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刀の国

第17話 刀の国

リュネに着いた翌朝、僕たちは港近くの武器屋にいた。

店の中には剣、槍、盾、弓。壁という壁に武器が並んでいる。村の鍛冶場とは比べものにならない数で、見ているだけでも少し楽しい。

「これなんかどう?」

僕は壁に掛かっていた剣を一本指差した。

ベラトリクスが一瞥する。

「駄目じゃ」

「早いな」

「重い。今のお主では振り回される」

「じゃあこれは?」

「脆い」

「触ってもないじゃん」

「見れば分かる」

「本当に?」

「妾を誰だと思っておる」

「魔王」

「分かっておるではないか」

横ではアンタレスが一本ずつ真面目に確認していた。店主も最初は僕たち三人を怪しそうに見ていたけど、アンタレスが武器の重心や材質について普通に質問し始めてから、対応が急に丁寧になった。

「坊主なら、この辺だな」

店主が出してくれたのは、装飾のほとんどない片手剣だった。刃渡りは今まで使っていた短剣よりずっと長い。それでも両手剣ほど重くない。

僕は握ってみる。

「……思ったより軽い」

「振ってみろ。外じゃなくて、そこで軽くだぞ」

言われた通り、周りに当てないようにゆっくり振る。

少し重い。でも、持てないほどじゃない。

ガイルに教わった構えを思い出し、肩の力を抜く。

「ほう」

ベラトリクスが少しだけ目を細めた。

「何?」

「一応、剣を持つ形にはなったのう」

「褒めてる?」

「以前が酷かっただけじゃ」

「やっぱり」

アンタレスが剣を受け取り、刀身へ指を近づける。

「魔力伝導は平均的ですね。耐久性も、今のソルなら問題ないでしょう」

「星装使っても?」

「一度に集めすぎなければ」

「そこ大事なんだ」

「昨日のように全部集めれば、剣より先にソルの腕が壊れます」

「怖い言い方するなあ」

店主が首を傾げた。

「星装?」

「あ、村の身体強化です」

「へえ。地方には色々あるな」

便利。

村。

最近何でも村で押し通している気がする。

値段を見る。

初めての依頼でもらった報酬の半分近くが消える。

「……高い」

「武器は命を預けるものです」

アンタレスが言う。

「安すぎる物を買う方が危険ですよ」

「そうなんだけど」

僕は財布を見る。

少し悩む。

でも、ガイルにも言われた。

短剣より、自分には片手剣の方が合う。

「これください」

「毎度」

代金を払う。

軽くなった財布と引き換えに、腰へ新しい剣が増えた。

「……買った」

不思議な感じだ。

誰かにもらったものじゃない。レグルスから預かったものでもない。

自分で働いて稼いだお金で、自分で選んだ最初の武器。

「大切にしてください」

アンタレスが言う。

「うん」

「どうせすぐ別のものに替えることになるじゃろうがな」

ベラトリクス。

「何でそういうこと言うの?」

「旅をしておれば、もっと良い武器も見つかる」

「でも初めて買ったやつだよ」

「なら取っておけばよい」

「……」

少し意外だった。

「何じゃ」

「いや、捨てろとか言うと思った」

「妾を何だと思っておる」

「物を大切にしなさそう」

「失礼な!」

アンタレスが小さく笑う。

「陛下は意外と物持ちは良いですよ」

「意外は余計じゃ」

「五百年前の服も保管していましたし」

「アンタレス!」

「服?」

「何でもない!」

気になる。

かなり気になる。

でも追及すると怒られそうだからやめた。

武器屋を出た後は港へ向かった。カグラ皇国行きの船は昼過ぎに出るらしい。昨日のうちにアンタレスが手続きを済ませてくれていたので、あとは乗るだけだった。

「船、大きいな……」

桟橋の先に停まっている船を見上げる。

