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その先を見る

第21話 その先を見る

七階へ足を踏み入れると、最初に目に入ったのは床だった。

広い板張りの空間。その床一面に、無数の印が刻まれている。丸、三角、短い線。大きさも向きもばらばらで、遠くから見ると無数の足跡が残っているようにも見えた。

「……何これ」

『足場』

シリウスはそれだけ言うと、部屋の中央へ歩いていった。

「足場?」

『そう。そこに丸い印があるでしょ』

「うん」

『立って』

言われた通り、僕は一番手前の丸印へ移動する。シリウスは僕から十歩ほど離れた場所で立ち止まった。

『ここからは、俺に触れたら合格』

「触れる?」

『木刀でも手でもいいよ』

「攻撃してくる?」

『する』

「やっぱり」

僕は腰の剣へ手を伸ばす。

『あ、それは使わない』

「じゃあ木刀?」

『それもいらない』

「素手!?」

『今日は斬る練習じゃないから』

シリウスは笑いながら自分の木刀を構えた。

「僕だけ武器なし?」

『星装もなし』

「さらに!?」

「諦めよ」

後ろからベラトリクスの声。

振り返ると、ベラトリクスとアンタレスは入口近くの壁へ寄りかかっていた。

「また見てるだけ?」

「妾が参加したら修行にならぬであろう」

「アンタレスは?」

「同じく」

「味方がいない」

『俺がいるって』

「殴る側でしょ」

『教える側』

「同じだよ」

シリウスが楽しそうに木刀を肩へ乗せる。

『じゃあ説明するね。床の印だけを踏んで俺のところまで来る』

「印から出たら?」

『最初から』

「攻撃に当たったら?」

『最初から』

「シリウスに触れたら?」

『合格』

「分かった」

『本当に?』

「多分」

『じゃあ始めよう』

僕は一歩目を踏み出した。

丸。

次は右前の三角。

シリウスは動かない。

さらに線。

次の丸。

「……」

木刀。

動く。

右から来る。

僕は左前の三角へ飛んだ。

バシッ。

「痛っ!」

背中。

『最初から』

「今、右から来るように見えた!」

『見せたからね』

「またフェイント!?」

『五階で何を習ったの』

「見抜く!」

『じゃあ見抜いて』

「簡単に言うなあ!」

最初の丸へ戻る。

二回目。

三回目。

四回目。

結果は全部同じだった。

僕が次の印へ移ろうとした瞬間、シリウスの木刀が飛んでくる。避ければ床の印から外れる。印を守れば当たる。

「これ無理じゃない?」

『無理じゃないよ』

「逃げる場所が決められてるんだよ?」

『だからだよ』

「?」

シリウスが木刀の先で床を指した。

『君が次に行ける場所は限られてる』

「うん」

『俺もそれを知ってる』

「それ、シリウスが有利なだけじゃん」

『君も俺が何を狙うか考えやすい』

「……あ」

『選択肢が少ないなら、次を読むのは簡単になる』

シリウスは木刀を下ろした。

『先を見るっていうのは未来を見ることじゃない』

「未来予知じゃないって言ってたね」

『うん。そんな便利なものじゃないよ』

シリウスが右足を少し前へ出す。

『今まで見た情報を繋げて、次に起こる可能性が高いものを読む』

「情報を繋げる」

『例えば今の俺』

肩。

足。

腰。

木刀。

『右足が前。重心は少し右。木刀は左側へ振りやすい位置』

「じゃあ左から来る?」

『可能性は高い』

「でもフェイントかもしれない」

『そう』

「結局分かんないじゃん」

『一個しか見てないからね』

「……」

まただ。

見る。

見抜く。

その先。

『俺がさっき四回、君を叩いた』

「うん」

『どんな時だった?』

「僕が次の印へ動いた時」

『どこを狙った?』

考える。

一回目。

背中。

二回目。

肩。

三回目。

腰。

四回目。

腕。

でも。

「全部、移動した後に僕がいる場所」

『そう』

「……あ」

シリウスが笑う。

『俺も君の次を読んでる』

「僕がどこに行くか分かるから」

『うん』

床を見る。

今いる丸。

次に踏める印は三つ。

右前。

左前。

正面。

どれを選ぶか。

シリウスは僕を見ている。

「じゃあ、シリウスが僕の次を読むなら」

『うん』

「僕は、そのシリウスの次を読む?」

笑顔が少し深くなる。

『やっと七階の入口』

「入口ばっかりだなあ」

『まだ一日目だからね』

もう一度。

構える。

今度はすぐ動かない。

シリウスを見る。

右足。

重心。

木刀。

僕。

次に踏める場所。

右。

左。

正面。

右へ行けば。

シリウスは?

