生還
第126話 生還
目を覚ました翌朝。
身体はまだ少し重かった。
頭の奥にも鈍い痛みが残っている。
でも。
歩けないほどじゃない。
僕はゆっくり身体を起こした。
「……よし」
ベッドから足を下ろす。
立てる。
少しふらつく。
でも大丈夫。
昨日よりずっといい。
部屋の扉を開ける。
「ソル!」
「うわっ!?」
いきなり母さんの声。
廊下に出た瞬間、ものすごい勢いでこっちへ来た。
「起きて大丈夫なの!?」
「う、うん」
「頭は!?」
「ちょっと痛い」
「なら寝てなさい!」
「でも」
「でもじゃない!」
「……はい」
強い。
その後ろ。
父さん。
腕を組んでいる。
「ソル」
「何?」
「世界を救う前に」
一拍。
「自分の身体くらい守れるようになれ」
「……」
昨日。
似たようなことを言われた。
「ベラにも言われた」
「なら二人分聞いておけ」
「はい……」
「まったく」
母さんが僕の額へ手を当てる。
「熱は……なさそうね」
「だから大丈夫だって」
「あなたの大丈夫は信用できません」
「……」
その言葉。
最近どこかで聞いた気がする。
「起きたか」
声。
振り返る。
「カイル」
槍を背負ったカイルが廊下の向こうから歩いてきた。
「もう歩いて大丈夫なのか?」
「うん」
「本当か?」
「たぶん」
「戻れ」
「何で!?」
「たぶんって言っただろ」
「大丈夫だよ」
カイルがため息をつく。
「お前の大丈夫は信用できねえ」
「母さんと同じこと言わないでよ」
「なら反省しろ」
「……」
カイルが少し笑う。
「まあ」
一拍。
「起きたならよかった」
「……うん」
僕も笑う。
「みんなは?」
表情。
カイルが変わる。
でも。
暗くない。
「無事だ」
「……」
「シノブも」
一拍。
「先鋭部隊も全員」
「全員?」
「ああ」
「……よかった」
本当に。
よかった。
「重傷者はいる」
「……」
「でもセレフィアの聖職者たちが治療してる。命に別状はない」
「そっか」
身体から力が抜ける。
昨日。
最後に確認した。
全員。
星域から出た。
でも。
その後。
僕は倒れた。
ちゃんと。
助かった。
「よかった……」
「お前」
カイルが僕を見る。
「それしか言わねえな」
「だって」
「まあ、分かるけどな」
その時。
母さんが口を開く。
「あなた」
「何?」
「昨日」
「うん」
「ベラさんに聞きましたからね」
「……何を?」
「全部」
嫌な予感。
「全部って?」
「あなたが倒れるまで能力を使い続けてたこと」
「……」
「鼻血を出してもやめなかったこと」
「……」
「ベラさんが止めても聞かなかったこと」
「……」
母さん。
笑顔。
怖い。
「ソル?」
「はい」
「あとでお話しましょうね」
「……はい」
カイル。
笑ってる。
「何笑ってんの」
「いや」
「カイルも一緒にいたんだからね?」
母さんが言う。
「え?」
カイルの笑顔が消える。
「止めなかったんでしょ?」
「いや、俺は」
「カイル君?」
「……すみません」
「何でカイルまで怒られてんの」
「お前のせいだろ!」
その時。
父さんが笑った。
「昨日はもっと凄かったぞ」
「何が?」
「ベラトリクス殿まで怒られていた」
「……え?」
僕は母さんを見る。
「ベラを?」
「当然でしょ」
「何て?」
「なんで止めなかったんですかって」
「……」
想像。
母さん。
その前。
五百年前の魔王ベラトリクス。
「……ベラ、何て?」
カイルが答える。
「黙って聞いてた」
「嘘」
「本当だ」
「見たかった……」
「ソル?」
母さん。
「何でもありません」
その時。
家の外。
鐘。
大聖堂の方角から。
三度。
「……」
カイルが窓を見る。
「始まるな」
「何が?」
「緊急会議」
「……黒い世界?」
「ああ」
カイルの表情から笑みが消える。
「昨日の件だ」