王都では見たことのない巨大な木造船だった。二本の帆柱が立ち、甲板では船員たちが荷物を積み込んでいる。商船らしく、人だけでなく大量の箱や樽も載せるらしい。

「カグラまでどれくらい?」

「風次第ですが、一日半ほどだそうです」

アンタレスが答える。

「意外と近い」

「海路だからじゃろ」

ベラトリクスは船より、桟橋沿いの屋台を見ていた。

「魚」

「朝も食べたでしょ」

「昼は別じゃ」

「船でご飯出るよ」

「魚か?」

「知らない」

「確認してこい」

「自分で聞いてよ!」

そんなことをしているうちに乗船時間になった。

船が港を離れる。

リュネの街が少しずつ遠ざかり、建物が小さくなっていく。その向こうには、僕が歩いてきたアステリアの大地が広がっていた。

フィル村を出てから、まだそんなに長くは経っていない。

なのに。

ずいぶん遠くまで来た気がする。

「後悔しておるか?」

隣にベラトリクスが立った。

「何が?」

「村を出たことじゃ」

「別に」

「即答じゃな」

「最初は王都で仕事探すだけだったけどね」

「それが今では魔王二人と船旅じゃ」

「本当にどうしてこうなったんだろう」

「妾を起こしたからじゃ」

「やっぱり祠で祈ったのが原因?」

「知らぬ」

「まだそこ分からないんだよね」

あの祠。

あの声。

『――頼む』

今なら分かる。

あれはレグルスの残響だった。

でも、どうして僕に届いたのかは分からない。

ベラトリクスも何か考えているようだったけど、すぐに海へ目を向けた。

「まあよい」

「いいの?」

「今考えても答えは出ぬ」

「珍しくまとも」

「海へ落とすぞ」

「ごめんなさい」

翌日。

船の上でも訓練は続いた。

当然、剣を振り回すわけにはいかないので、甲板の隅で星装の制御だけ。

「右腕へ三」

「はい」

金色の粒子を移す。

「戻す」

「はい」

「左脚へ二」

「はい」

「戻す」

以前より速い。

まだ意識しないと無理だけど、粒子を動かす感覚が少しずつ分かってきた。

「今度は剣へ」

「え?」

アンタレスが僕の腰を見る。

「買ったのでしょう?」

「使っていいの?」

「抜かなくて構いません。鞘に入れたまま、魔力を流してください」

「なるほど」

柄を握る。

全身へ纏っていた星装の一部を右腕へ。そのまま柄を通して剣へ流す。

「……」

少し。

難しい。

身体なら自分の一部だから感覚がある。でも剣は違う。

金色の粒子が柄の周囲で揺れ、うまく刀身まで流れない。

「止まっておるぞ」

ベラトリクスが横から言う。

「分かってる」

「押し込め」

「押し込む?」

「魔力をじゃ」

「また感覚」

「何でも説明できると思うな」

「先生向いてないよ」

「なら自分でやれ」

「アンタレス」

「魔力を水だと思ってください」

「水?」

「はい。腕から柄へ細い水路が続いていると思って、その先へ流す」

「……」

意識する。

腕。

手。

柄。

剣。

金色の光が少しずつ伸びる。

鞘の中。

見えない。

でも。

「入った」

「はい」

アンタレスが頷く。

「今は剣全体へ薄く」

「……」

流す。

そこで。

光が消えた。

「え?」

「漏れましたね」

「漏れるの?」

「当然です」

アンタレスが説明する。

「人体とは違います。一般的な武器へ魔力を流せば、少しずつ外へ逃げます」

「じゃあ戦う時ずっと流し続ける?」

「基本的には」

「難しいな」

「だから魔力伝導の良い武器は高価なのです」

「なるほど」

ベラトリクスが剣を見る。

「レグルスの聖剣は、この辺りの性能も異常じゃった」

「星装と相性良かった?」

「当然じゃ。でなければ、あやつの使い方には耐えられぬ」

「シリウスの刀も?」

何となく聞く。

ベラトリクスが少し笑った。

「あれは別じゃ」

「別?」

「いずれ見れば分かる」

