星装
第12話 星装
王都を出てから。
二時間ほど。
僕たちは東へ続く街道を進んでいた。
「……暇じゃ」
隣。
馬車の後ろを歩いていたベラトリクスが呟く。
「まだ二時間だよ」
「二時間も、じゃ」
「旅ってこういうものじゃない?」
「妾が昔旅をしておった頃は、もっと速かった」
「どうやって?」
「飛ぶ」
「基準がおかしいよ」
「転移魔法もあった」
「便利だなあ」
「今の時代が不便なのじゃ」
「五百年間に失われたんでしょ?」
「人間は何をしておったのじゃ」
「僕に言われても」
王都から東部港湾都市リュネまで。
予定では六日から八日。
商隊は全部で五台の馬車。
一台目と二台目には商品。
三台目は食料や野営道具。
残り二台に商人たちが乗っている。
僕たちは基本。
その周囲を歩く。
「陛下」
「何じゃ」
アンタレスが。
前を歩きながら振り返る。
「依頼中です」
「だから何じゃ」
「もう少し周囲を警戒してください」
「何もおらぬ」
「それでもです」
「妾の感知に何も引っかかっておらぬ」
「今の陛下の感知範囲は?」
「……」
「陛下」
「うるさいのう」
ベラトリクスが。
嫌そうに周囲を見る。
「百歩ほどじゃ」
「狭いですね」
「魔力がないのじゃ!」
「誰が使ったのでしょう」
「お主の召喚じゃ!」
「誰が召喚したのでしょう」
「妾じゃ!」
「では陛下の責任です」
「ぐぬ……」
完全に負けている。
僕は。
少し前を歩くガイルを見る。
剣を腰へ。
周囲。
森。
街道。
時々。
視線が動く。
その後ろ。
弓使いのセラ。
さらに。
魔術師のノア。
盾を持った女性。
名前はミラというらしい。
《蒼鷹》。
C級。
昨日までは。
C級と聞いても。
どれくらいなのか分からなかった。
でも。
実際に一緒に歩くと。
何となく。
違う。
「ソル」
「はい?」
前。
ガイルが振り返る。
「疲れてないか?」
「まだ大丈夫です」
「無理なら言えよ」
「はい」
「そっちの二人は」
「問題ない」
ベラトリクス。
「問題ありません」
アンタレス。
「元気だな」
ガイルが笑う。
「新人三人だから少し心配してたんだけど」
「妾を誰だと」
「ベラトリクス」
「何じゃ」
「今日はそれ禁止」
「何故じゃ!」
「正体言いそうだから!」
「何の話だ?」
ガイルが聞く。
「何でもないです!」
僕は笑う。
「この人、自分を魔王だと思ってるので」
「思っておるのではない!」
「設定ですね」
アンタレスが。
さらっと付け加えた。
「アンタレス!?」
「王都で目立つなと仰ったのは陛下です」
「そうじゃが!」
「では合わせてください」
「妾は本物――」
「陛下」
「……」
「本物?」
ガイル。
「本気で魔王だと思ってるんです」
「大変だな、ソル」
「最近慣れてきました」
「お主ら……」
ベラトリクスが。
すごい顔で僕を見る。
その時。
「前方」
セラの声。
空気が。
変わった。
ガイルが。
一瞬で前を見る。
「止まれ」
商隊。
停止。
さっきまでの笑顔。
消えている。
僕も。
腰の短剣へ手を伸ばした。
「何?」
「静かに」
セラが弓を構える。
森。
右。
木々。
「……三」
小さく呟く。
「いや」
目を細める。
「五」
ノア。
杖。
「魔物?」
「多分」
ミラが。
大盾を前へ出す。
「商人は馬車の間へ」
ガイルの声。
「補助組」
「はい!」
「戦わなくていい。馬車から離れるな」
「分かりました」
僕は答える。
