十二重塔
第18話 十二重塔
宿場町を出た僕たちは、朝から東へ続く街道を歩いていた。
昨日までとは景色がまるで違う。道沿いには木造の家が並び、黒い瓦屋根の下には暖簾が揺れている。時々すれ違う旅人も、アステリアで見た服とは違った。長い袖の着物に袴。腰へ刀を差した人も珍しくない。
「……刀持ってる人、多くない?」
僕が言うと、アンタレスが周囲を見渡した。
「確かに。アステリアでは冒険者や兵士以外が武器を携帯していることは少なかったですね」
「この国では昔からじゃ」
ベラトリクスが答える。
「剣術、特に刀を使う技術が文化として根付いておる。道場も多かったぞ」
「五百年前も?」
「ああ。シリウスなど、この国へ戻るたびに機嫌が良くなっておった」
「やっぱり刀がいっぱいあるから?」
「そうじゃ。店を見つけるたびに勝手に消える」
「子供じゃん」
「刀を一本眺めるためだけに半日戻ってこなかったこともある」
アンタレスが静かに付け加えた。
「その間、陛下は食事処を三軒回っていましたね」
「……」
僕はベラトリクスを見る。
「似た者同士じゃん」
「妾は腹を満たしていただけじゃ!」
「シリウスも心を満たしてたんじゃない?」
「一緒にするでない!」
そんな話をしながら進むこと数時間。道は少しずつ広くなり、人の数も増えていった。
やがて森が途切れた。
その先に、巨大な街が広がっていた。
「……すご」
思わず足が止まる。
皇都。
カグラ皇国の中心。
木造の建物がどこまでも続き、中央には大きな川が流れている。その上には朱塗りの橋。川沿いには柳のような木が並び、大通りには色とりどりの暖簾や旗が揺れていた。
アステリア王都とは全然違う。
石造りの巨大な建物はほとんどない。代わりに、二階や三階建ての木造建築が密集し、その屋根が幾重にも重なっている。
でも。
僕が見ていたのは街じゃなかった。
「……あれ」
山。
皇都の奥にある山の中腹。
そこに。
塔があった。
朱。
黒。
金。
木を組み上げて造られた巨大な塔。
一枚目の屋根。
その上に二枚目。
三枚目。
四枚目。
まだ続く。
「一、二、三……」
数える。
「八、九……十……」
さらに上。
「十一……十二」
思わず声が出た。
「本当に十二個ある」
「十二重塔じゃ」
ベラトリクスが見上げる。
五重塔というものを僕は知らなかったけど、それでも普通の塔とは違うことくらい分かる。
十二枚の大きな屋根が、上へ行くほど少しずつ小さくなりながら重なっている。柱は朱。梁や縁は黒く塗られ、屋根の先には金色の装飾が輝いていた。
優美。
なのに。
鋭い。
遠くから見ると、巨大な一本の刀が山へ突き立っているようにも見える。
風が吹く。
かすかに。
チリン。
何かの音。
塔の軒先からだ。
十二層それぞれに小さな金具が下がっているらしい。
「……綺麗」
僕が呟く。
ベラトリクスは何も言わない。
ただ、塔を見ていた。
懐かしそうに。
「昨日の人」
「何じゃ」
「多分、あそこにいる」
ベラトリクスが僕を見る。
「分かるのか?」
「なんとなく」
胸の奥。
レグルスの金色とは違う。
もっと細くて、鋭い。
刀の刃先を指で軽くなぞったような、不思議な感覚。
夢の中で感じたものと同じだ。
ベラトリクスが少し笑う。
「なら随分と待ちきれぬらしいのう」
アンタレスが塔を見る。
「五百年待ったのです。少しくらい待たせてもよいと思いますが」
「まだ根に持ってる?」
僕が聞く。
「何をでしょう」
「『まだ生きてたの?』」
「別に」
笑顔。
怖い。
「早く行こう」
僕は歩き始めた。
皇都へ入り、まず向かったのは剣聖の塔だった。
近づくほど大きい。
山の中腹とはいっても、皇都から石段が整備されていて、多くの人が塔へ向かっている。観光客らしい家族もいれば、刀を腰へ差した剣士も多い。
道の途中には土産物屋まであった。
《剣聖饅頭》
《天狼木刀》
《十二奥義手拭》
「……すごいことになってるね」