「またそれ」

「カグラへ向かっておるのじゃろう?」

「そうだけど」

「なら急ぐ必要もあるまい」

結局、教えてくれなかった。

その日の夕方。

水平線の先に陸が見えた。

最初に見えたのは山だった。

緑の濃い山々。その麓へ街が広がっている。

近づくにつれて、アステリアとの違いが分かってきた。

「……屋根が違う」

僕が呟く。

海沿いの建物は、ほとんどが木造だった。白い石造りのリュネとは全然違う。黒や灰色の屋根が幾重にも並び、軒先には赤い提灯のような灯りが下がっている。

港に停まっている船も形が違う。僕たちが乗ってきた船より低く、幅の広い木造船が多い。

「カグラ皇国」

アンタレスが静かに言う。

船が港へ入る。

岸には大勢の人がいた。

服装も違う。

長い袖。

腰帯。

袴のようなものを穿いた男。

色鮮やかな布を重ねた女性。

刀を腰へ差している人も珍しくない。

「……本当に別の国だ」

「国が変われば文化も変わる」

ベラトリクスは懐かしそうに街を見ていた。

「五百年前もこんな感じだった?」

「ああ。建物は変わっておるが、雰囲気は近い」

「来たことある?」

「何度かな」

「シリウスと?」

「……」

少し間。

「奴の故郷じゃからな」

船から降りる。

入国手続きは少し時間がかかったものの、冒険者証があったおかげで大きな問題はなかった。

ただ。

「ベラトリクス?」

係の男が名前を見る。

「はい」

僕が先に答える。

「本人です」

「本人?」

「本人の名前です!」

「……そうか」

危なかった。

ベラトリクスが何か言う前にアンタレスが腕を掴んでいた。

港を出ると、さらに景色が変わる。

木造の家々。格子の窓。店先に下がる暖簾。石畳の道を人々が行き交い、どこかから焼いた魚と甘い醤油のような匂いが漂ってくる。

「……」

ベラトリクス。

止まる。

「何?」

「良い国じゃ」

「食べ物の匂いで決めたでしょ」

「違う」

「絶対そう」

アンタレスが地図を確認する。

「シリウスの塔までは、ここからさらに東ですね」

「今日中に行ける?」

「無理でしょう。港から皇都までは数日かかります」

「また歩くの?」

「当然じゃ」

ベラトリクス。

「飛べない?」

「今の魔力で三人運んだら途中で落ちるぞ」

「歩こう」

即決。

まずは港近くの冒険者ギルドで情報を集めた。

シリウスの塔。

正式には剣聖の塔と呼ばれているらしい。

皇都近郊の山腹に建ち、カグラでも有数の史跡。現在も一般公開されているが、上層の一部は立ち入り禁止になっているという。

「十二層?」

僕が掲示板の案内を見る。

塔の絵。

屋根。

一つ、二つ。

数える。

本当に多い。

「十二重塔だって」

ノアがいたら絶対興奮していただろう。

木造。

朱。

黒。

金。

絵だけでも、レグルスの塔とは全然違う。

細長く空へ伸びる姿は、塔というより巨大な刀みたいにも見えた。

ベラトリクスが案内を眺める。

「……変わっておらぬな」

「知ってるの?」

「外観だけならな」

「完成したのは眠った後じゃないの?」

「設計は見た」

「ああ」

レグルスの塔もそうだった。

五つの塔は、ベラトリクスが眠る前から計画されていた。

「シリウスが十二層にしたの?」

「知らぬ。あやつならもっと単純な塔にする」

「じゃあアークトゥルス?」

「可能性はある」

アンタレスが案内文を読む。

「初代皇帝の意向も反映されたとありますね」

「十二という数字に意味があるのかな」

「この国では、重ねることに美を見出す文化があります」

「服も?」

通りを歩いていた女性を見る。

何枚もの布が重なり、色が少しずつ覗いている。

「そうですね」

「へえ……」

面白い。

同じ世界なのに、アステリアとは全然違う。