肩。

少し左へ開いている。

僕が右前へ行った場合、そのまま木刀を横へ振れば届く。

左なら?

一歩必要。

正面なら?

近すぎる。

「……」

僕は左前へ動いた。

シリウスの右足が動く。

来る。

木刀。

左肩。

僕は次の丸へ移る。

バシッ。

「痛っ!」

腕。

『惜しい』

「今の惜しい?」

『一個先までは読めてた』

「一個先」

『でも、そこで止まった』

「……」

僕が左へ行く。

シリウスが追う。

そこまでは読んだ。

でも。

その次。

シリウスがどこを狙うか。

そこまで考えてなかった。

「もう一回」

『いいよ』

繰り返す。

最初は一手。

次に二手。

シリウスが僕の動きを読む。

僕がそれを読む。

でもシリウスはさらに変える。

十回。

二十回。

いつの間にか床の印を見る時間が減っていた。

道を覚えたからじゃない。

足元だけを見るとシリウスを見失う。

シリウスだけを見ると踏み外す。

だから。

両方。

見る。

全部を一つずつ考えるんじゃなく、視界へ入れる。

「……」

右。

シリウスの肩。

動く。

でも木刀は来ない。

フェイント。

僕は止まらない。

次。

正面。

シリウスの重心が下がる。

踏み込む。

僕はその前に左へ。

木刀。

空を切る。

「よし!」

『喜ぶの早いよ』

「え?」

シリウスの左足。

踏み替え。

木刀が戻る。

来る。

避ける場所。

右後ろ。

違う。

そこはさっき通った。

戻れば読まれる。

前。

丸。

一つ。

「ここ!」

踏み込む。

木刀が僕の背後を通る。

シリウス。

近い。

手を伸ばす。

「届――」

シリウスが半歩下がる。

「っ!」

指先。

届かない。

『惜しい』

「あとちょっとだった!」

『今のはかなり良かったよ』

「もう一回!」

『休まない?』

「今ならいけそう」

シリウスが少しだけ笑う。

『その感覚、大事にした方がいいね』

「?」

『考えてるのに、考えすぎてない』

「……」

確かに。

さっきまで。

右足。

肩。

木刀。

一つ一つ言葉にしてた。

今は違う。

見えたものが。

なんとなく。

繋がる。

『じゃあ、もう一回』

「うん」

開始。

一歩。

二歩。

シリウス。

動く。

右。

僕。

左。

木刀。

来る。

避ける。

次。

シリウス。

一歩。

でも。

その前。

呼吸。

止まる。

昨日。

四階。

見た。

「来る」

僕は先に身体を沈めた。

頭上。

木刀。

通過。

正面。

空いた。

踏む。

シリウスが下がる。

でも。

右足。

床。

向き。

次。

左へ逃げる。

「……!」

僕はシリウスが動く前に左へ踏み込んだ。

『へえ』

シリウス。

想定していた場所。

来る。

僕。

手。

伸ばす。

肩。

指。

触れた。

「……」

シリウスも止まる。

僕も。

「触った?」

『触ったね』

「やった!」

思わず拳を握る。

『七階、合格』

「よっしゃ!」

その場に座り込む。

息。

切れてる。

別に全力で走ったわけじゃない。

なのに疲れる。

アンタレスが近づいてくる。

「お疲れ様です」

「ありがとう」

水を受け取る。

ベラトリクスも僕の隣へ来た。

「最後の一歩は悪くなかったぞ」

「珍しく褒めた」

「妾はいつも褒めておる」

「嘘」

「何じゃと」

シリウスが床の印を眺めながら言う。

『今のが“先を見る”の一番簡単な形』

「簡単?」

『床が決まってたからね』

「これで簡単なの?」

『実戦じゃ足場も相手も数も変わる』

「……」

『敵が一人とも限らない』

「それは無理そう」

『今はね』

「今は?」

シリウスが八階への階段を見る。

『じゃあ、少し休んだら次へ行こう』

「嫌な予感する」

『当たり』

八階。

そこは七階より広かった。

中央へ立った瞬間、壁際にあった人型の木偶が動き始める。

一体。

二体。

三体。

最終的に八体。

「……増えた」

『敵が一人とは限らないって言ったでしょ』

「言った直後にやる!?」

『分かりやすいかなって』

八体の木偶が僕を囲む。