「何じゃこれは」
ベラトリクスが木刀を見る。
柄の部分に《天狼》と大きく書かれている。
「シリウスが見たら喜ぶかな」
「最初は笑うじゃろうな」
「その後は?」
「全部買う」
「喜んでるじゃん」
アンタレスが《十二奥義指南書》と書かれた本を手に取る。
「十二奥義?」
「何じゃそれは」
ベラトリクスが覗く。
「剣聖シリウスが完成させた十二の奥義……だって」
僕が表紙を読む。
ベラトリクスが止まった。
「十二?」
「うん」
「……」
アンタレスを見る。
アンタレスも少し首を傾げた。
「私が存じているものは四つですが」
「妾もじゃ」
「え?」
僕は二人を見る。
「四つ?」
「ああ」
ベラトリクスが本をひったくる。
ぱらぱら。
読む。
「一ノ奥義、居合・無拍」
「それは知っておる」
「二ノ奥義、連閃・流星」
「それもじゃ」
「三ノ奥義、断理」
ベラトリクスの表情が少し真面目になる。
「ある」
「四ノ奥義、天断」
「それが最後じゃ」
「でも」
次。
五。
六。
七。
十二まで。
全部名前がある。
「あと八個あるよ?」
「知らぬ」
「そんなことある?」
「妾が知るか!」
アンタレスも本を覗く。
「このうちいくつかは、シリウス殿が通常の剣技として使っていたものに似ていますね」
「奥義じゃなかった?」
「少なくとも本人はそう呼んでいませんでした」
「じゃあ後から奥義になった?」
ベラトリクスが本を閉じる。
「五百年も経てば、普通の技も奥義になるらしいのう」
「普通って」
「シリウスにとってはな」
それは普通じゃない気がする。
さらに本の裏を見る。
《天狼流十二奥義完全解説》
「天狼流?」
また。
二人の動きが止まる。
「今度は何?」
僕が聞く。
ベラトリクスが眉を寄せた。
「知らぬ」
「流派だよ?」
「だから知らぬ」
アンタレスも首を横へ振る。
「シリウス殿が天狼流を名乗っているところは、私も見たことがありません」
「じゃあ何流だったの?」
「確か」
ベラトリクスが少し考える。
「天星一刀流じゃ」
「天星一刀流」
「カグラでも古い剣術じゃったはずじゃ」
店主がそれを聞いて、驚いたように顔を上げた。
「お客さん、詳しいねえ」
「え」
僕。
固まる。
ベラトリクス。
平然。
「本で読んだ」
「そうそう。剣聖様は若い頃、天星一刀流で修行していたといわれてる。ただ、その後に独自の剣を完成させて天狼流を開いたんだ」
「……開いた?」
ベラトリクス。
僕。
急いで服を引く。
「行こう」
「何故じゃ」
「いいから!」
アンタレスもベラトリクスの反対側を押す。
「陛下、こちらへ」
「まだ本を」
「買いません」
「十二奥義の中身が」
「後で読めます」
絶対。
「そんなもの妾が」
と言い出す。
石段を上る。
「何故止めるのじゃ」
「また歴史の人と喧嘩する気だったでしょ」
「間違いを訂正しようとしただけじゃ」
「本人じゃないと説得力ないんだよ!」
「本人を知っておる!」
「それを説明できないでしょ!」
「ぐぬ……」
やっぱり。
しばらく石段を上り続け、ようやく塔の正面へ着いた。
近くで見るとさらにすごい。
柱一本ですら、僕が両腕を回しても届かないくらい太い。朱塗りの柱を黒い梁が繋ぎ、金具には星のような細かな紋様が刻まれている。
入口の上には大きな扁額。
《剣聖之塔》
その下。
石碑。
《剣聖シリウス》
《天狼流開祖》
《十二の奥義を極め、勇者レグルスと共に魔王ベラトリクスを討ちし剣の英雄》
「……」
ベラトリクス。
「……」
アンタレス。
「……」
僕。
「とりあえず」
言う。
「燃やすの禁止ね」
「まだ何も言っておらぬ!」
「顔」
「妾の顔を読むな!」
「心眼の練習」
「貴様ぁ!」
入口で入場料を払い、中へ入る。
一階。
広い。
木の床。
中央にはシリウスの像があった。
刀を腰へ差し、爽やかに笑っている。
「……似てる?」
「まあまあじゃ」
ベラトリクスが像を一周する。
「髪が少し短い」
