見抜く
第20話 見抜く
五体の木製人形が、僕の前に並んでいた。
高さも形も同じ。木の色までほとんど変わらない。どれも簡素な人型で、顔すら彫られていない。
「……本当に一体だけ違うの?」
『うん』
「壊れてるとか?」
『違う』
「重さ?」
『違う』
「中に何か入ってる?」
『さあ?』
「今の絶対答え知ってる顔!」
シリウスは楽しそうに笑うだけだった。
『何でも聞けば答えてもらえると思わない方がいいよ』
「先生っぽいこと言い始めた」
『一応、教えてるからね』
壁際ではベラトリクスとアンタレスが座っている。二人とも助ける気はなさそうだ。
「ベラトリクス」
「何じゃ」
「ヒント」
「嫌じゃ」
「即答?」
「シリウスの試練であろう。自分で考えよ」
「アンタレス」
「頑張ってください」
「味方がいない……」
『いるじゃん』
シリウスが自分を指す。
「一番信用できない」
『ひどいなあ』
僕はため息をつき、改めて五体の人形を見る。
さっき、一瞬だけ感じた。
何か。
魔力のようなもの。
一体目へ近づく。木刀を持ったまま、正面から見る。
何もない。
二体目。
同じ。
三体目。
「……」
少しだけ。
ある。
「これ?」
僕は三体目を指す。
『斬る?』
「待って」
聞き方が怪しい。
三体目からは確かに魔力を感じる。でも、それが正解とは限らない。
シリウスがさっき言った。
見えたものが全部本当とは限らない。
「……わざと?」
『何が?』
「この三体目だけ魔力出してる」
『へえ』
「わざと分かりやすくしてるでしょ」
シリウスは答えない。
絶対そうだ。
僕は四体目へ。
何も感じない。
五体目。
同じ。
一体目へ戻る。
「……」
見る。
木目。
傷。
立ち方。
床との接地。
どれも似ている。
でも。
「分かんない」
『じゃあ斬ってみれば?』
「外れたら?」
『最初から』
「やっぱり!」
『実戦なら、間違えましたでもう一回なんてできないからね』
「分かってるけど」
僕は五体から少し離れた。
全部を見る。
でも、四階みたいに一つずつ考えすぎない。
必要なもの。
拾う。
「……」
三体目。
魔力。
明らか。
でも、目立ちすぎている。
それ以外。
何か。
僕は目を閉じかけて、やめた。
見る修行なのに目を閉じてどうする。
一体目。
二体目。
三体目。
四体目。
五体目。
「ソル」
アンタレスが静かに呼ぶ。
「何?」
「考えすぎています」
「でも」
「四階でも同じことをしていました」
「……」
確かに。
全部を考え始めて、逆に何も見えなくなった。
「見る」
僕は小さく呟く。
ただ見る。
人形だけじゃない。
床。
壁。
天井。
シリウス。
「……あ」
気づいた。
「これ」
僕は二体目の前へ立つ。
『決めた?』
「多分」
『理由は?』
「まだ分からない」
『それでも?』
「でも、これ」
木刀を構える。
「二体目」
『じゃあ斬って』
僕は振り下ろした。
木刀が人形の肩へ当たる。
コンッ。
一瞬。
何も起きない。
「……外れ?」
次の瞬間。
人形の中から淡い銀色の光が漏れた。
「え?」
木の表面へ細い魔法陣が浮かび、そのまま消える。
シリウスが笑った。
『正解』
「やった!」
思わず振り返る。
ベラトリクスが少しだけ頷く。
アンタレスも微笑んでいた。
「でも」
僕は二体目を見る。
「何で分かったんだろ」
『それ、大事』
「え?」
シリウスが僕の隣へ来る。
『何を見た?』
「分からない」
『本当に?』
「……」
もう一度思い返す。
一体目から五体目。
三体目の魔力。
床。
影。
「影」
『うん』
「二体目だけ、影が少し変だった」
シリウスが指を鳴らす。
『それ』
「でも何で?」
『中の術式が、ほんの少しだけ光を歪めてた』
「そんなの分かるの?」
『分かったじゃん』
「偶然だよ」
『最初は大体偶然だよ』
シリウスは三体目へ近づいた。
『こっちは囮』
「やっぱり?」
『わざと魔力を漏らしてた』
「性格悪いなあ」
『敵の方がもっと性格悪いよ』
「それはそうだけど」
シリウスが三体目を軽く叩くと、今まで感じていた魔力が消えた。