それぞれ手に木刀。

「星装は?」

『まだ駄目』

「剣は?」

『使っていいよ』

「やっと!」

腰の剣を抜く。

リュネで買った普通の一振り。

僕が初めて自分のお金で買った剣。

構える。

『倒さなくていい』

「じゃあ?」

『三十秒』

「三十秒?」

『一度もまともに攻撃を受けずに残って』

「八体相手に?」

『うん』

「無理」

『始めるよ』

「待って!」

木偶。

動く。

「本当に始めた!」

一体目。

正面。

右から二体目。

後ろ。

三体目。

剣。

受ける。

ガンッ。

右。

来る。

避ける。

左。

木刀。

肩。

バシッ。

「痛っ!」

『四秒』

「早い!」

最初から。

二回目。

六秒。

三回目。

五秒。

四回目。

九秒。

「増えない!」

『目の前の攻撃だけ追ってるから』

「八体いるんだよ!」

『だから全部を一つずつ見たら間に合わない』

「じゃあどうするの」

シリウスが木偶の間を歩く。

『位置を見る』

「位置?」

『八体全部が同時に攻撃できると思う?』

周囲を見る。

「……無理?」

『そう。近すぎたら味方同士で邪魔になる』

「じゃあ実際に攻撃できるのは」

『今なら三体くらい』

「三体でも多いけど」

『八よりいいでしょ』

確かに。

『あと、攻撃した直後の相手はすぐ次を出せない』

「うん」

『大きく踏み込んだ相手は、戻るまで少し遅れる』

「それも見る」

『そう』

シリウスが僕の剣を指す。

『そして、自分の攻撃も使う』

「倒さなくていいんでしょ?」

『倒すためじゃない』

「じゃあ?」

『相手を動かすため』

「……」

『斬ろうとすれば避ける。受ける。距離を取る』

シリウスは木偶の一体を軽く押す。

『君が相手の次を読めるなら』

一体。

位置。

ずれる。

『自分の攻撃で、その次を作ることもできる』

「自分で?」

『戦いは相手の動きを待つだけじゃないよ』

僕は剣を見る。

今まで。

来た攻撃を見る。

避ける。

受ける。

そればっかりだった。

「もう一回」

『どうぞ』

五回目。

正面。

一体。

右。

二体。

後ろ。

一体。

まず正面。

剣。

振る。

木偶。

受ける。

止まる。

その隙。

左へ。

右の二体。

重なる。

一体が邪魔になる。

「……」

後ろ。

来る。

肩。

見る。

先に半歩。

避ける。

九秒。

十二秒。

十七秒。

バシッ。

「痛っ!」

『十七』

「伸びた!」

『うん』

もう一回。

二十一秒。

次。

二十三。

二十七。

そして。

何度目か。

「……」

木偶。

八。

でも。

全部を敵だと思わない。

今。

来る。

三。

その次。

二。

正面を斬る。

受ける。

右へ押す。

道。

狭くなる。

左。

来る。

避ける。

後ろ。

まだ。

足。

戻ってない。

次。

前。

肩。

動く前。

僕。

横。

一歩。

二十四。

二十五。

右。

木刀。

剣で逸らす。

二十六。

左。

一体。

踏み込み。

大きい。

僕は後ろへ下がらず前へ。

相手。

横。

抜ける。

二十八。

二十九。

「あと――」

木偶の木刀が頬の横を通る。

避ける。

鐘。

鳴る。

『三十秒』

「……」

止まった。

八体。

木偶。

その場。

止まる。

「……できた」

『できたね』

僕は剣を下ろした。

「疲れた……」

『でも、さっきより周り見えてた』

「少しだけ」

『それでいい』

ベラトリクスが腕を組んでいる。

「まだ戦場で使えるほどではないがな」

「分かってるよ」

「ならよい」

アンタレスは床を見る。

「陛下」

「何じゃ」

「少し楽しそうですね」

「妾が?」

「はい」

「気のせいじゃ」

僕も見る。

「楽しそう」

「気のせいじゃ!」

シリウスが笑う。

『昔思い出してるんじゃない?』

「黙れ」

『俺たちもこういうのやったよね』

「やっておらぬ」

『やったよ。アルデバランを敵役にして』

アンタレスが少し驚く。

「アルデバラン殿を?」

『あの人、全然倒れないから練習にちょうどよかったんだよ』