その日は港から少し離れた宿場町まで進むことにした。

街道も違った。

木々の間を続く道。途中には小さな祠や石灯籠のようなものがあり、旅人が立ち止まって手を合わせている。

夕方。

僕たちは宿場町へ着いた。

木造の宿が何軒も並び、軒先には灯りが点いている。

「ここにしましょう」

アンタレスが選んだ宿は二階建てだった。

中へ入る。

「靴を脱いでください」

「え?」

入口。

床。

一段。

「脱ぐの?」

「そういう文化のようですね」

ベラトリクスは当然のように脱いでいる。

「知ってるなら言ってよ」

「見れば分かるじゃろ」

部屋。

開ける。

「……床?」

畳。

僕は初めて見る。

草みたいな匂い。

布団。

床。

「ベッドないの?」

「布団で寝るんじゃ」

「床に?」

「床ではない。畳じゃ」

「同じじゃない?」

「違う」

アンタレスも少し興味深そうに室内を見ていた。

夕食。

魚。

米。

汁物。

ベラトリクス。

大満足。

「この国、気に入った」

「やっぱり食べ物で決めてる!」

風呂も少し違った。

大きな木の浴槽。

僕は一人で入ったけど、熱すぎて最初は足しか入れなかった。

夜。

部屋へ戻る。

三人部屋。

当然、布団は三つ。

「今日は訓練なし?」

僕が聞く。

アンタレスが僕の腕を見る。

「船移動もありましたし、今日は休みましょう」

「やった」

「明日の朝はします」

「やっぱり」

ベラトリクスは既に布団へ寝転がっている。

「妾は寝る」

「早くない?」

「魚を食べすぎた」

「理由おかしいよ」

「腹が満たされれば眠くなる」

「子供みたい」

「聞こえておるぞ」

灯り。

消す。

障子の向こう。

月。

薄く。

見える。

静か。

アステリアの宿とは違う。

木が軋む音。

外を歩く人の下駄のような音。

遠く。

風鈴。

「……」

カグラ。

来た。

海。

越えた。

次。

シリウスの塔。

何か。

いるだろうか。

レグルス。

残響。

いた。

同じなら。

シリウスも。

「ソル」

暗闇。

ベラトリクス。

「起きておるか」

「うん」

「考えすぎるでないぞ」

「……何で分かったの」

「呼吸」

「みんな僕のこと見すぎじゃない?」

「分かりやすいだけじゃ」

「そうなのかな」

「明日も歩く」

「うん」

「寝ろ」

「はい」

目。

閉じる。

畳の匂い。

布団。

思ったより。

柔らかい。

少しずつ。

意識。

沈む。

そして。

気づいた時。

僕は立っていた。

「……?」

月。

大きい。

目の前。

広い板張りの道場。

四方。

壁。

ない。

夜。

山。

風。

でも。

寒くない。

「どこ……」

自分。

服。

寝巻きじゃない。

旅。

服。

腰。

剣。

ある。

「夢?」

声。

出る。

返る。

足音。

後ろ。

振り返る。

男。

一人。

いた。

年齢。

二十代。

少し長めの黒髪を後ろで緩く結び、簡素な着物のような服を着ている。

腰。

刀。

一本。

表情。

笑っている。

爽やか。

普通。

なのに。

「……」

身体。

勝手。

緊張。

する。

強い。

理由。

分からない。

何もしてない。

魔力。

感じない。

殺気。

ない。

でも。

この人の前で。

不用意に動いたら駄目。

そう思った。

男が少し首を傾げる。

『へえ』

「……何?」

『思ったより、見るね』

「見る?」

『うん』

男が一歩。

歩く。

僕。

無意識。

右足。

少し。

下げる。

『それ』

「え?」

『今、俺の足を見た』

「……」

ガイル。

教え。

肩。

足。

重心。

男。

笑う。

『悪くない』

「誰?」

『それはまだいいよ』