ベラトリクス。
隣。
「妾もか?」
「お前も新人だろ」
「……」
「ベラトリクス」
僕が。
服を引く。
「我慢」
「分かっておる」
「本当に?」
「妾とて、あれくらいで騒がぬ」
森。
音。
がさっ。
「来る!」
セラ。
弓。
放つ。
ヒュッ。
木々の隙間。
何かが。
飛び出す。
狼。
でも。
昨日の牙狼より。
大きい。
灰色の毛。
前脚。
黒い爪。
「鉄爪狼!」
ノアが叫ぶ。
一体。
二体。
三体。
五体。
「D級相当!」
ガイル。
剣を抜く。
「ミラ!」
「了解!」
大盾。
地面。
ドンッ。
一体目。
飛びかかる。
「はぁっ!」
盾。
衝突。
狼が弾かれる。
そこへ。
ガイル。
一閃。
速い。
「……!」
僕には。
剣を振った瞬間が。
ほとんど見えなかった。
一体。
倒れる。
「ノア!」
「任せて!」
杖。
青。
魔法陣。
「《水槍》!」
水。
槍。
二本。
飛ぶ。
狼。
一体。
地面へ縫い付ける。
セラ。
矢。
一発。
二発。
動いている狼の。
目。
喉。
正確に。
「すご……」
思わず。
声。
「見るなら足も見ろ」
ベラトリクス。
「え?」
「上ばかり見るな」
「どういう」
「一体」
アンタレスが言う。
「回っています」
「……」
僕は。
森を見る。
戦っている。
四体。
いや。
倒れたのが二体。
残り。
三体。
五体いた。
「一体いない」
「気づくのが遅い」
ベラトリクス。
「どこ?」
「左」
アンタレス。
瞬間。
馬。
鳴く。
「ヒヒィンッ!」
「っ!」
商隊。
最後尾。
木々から。
灰色。
「来た!」
一体。
戦闘を避けて。
馬車の後ろへ。
「後方!」
僕が叫ぶ。
ガイル。
振り返る。
でも。
遠い。
ミラ。
三体目。
受け止めている。
セラ。
弓。
構える。
「射線が!」
商人。
馬。
重なる。
撃てない。
鉄爪狼。
地面を蹴る。
向かう先。
最後尾の馬車。
その横。
荷紐を直していた。
若い商人。
僕より。
少し年上くらい。
「え?」
気づく。
遅い。
「逃げろ!」
ガイルが叫ぶ。
鉄爪狼。
跳ぶ。
「っ!」
僕も。
走る。
遠い。
間に合わない。
分かる。
僕の足じゃ。
絶対。
間に合わない。
「ソル!」
誰かの声。
でも。
身体。
もう。
動いていた。
助けなきゃ。
理由。
ない。
考えてない。
ただ。
目の前。
あの人。
死ぬ。
嫌だ。
「間に合え……!」
――ドクン。
胸。
何か。
脈打つ。
「……え」
熱。
レグルスから。
預かったもの。
右手。
剣の紋様。
金色。
光る。
次の瞬間。
全身。
光。
「なっ……」
ガイルの声。
僕自身。
何が起きたのか。
分からない。
腕。
肩。
胸。
脚。
身体の表面。
金色の光が走る。
そこから。
無数。
小さな粒。
溢れ出した。
「……光?」
星屑。
みたいな。
金色の粒。
身体の周囲。
舞う。
綺麗。
そう思った。
次。
右脚。
熱。
光の粒。
脚へ。
集まる。
「っ!」
踏み込んだ。
瞬間。
景色。
消えた。
「え――」
風。
耳。
痛い。
一歩。
それだけ。
なのに。
さっきまで。
何十歩も先にいた商人。
目の前。
「うわっ!?」
止まれない。
「ソル!」
ベラトリクス。
声。
「散らせ!」
「何を!?」
「光じゃ!」
「どうやって!?」
「全身へ回せ!」
「分かんないよ!」
鉄爪狼。
目前。
爪。
振る。
僕は。
反射。
短剣。
抜く。
ガキィンッ!
