表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/44

五百年前の災厄

第15話 五百年前の災厄

翌朝。

商隊は日の出とともに野営地を出発した。

昨日、白い影に襲われたこともあって、隊列はこれまで以上に警戒を強めている。ガイルたちは馬車の周囲へ散り、セラは何度も森へ視線を向けていた。

僕も歩きながら周囲を見る。

昨日までなら星装の練習をしていた時間だけど、今日はまだ使っていない。

身体が少し重い。

昨日の戦闘の疲れもある。

それ以上に、頭の中に残っているものがあった。

白い仮面。

顔のない身体。

白い羽根。

『汚染』

『浄化』

そして。

『未知魔力との接続を確認』

「……」

気づけば、胸元を握っていた。

「ソル」

「ん?」

隣を歩いていたベラトリクスが僕を見る。

「朝から難しい顔をしておるぞ」

「考えてた」

「昨日の奴か?」

「うん」

ベラトリクスの表情が少しだけ変わる。

「気にするなとは言わぬが、歩きながら上の空になるでない」

「分かってる」

「本当か?」

「多分」

「またそれを使うな」

少し前を歩くアンタレスが振り返った。

「昨日から陛下も使っていますが」

「妾はよい」

「何故です?」

「妾だからじゃ」

「便利ですね」

「お主ら最近、妾への当たりが強くないか?」

少し笑う。

でも。

やっぱり気になる。

「ベラトリクス」

「何じゃ」

「昨日の話」

「ああ」

「もう少し教えて」

「……」

ベラトリクスはすぐには答えなかった。

「五百年前の災厄について」

僕は続ける。

「白い翼の奴らが何なのか、全部じゃなくていい。でも、僕たちがこれから戦うかもしれないなら、何も知らないままは嫌だ」

「……」

ベラトリクスが前を見る。

街道。

朝日。

東。

少し離れたところにはガイルたちがいる。

「ここで話すのか?」

「小声なら」

「随分と雑じゃな」

「じゃあ今日の休憩で」

「……よかろう」

珍しく、すぐに了承した。

昼。

商隊は街道から少し外れた草原で休憩を取った。

馬へ水を飲ませ、商人たちは簡単な食事を取っている。《蒼鷹》の四人も交代で休みながら周囲を警戒していた。

僕たちは少し離れた木の下へ座る。

ベラトリクスはパンを一口食べ、それから僕を見た。

「何から聞きたい」

「最初」

「最初?」

「災厄が現れた時」

アンタレスの手が止まる。

ベラトリクスはしばらく黙った後、空を見上げた。

「五百年以上前。人間と魔族は既に争っておった」

「それは聞いた」

「ああ。妾も人間領へ兵を出した。人間も魔族領へ攻め込んだ。互いに殺し、奪い、焼いた」

声は静かだった。

言い訳するような響きはない。

「そこへ、奴らが現れた」

「どこに?」

「ノクティアじゃ」

「……魔族の国?」

「ああ」

僕はてっきり、人間の国へ最初に現れたのだと思っていた。

アンタレスが静かに続ける。

「最初に襲われたのは、私たち魔族です」

「どうやって?」

僕が聞く。

ベラトリクスが空を指した。

「裂けた」

「え?」

「空がじゃ」

「……空?」

「あの日、ノクティアの空に巨大な亀裂が現れた」

アンタレスの金色の瞳が、遠い過去を見ている。

「雲より高い位置でした。最初は光に見えました。ですが、その光の中から」

「白い翼」

僕が言う。

「はい」

昨日見た。

あの姿。

「何体?」

「数えられません」

アンタレスは即答した。

「最初に確認された時点で数百。その後も増え続けました」

「そんなに……」

「下位のものだけではありません。大きな翼を持つ者。人間に近い姿をした者。言葉を話す者もいました」

ベラトリクスがパンを置く。

「奴らは攻めてきたのではない」

「え?」

「少なくとも、奴ら自身はそう思っておらぬかった」

「どういう意味?」

ベラトリクスが僕を見る。

「奴らが最初に何と言ったと思う?」

答えられない。

でも。

一つ。

頭に浮かぶ。

「……汚染?」

ベラトリクスの赤い瞳が細くなる。