「本人の許可は?」

『あったと思う』

ベラトリクス。

「なかった時もある」

『あった時もある』

「最低だ……」

少し休んで。

九階。

扉を開けた瞬間。

空気。

変わる。

広い。

四角い部屋。

何もない。

でも。

シリウスが中央へ進む。

『ここは俺がやる』

「試練じゃない?」

『見せる階』

「何を?」

シリウスが天狼へ手を置く。

その瞬間。

床。

銀色。

魔法陣。

広がる。

一体。

二体。

十体。

光で作られた人型が現れた。

さらに。

二十。

「多っ」

『さっき君がやったことの先』

「八体の?」

『そう』

シリウスは笑う。

『よく見てて』

天狼。

抜く。

一体目。

斬る。

銀。

光。

散る。

でも。

止まらない。

その斬撃の勢いのまま身体を回し、二体目。

踏み込み。

三体目。

刀。

返す。

四体目。

「……」

速い。

でも。

無拍。

違う。

見える。

だからこそ。

異常。

一回。

斬る。

その場所。

もう。

次の攻撃に一番いい位置。

次。

斬る。

また。

次。

敵がシリウスを囲もうとする。

でも。

囲めない。

シリウス自身が動くたび、敵の配置が崩れる。

一体を斬る。

その身体を盾にして二体目の進路を塞ぐ。

三体目が避けた先。

もう。

シリウスがいる。

「……先にいる」

僕。

呟く。

アンタレスが隣で頷く。

「相手がそこへ動くと分かっているのでしょう」

斬撃。

連なる。

天狼から銀色の魔力が細く放たれ、少し離れた敵まで切り裂く。

一撃。

二撃。

三撃。

途切れない。

走ってるわけじゃない。

暴れてるわけでもない。

なのに。

ずっと。

一番いい場所。

いる。

二十体。

残り。

十。

五。

二。

最後。

一閃。

光。

消える。

静寂。

シリウス。

立つ。

天狼。

血。

ない。

銀色。

光だけ。

刀。

振る。

そして。

鞘へ。

カチン。

「……」

僕。

言葉。

出ない。

『二ノ奥義』

シリウスが振り返る。

『連閃・流星』

「これが……流星」

『うん』

「何回斬った?」

『数えてない』

「二十体いたよ?」

『いたね』

ベラトリクスが鼻を鳴らす。

「こやつは昔から、敵が多い方が動きやすいなどと意味の分からぬことを申しておった」

『だって相手が多いと選択肢も増えるから』

「普通逆じゃない?」

僕が言う。

『普通はね』

「自分で言うんだ」

シリウスは天狼を軽く叩いた。

『流星は、ただの連続攻撃じゃない』

「うん」

見て。

分かった。

『一撃目で二撃目を作る』

一歩。

『二撃目で三撃目の位置へ行く』

さらに一歩。

『相手の動きも、地形も、自分の斬撃も全部使って次へ繋ぐ』

「だから止まらない?」

『そう』

「最初から二十手先まで考えてるの?」

『まさか』

「え?」

『そんなの無理だよ』

「じゃあどうやって」

シリウスが僕を見る。

『一つ先』

「一つ?」

『慣れたら二つ』

指。

二本。

『状況によっては三つ』

「それだけ?」

『それをずっと更新する』

「……」

『未来を決めつけない』

「どういうこと?」

『相手は生きてるからね。予想と違うこともする』

シリウスはさっき敵がいた場所を見る。

『だから“一秒後は絶対こうなる”って思った瞬間、見えなくなる』

「読むのに、決めつけない?」

『そう』

「難しい」

『難しいよ』

シリウスは笑った。

『先を見るって、未来を当てることじゃない』

「じゃあ」

『次に起こりそうなことをいくつも持っておく』

「いくつも」

『一番ありそうなものを選ぶ。でも外れたらすぐ捨てる』

「……」

『見る。見抜く。読む。外れたら、また見る』

全部。

繋がる。

シリウスが戦っていた時。

ずっと。

これ。

やってた。

敵。

剣。

魔法。

地面。

味方。

全部。

見ながら。

「頭疲れない?」

『最初は死ぬほど』

「やっぱり」

『今の君みたいに、終わったら何も考えたくなくなる』

「シリウスも?」

『もちろん』

ベラトリクスが笑う。