「っ……!」
重い。
腕。
痺れる。
刃。
軋む。
でも。
受け止めた。
「なんで……」
いつもの僕なら。
絶対。
無理。
鉄爪狼。
体重。
力。
全部。
僕より上。
なのに。
足。
動かない。
いや。
違う。
身体。
光が。
支えている。
全身を覆う。
薄い。
金色。
「グルルル……!」
狼。
力を込める。
「くっ……!」
押される。
右腕。
痛い。
「ソル!離れろ!」
ガイル。
でも。
背中。
商人。
いる。
離れたら。
こっちへ。
来る。
「嫌だ……!」
鉄爪狼。
口。
開く。
牙。
その時。
光。
また。
動いた。
僕の周囲。
漂っていた。
金色の粒。
一つ。
二つ。
三つ。
どんどん。
右腕へ。
集まる。
「……何」
右手。
熱い。
短剣。
金色。
光る。
粒。
刃へ。
まとわりつく。
「ソル!」
ベラトリクスの声。
今度は。
少し。
違う。
驚いている。
「そのまま集めよ!」
「え?」
「一点へじゃ!」
「一点……」
光。
右腕。
短剣。
全部。
集める。
分からない。
やり方。
知らない。
でも。
不思議と。
身体が。
知ってる。
――違う。
僕が。
知ってるんじゃない。
この魔力が。
知っている。
そんな。
感覚。
「っ……!」
右腕。
引く。
狼の爪。
短剣で。
弾く。
「はぁっ!」
振る。
一閃。
金色。
軌跡。
空気へ残る。
鉄爪狼。
止まった。
「……」
一秒。
身体。
横。
線。
そして。
崩れる。
ドサッ。
「……え?」
僕は。
短剣を見る。
普通。
村から持ってきた。
安い。
短剣。
でも。
一瞬。
鉄爪狼を。
斬った。
「ソル!後ろ!」
セラ。
声。
「え?」
もう一体。
戦っていた狼。
ガイルたちを抜け。
こっち。
速い。
「まず――」
身体。
動かす。
でも。
右脚。
光。
集まりすぎる。
「っ!?」
また。
景色。
飛ぶ。
「うわっ!」
狼。
通り過ぎる。
僕。
その横。
さらに。
十歩。
「止まれない!」
「馬鹿者!」
ベラトリクス。
「光を散らせと申しておるじゃろ!」
「だからやり方が!」
「感覚じゃ!」
「一番困る説明!」
鉄爪狼。
向きを変える。
僕。
足。
ふらつく。
「まずい」
魔力。
身体。
暴れる。
右脚だけ。
異様に軽い。
左。
普通。
バランス。
最悪。
狼。
走る。
「ソル!」
その前。
影。
「はぁっ!」
ガイル。
剣。
鉄爪狼。
横。
斬る。
一撃。
倒れる。
「……」
静か。
残り。
《蒼鷹》。
処理。
していた。
五体。
全部。
倒れた。
「……終わった?」
「終わった」
ガイルが。
剣の血を払う。
「お前は」
僕を見る。
「動くな」
「え?」
「今にも転びそうだ」
「大丈夫」
一歩。
「……」
脚。
力。
抜ける。
「うわ」
ガイル。
腕。
掴む。
「言っただろ」
「すみません」
「ソル!」
後ろ。
商人。
さっきの人。
駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「僕は」
「それはこっちの台詞だ!」
「え?」
「助けてもらったのは俺だぞ!」
「……あ」
そうだった。
助ける。
それしか。
考えてなかった。
「怪我は?」
「ない!」
「よかった」
本当に。
よかった。
でも。
周囲。
視線。
感じる。
ガイル。
セラ。
ノア。
ミラ。
商人たち。
そして。
アンタレス。
ベラトリクス。
全員。
僕を見ていた。
「……何?」
最初。
口を開いたのは。
ノア。
「ソル」
「うん」
「今の」
目。
輝いてる。
「何!?」
「僕も聞きたい」
「身体光ったよな!?」
「光ったね」
「金色だった!」
「そうだね」
「粒みたいなの出て!」
「出てた」
「それが剣に!」
「短剣」
「どっちでもいい!」
よくない。
「魔術?」
セラが近づく。
「分からないです」