「そうじゃ」

アンタレスが小さく頷いた。

「彼らは私たちを『汚染された存在』と呼びました」

「魔族だから?」

「違います」

「じゃあ」

「人間も同じです」

僕は黙る。

ベラトリクスが続けた。

「奴らにとって、人間も魔族も同じじゃった」

「同じ?」

「汚れたもの」

昨日。

白い影が言った。

『汚染濃度、測定』

「じゃあ……」

嫌な想像。

「浄化って」

アンタレスが僕を見る。

「殺すことです」

一言。

それだけだった。

でも。

十分。

「……」

風が草を揺らす。

遠くでは商人たちが話している。

同じ空の下。

そんなことが五百年前に起きていた。

「奴らは、国を奪おうとしたわけではありません」

アンタレスが言う。

「土地が欲しいわけでも、財宝が欲しいわけでもない。ただ、私たちが存在していること自体を間違いだと判断した」

「意味分かんない」

「妾もそう思った」

ベラトリクスが鼻を鳴らす。

「勝手に現れて、勝手に汚れておると決めつけ、勝手に消そうとする。あれほど腹立たしい連中も珍しい」

「それで戦った?」

「当然じゃ」

「最初から?」

「当たり前じゃろ。妾の国へ突然現れて、妾の民を殺したのじゃぞ」

ベラトリクスの声が僅かに低くなる。

「最初の三日で、ノクティア東部の街がいくつも消えた」

「……消えた?」

「焼けたのではない」

アンタレスが答える。

「文字通り、消えました」

「街が?」

「はい」

想像できない。

いや。

したくない。

「だから魔族は逃げた」

ベラトリクスが言う。

「北へ。西へ。地下へ。そして、人間領へ」

「あ」

分かった。

「人間からしたら」

「ああ」

「魔族が攻めてきたように見える」

「元々戦争中じゃったからな」

ベラトリクスが苦く笑う。

「魔族の軍勢が国境を越えれば、人間は当然攻撃する。逃げてきた者まで兵に見えた」

アンタレスが目を伏せる。

「逆もありました。災厄から逃げた人間が魔族領へ入り、魔族側が攻撃した」

「……」

「互いに」

アンタレスが言う。

「相手が何かをしたのだと思っていました」

「妾もじゃ」

「ベラトリクスも?」

「ああ。最初は、人間どもが妙なものを呼び出したと思っておった」

「人間側は?」

「魔王が呼び出した」

後ろから声。

ノア。

「え?」

僕たち三人。

同時。

振り返る。

少し離れた場所。

ノアが立っていた。

「何じゃ」

「いや、聞こうとしたわけじゃないんだけど」

「聞いておったではないか」

「近く通ったら聞こえたんだよ!」

ノアが慌てる。

「魔王が何かを呼び出したっていう伝承ならある」

ベラトリクスの眉が動く。

「何?」

「五英雄記の古い版にあるんだ。魔王ベラトリクスが禁忌の魔術で怪物を呼び、それを制御できなくなったって」

「……」

ベラトリクス。

笑顔。

怖い。

「ノア」

「な、何?」

「その本はどこじゃ」

「持ってるけど」

「燃やしてよいか?」

「駄目に決まってるだろ!?」

「また燃やそうとしてる!」

僕が止める。

「五百年前も妾のせいにされておるではないか!」

「ベラトリクス、声!」

「知らぬ!」

「何の話?」

遠くからガイル。

「何でもないです!」

僕が叫ぶ。

ノアは不思議そうにしながら去っていった。

ベラトリクスはまだ怒っている。

「禁忌の魔術じゃと……」

「落ち着いて」

「妾が呼ぶならもっと格好いいものを呼ぶわ!」

「そこ?」

アンタレスが小さくため息をついた。

「陛下」

「何じゃ」

「話を戻しましょう」

「……うむ」

パンを乱暴に一口。

まだ怒ってる。

「人間は妾のせい。魔族は人間のせい。そんな状態で奴らは両方を殺しておった」

「じゃあ」

僕は聞く。

「どうやって一緒に戦うことになったの?」

ベラトリクスが止まる。

一瞬。

懐かしそうな。

嫌そうな。

よく分からない顔。

「……レグルスじゃ」

「やっぱり?」

「あの馬鹿が最初に気づいた」

「何に?」

「災厄が人間側でも魔族側でもないことに」