『見えるものを全部信じたら、こういうのに引っかかる』
「じゃあ二体目みたいな小さい違和感を見つける?」
『それも一つ』
シリウスが僕を見る。
『でも、もっと大事なのは、“なんでそう見えるのか”を考えること』
「なんで」
『そう』
一体目を指す。
『これは普通』
二体目。
『これは術式を隠してる』
三体目。
『これはわざと魔力を漏らしてる』
四体目。
『普通』
五体目。
『普通』
「じゃあ、三体目を見て魔力があるから本物って思ったら」
『引っかかる』
「二体目の違和感に気づいて、その理由まで考える」
『それが“見抜く”』
僕は二体目を見る。
見る。
その先。
何故。
「……難しい」
『見るより難しいよ』
「次はもっと難しい?」
『もちろん』
「やっぱり帰ろうかな」
『いいよ』
「止めないの?」
『戻ってきたくなったら、また来ればいいし』
「……」
少し意外だった。
シリウスは笑う。
『無理にやらせても意味ないからね』
ベラトリクスが鼻を鳴らす。
「昔からそこだけは変わらぬな」
『そこだけ?』
「刀以外は大抵適当じゃ」
『褒められてないね』
「当然じゃ」
僕は木刀を握り直した。
「続ける」
『うん』
「一回当てただけじゃ、まだ全然分かってないし」
『いいね』
そこから。
試練は一気に難しくなった。
五体だった人形が十体になった。
そのうち三体から魔力が漏れていて、本物は一体だけ。
一回目。
外れ。
二回目。
外れ。
三回目。
また外れ。
「何で!?」
『魔力ばっかり見てる』
「でも魔力も見るんでしょ!」
『見るよ。でも、それしか見てない』
「四階と同じことしてる……」
『気づいたなら次』
四回目。
今度は人形そのものじゃなく床を見る。
一体だけ、足元の埃が僅かに薄い。
「これ」
斬る。
外れ。
「えぇ!?」
『昨日、俺が動かした』
「ずるい!」
『戦場には昨日ついた足跡だってあるよ』
「この修行嫌いになりそう!」
『まだ始まったばかりだよ』
笑顔。
本当に楽しそう。
十回。
二十回。
何度も間違える。
途中から僕は、正解を探すことよりも“違和感の理由”を見るようになった。
魔力がある。
何故?
傷がある。
何故?
床が違う。
何故?
光が揺れる。
何故?
少しずつ。
ほんの少しずつ。
外れる回数が減っていった。
「七番」
斬る。
銀色の光。
正解。
「三番」
正解。
「九番」
外れ。
「くそ」
『今のは惜しかった』
「何が?」
『正解は八。でも九に違和感があること自体は合ってた』
「じゃあ九は?」
『八の術式を隠すための魔力の反射』
「そこまであるの!?」
『魔法って面白いよね』
「シリウスって剣士だよね?」
『剣で斬るなら、魔法のことも知らないと』
ベラトリクスが少しだけ目を細めた。
「こやつはこういう男じゃ」
「どういう?」
「刀で斬るためだけに、何でも覚える」
『必要だからね』
「アークトゥルスに魔術理論を習っておった時期もあるぞ」
「シリウスが?」
『あったね』
「魔法使えるの?」
『少しなら』
「知らなかった」
『魔法を使いたかったわけじゃないから』
シリウスは一本の木刀を取り、床へ先端を向けた。
『斬りたかった』
「……魔法を?」
『うん』
やっぱり。
刀馬鹿。
「それって」
僕は思い出す。
三ノ奥義。
「断理?」
シリウスの笑顔が少し変わった。
『興味ある?』
「ある」
『じゃあ少しだけ見せようか』
シリウスが指を鳴らす。
床。
銀色の魔法陣が広がった。
円。
線。
文字。
僕には何が書いてあるか全然分からない。
『簡単な防御結界』
「シリウスが作ったの?」
『塔の魔力を借りた』
「斬れる?」
『もちろん』
シリウスは腰へ手を伸ばす。
今まで使っていた木刀じゃない。
藍色の鞘。
天狼。
『ソル』
「うん」
『どこを斬ればいいと思う?』
「……」
魔法陣を見る。
線。
たくさん。
円。
いっぱい。
「真ん中?」
『どうして?』
「一番大事そうだから」
『外れ』
「じゃあ、この大きい文字」
『外れ』
「分かんないよ」
『今はそれでいい』