「分からない?」
「初めて使いました」
「初めて?」
余計。
変な顔。
「待て」
ガイル。
ノアを止める。
「話は後だ」
周囲。
森。
「血の匂いで別の魔物が来るかもしれない」
「了解」
さすが。
切り替え。
早い。
「死体を街道脇へ。討伐部位だけ回収」
「はい」
「ソル」
「はい」
「お前は休め」
「でも補助」
「命令」
「……はい」
C級。
指揮。
聞く約束。
僕は。
馬車の横。
座った。
「……」
手。
見る。
もう。
光ってない。
粒も。
消えた。
右手。
剣の紋様も。
薄くなって。
見えない。
でも。
身体の奥。
まだ。
熱い。
「……何だったんだろ」
「ソル」
ベラトリクス。
来る。
その後ろ。
アンタレス。
「何?」
「腕を見せよ」
「腕?」
右。
差し出す。
ベラトリクス。
掴む。
「痛っ」
「痛いか?」
「ちょっと」
「ここは」
「痛い」
「ここ」
「そこも」
「なるほど」
「何が?」
「筋が悲鳴を上げておる」
「え!?」
「大袈裟に言えばな」
「怖い言い方しないでよ!」
アンタレス。
僕の肩。
腕。
見る。
「右脚もですね」
「分かる?」
「歩き方で」
「そんなに?」
「はい」
ベラトリクス。
鼻を鳴らす。
「当然じゃ」
「何が?」
「あれだけ雑に使えばな」
「あれ」
僕は。
二人を見る。
「知ってるの?」
「……」
ベラトリクス。
少し。
黙る。
アンタレス。
先。
口。
「知っています」
「本当に?」
「はい」
「何だったの?」
アンタレスは。
ベラトリクスを見る。
「陛下」
「ああ」
ベラトリクス。
僕の前。
しゃがむ。
「ソル」
「うん」
「今の技」
少し。
間。
「《星装》じゃ」
「……星装?」
「ああ」
「誰の?」
分かってる。
多分。
でも。
聞いた。
ベラトリクス。
赤い瞳。
僕を見る。
「レグルスじゃ」
「……」
胸。
少し。
熱くなる。
「勇者レグルスが」
「そうじゃ」
ベラトリクスが。
僕の右手を見る。
「奴が生前、戦闘で使っておった魔力操作術じゃ」
「魔法じゃないの?」
「魔法でもある。じゃが、普通の術式とは違う」
「どう違う?」
「自身の魔力を」
ベラトリクス。
指。
僕の胸。
「極限まで細かく分ける」
「細かく?」
「ああ」
「さっきの粒?」
「そうじゃ」
金色。
光。
粒。
「分けた魔力を身体の周囲へ纏い」
ベラトリクス。
僕の腕。
軽く叩く。
「筋力」
肩。
「反応」
胸。
「防御」
脚。
「速度」
「全部?」
「ああ」
「便利すぎない?」
「だからレグルスは使っておった」
「でも」
僕は。
右腕を見る。
「さっき剣にも集まった」
「それが星装の本質じゃ」
「本質?」
「分散と収束」
「……」
アンタレスが。
続ける。
「全身へ薄く纏えば、身体能力全体を底上げできます」
「うん」
「ですが」
僕の短剣。
見る。
「攻撃する瞬間だけ、一部の粒子を一点へ集める」
「さっきみたいに」
「はい」
「その分だけ」
アンタレスが。
静かに言う。
「一撃の威力は跳ね上がります」
「……」
僕は。
鉄爪狼。
見る。
一撃。
僕が。
斬った。
「レグルスは」
ベラトリクスが言う。
「それを呼吸するようにやっておった」
「呼吸?」
「戦いながらじゃ」
「……」
「走る時は脚」
「うん」
「受ける時は腕と胴」
「うん」
「斬る瞬間は剣」
「……」
「次の瞬間には、また全身」
速い。
そんな。
考えながら。
できる気がしない。
「一秒の間に何度も?」
「ああ」
「無理だよ」
「レグルスはやった」
「勇者でしょ」
「だから何じゃ」
「僕、村人」
「今はF級冒険者です」
アンタレス。
「そこ足さなくていいよ」
ベラトリクスが。
腕を組む。
「奴が最初から出来たと思うか?」
「え?」
「崖から落ちた話」
「あ」
聖剣。
最初。
勢い余って。
崖。