「戦いの後、飯を食いながら寝ておったこともあったぞ」

『それ言わなくていいでしょ』

「顔から皿に突っ込んでな」

「見たい」

『見なくていい』

アンタレス。

「私も見たかったですね」

『アンタレスまで?』

少し笑う。

でも。

僕はさっきの流星が頭から離れなかった。

「シリウス」

『何?』

「僕も流星を覚えられる?」

少し。

間。

シリウス。

僕。

見る。

『今は無理』

「やっぱり」

『でも』

腰。

僕の剣。

見る。

『形だけなら教えられる』

「形?」

『足運び。刀の返し方。次へ繋ぐ基本』

「それなら?」

『できる』

「教えて」

即答した。

シリウスは少し驚いた顔をしてから笑う。

『いいよ』

「やった」

『ただし』

「?」

『流星そのものを真似しようとしないで』

「何で?」

『さっきも言ったでしょ。俺と君は身体が違う』

「……」

『俺の歩幅。俺の腕。俺の癖。全部君とは違う』

天狼。

見る。

『それに、君には俺になかったものがある』

「星装?」

『うん』

胸。

レグルス。

金色。

『レグルスの力を使っていい』

シリウスは僕を見る。

『俺の教えも使っていい』

「うん」

『でも、それを混ぜて俺の偽物になるのは違う』

「……」

『君が使いやすい形へ変えていい』

「天星一刀流の師匠に怒られたみたいに?」

『そうそう』

笑う。

『ただし、基礎覚えてからね』

「そこは絶対なんだ」

『絶対』

その言葉。

師匠。

シリウス。

五百年前。

続いてる。

「分かった」

『よし』

シリウスが十階への階段を見る。

『じゃあ今日はここまで』

「え?」

『もう夕方』

窓。

見る。

外。

空。

赤。

本当だ。

「塔の中にいると分かんない」

『上は明日でいいよ』

「シリウス消えない?」

『塔に残ってる魔力があるうちは』

「……」

残響。

やっぱり。

永遠。

ない。

レグルス。

思い出す。

少し。

胸。

重くなる。

シリウスはそれに気づいたのか、少しだけ笑った。

『そんな顔しなくていいよ』

「してない」

『してる』

「……」

『俺は俺じゃない』

「分かってる」

『残った記憶と魔力。それだけ』

「うん」

『だから、使えるうちに使って』

「言い方」

『もったいないでしょ』

「シリウスらしいね」

『そう?』

ベラトリクスが小さく笑う。

「本人も似たようなことを言う男じゃったよ」

シリウスが振り返る。

『じゃあ、明日』

「うん」

『十階から』

僕は階段を見る。

あと。

三階。

十。

十一。

十二。

心眼の理。

見る。

見抜く。

その先を見る。

今日だけで。

全部できるようになったわけじゃない。

むしろ。

できないこと。

増えた。

でも。

それでいい。

ガイルが言った。

一つずつでいい。

そのうち見えるものが増える。

今。

少しだけ。

意味。

分かる。

塔を下りる途中、三階の十二奥義の展示を通った。

僕は壁へ並んだ十二の名前を見る。

本物。

四つ。

無拍。

流星。

断理。

天断。

そのうち。

二つ。

見た。

「……あと二つ」

僕が呟く。

前を歩いていたシリウスが振り返る。

『気になる?』

「気になる」

『断理は少し見せたけどね』

「本気のやつじゃないでしょ?」

『まあね』

「天断は?」

シリウスが一瞬だけ黙った。

「?」

『明日』

「見せてくれる?」

『君次第かな』

「またそれ」

『最上階まで来られたら』

笑う。

でも。

さっきまでと少し違う。

天断。

その名前。

言った時だけ。

シリウスの目が僅かに遠くを見た気がした。

ベラトリクスも。

何も言わない。

何か。

ある。

「……」

明日。

十階。

十一階。

十二階。

剣聖シリウスが辿り着いた剣の先。

僕はまだ知らない。

だけど。

見たい。

今度は。

ただ目に入れるんじゃなく。

見て。

見抜いて。

その先まで。

五百年前。

この男が見ていたものを。


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