「いや、気になるんだけど」

『そのうち分かる』

「ベラトリクスみたいなこと言うなあ」

男。

笑い。

少し。

変わる。

『ベラトリクス』

「知ってるの?」

『知ってるよ』

即答。

胸。

跳ねる。

「じゃあ」

刀。

男。

カグラ。

夢。

「もしかして」

男が刀の柄へ手を置く。

『構えて』

「え?」

『剣』

「何で」

『いいから』

「……」

僕は腰の剣を抜く。

今日。

買った。

剣。

構える。

ガイル。

教え。

肩。

力。

抜く。

足。

開く。

男。

見る。

数秒。

『……うん』

「何?」

『ひどいね』

「ひどい!?」

『でも』

男。

笑う。

『数日前よりはずっといい』

「……数日前?」

何で知ってる。

聞く前。

男。

消える。

「え」

バシッ!

肩。

衝撃。

「痛っ!」

いつ。

抜いた。

男。

後ろ。

刀。

鞘。

入ったまま。

僕の肩。

叩いた。

「速すぎるって!」

『今、何を見た?』

「剣」

『違う』

「違う?」

『剣しか見てなかった』

「同じじゃない?」

『全然違う』

男。

自分。

目。

指す。

『剣を見るな』

「ガイルさんにも言われた」

『ガイル?』

「剣を教えてくれた冒険者」

『へえ』

嬉しそう。

『いい先生じゃん』

「知ってるの?」

『知らない。でも、いいことを教えてる』

「じゃあ何を見るの?」

男。

笑う。

『全部』

「無理だよ!」

即答。

『ははっ』

笑われる。

『そう言うと思った』

「肩、足、重心、目線、呼吸。みんな増やすんだよ」

『いいね』

「何が」

『ちゃんと教わってる』

男は僕の前へ立つ。

『でも、一気に全部見る必要はない』

「ガイルさんも同じこと言ってた」

『やっぱりいい先生だ』

刀。

鞘。

まま。

構える。

『まず一つ』

「一つ?」

『俺がどこを斬るか見て』

「分かった」

見る。

足。

右。

肩。

少し。

動く。

右。

来る。

僕。

剣。

上げる。

バシッ。

「痛っ!」

左。

脇腹。

『外れ』

「肩は右に動いたじゃん!」

『動かした』

「ずるい!」

『敵は君に正解を教えてくれないよ』

正論。

嫌。

「もう一回」

『いいね』

男。

立つ。

今度。

肩。

見ない。

足。

右足。

前。

でも。

さっき。

騙された。

目。

右。

右?

違う。

腰。

ほんの少し。

左。

「左!」

剣。

動かす。

バシッ。

頭。

「痛い!」

『外れ』

「全然分かんない!」

男。

楽しそう。

『それでいい』

「よくない!」

『最初から見えるなら、俺が教えることないからね』

「教える?」

『うん』

男。

刀。

肩。

乗せる。

『君、これから塔に来るんでしょ』

「……」

『だったら』

月明かり。

男。

横顔。

照らす。

『少しだけ、覚えておいて』

「何を?」

男は自分の目を指した。

『見ること』

「見ること?」

『剣を見るんじゃない。相手を見る』

「……」

『相手だけでもない。足元も、風も、距離も、魔力も、味方も、敵も』

「全部じゃん」

『そう。全部』

「だから無理だって」

『今はね』

男。

笑う。

『でも、見ようとしなきゃ一生見えない』

「……」

『見れば、分かることが増える』

「分かる?」

『次に何をするか。何を隠してるか。どこが弱いか』

刀。

少し。

抜く。

銀。

月。

反射。

『そして』

一瞬。

風。

止まる。

僕。

息。

止まる。

刀。

戻る。

カチン。

その瞬間。

遠く。

道場。

端。

木。

一本。

静かに。

倒れた。

「……」

斬った?