「星装?」
「正確には、その原型じゃな」
「レグルスも失敗した?」
「何度も」
「……」
少し。
安心。
「じゃあ練習すれば」
「待て」
ベラトリクス。
声。
変わる。
「話はそこではない」
「え?」
「ソル」
真剣。
「何故、お主が使えた」
「……」
「僕も分からない」
「レグルスから魔力をもらったからじゃないの?」
僕が聞く。
ベラトリクス。
首。
横。
「それだけでは説明できぬ」
「なんで?」
「魔力は魔力じゃ」
「……」
「剣を渡されたからといって、剣士の技まで手に入ると思うか?」
「……あ」
「ならぬじゃろ」
「うん」
アンタレスも。
頷く。
「星装はレグルス殿自身が長い時間をかけて身につけた技術です」
「魔力を受け取っただけで」
「技術までは受け継げないはずです」
「……」
僕。
自分の手。
見る。
「でも」
思い出す。
鉄爪狼。
目の前。
光。
僕は。
やり方。
知らなかった。
なのに。
「身体が知ってた」
「何?」
ベラトリクス。
「僕は知らない」
「うん」
「でも」
胸。
指す。
「これが」
レグルス。
残った魔力。
「知ってる感じがした」
「……」
ベラトリクス。
黙る。
アンタレス。
目。
少し。
細くなる。
「魔力に残った」
僕は。
言葉。
探す。
「記憶?」
「……」
その瞬間。
ベラトリクスの表情。
僅か。
変わった。
僕は気づく。
「何?」
「何でもない」
「また?」
「気のせいじゃ」
「絶対何かあるじゃん」
「ない」
「顔が」
「妾の顔を読むな」
アンタレス。
ベラトリクス。
見る。
「陛下」
「何じゃ」
「何か心当たりが?」
「ない」
「……」
「ないと言っておる」
アンタレス。
数秒。
見る。
でも。
追及。
しない。
「ともかく」
ベラトリクスが。
話。
戻す。
「今のお主が星装を使うのは危険じゃ」
「え」
「何故じゃない」
「まだ聞いてない」
「顔が聞いておった」
「便利だなそれ」
「先ほど」
僕の右脚。
指す。
「脚へ集めすぎた」
「うん」
「加速はした」
「うん」
「じゃが、止まれなかった」
「……」
「右腕もじゃ」
「狼斬った時?」
「ああ」
「一点へ集めすぎておる」
「でも倒せた」
「その代わり」
ベラトリクス。
僕の腕。
指で。
押す。
「痛っ!」
「こうなる」
「分かったから押さないで!」
「レグルスは、自分の身体が壊れぬ範囲を知っておった」
「……」
「お主は知らぬ」
「じゃあ」
「今のまま調子に乗れば」
少し。
笑う。
「自分の足を自分で折るぞ」
「怖っ!」
「腕もな」
「もっと怖い!」
「最悪」
アンタレス。
真顔。
「全身」
「やめて!」
二人。
怖い。
「使うなってこと?」
僕が聞く。
ベラトリクス。
少し。
考える。
「いや」
「いいの?」
「使え」
「どっち!?」
「使わねば覚えぬ」
「でも危険なんでしょ」
「だから」
ベラトリクス。
笑う。
嫌な。
笑顔。
「妾が教えてやる」
「……」
「嫌な予感しかしない」
「喜べ」
「何を?」
「五百年前」
ベラトリクスが。
胸張る。
「レグルスの星装を最も近くで見ておった者の一人じゃ」
「……」
確かに。
「戦った相手としてな」
「そっち!?」
「何度斬られたと思っておる」
「知らないよ!」
「何度妾が殴り飛ばしたと」
「それも知らない!」
アンタレス。
横。
「陛下」
「何じゃ」
「教えられますか?」
「何を」
「人に」
「……」
「分かりやすく」
「……」
ベラトリクス。
黙った。
「さっき感覚って言ってたよ」
僕。
「ソル」
「何?」
「黙れ」
「僕が習うんだけど!」
少し離れた場所。
「おーい」
ガイル。
呼ぶ。
「片付いたぞ」
「はい!」
「動けるか?」
僕。
立つ。
「っ」
脚。
少し。
痛い。
「大丈夫です」
「無理すんなよ」
「はい」
ガイル。
僕。