「僕も行く」
「ベラから止められてる」
「行く」
「だと思ったよ」
「なら何で言ったの」
「一応だ」
僕は母さんを見る。
「母さん」
「駄目です」
「まだ何も言ってない」
「会議へ行くんでしょ?」
「……うん」
「今日は休みなさい」
「でも」
「ソル」
父さん。
「行く必要があるのか?」
「……ある」
即答。
「僕を」
一拍。
「あいつらが見てた」
「……」
父さんの表情が変わる。
「僕のことをアウレストラって呼んだ」
「……」
「だから」
「分かった」
父さんが言う。
「行ってこい」
「あなた」
「ただし」
僕を見る。
「戦うな」
「……」
「会議が終わったら帰ってこい」
「うん」
「約束だ」
「分かった」
母さんは。
しばらく僕を見る。
そして。
ため息。
「絶対に帰ってくるのよ」
「うん」
「今日は歩いて」
「分かってる」
「走らない」
「はい」
「魔法も使わない」
「……」
「ソル?」
「はい」
カイルが笑う。
「完全に子供だな」
「うるさい」
セレフィア神聖国。
大聖堂。
世界会議場。
扉が開く。
「……」
空気。
重い。
昨日までとは違う。
中央。
巨大な円卓。
教皇。
アルヴィス。
各国首脳。
軍事責任者。
アルカディアの研究者。
シノブ。
ベラ。
そして。
魔道通信。
アンタレス。
僕とカイルが入る。
「ソル」
ベラ。
「何で来た」
「会議だから」
「寝ておれと言ったじゃろ」
「もう寝た」
「そういう意味ではない」
「大丈夫」
「その言葉を禁止にするぞ」
「何で!?」
「昨日から何度聞いたと思っておる」
カイルが笑う。
「俺も賛成」
「カイルまで!?」
「ソル」
教皇。
「体調は?」
「問題ありません」
ベラが見る。
「……ほぼ」
「正直でよろしい」
教皇が僅かに笑う。
そして。
表情を戻す。
「では」
一拍。
「始めましょう」
魔道通信。
アンタレスが口を開く。
『まず』
会議場。
静かになる。
『昨日の救出作戦について報告します』
全員。
アンタレスを見る。
『カグラ皇国先鋭部隊』
一拍。
『生存者――全員』
「……」
僅かに。
空気が緩む。
『重傷者三名。中等傷者七名。軽傷者多数』
『ですが』
一拍。
『死者はありません』
「……!」
各国首脳。
小さく安堵の息。
『救出作戦』
アンタレスが告げる。
『成功です』
僕は。
拳を握る。
よかった。
本当に。
「発言をよろしいでしょうか」
シノブ。
教皇が頷く。
「どうぞ」
シノブが立つ。
「今回」
一拍。
「我々先鋭部隊が全員生還できたのは」
僕。
カイル。
ベラ。
順番に見る。
「世界連合軍特別部隊の三名のおかげです」
「……」
「到着があと数分遅ければ」
一拍。
「我々はここにはいなかったでしょう」
「違うよ」
僕は。
気づけば言っていた。
「ソル殿?」
「僕たちだけじゃない」
「……」
「シノブたちが耐えてたから」
「……」
「通信が切れてから五分」
僕は覚えている。
「その五分間」
「……」
「みんなが生きることを諦めなかったから」
「……」
「僕たちは間に合った」
シノブが僕を見る。
「それに」
僕は続ける。
「情報を送ってくれた」
「……」
「場所も」
「天使のことも」
「黒い世界のことも」
「……」
「だから」
一拍。
「僕たちだけの勝ちじゃない」
静か。
教皇が。
少し笑った。
「その通りですね」
「……」
「情報を届けた者」
「耐えた者」
「救援へ向かった者」
「負傷者を治療した者」
「そして」
一拍。
「それらを繋いだ者」
教皇が会議場を見る。
「それが」
「世界連合軍です」
「……」
アンタレスも。
僅かに頷いた。
『では』
一拍。
『ここからが本題です』
空気。
再び変わる。
アルカディア。
研究者たちが立つ。
巨大な地図。
円卓の中央へ。