アンタレスも見る。
「顔立ちはかなり似ていますね」
「夢の人に似てる」
僕は像を見る。
間違いない。
昨日。
夢にいた男。
シリウス。
名前は聞かなかった。
でも。
やっぱり。
「本当にシリウスだったんだ」
胸の奥が少し熱くなる。
展示を進む。
幼少期。
カグラの地方都市に生まれる。
幼い頃から刀に興味を持ち、十二歳で天星一刀流の道場へ入門。
「十二歳?」
僕が読む。
「遅くない?」
「普通じゃ」
ベラトリクスが答える。
「むしろ本格的に始めた年齢としては珍しくない」
次。
十五歳で高弟を破る。
十七歳で師範代級。
十九歳。
《天星一刀流を離れる》
「……あれ?」
僕は文章を読む。
《十九歳の頃、既存の型に収まらぬ独自の剣技を求め、天星一刀流から独立》
《後にその剣は天狼流と呼ばれ――》
「綺麗に書かれてる」
ベラトリクスが言う。
「違うの?」
「聞いた話ではな」
「何?」
ベラトリクスが少し笑う。
「免許皆伝を貰えなかったらしいぞ」
「え?」
思わず声が大きくなる。
「剣聖なのに!?」
「当時はまだ剣聖ではない」
「それでも」
「奴自身から聞いた」
ベラトリクスが展示を見る。
「型を変えすぎたそうじゃ」
「変えすぎた?」
「足運び。間合い。抜刀。魔力の流し方。何から何まで勝手に変え始めた」
アンタレスが思い出すように言う。
「シリウス殿らしいですね」
「師匠から何度も直せと言われたらしい」
「直した?」
「直すと思うか?」
「思わない」
「なら聞くな」
想像できる。
「それで破門?」
「本人はそう言っておったが」
ベラトリクスが少し考える。
「妾は少し違うと思っておる」
「どういうこと?」
「さあな」
その先には天星一刀流についての展示もあった。
古くからカグラに伝わる剣術。
相手の動きをよく観察し、型と間合いを重んじる流派。
《天を仰ぎ、星を観るように敵を観よ》
そんな教えが残っている。
「見る」
僕が呟く。
昨日。
夢の中。
シリウスが言った。
見ること。
「ここが始まりだったのかな」
ベラトリクスが僕を見る。
「何がじゃ」
「シリウスの見る力」
「かもしれぬな」
さらに進む。
次の展示。
《天狼流》
剣聖シリウスが天星一刀流から独立後に完成させたとされる剣術。
後世の弟子たちによって体系化され、現在もカグラ各地に道場が存在する。
「後世の弟子たちによって体系化」
僕が読む。
「……これ」
アンタレスが言う。
「本人が名乗っていたとは書いていませんね」
「本当だ」
よく読む。
《後世、その剣は愛刀の名から天狼流と呼ばれるようになった》
「じゃあ」
僕は二人を見る。
「シリウス本人は天狼流なんて名乗ってない?」
「そういうことじゃろ」
ベラトリクス。
「でも開祖って書いてある」
「本人の知らぬところで開祖にされたのじゃ」
「そんなことある?」
「目の前に本人の知らぬところで魔王を倒したことにされた者がおるぞ」
「あ」
「説得力」
アンタレスが少し笑った。
展示の中央。
一本の刀。
鞘は深い藍色。
刀身は銀。
《剣聖シリウス愛刀 天狼》
「……これ?」
僕が近づく。
ベラトリクス。
一秒。
「偽物じゃ」
「早い!」
「鍔が違う」
「そこ?」
「本物の鍔には傷がある」
「どんな?」
「妾がつけた」
「やっぱり何してるの!?」
アンタレスが展示説明を見る。
「復元品と小さく書いてあります」
「あ、本当だ」
「先に読め」
「ベラトリクスが即答するから」
「妾のせいにするでない」
本物。
どこにあるんだろう。
少し気になる。
二階。
剣術史。
三階。
十二奥義の展示。
そして。
四階へ続く階段。
閉鎖。
《ここより先、関係者以外立入禁止》
「……また?」
僕は看板を見る。
レグルスの塔を思い出す。
「三階まで一般公開なんだ」
アンタレスが周囲を見る。
「上層は保存状態の問題とあります」
ベラトリクス。
階段。
見る。
「違うな」
「分かる?」
「ああ」
「封印?」