見る。
そして。
右手。
「さっきの話」
「……」
来た。
「魔術か?」
「多分」
僕。
ベラトリクス。
ちら。
「身体強化の魔術です」
「初めて使ったって?」
「はい」
「誰に習った?」
「……」
困る。
勇者レグルス。
言えない。
「昔」
ベラトリクス。
前。
出る。
「村へ来た旅人じゃ」
「え?」
僕。
見る。
「妾も見たことがある」
さらっと。
嘘。
いや。
技自体は見た。
五百年前。
「名前は?」
ガイル。
「知らぬ」
ベラトリクス。
僕。
見る。
「ソルもな」
「……はい」
今。
知ったけど。
合わせる。
「珍しい術だな」
ガイル。
それ以上。
追及。
しない。
「ただ」
「はい」
「俺が戦わなくていいって言ったの覚えてるか?」
「……はい」
「命令違反」
「すみません」
「ガイル」
助けた商人。
口。
挟む。
「でも俺を助けて」
「分かってる」
ガイルが。
手。
上げる。
僕。
見る。
「怒ってるわけじゃない」
「え?」
「むしろ」
少し。
笑う。
「よく動いた」
「……」
「ありがとう」
「でも」
表情。
真面目。
「次も同じことをして、生き残れるとは限らない」
「……はい」
「自分が死んだら、助けた相手も喜ばない」
レグルス。
言ってた。
五百年後に生まれた僕が。
背負う必要はない。
世界を救えとも言わない。
どう使うか。
僕が決める。
「……分かりました」
「本当に?」
「はい」
「ならいい」
ガイル。
僕の肩。
軽く叩く。
「あと」
「?」
「さっきの加速」
「はい」
「止まれるようになってから使え」
「……」
「見てて怖かった」
「僕も怖かったです」
「ははっ!」
笑われた。
商隊。
再出発。
僕は。
馬車の横。
歩く。
右脚。
少し痛い。
右腕。
もっと痛い。
「陛下」
前。
アンタレス。
小声。
「先ほどの」
「ああ」
二人。
聞こえてる。
僕は。
少し後ろ。
気づかないふり。
「間違いありませんね」
「うむ」
ベラトリクス。
答える。
「レグルス殿の星装」
「ああ」
「魔力の色まで」
「同じじゃ」
「……」
アンタレス。
僕。
見る。
「そんなことが」
「本来ならない」
「では」
「……」
ベラトリクス。
黙る。
脳裏。
古代帝国。
ソル。
太陽。
魔力の残滓。
記憶。
残響。
そして。
今。
魔力へ刻まれた技術すら。
再現した。
――古代魔法。
疑い。
さらに。
強くなる。
だが。
まだ。
言えない。
確証。
ない。
それに。
もし。
本当に。
自分が考えているものなら。
「……面倒なことになったのう」
「陛下?」
「何でもない」
「またですか」
「気のせいじゃ」
「便利な言葉ですね」
「ソルにも同じことを言われたわ」
後ろ。
「聞こえてるよ!」
「聞くでない!」
「普通に話してるじゃん!」
商隊。
笑い。
少し。
戻る。
昼。
休憩。
僕。
パン。
食べながら。
右手。
見る。
「ソル」
ノア。
隣。
座る。
「何?」
「さっきの光」
「まだ気になる?」
「当たり前だろ!」
目。
また。
輝く。
「金色の魔力って珍しいんだぞ」
「そうなの?」
「かなり」
「へえ」
「しかも」
ノア。
声。
小さくする。
「勇者レグルスも」
「……」
手。
止まる。
「金色の光を纏って戦ったって伝承がある」
「……そうなんだ」
「知らなかった?」
「うん」
「五英雄記読んでない?」
「読んでない」
「嘘だろ!?」
「そんなに?」
「王都じゃ子供でも読むぞ!」
「フィル村では畑の方が大事だったから」
「……」
本気で。
ショック。
受けてる。
「今度貸す」
「旅に持ってきてるの?」
「当然」
「重くない?」
「英雄の歴史に重さなんてない」
「いや本は重いよ」
ノア。
鞄。
指す。
絶対。
何冊か。
入ってる。
「でも」
ノア。
僕。
見る。
「似てた」
「何が?」