広げられる。
「昨日」
研究者の一人が口を開く。
「カグラ皇国先鋭部隊から送られた情報を基に」
「各国に存在する過去の記録を照合しました」
地図。
黒い印。
一つ。
二つ。
三つ。
増える。
「……」
十。
それ以上。
「これは?」
アステリア国王。
研究者。
「大地の黒変色」
一拍。
「及び」
「周辺魔力の異常な枯渇が確認された地点です」
「こんなに……?」
「現在確認できているだけで」
地図を見る。
「十七地点」
ざわめき。
「年代は?」
「バラバラです」
研究者が資料を開く。
「三年前」
「十一年前」
「二十八年前」
「五十三年前」
「そして」
一拍。
「最も古い記録では百年以上前」
「……!」
僕は地図を見る。
「じゃあ」
「はい」
研究者が僕を見る。
「昨日突然始まった現象ではありません」
「……」
「天使は」
一拍。
「我々が認識していなかっただけで」
「遥か以前から」
「この世界へ出入りしていた可能性があります」
沈黙。
五百年前。
災厄。
封印。
それで。
終わったんじゃなかった?
「ただし」
研究者。
「現時点では可能性に過ぎません」
「記録の全てが天使によるものとは断定できない」
「ですが」
地図。
黒い印。
「一致する点が多すぎる」
アルヴィスが聞く。
「場所に共通点は?」
「あります」
「何です?」
「人がいません」
「……」
「ほぼ全て」
一拍。
「人里から離れた場所です」
森。
山。
谷。
荒野。
「偶然ではないと?」
「それも断定できません」
「しかし」
「天使が意図的に人間の目を避けていた可能性はあります」
「……」
教皇がシノブを見る。
「シノブ隊長」
「はい」
「改めて」
一拍。
「昨日見たものを説明してください」
「承知しました」
シノブが立つ。
「追尾していた天使は、人里から大きく離れた荒れ地で停止しました」
「その後」
「周囲の魔力を吸収」
「空気中だけではありません」
「地中」
「地脈」
「土地そのものから」
「魔力を吸収していました」
「そして」
一拍。
「大地が黒く変色した」
「その後」
「空が裂けました」
「……」
「裂け目の向こうには」
シノブが僅かに黙る。
「黒い世界」
「そこへ天使は入っていきました」
「そして別の黒変色地点では」
「逆に」
一拍。
「その世界から」
「大量の天使が現れた」
研究者が続ける。
「我々は」
地図。
黒い地点を指す。
「この現象を」
一拍。
「《界蝕》と仮称します」
「界蝕……」
「世界と世界」
「その境界そのものが侵食されている可能性がある」
黒い地点。
「よって」
「黒変色が発生した地点を」
**「《界蝕点》」**
次。
黒い裂け目。
「そして」
**「二つの世界を繋ぐ裂け目を《界門》」**
「そう呼称することを提案します」
アンタレス。
『異論はありません』
教皇。
「私も」
各国。
頷く。
決まった。
《界蝕点》。
《界門》。
そして。
その先。
黒い世界。
「もう一つ」
教皇。
僕を見る。
「確認しなければならないことがあります」
「……」
分かる。
「ソル」
「はい」
「昨日」
一拍。
「界門の向こうにいた存在は」
「あなたを」
教皇が資料を見る。
「『太陽因子』」
「そして」
**「『アウレストラ』」**
「そう呼びましたね」
「……はい」
アルカディアの者たちが。
僕を見る。
「僕のことだと思います」
「理由は?」
「……」
僕は自分の手を見る。
《天曜》。
太陽。
アウレストラ王族。
「たぶん」
一拍。
「僕の血」
「そして《天曜》」
「そのどちらか」
「もしくは両方を」
「向こう側は見抜いた」
ベラ。
「妾も同意見じゃ」
「……」
「あれは」
ベラが言う。
「明確にソルを見ておった」
「そして」
一拍。
「妾も」
資料。
『対象――魔王ベラトリクス』