アンタレスが少し笑う。

「正確には、レグルス殿とアークトゥルス殿ですね」

「またあの爺か」

「賢者だからね」

「アークトゥルスが戦場に残った魔力を調べ、同じものがノクティアにも人間領にもあると突き止めた」

「それでベラトリクスに?」

「レグルスが一人で来た」

「一人!?」

「本当に馬鹿じゃろ」

ベラトリクスが呆れたように言う。

「戦争中の魔王城へ、一人で」

「よく殺さなかったね」

「半分殺した」

「半分!?」

「陛下」

アンタレスが横から訂正する。

「かなり重傷でした」

「生きておった」

「結果論です」

「何て言ったの?」

僕が聞く。

ベラトリクスは少し考える。

「覚えておらぬ」

「絶対覚えてる顔」

「細かいところは忘れた」

「じゃあ大体」

「……」

少し。

間。

「『俺たちが殺し合ってる場合じゃない』」

「……」

「『先に空の奴らをどうにかする』」

もう一度。

少し。

「『その後で、まだ戦いたいなら俺が相手する』」

僕は笑った。

「レグルスっぽい」

「馬鹿じゃ」

「でも一緒に戦った」

「……ああ」

「何で?」

「気に入らぬが」

ベラトリクスは空を見る。

「正しかったからじゃ」

それだけ。

「そこから六人?」

「まだじゃ」

「違うの?」

「妾が最初から仲良く五人の中へ入ると思うか?」

「思わない」

「即答するでない!」

「その辺は」

アンタレスが静かに言う。

「かなり長い話になります」

「聞きたい」

「また今度じゃ」

ベラトリクス。

「えー」

「全部一日で聞こうとするな」

「分かったよ」

「それに」

ベラトリクスの顔が少し真剣になる。

「今重要なのは、その後じゃ」

「その後?」

「ああ」

「災厄の核を封じた後?」

「そうじゃ」

僕はアンタレスを見る。

「アンタレスはその後も戦ったんだよね?」

「はい」

「白い奴らと?」

「残った個体と」

「どれくらい?」

アンタレスが少し考える。

「大規模な戦闘は、陛下が消えてから十年ほどでほぼ終わりました」

「十年……」

「ですが、小規模な個体は各地に残りました」

「それを」

「討伐しました」

「アンタレスたちが?」

「魔族だけではありません」

「人間も?」

「当時は、一部の国と協力関係が残っていましたから」

ベラトリクスが少し驚く。

「そうなのか?」

「はい」

「妾が眠った後も?」

「長くは続きませんでしたが」

「……そうか」

五百年間。

本当に。

色々あったんだ。

「最後に確認されたのは?」

僕が聞く。

アンタレスの表情が変わる。

「私が直接確認したものなら」

「うん」

「四百三十年ほど前です」

「……」

一瞬。

意味。

考える。

「四百年以上?」

「はい」

「それから一度も?」

「私は見ていません」

ベラトリクスが腕を組む。

「つまり」

僕は昨日の白い影を思い出す。

「四百年以上いなかった奴が、今になって出てきた」

「ああ」

「しかも」

アンタレスが続ける。

「五百年前の個体とは違います」

「弱い」

「はい」

「空っぽ」

「はい」

僕は黙る。

昨日。

ベラトリクスが言っていた。

作り直された可能性。

「誰かが作ってる?」

「分からぬ」

「でも可能性はある?」

「ああ」

「誰が?」

「それを確かめる」

ベラトリクスが東を見る。

「五つの塔を回りながらな」

「シリウスの塔も関係してる?」

「少なくとも、レグルスの塔は何者かに止められておった」

「同じ奴ら?」

「まだ決めつけるな」

「はい」

「じゃが」

ベラトリクスが目を細める。

「無関係とも思えぬ」

休憩終了。

商隊が再び動き始める。

僕は歩きながら、聞いた話を頭の中で整理していた。

人間と魔族。

戦争。

そこへ現れた災厄。

互いに相手のせいだと思った。

そして。

今も。

魔族の仕業に見える襲撃が起きている。

「……」

嫌な感じ。

「ソル」

アンタレス。

「何でしょう」

「また考えていますね」