「近い」
ベラトリクスが手を翳す。
「魔術式がある」
「アークトゥルス?」
「いや」
少し。
目。
細める。
「もっと雑じゃ」
「雑?」
その瞬間。
『遅いなあ』
「っ!」
耳元。
声。
昨日。
夢。
「ソル?」
アンタレス。
「今」
僕は階段を見る。
誰も。
いない。
でも。
聞こえる。
『昨日あれだけ呼んだのに』
「いる」
「誰がじゃ」
「昨日の人」
ベラトリクスの表情が変わる。
次の瞬間。
閉ざされた階段の前。
空中。
銀色の線。
一本。
走った。
「……」
音。
ない。
ただ。
線。
扉。
中央。
通る。
そして。
カタン。
扉が。
真っ二つに分かれた。
「え」
僕。
固まる。
アンタレス。
ため息。
「相変わらずですね」
ベラトリクスが額へ手を当てた。
「……強引な奴じゃ」
切断された扉の向こう。
暗い階段。
上。
銀色の灯り。
一つずつ。
点る。
その先から。
声。
今度は。
僕だけじゃない。
はっきり。
響いた。
『久しぶり』
階段の上。
人影。
昨日の男。
黒髪。
着物。
腰。
藍色の鞘。
刀。
笑顔。
『ベラトリクス』
「……シリウス」
ベラトリクス。
名前。
呼ぶ。
シリウス。
笑う。
『変わってないね』
「お主は少し黙れ」
『会っていきなり?』
「五百年待たせた男への対応としては優しい方じゃ」
『それは俺じゃなくて、本物の俺に言ってよ』
「分かっておる!」
レグルスと同じ。
残響。
シリウス本人ではない。
それでも。
ベラトリクスの顔は少し嬉しそうだった。
シリウスの視線が横へ動く。
アンタレス。
『……』
「……」
『本当にまだ生きてたんだ』
「シリウス殿」
アンタレス。
笑顔。
「残響でなければ斬っています」
『怖いなあ』
「安心せよ」
ベラトリクス。
「妾も殴りたかった」
「陛下は私を止める側では?」
「今回は許す」
『仲良くなったね、二人とも』
「誰のせいだと思っておる」
シリウスは笑った。
そして。
僕。
見る。
昨日。
夢。
同じ目。
全部。
見られてる。
そんな感覚。
『来たね』
「うん」
『昨日より顔色いいじゃん』
「夢で叩かれた肩はまだ痛いけど」
『ちゃんと残ってるんだ』
「知らなかったの!?」
『夢に入り込むの初めてだったから』
「実験だったの!?」
ベラトリクス。
笑う。
「相変わらずじゃな」
「笑い事じゃないよ!」
シリウス。
階段。
少し。
下りる。
『それで』
僕の腰。
剣。
見る。
『新しい剣買ったんだ』
「うん」
『見せて』
「今?」
『うん』
僕は剣を抜く。
シリウス。
じっと。
見る。
『普通だね』
「買ったばっかりなのに!」
『悪い意味じゃないよ。今の君にはちょうどいい』
「……本当?」
『うん。でも』
僕。
手。
構え。
見る。
『まだ力入れすぎ』
「ガイルさんにも言われた」
『じゃあ直そう』
「簡単に言うなあ」
シリウスは楽しそうに笑った。
その時。
僕。
思い出す。
「あ」
『何?』
「聞きたいことある」
『どうぞ』
「天狼流」
シリウス。
止まる。
『……何それ』
予想。
当たった。
ベラトリクスが笑い出す。
「やはり知らぬではないか!」
アンタレスも口元を押さえている。
「今、この塔では」
僕。
説明。
「シリウスが天狼流を開いたことになってる」
『俺が?』
「開祖」
『へえ』
「反応それだけ?」
『だって知らないし』
「十二奥義も」
『十二?』
「うん」
シリウス。
少し。
考える。
指。
折る。
『無拍、流星、断理、天断』
「四つだね」
『四つだね』
ベラトリクス。
「妾と同じではないか」
『当たり前でしょ。本人なんだから』
「残響じゃがな」
『そこ言う?』
僕。
笑う。
「残り八個は?」
シリウスが三階の展示へ目を向ける。
『何が入ってるの?』
僕。
いくつか名前。
読み上げる。
シリウス。
「ああ」
みたいな顔。
『それ、普通に使ってた技だよ』
「普通?」
『奥義じゃない』