シリウスがしゃがみ、魔法陣の端にある細い線を指した。
『ここ』
「端?」
『うん』
「そんな細いところ?」
『この結界は、ここから魔力を全体へ流してる』
「……」
よく見る。
分からない。
でも。
シリウスには見える。
『ここを切れば』
天狼。
僅かに抜く。
銀。
一閃。
音すらほとんどしなかった。
次の瞬間。
巨大な魔法陣が端から崩れ始めた。
「……」
線。
文字。
円。
全部。
光になって消える。
「一ヶ所だけ?」
『うん』
「そこ斬っただけ?」
『そう』
「それが断理?」
シリウスは天狼を納める。
『入口』
「また入口!?」
『断理は、魔法を力で斬る技じゃない』
「うん」
『魔法が成立してる“理”を見る』
「理」
『魔力がどこから入るか。どこへ流れるか。何が支えてるか。どこが切れたら崩れるか』
シリウスは消えた魔法陣の跡を見る。
『それを見抜いて、そこを斬る』
「じゃあどんな魔法でも?」
『無理』
「え?」
『見抜けなきゃ斬れない』
「……」
『知らない術式。複雑すぎる魔法。俺よりずっと上の術者が隠した構造。そういうのは時間がかかる』
ベラトリクスが口を挟む。
「妾の術式を最初に斬るまで、こやつは何度負けたと思っておる」
『数えなくていいよ』
「七十二回」
『覚えてるの!?』
「妾は勝った回数を忘れぬ」
「七十二回も負けたの?」
僕が聞く。
シリウスが苦笑する。
『もっと負けてるかも』
「それでも挑んだ?」
『斬れなかったからね』
「理由それだけ?」
『十分でしょ』
ベラトリクス。
「刀馬鹿じゃ」
今度は否定しなかった。
『でも』
シリウスが僕を見る。
『七十三回目だったかな』
ベラトリクスの眉が動く。
「七十四じゃ」
『どっちでもいいよ』
「よくない」
『初めて、ベラトリクスの防御を斬れた』
「それが」
僕はベラトリクスを見る。
「初めて傷つけた時?」
「ああ」
ベラトリクスは自分の頬を指でなぞる。
「ほんの僅かじゃったがな」
『あの時の顔、面白かったなあ』
「今からでも殴ってよいか?」
『残響だから効かないよ』
「腹立たしい」
アンタレスが小さく笑う。
シリウスはまた僕を見る。
『だからね、ソル』
「うん」
『見抜くっていうのは、一回見て全部分かることじゃない』
「……」
『何度も見る』
『間違える』
『それでも見る』
『少しずつ、嘘と本物の違いを覚える』
ベラトリクスとの七十回以上。
この人にも。
そんな時間があった。
「……もう一回やる」
『人形?』
「うん」
『いいね』
再開。
今度は二十体。
「増えてる!」
『成長したから』
「倍はやりすぎ!」
それでもやった。
結果。
最初の十回で正解は三回。
次の十回で五回。
最後の十回。
七回。
「……」
息。
吐く。
『今日はここまでかな』
「まだやれる」
『駄目』
「え?」
意外。
『目も頭も疲れてる』
「そんなの分かる?」
『見ればね』
「便利だなあ」
『便利になるまで時間かかったけどね』
アンタレスが水を渡してくれる。
僕は一気に飲んだ。
「五階、合格?」
『うーん』
「うーん!?」
『まあいいかな』
「基準適当!」
『本当に見抜けるようになるのは、塔を出た後だから』
「じゃあ何のための試練?」
『入口に立たせるため』
シリウスが六階への階段を見る。
『理は教えられる。でも、経験は渡せない』
「……」
『俺の五百年前の経験を君の頭に入れたって、それは君の経験じゃないから』
レグルス。
力。
預けてくれた。
でも。
シリウスは違う。
『自分で見て、自分で間違えて、自分で覚える』
「それしかない?」
『うん』
「地道」
『剣ってそういうものだよ』
ベラトリクスが小さく笑う。
「珍しく剣士らしいことを言うたな」
『ずっと剣士だよ』
「刀馬鹿じゃ」
『それも剣士』
六階。
階段を上る。
ここは今までの階と違った。
細長い。
道場ではない。
幅の広い廊下のような空間が一直線に奥まで続いている。
左右には障子のような白い壁。
天井。
低い。
奥。
一本。
赤い線。
引かれている。
「何するの?」
シリウスは答えず、腰へ手を置いた。