「うん」

「前は見ていますか?」

「見てる」

「なら構いません」

「ベラトリクスより優しい」

「聞こえておるぞ」

後ろから。

「ベラトリクス」

「何じゃ」

「もし」

「うむ」

「今の奴らが、わざと魔族の仕業に見せてるなら」

「……」

「五百年前と同じこと起こそうとしてる?」

ベラトリクスはすぐには答えなかった。

アンタレスの顔も険しくなる。

「可能性はあります」

「何で?」

「人間と魔族を争わせれば」

アンタレスが言う。

「どちらも弱ります」

「その間に?」

「何かをする」

ベラトリクス。

「じゃが、まだ推測じゃ」

「うん」

「考えるのはよい。決めつけるな」

「分かった」

少し歩く。

その時。

前方。

街道。

旗。

「……何あれ?」

王国旗。

何人もの兵士。

木製の柵。

簡単な建物。

ガイルが少し速度を落とした。

「検問だな」

「検問?」

「昨日まではなかったはずだ」

商隊長が眉をひそめる。

近づく。

兵士。

十人以上。

全員。

武装。

「商隊、停止!」

馬車が止まる。

ガイルが前へ。

「王都からリュネへ向かう商隊だ」

「代表者は?」

「護衛責任者、C級冒険者ガイル」

冒険者証。

確認。

兵士が頷く。

「積荷と人員を確認する」

「理由は?」

兵士の表情。

硬い。

「東部地域で魔族による襲撃が相次いでいる」

僕。

アンタレス。

ベラトリクス。

同時。

止まる。

「魔族?」

ガイルが聞く。

「昨日、ローデ村でも襲撃があった」

「知っている。俺たちも立ち寄った」

「なら話が早い」

兵士が紙を取り出す。

「王国は本日より東部地域の警戒段階を引き上げた」

「討伐隊は?」

「現在編成中だ」

アンタレスの指が僅かに動く。

「魔族と確認されたのですか?」

兵士が彼女を見る。

「何?」

「襲撃者が魔族である証拠は?」

「目撃証言がある」

「それだけですか?」

「黒い魔力を使った人型。複数の村で一致している」

アンタレスの表情が冷たくなる。

僕は慌てて腕を軽く引いた。

「アンタレス」

「……」

「今は」

小声。

「分かっています」

兵士が少し怪訝そうに見る。

「何か?」

「いえ」

アンタレスはいつもの落ち着いた表情へ戻る。

「念のため確認しただけです」

「最近、魔族に詳しい人間が増えたな」

兵士が冗談めかして言った。

「……そうですね」

怖い。

僕はそれ以上何も言わない。

荷物。

確認。

身分証。

一人ずつ。

僕。

冒険者証。

「F級」

「はい」

「昨日登録か?」

「はい」

「こんな時期に東へ?」

「護衛補助です」

「気をつけろよ」

「ありがとうございます」

ベラトリクス。

「名前」

「ベラトリクス」

兵士。

止まる。

「……」

「何じゃ」

「すごい名前だな」

「本名じゃ」

「祭りで付けたんじゃないのか?」

「妾は」

「本名です!」

僕。

割り込む。

「生まれた時から!」

「そうか」

兵士。

笑う。

「魔王が魔族警戒地域へ旅か」

「妾なら」

「ベラトリクス」

「……」

黙る。

次。

アンタレス。

「名前」

「アンタレス」

「出身」

「ノクティア」

「ノクティア?」

兵士。

首。

傾げる。

「遠方です」

僕。

早い。

「すごく遠いです」

「……まあいい」

冒険者証。

確認。

「F級」

「はい」

「三人とも新人か?」

「はい」

「C級パーティから離れるなよ」

「承知しました」

アンタレス。

完璧。

ベラトリクス。

不満そう。

検問。

通過。

その時。

兵士が商隊へ紙を配る。

「全員、一枚は持っておけ」

僕も受け取る。

《東部地域における魔族出現への注意》

《不審な魔力、人型の魔族、魔族と思われる者を発見した場合、直ちに王国軍へ通報すること》

「……」

横。

ベラトリクス。

覗く。

アンタレス。

反対側。

覗く。

「……」

「……」

僕。

紙。