見えなかった。

『見続ければ』

男。

笑う。

『いつか、その先まで見える』

「先?」

『まだ早い』

「またそれ!」

『ははっ』

本当に。

よく笑う。

でも。

その目。

笑ってない。

違う。

怖い。

わけじゃない。

ただ。

全部。

見られてる。

そんな感じ。

「あなた」

僕。

聞く。

「ベラトリクスの仲間?」

男。

少し。

黙る。

そして。

柔らかく。

笑った。

『昔ね』

「……」

『よく喧嘩したけど』

「それ仲間?」

『仲間だよ』

「ベラトリクスは?」

『元気?』

「めちゃくちゃ」

『そっか』

本当に。

嬉しそう。

少し。

懐かしそう。

『ならよかった』

道場。

景色。

薄く。

なる。

「待って」

『そろそろ起きる』

「名前は?」

男。

答えない。

「塔にいるの?」

『さあ』

「さあって」

『来れば分かる』

「どこに?」

男。

後ろ。

月。

巨大。

『塔へ』

「……」

『ベラトリクスとおいで』

その言葉。

胸。

響く。

「アンタレスもいる」

『……アンタレス?』

男。

初めて。

表情。

崩れる。

『あのアンタレス?』

「多分」

『まだ生きてるの?』

「失礼じゃない!?」

男。

笑う。

心底。

楽しそう。

『じゃあ、三人でおいで』

「待って!」

景色。

白。

変わる。

最後。

男。

腰。

刀。

見える。

濃い。

藍。

鞘。

『楽しみにしてるよ』

そして。

目。

覚めた。

「っ!」

天井。

木。

朝。

障子。

向こう。

明るい。

「……夢?」

身体。

起こす。

肩。

触る。

「痛っ」

痛い。

「……え?」

叩かれた。

場所。

痛い。

夢。

なのに。

「ソル」

隣。

アンタレス。

もう起きてる。

「おはようございます」

「おはよう」

「どうしました?」

「……変な夢見た」

布団。

もう一つ。

ベラトリクス。

顔。

出す。

「何じゃ」

「男の人がいた」

「知らぬ」

「刀持ってた」

ベラトリクス。

目。

開く。

「……」

「めちゃくちゃ速くて」

「……」

「僕に見ることが大事だって」

ベラトリクス。

起き上がる。

「何と言われた」

「え?」

「最後じゃ」

「塔へ来いって」

「……」

「ベラトリクスとおいでって」

静か。

アンタレス。

僕。

見る。

そして。

ベラトリクス。

顔。

見る。

「陛下」

「ああ」

ベラトリクス。

額。

手。

「……刀馬鹿め」

「知ってる人?」

赤い瞳。

少し。

笑う。

懐かしい。

そんな。

顔。

「知っておる」

「誰?」

ベラトリクス。

布団。

出る。

「行けば分かる」

「またそれ!?」

「本人が名乗らなかったのであろう?」

「うん」

「なら妾から言うのは野暮じゃ」

「絶対楽しんでるでしょ」

「少しな」

アンタレス。

静か。

笑う。

「しかし」

「何?」

「陛下と来い、ですか」

「うん」

「私は?」

「あ」

ベラトリクスが笑う。

「忘れられておるのう」

「夢の中で言ったよ。そしたら『まだ生きてるの?』って」

「……」

アンタレス。

笑顔。

消える。

「ほう」

「アンタレス?」

「早く塔へ向かいましょう」

「何で急に?」

「五百年ぶりに、一言申し上げたいことができました」

「怖い」

ベラトリクス。

笑う。

「変わっておらぬな、あやつも」

宿場町。

朝。

外。

鐘。

鳴る。

東。

山。

その先。

まだ。

見えない。

十二重塔。

僕たちは今日。

そこへ向かう。

夢。

だったのか。

違うのか。

分からない。

ただ。

一つだけ。

覚えている。

見ること。

見れば、分かる。

見抜けば、その先が見える。

意味はまだ。

分からない。

それでも。

腰。

新しい剣。

触れる。

「行こう」

ベラトリクスが先に歩く。

アンタレスが続く。

僕も。

宿を出る。

剣聖の塔へ。

五百年前。

ベラトリクスと共に戦った。

刀を持つ男。

その残響が待つ場所へ。


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