天狼。
「……」
空気。
変わる。
笑顔はそのまま。
でも。
身体。
一切。
無駄。
ない。
「シリウス?」
『ソル』
「何?」
『ここから、少しだけ奥義を見せる』
「本物の四つ?」
『うん』
胸。
少し。
高鳴る。
『まずは一つ目』
シリウスが廊下の中央へ立つ。
天狼は鞘の中。
構え。
ない。
ただ立っている。
『俺が抜くところを見て』
「見るだけ?」
『うん』
「避けなくていい?」
『最初はね』
怖い言い方。
「分かった」
僕はシリウスを見る。
肩。
足。
腰。
呼吸。
目。
でも。
一つに集中しない。
全体。
見る。
「いつでも」
『じゃあ』
シリウス。
微笑む。
『いくよ』
「……」
何も。
起きない。
いや。
カチン。
「え?」
音。
納刀。
シリウスの天狼は、もう鞘へ戻っている。
「……抜いた?」
『うん』
「いつ?」
『今』
「見えなかった」
『だろうね』
床。
僕の前。
髪。
一本。
落ちる。
「……」
自分の前髪。
触る。
少し。
短い。
「斬った!?」
『少しだけ』
「全然見えなかったんだけど!」
ベラトリクスが腕を組む。
「これが一つ目じゃ」
シリウス。
再び。
天狼。
鞘。
手。
『一ノ奥義』
一瞬。
空気。
静まる。
『居合・無拍』
「無拍……」
『うん』
「速すぎるよ」
『違う』
「何が?」
シリウスが首を横へ振る。
『無拍は、速く抜く技じゃない』
「どう見ても速かったよ」
『もちろん速くは抜いてる。でも、それだけならもっと速い人はいる』
「じゃあ?」
シリウスが僕を見る。
『相手が反応する“拍”を消す』
「拍?」
『人ってね、相手が動けば反応する』
肩。
僅かに動かす。
『これ』
足。
『これ』
呼吸。
『これも』
刀の柄。
指。
触れる。
『殺気。魔力。視線。重心』
「全部、動く前に出る?」
『そう』
「じゃあ無拍は」
『それを限界まで消す』
「……」
『相手に“来る”と思わせる時間を与えない』
シリウスは天狼の柄から手を離す。
『抜いた時には、もう斬り終わってる』
「それ無理じゃない?」
『今の君にはね』
「シリウスはできる」
『できる』
普通に言う。
そこが怖い。
「僕も覚えるの?」
『今は覚えなくていい』
「え?」
『むしろ真似しないで』
「なんで?」
『身体壊すから』
「そんなに?」
『無駄を消すって、ただ力を抜けばいいわけじゃない。全身の動きを一つに揃える必要がある』
「……」
『今の君がやったら、肩か腰を痛める』
アンタレスが頷く。
「私も同意見です」
「じゃあ何で見せたの?」
シリウス。
少し。
笑う。
『見えないものがあるって、知ってほしかった』
「……」
『四階で少し見えるようになった』
『五階で少し見抜けるようになった』
「うん」
『でも』
天狼。
軽く。
叩く。
『それでも見えないものはある』
「……」
『そういう相手と戦った時に、“見えないから無理”で終わったら死ぬ』
「じゃあどうするの?」
『考える』
「見るんじゃなく?」
『見るよ』
「見えないのに?」
『見えなかった理由を見る』
「……」
分からない。
でも。
少し。
気になる。
『俺の刀が見えなかった』
「うん」
『じゃあ何なら見えた?』
「何なら」
思い返す。
何も。
見えなかった。
でも。
「音」
『うん』
「納刀の音は聞こえた」
『他は?』
「髪」
落ちた。
『他』
「……」
風。
一瞬。
頬。
触れた。
「空気?」
『正解』
「刀そのものじゃなくても?」
『そう』
シリウスは嬉しそうに笑う。
『見えないなら、周りを見る』
「……」
『結果から逆算する』
『音。風。傷。相手の位置』
「そこから」
『何が起きたかを見抜く』
四階。
見る。
五階。
見抜く。
繋がってる。
「じゃあ」
僕はシリウスを見る。
「無拍も、心眼の理が必要?」
『もちろん』
「全部?」
『全部』
シリウスは迷わなかった。
『無拍も、流星も、断理も、天断も』
「四つ全部」
『うん』
そして。
自分の目。
指す。
『これがないと、俺はどれも使えなかった』
「……」