「五百年で昇格してる」
『すごいね』
「本人が楽しむな!」
シリウス。
笑う。
そして。
壁。
《天星一刀流》。
文字。
見る。
一瞬。
笑顔。
少しだけ。
柔らかくなる。
『まだ残ってるんだ』
「シリウスが最初に習ってた流派?」
『うん』
「免許皆伝もらえなかったって本当?」
『ベラトリクス』
シリウスが見る。
「何じゃ」
『余計なこと言った?』
「事実しか言っておらぬ」
『まあいいけど』
「本当なんだ」
『本当』
シリウスは腰の刀へ手を置いた。
『俺、天星一刀流の免許皆伝持ってないよ』
「剣聖なのに」
『剣聖って呼ばれ始めたのは後だからね』
「何で貰えなかったの?」
シリウスが少し考える。
『変えすぎた』
「ベラトリクスと同じこと言ってる」
『じゃあ、それでいいんじゃない?』
「もう少し詳しく!」
『仕方ないなあ』
シリウス。
階段。
座る。
僕たちも。
近く。
座る。
『最初はちゃんとやってたよ』
「本当に?」
『何その疑い』
「今までの話聞くと」
『ひどいなあ』
シリウスは笑う。
『十二の時に入門した。最初は毎日、素振りと足運び。型。型。型。また型』
「嫌にならなかった?」
『なった』
「やっぱり」
『でも師匠が怖かったから』
「どんな人?」
『厳しい人。でも、強かった』
少し。
懐かしそう。
『最初の何年かは、師匠の言う通りにやってた。型も覚えた。足も、呼吸も、間合いも』
「そこから?」
『実戦に出るようになって』
シリウス。
刀。
柄。
軽く。
触れる。
『これ、こっちの方が速いなって思った』
「始まった」
『足を変えた』
「うん」
『そしたら、こっちの方が斬りやすいなって』
「構え?」
『変えた』
「他は?」
『抜き方』
「変えた?」
『うん』
「間合い」
『変えた』
「魔力」
『変えた』
「全部じゃん!』
『だいたい』
ベラトリクスが呆れる。
「師匠が可哀想じゃ」
『師匠にも言われたよ』
シリウス。
少し。
声。
変える。
『また型を崩したな』
僕。
笑う。
『こっちの方が斬りやすかったので』
「言い返した?」
『うん』
「怒られた?」
『すごく』
アンタレス。
「当然ですね」
『アンタレスまで』
「その師匠が正しいと思います」
『みんな厳しいなあ』
でも。
シリウス。
笑ってる。
本当に。
嫌だった思い出じゃない。
「それで」
僕。
聞く。
「最後は?」
『最後?』
「免許皆伝』
シリウス。
少し。
黙る。
『十九の時だったかな』
声。
少し。
静か。
『一通り、流派の技は修めた。師範代にも勝てるようになってた』
「じゃあ貰えそう」
『俺もそう思ってた』
「思ってたんだ」
『若かったからね』
シリウスが笑う。
でも。
次の言葉は。
少し違った。
『師匠に言われた』
月も。
夢も。
ない。
昼。
塔。
それでも。
その時だけ。
シリウスの向こうに。
五百年前。
別の場所。
見えた気がした。
『お前に免許皆伝は与えぬ』
「……」
『俺、聞いたんだ』
「何て?」
『俺、負けました?』
「シリウスっぽい」
『師匠は、いやって』
「じゃあ何で?」
シリウス。
目。
細める。
『お前はもう、天星一刀流の剣士ではない』
「……」
『天星一刀流の免許皆伝は、この流派を修めた者へ与えるものだ』
少し。
笑う。
『お前の剣には、もう儂の知らぬものが多すぎる』
「それ」
僕。
思う。
「褒めてる?」
『当時の俺も分からなかった』
「破門って思った?」
『聞いたよ。破門ですかって』
「何て?」
シリウス。
少しだけ。
優しい顔。
『そう取っても構わん』
「……」
『だから、流派を名乗るなって』
「本当に破門じゃん」
『最後まで聞いて』
「あ、ごめん」
『天星一刀流を名乗ることも許さん』
一拍。
『自分の剣で行け』
「……」
静か。
ベラトリクス。
何も言わない。
アンタレスも。
僕も。
シリウスだけ。
昔。
思い出してる。
『その時は、追い出されたって思った』