ゆっくり折る。

「これ」

「何じゃ」

「二人に見せない方がよかったやつだよね」

「もう見たわ!」

ベラトリクスが怒る。

「妾を発見したら通報じゃと!?」

「声!」

「魔王を魔族と思われる者扱いしおって!」

「問題そこ!?」

アンタレスは笑わない。

紙。

見る。

静か。

「アンタレス?」

「……早い」

「何が?」

「広がるのがです」

「……」

アンタレスが紙を握る。

「一つの村の襲撃だけなら、ここまで警戒は上がりません」

「他でも起きてる」

「はい」

「つまり」

僕。

嫌。

理解。

「白い影が何体もいる?」

「可能性は高いでしょう」

ベラトリクスが前を歩きながら呟く。

「そして、人間は既に魔族の仕業と思っておる」

「まずくない?」

「非常に」

アンタレスが即答した。

「この情報がノクティアへ届けば」

「魔族側も警戒する?」

「それだけならよいのですが」

「人間が討伐隊を出す」

「はい」

「本当に魔族と遭遇したら」

「戦闘になる可能性があります」

「……」

一回。

誰かが攻撃する。

反撃。

次。

また。

五百年前。

同じ。

「じゃあ」

僕は言う。

「本当のことを言えば?」

ベラトリクスが振り返る。

「誰が信じる」

「……」

「王国軍へ行って、妾が『魔族はやっておらぬ』と申すか?」

「……」

想像。

「逮捕されるね」

「じゃろ?」

「アンタレスが言えば」

「私は次代の魔王ですが」

「もっと駄目だ」

二人。

戦争を止めたい。

でも。

人間側から見れば。

一番信用できない二人。

「困ったなあ」

「だから」

アンタレスが東を見る。

「急ぐ必要があります」

「カグラへ?」

「はい」

「シリウスの塔」

「そこに答えがあるとは限りません」

「うん」

「ですが、今ある手がかりの中で最も大きい」

「……」

ベラトリクスも頷く。

「第一塔を止めた者と、今の白い奴らが同じなら、シリウスの塔にも何か残っておるかもしれぬ」

「じゃあ港まで急ぐ?」

「商隊を置いてはいけぬ」

アンタレス。

「依頼中です」

「分かってる」

「それに」

ベラトリクスが僕を見る。

「今のお主を連れて急ぐ方が危険じゃ」

「僕?」

「そうじゃ」

「急に?」

「昨日から考えておった」

「何を?」

ベラトリクスが立ち止まる。

赤い瞳。

真っ直ぐ。

僕を見る。

「ソル」

「何?」

「お主を鍛える」

「……」

「え?」

「聞こえなかったか?」

「聞こえたけど」

「なら返事をせよ」

「何で急に?」

「急ではない」

ベラトリクスが腕を組む。

「昨日の戦いを見て決めた」

「星装?」

「それ以前の問題じゃ」

「……」

嫌な予感。

「お主は弱い」

「知ってる」

「剣も下手」

「村で習っただけだから」

「足運びも雑」

「はい」

「敵を見る位置も悪い」

「……はい」

「距離の取り方も下手」

「はい」

「判断も遅い」

「もうやめて!」

アンタレスが横で少し笑う。

「そこまで言わなくても」

「事実じゃ」

「否定できないけど!」

ベラトリクス。

急に真剣。

「ソル」

「うん」

「レグルスが強かったのは、星装があったからではない」

「……」

「剣があった。足があった。経験があった。判断があった。その全ての上に星装を乗せておった」

「……」

「今のお主は」

一拍。

「強い力を持った素人じゃ」

「……言い方きついなあ」

「間違っておるか?」

「間違ってない」

昨日。

星装。

なかったら。

白い影の攻撃。

一撃。

受けられなかった。

でも。

星装があっても。

ベラトリクスが最後に攻撃しなければ。

どうなっていたか。

分からない。

「それに」

アンタレスが口を開く。

「私も陛下に賛成です」

「アンタレスも?」

「この先、昨日のような敵が増える可能性があります」

「うん」

「その度に、陛下と私がソルだけを守りながら戦えるとは限りません」

「……」

「最低でも」

アンタレスが僕を見る。

