。
鳴る。
僕。
シリウスが立っていた場所。
見る。
もう。
いない。
「……またな、か」
僕が言う。
ベラトリクス。
外。
見たまま。
「別におかしくはなかろう」
「残響なのに?」
「五百年後に会えた」
「……」
「なら、もう五百年後に会わぬと誰が決めた」
「すごい理屈」
「妾じゃからな」
アンタレスが小さく笑う。
「陛下らしいと思います」
「褒めておるか?」
「もちろんです」
「怪しいのう」
僕は腰の剣へ手を置いた。
リュネ。
買った。
普通。
剣。
そして。
シリウス。
最後。
言った。
明星。
家。
地下。
「行こう」
「どこへじゃ」
「シリウスの家」
ベラトリクスが僕を見る。
「今からか?」
「駄目?」
「まず塔を下りよ」
「あ」
「十二階から飛び降りるつもりか」
「星装ならいけるかな」
「やめてください」
アンタレス。
即答。
「死にます」
「冗談だよ」
「あなたの場合、試しかねません」
「そんな信用ない?」
「昨日、白い化け物へ真っ先に突っ込んだ者が何を申しておる」
ベラトリクス。
言う。
「……」
反論。
できない。
僕たちは階段へ向かう。
一段。
下る前。
僕。
振り返った。
空。
皇都。
遠く。
山。
シリウス。
いない。
でも。
教わったもの。
残ってる。
肩を見る。
足を見る。
違う。
相手を見る。
必要なものを拾う。
見えたものを疑う。
理由を見る。
次を読む。
決めつけない。
外れたら。
また見る。
《心眼の理》。
僕に移された力じゃない。
魔法でもない。
だから。
今日。
できたこと。
明日。
できないかもしれない。
実戦なら間違える。
何度も。
それでも。
いい。
『自分で見て、自分で間違えて、自分で覚える』
シリウス。
言った。
僕は階段を下りる。
十二重塔。
剣聖の塔。
現代では、十二の奥義を残した英雄の塔。
でも。
本当は。
四つ。
そして。
その四つより。
ずっと大切なもの。
僕。
教わった。
見る。
見抜く。
その先を見る。
まだ。
入口。
そして。
もう一つ。
剣聖シリウスが五百年前に残したもの。
《明星》。
その名前が。
今度は僕を。
塔の外へ。
呼んでいた。