「違った?」
『後になって分かった』
「何が?」
『師匠は、俺を自由にしたんだと思う』
シリウスは自分の刀を見る。
『流派を守るなら、型を守らないといけない。でも俺は、もう守れなかった』
「変えたかったから?」
『うん』
「それで」
『好きに斬った』
「言い方」
『本当だよ』
笑う。
『でも』
急に。
僕。
見る。
『勘違いしちゃ駄目だよ』
「何?」
『俺が型を壊したからって、君も今すぐ好き勝手に剣を振ればいいわけじゃない』
「……」
『俺はその前に何年も、型をやった』
「うん」
『師匠に何千回も直された。足を叩かれた。肩を叩かれた。刀を落とされた』
「ガイルさんみたい」
『だから』
シリウス。
指。
一本。
立てる。
『覚えておいて』
「何を?」
『型を捨てるのと』
一拍。
『型を知らないのは、全然違う』
「……」
胸。
残る。
僕。
今。
剣。
買ったばかり。
少し。
ガイル。
教わっただけ。
星装。
使える。
でも。
シリウスから見れば。
何も。
知らない。
『まず覚える』
シリウス。
言う。
『ちゃんと覚えたら、自分に合わないところが見えてくる』
「それから変える?」
『そう』
「じゃあシリウスの剣も」
『真似しすぎないで』
即答。
「え?」
『身体が違う。癖も違う。魔力も違う』
僕。
胸。
金色。
思い出す。
レグルス。
星装。
『レグルスの力も同じ』
「……」
シリウス。
もう。
気づいてる。
『借りるのはいい』
「うん」
『使うのもいい』
「うん」
『でも』
僕。
真っ直ぐ。
見る。
『レグルスになる必要はない』
「……」
夢。
男。
言ってた。
君。
レグルスじゃ全然ない。
『君は君の身体で戦うんだから』
「うん」
シリウス。
満足そう。
笑う。
そして。
立つ。
『さて』
「?」
『昔話は終わり』
刀。
鞘。
まま。
抜く。
いや。
鞘ごと。
手。
持つ。
『上へ来る?』
「行っていいの?」
『そのために開けた』
「扉真っ二つにして?」
『開いたでしょ』
「物理的に!」
ベラトリクス。
ため息。
「昔からこうじゃ」
アンタレス。
「修理する者の身にもなってほしいですね」
『五百年後なんだから、もういいじゃん』
「よくありません」
シリウス。
階段。
上る。
『十二階』
「全部上るの?」
『一応』
「十二奥義?」
『違う違う』
笑う。
『そんなの知らないって』
「じゃあ何するの?」
シリウス。
振り返る。
自分の目。
指す。
昨日。
夢。
同じ。
『見る』
「……」
『昨日、教えたでしょ』
見ること。
『君が今まで何を見てきたか』
一段。
上る。
『これから何を見るのか』
もう一段。
『そして』
笑顔。
でも。
目。
鋭い。
『その先まで見られるか』
胸。
少し。
熱。
『俺が教えられるのは、理だけだ』
「理?」
『うん』
シリウス。
上。
銀色。
光。
中。
『できるようになるかは、君次第』
ベラトリクス。
僕の隣へ。
「行くぞ」
「うん」
アンタレスも続く。
「シリウス殿」
『何?』
「昨夜の発言について、後ほどお話があります」
『……何か言ったっけ』
「まだ生きていたのか、と」
『あ』
「覚えていましたね?」
シリウス。
上。
逃げる。
『じゃ、最上階で!』
「お待ちください」
アンタレス。
速い。
「待って!」
僕も階段を上る。
ベラトリクス。
後ろ。
笑う。
「五百年経っても変わらぬのう」
十二重塔。
四階。
その先。
何が待っているのか。
僕はまだ知らない。
ただ。
一つ。
分かった。
剣聖シリウスも、最初から剣聖だったわけじゃない。
師匠がいた。
型を習った。
何度も直された。
その上で。
自分の剣を見つけた。
なら。
僕も。
まず。
覚えるところから。
そして。
見る。
見抜く。
その先を見る。
シリウスが何より大切だと言ったもの。
《心眼の理》。
その入口へ。
僕は今。
足を踏み入れようとしていた。