「光」
「……」
「絵本に描かれてる勇者の光に」
少し。
胸。
ざわつく。
「まあ」
僕。
笑う。
「偶然じゃない?」
「そうかなあ」
「勇者の力なんて僕が使えるわけないでしょ」
「それはそう」
「即答?」
「だってF級だろ?」
「……」
最近。
それ。
いろんな人に言われる。
少し離れた場所。
ベラトリクス。
笑ってる。
絶対。
聞いてた。
夕方。
日が。
傾く。
初日の野営地。
川。
近く。
商隊。
止まる。
「補助組!」
ガイル。
「天幕頼む!」
「はい!」
仕事。
始まる。
天幕。
火。
馬。
荷物。
冒険者。
思ってたより。
地味。
「ソル」
ベラトリクス。
布。
持つ。
「これはどうする」
「そこ結んで」
「どこじゃ」
「そこ」
「これか」
「違う」
「これ?」
「逆」
「面倒じゃ!」
「戦うより簡単でしょ!」
「妾は戦う方が得意じゃ!」
「知ってる!」
アンタレス。
横。
もう。
一つ。
完成。
「終わりました」
「早っ」
「陛下」
「何じゃ」
「まだですか」
「今やっておる!」
「陛下が持っている布」
「うむ」
「上下逆です」
「……」
「ベラトリクス」
「何じゃ」
「僕がやる」
「嫌じゃ!」
結局。
一番。
時間。
かかった。
夜。
食事。
商隊。
囲む。
焚き火。
昼の戦闘。
話題。
「新人が一匹倒したんだって?」
商人。
「すげえな」
「たまたまです」
僕。
答える。
「助かったよ」
昼。
助けた青年。
名前。
トーマ。
何度目か。
礼。
「もう大丈夫だって」
「命の恩人だからな」
「大袈裟」
「狼の腹の中よりは大袈裟じゃない」
「それはそうだけど」
少し。
恥ずかしい。
ベラトリクス。
肉。
食べながら。
「調子に乗るでないぞ」
「乗ってないよ」
「顔が少し嬉しそうじゃ」
「ありがとうって言われたら嬉しいでしょ」
「そういうものか」
「ベラトリクスは?」
「妾は感謝されるのは当然じゃ」
「聞いた僕が悪かった」
アンタレス。
スープ。
飲む。
「ですが」
僕。
見る。
「よく動きました」
「アンタレスまで」
「無謀ではありました」
「はい」
「制御も最悪でした」
「はい」
「星装も粗雑でした」
「はい……」
「ですが」
少し。
笑う。
「誰かを助けようとしたこと自体は」
一拍。
「悪くないと思います」
「……ありがとう」
「ふん」
ベラトリクス。
「何?」
「何でもない」
「また?」
「食事中じゃ」
「関係ないじゃん」
夜。
見張り。
僕たち三人。
最初。
担当。
焚き火。
少し。
離れる。
ガイルたち。
休む。
「さて」
ベラトリクス。
立つ。
「何?」
「訓練じゃ」
「今!?」
「今じゃ」
「僕、今日戦ったよ?」
「だからじゃ」
「腕痛い」
「使い方を覚えれば痛くならぬ」
「脚も」
「同じじゃ」
「休ませて」
「嫌じゃ」
「アンタレス」
助け。
求める。
「陛下」
「何じゃ」
「今日は身体に負担が」
「ほら!」
「ですので」
アンタレス。
僕。
見る。
「光を出すだけにしましょう」
「そっち!?」
逃げ道。
なかった。
「まず」
ベラトリクス。
僕の前。
「星装」
「うん」
「出せ」
「……」
「何じゃ」
「出し方知らない」
「さっき出したではないか」
「勝手に出たんだよ!」
「では勝手に出せ」
「無理だよ!」
「役立たずじゃのう」
「昨日まで普通の村人!」
「胸の魔力を感じよ」
アンタレス。
助言。
「レグルス殿から預かった魔力です」
「……」
目。
閉じる。
胸。
意識。
「……」
ある。
僕。
元々。
魔力。
それとは。
少し。
違う。
温かい。
金色。
見えない。
でも。
分かる。
「それを」
ベラトリクス。
「身体へ流せ」
「……」
腕。
意識。
何も。
「出ない」
「もっと」
「……」
熱。
少し。
右手。
「あ」
紋様。
薄く。