『天狼があったから俺は強かったわけじゃない』
腰。
天狼。
見る。
『奥義があったからでもない』
「じゃあ」
シリウス。
僕。
真っ直ぐ。
見る。
『見たから』
「……」
『見て』
『見抜いて』
少し。
間。
『その先を見た』
空気。
静か。
『これがあったから』
一瞬。
笑顔。
消える。
剣聖。
目。
『俺はベラトリクスと戦えた』
「……」
隣。
ベラトリクス。
何も言わない。
でも。
否定もしない。
少し。
胸。
震える。
強い。
天狼。
四つの奥義。
人類最強。
そんな言葉より。
今の一言。
一番。
シリウス。
強さ。
分かった気がした。
「その先を見るって」
僕が聞く。
『気になる?』
「うん」
『じゃあ』
シリウスが七階への階段を指す。
『次へ行こう』
「また試練?」
『もちろん』
「休憩は?」
『十分』
「分かってきた」
『何が?』
「シリウス、優しそうに見えて結構厳しい」
『師匠ほどじゃないよ』
ベラトリクスが鼻を鳴らす。
「その師匠に免許皆伝を貰えなかった男が申しても説得力がないぞ」
『それは関係ないでしょ!』
アンタレスが笑う。
「では十分後ですね」
「はい」
僕は壁際へ座った。
水を飲む。
腕も脚もほとんど使っていない。
なのに。
頭。
重い。
目。
疲れた。
でも。
不思議。
嫌じゃない。
ガイル。
教え。
肩。
足。
重心。
一つずつ。
シリウス。
見る。
見抜く。
その先。
全部。
繋がってる。
「……」
僕は自分の手を見る。
金色。
星装。
今は使ってない。
レグルスから預かった力。
強い。
でも。
強い力だけじゃ。
届かない。
昨日までより。
少し。
分かった。
「ソル」
ベラトリクスが隣へ座る。
「何?」
「疲れたか」
「頭が」
「珍しく使ったからじゃ」
「失礼な!」
「冗談じゃ」
「ベラトリクスが冗談って言うと怖い」
「何故じゃ」
少し。
笑う。
「シリウスって」
「うむ」
「本当に強かったんだね」
「今更か」
「聞いてはいたけど」
僕は廊下の奥を見る。
シリウス。
アンタレスと何か話してる。
また笑ってる。
「あんな感じなのに」
「だから厄介なのじゃ」
「ベラトリクスより?」
「それはない」
即答。
「そこは譲らないんだ」
「当然じゃ」
少し。
間。
ベラトリクスが小さく言う。
「じゃが」
「?」
「人間の中で」
赤い瞳。
シリウス。
見る。
「真正面から妾へ届き得た男の一人ではあった」
「……」
それ。
多分。
すごい褒め言葉。
「本人に言えば?」
「嫌じゃ」
「なんで」
「調子に乗る」
「もう聞こえてるよ」
遠く。
シリウス。
手。
振る。
『聞こえてるよー』
「……」
ベラトリクス。
顔。
しかめる。
『もう一回言って』
「死ね」
『残響だから死ねないよ』
「腹立つ!」
アンタレス。
笑う。
十分。
終わる。
僕は立ち上がった。
七階への階段。
シリウス。
先。
上る。
『次は、少し難しいよ』
「今まで簡単だったみたいに言わないで」
『今までは起きたことを見てた』
「……」
『次は』
振り返る。
また。
自分の目。
指す。
『まだ起きてないことを見る』
「未来予知?」
『違う』
「じゃあ何?」
笑う。
『今まで見たものから』
一段。
上る。
『次を読む』
「……」
『先を見る』
心眼の理。
最後。
見る。
見抜く。
その先を見る。
僕は木刀を握り直した。
「分かった」
『本当に?』
「全然」
『正直でよろしい』
「でも行く」
シリウスが笑う。
『うん』
七階。
扉。
開く。
その先。
広い。
何もない。
ただ。
床。
無数。
足跡のような印。
そして。
中央。
シリウスが立つ。
『ここからが』
天狼。
腰。
軽く。
叩く。
『一番面白いよ』
嫌な予感。
する。
でも。
少し。
楽しみでもある。
僕は七階へ足を踏み入れた。
見るだけじゃない。
見えたものを信じるだけでもない。
その先。
まだ起きていない一手を読む。
剣聖シリウスが、五百年前の戦場で何を見ていたのか。
その一端へ。
僕は今から触れようとしていた。