「自分の身を守れる程度にはなってもらう必要があります」

「そこそこ戦えるくらい?」

「まずはそこからです」

ベラトリクス。

鼻。

鳴らす。

「星装なしで、普通の魔物一匹程度は倒せるようになれ」

「それ結構大変じゃない?」

「だから鍛えるのじゃ」

「誰が?」

「妾」

「……」

「何じゃその顔」

「教え方」

「ソル」

「感覚って言うじゃん」

「今回は戦闘じゃ!」

「もっと不安!」

アンタレスが小さく手を上げる。

「私も手伝います」

「助かった」

「何故じゃ!」

「アンタレスは説明上手いから」

「妾だって出来る!」

「星装で『散らせ』しか言ってなかったよ」

「散らす以外に何と言えと!」

後ろ。

「何の話だ?」

ガイル。

来る。

「ソルを鍛える」

ベラトリクス。

即答。

「ベラトリクス!」

「何じゃ」

「なんで勝手に」

「事実じゃ」

ガイルが僕を見る。

「鍛える?」

「らしいです」

「……」

僕。

腰。

短剣。

ガイル。

見る。

「ちょうどいい」

「え?」

「俺も言おうと思ってた」

「ガイルさんまで!?」

「昨日の戦い」

「はい」

「身体強化はすごい」

「ありがとうございます」

「でも」

嫌な予感。

「短剣の使い方は酷い」

「……」

ベラトリクス。

笑う。

「ほら見よ」

「嬉しそうにしないで!」

ガイル。

僕。

短剣。

指す。

「誰に習った?」

「村のおじさん」

「冒険者?」

「猟師」

「なるほど」

「駄目?」

「魔物相手の護身程度なら悪くない。ただ」

ガイルが自分の剣を軽く叩く。

「お前の身体強化を使うなら、短剣だけじゃ勿体ない」

「長い方がいい?」

「ああ。片手で扱える剣くらいがいい」

ベラトリクスが少し笑う。

「レグルスも剣じゃった」

「それは関係ある?」

「あるかもしれぬ」

「でも僕、レグルスみたいになるつもりは」

「なる必要はない」

ベラトリクスが即答する。

「え?」

「お主はレグルスではない」

「……」

「星装を預かっただけじゃ」

「うん」

「なら、自分に合う使い方を探せ」

少し。

意外。

「ベラトリクス」

「何じゃ」

「ちゃんと先生っぽい」

「焼くぞ」

「褒めたのに!」

ガイルが笑った。

「剣は港に着いてからでもいい。それまでは、その短剣で基礎をやるか」

「ガイルさんが教えてくれるんですか?」

「ああ」

「いいの?」

「依頼中だ。夜の時間だけな」

「ありがとうございます」

「ただし」

ガイル。

笑顔。

ちょっと怖い。

「俺は優しくないぞ」

「……」

横。

ベラトリクス。

「妾はもっと厳しいぞ」

「競わなくていいよ!」

アンタレス。

「私は適度に」

「アンタレスだけが救い」

「ただし必要なら陛下より厳しくします」

「救い消えた」

その日の夕方。

野営地へ到着。

荷物を降ろし、天幕を張り、食事。

そして。

「よし」

ガイル。

木剣。

二本。

「始めるか」

「もう?」

「何のために早めに野営地入ったと思ってる」

「僕のため?」

「半分。残りは昨日の戦闘で馬が疲れてる」

「ですよね」

一本。

渡される。

短剣より。

長い。

「まず構え」

「はい」

僕。

持つ。

村。

習った。

構え。

「……」

ガイル。

止まる。

「何?」

「よく昨日まで生きてたな」

「そんなに!?」

少し離れ。

ベラトリクス。

「妾もそう思っておった」

「じゃあ早く言ってよ!」

「聞かれなかった」

「アンタレスと同じこと言う!」

アンタレス。

「私は貨幣についてでしたが」

「今そこじゃない!」

ガイルが僕の腕を直す。

「力入りすぎ」

「こう?」

「肩抜け」

「……」

「足開きすぎ」

「はい」

「前に出すぎ」

「……」

「腰高い」

「……」

「ソル」

ベラトリクス。

「何?」

「酷いぞ」

「分かってきたから言わないで!」

ガイル。

笑う。

「最初はこんなもんだ」

「本当に?」