光。
「そのまま」
アンタレス。
「粒へ」
「粒」
「細かく分けるイメージを」
「……」
金色。
光。
一つ。
手の甲。
ふわっ。
小さな粒。
浮く。
「出た」
「一個じゃな」
「最初なんだから褒めてよ!」
「レグルスなら千」
「比較対象やめて!」
「では二つ目」
「アンタレスまで!?」
でも。
続ける。
一つ。
二つ。
三つ。
少しずつ。
指。
周囲。
光。
「……綺麗」
僕。
呟く。
本当に。
星。
小さい。
「これが」
胸。
少し。
熱くなる。
「レグルスの」
「ああ」
ベラトリクス。
光。
見る。
少し。
懐かしそう。
「奴の光じゃ」
「……」
「じゃが」
僕。
見る。
「今はお主の中にある」
「……」
レグルス。
言葉。
思い出す。
――預けるだけだ。
――どう使うかは君が決めろ。
「僕の」
「勘違いするでない」
「え?」
「まだ借り物じゃ」
「今いい感じだったのに!」
「事実じゃ」
アンタレス。
小さく。
笑う。
「陛下らしいですね」
「何がじゃ」
「いえ」
ベラトリクス。
腕組む。
「まずは百粒」
「今日!?」
「当然」
「無理!」
「五十」
「急に下がった」
「十」
「最初からそれで!」
「甘い」
「どっちだよ!」
夜。
森。
星。
頭上。
僕の周り。
ほんの。
数個。
金色の光。
浮かぶ。
まだ。
小さい。
弱い。
レグルスが使っていたものには。
遠く。
及ばない。
でも。
確かに。
そこにある。
五百年前。
勇者が纏った光。
今。
僕の手。
一つ。
また一つ。
生まれる。
「ソル」
「何?」
ベラトリクス。
空。
見上げる。
「覚えておけ」
「?」
「星装は」
赤い瞳。
金色の粒。
映る。
「光らせる技ではない」
「……うん」
「守るためでも」
「うん」
「斬るためでもない」
「じゃあ?」
「選ぶための技じゃ」
「選ぶ?」
「ああ」
「どこへ力を集めるか」
「……」
「どこを守るか」
「……」
「何を捨てるか」
ベラトリクス。
少し。
笑う。
「全部、自分で決める」
「……」
レグルス。
勇者。
誰かに。
選ばれた。
だけじゃない。
何度も。
自分で。
選んだ人。
だったのかもしれない。
「だから」
ベラトリクスが言う。
「レグルスに合っておった」
「……そっか」
僕。
右手。
握る。
光。
数個。
集まる。
まだ。
弱い。
「僕にも」
「何じゃ」
「使えるかな」
「知らぬ」
「そこは使えるって言ってよ」
「妾は嘘を申さぬ」
「さっき門で嘘ついてたけど」
「細かい」
「でも」
ベラトリクス。
僕を見る。
「使えぬとは」
一拍。
「思っておらぬ」
「……」
「何じゃ、その顔は」
「いや」
「気持ち悪い」
「せっかく嬉しかったのに!」
アンタレス。
少し離れ。
二人。
見る。
その夜。
僕は。
初めて。
自分の意思で。
三十二個。
光の粒を出せた。
百には。
全然届かなかった。
途中。
右腕が痺れて。
ベラトリクスに止められた。
「今日はここまでじゃ」
「まだできる」
「調子に乗るな」
「さっきやれって」
「今はやめろと言っておる」
「どっちなんだよ」
「妾が正しい」
「ずるい」
寝る前。
僕は。
もう一度。
手を見る。
何も。
光ってない。
でも。
確かに。
覚えた。
《星装》。
勇者レグルスが使っていた技。
僕にはまだ。
借り物。
まともに走ることすら。
できない。
それでも。
初めて使ったその力で。
一人。
助けることができた。
だから。
少しだけ。
思った。
この力を。
ちゃんと使えるようになりたい。
誰かに言われたからじゃない。
世界を救うためでもない。
次に。
また。
間に合いたいと思った時。
今度は。
転ばずに。
届くために。
僕は。
目を閉じた。
その胸の奥。
レグルスから預かった金色の光が。
ほんの一度だけ。
静かに。
脈打った。