「ああ」

「レグルスなら」

ベラトリクス。

「比較禁止!!」

夜。

星。

焚き火。

僕は。

何度も。

木剣を振った。

星装は使わない。

ただ。

足を動かす。

構える。

振る。

戻す。

避ける。

受ける。

地味。

めちゃくちゃ。

地味。

でも。

「違う」

ガイル。

木剣。

僕の足。

軽く叩く。

「痛っ」

「敵を斬った後に止まるな」

「はい」

「次が来る」

「はい」

「目も武器だけ見るな」

「どこを見るの?」

「全体」

「難しい」

「だから慣れろ」

ベラトリクス。

横。

「肩を見るのじゃ」

「肩?」

「人間は攻撃する前に大抵動く」

「足もです」

アンタレス。

「重心が変わります」

「目線もじゃ」

「多い!」

「戦いとはそういうものじゃ」

「星装より覚えること多くない?」

ガイル。

笑う。

「強い奴ほど、こういう地味なところがちゃんとしてる」

「……」

レグルス。

思い出す。

あの人。

星装。

光。

派手。

でも。

その下。

全部。

積み上げたもの。

だった。

「もう一本お願いします」

ガイル。

少し。

笑う。

「おう」

一時間後。

「……無理」

地面。

仰向け。

倒れる。

「情けないのう」

ベラトリクス。

覗く。

「うるさい」

「まだ一時間じゃぞ」

「一時間ずっと殴られたんだけど!」

「殴ってない。木剣で叩いただけだ」

ガイル。

「同じです!」

アンタレス。

水。

渡す。

「どうぞ」

「ありがとう」

「明日は足運びを重点的に」

「明日も?」

「当然です」

「……」

「嫌ですか?」

僕。

少し。

考える。

腕。

痛い。

脚。

痛い。

疲れた。

でも。

「やる」

「そうですか」

「うん」

右手。

握る。

星装。

使わなくても。

今日。

一回だけ。

ガイルの木剣を避けられた。

偶然。

かもしれない。

でも。

昨日までなら。

絶対。

当たってた。

「星装だけじゃ」

僕。

呟く。

ベラトリクスが見る。

「何じゃ」

「駄目なんでしょ」

「ああ」

「だったら」

起き上がる。

「使わなくても、そこそこ戦えるようにはなりたい」

ガイル。

少し。

笑う。

「いい目標だ」

「そこそこって低い?」

「最初から最強とか言う奴より百倍まし」

ベラトリクス。

「最強は妾がおるから無理じゃ」

「誰もそこ狙ってないよ!」

「ならよい」

アンタレス。

笑う。

その夜。

僕は寝る前に。

星装。

一度だけ。

出した。

金色。

光。

全身。

薄く。

でも。

今日は戦わない。

動かない。

ただ。

光。

見る。

レグルスが預けてくれたもの。

強い。

凄い。

でも。

これだけに頼るのは違う。

「……」

光。

消す。

明日。

また。

剣。

振る。

多分。

痛い。

絶対。

ベラトリクス。

うるさい。

アンタレス。

意外と厳しい。

ガイル。

もっと。

厳しい。

「……大変だなあ」

でも。

少し。

楽しみ。

そんなこと。

思いながら。

僕は目を閉じた。

その頃。

王都から東へ伸びる街道。

さらに先。

別の検問所。

兵士が。

新しい命令書。

壁。

貼る。

《東部魔族警戒令》

《魔族による襲撃件数増加》

《必要に応じ、討伐部隊を派遣する》

その紙。

風。

揺れる。

人々。

見る。

噂。

広がる。

魔族が戻ってきた。

魔王が復活する。

五百年前の恐怖が。

再び。

誰も。

真実。

知らない。

そして。

遥か東。

海の向こう。

カグラ皇国。

剣聖シリウスの塔。

五百年間。

静かだった最上部。

一瞬。

ほんの一瞬だけ。

光が灯った。

青ではない。

金でもない。

鋭い。

銀色。

まるで。

鞘から抜かれた。

一本の刀のように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