『脅威評価――更新』
「奴らは」
ベラが目を細める。
「ただ襲ってくるだけではない」
「……」
「観測」
「分析」
「記録」
「評価」
「それを行っておる」
「つまり」
ヴァルガルド側。
「こちらの戦力を調べている?」
「恐らくな」
「……」
会議場。
重い。
天使。
ただの魔物じゃない。
こちらを。
学んでいる。
「ベラトリクス様」
声。
ガイル。
「何じゃ」
「昨日」
一拍。
「界門から放たれた攻撃」
「……」
「どれほどの力でしたか」
全員。
ベラを見る。
「分からぬ」
「……!」
「勘違いするでない」
ベラ。
少し不満そう。
「妾が負けると言っておるのではない」
「誰も言ってないよ」
僕が言う。
「ソル」
「はい」
「じゃが」
ベラの表情。
戻る。
「分からぬのは事実じゃ」
「……」
「そもそも」
一拍。
**「あれが攻撃だったのかすら分からぬ」**
「……え?」
カイル。
「どういう意味だ?」
「そのままじゃ」
「もし」
ベラが界門の記録を見る。
「あれが妾を殺すために放った一撃なら」
「それはそれでよい」
「……」
「じゃが」
一拍。
「もし」
「ただ妾の力を測るため」
「試しに放っただけだとすれば」
「……」
誰も。
喋らない。
僕は。
昨日を思い出す。
ベラ。
押された。
数メートル。
手から。
血。
「……」
黒い世界。
ゼファリエルとは違う。
何か。
「奴らの底が」
ベラ。
「まだ」
一拍。
「見えぬ」
沈黙。
その中。
『ならば』
アンタレス。
全員。
魔道通信を見る。
『調べましょう』
「……」
『分からないのであれば』
『分かるまで調べる』
『そして』
一拍。
『次は』
アンタレスの瞳。
鋭い。
『天使が現れるのを待つだけではありません』
「……」
『世界連合軍』
最高指揮者。
アンタレス。
『これより』
『全世界に存在する《界蝕点》の調査を開始します』
ざわめき。
『ただし』
『今回のような単独偵察は禁止』
「……」
『調査班』
『護衛戦力』
『治癒担当』
『魔道通信担当』
『最低でも、この四部門を一組として行動させます』
「なるほど」
『アステリア王国』
国王。
「はっ」
『王国軍及び全ギルドへ情報を共有』
『冒険者の探索網を利用し、未確認の界蝕点を探してください』
「承知した」
『セレフィア神聖国』
教皇。
「はい」
『各調査部隊への治癒術師及び結界術師の派遣を』
「直ちに」
『ヴァルガルド』
「応」
『確認済み界蝕点周辺の防衛拠点構築』
『界門発生時の避難経路も確保してください』
「任せろ」
『アルカディア』
研究者たち。
「はい」
『界蝕点』
『界門』
『天使の転移原理』
『全てを研究してください』
「承知しました」
『カグラ皇国』
シノブ。
「はっ」
『隠密機動部隊を再編』
「……」
『今回の経験を基に』
『追跡・観測方法そのものを作り直してください』
「必ず」
『そして』
魔族領。
『魔王軍』
ガレス。
『はっ!』
『危険度の高い界蝕点へ即応部隊を配置』
『界門が開いた場合』
一拍。
『住民避難を最優先』
『その後』
アンタレス。
**『天使を迎撃します』**
『承知!』
次々。
指示。
国が。
軍が。
騎士が。
冒険者が。
聖職者が。
研究者が。
魔族が。
動き始める。
世界。
全部。
一つの目的へ。
「……」
僕は。
それを見ていた。
これが。
世界連合軍。
『最後に』
アンタレス。
全員。
見る。
『今まで』
一拍。
『我々は』
『災厄が現れるたび』
『それを迎え撃ってきました』
『ですが』
「……」
『これより』
一拍。
**『世界連合軍は、天使の出現を待つ組織ではありません』**
アンタレス。
静かに。
でも。
はっきり。
告げた。
**『我々から』**
一拍。
**『災厄を探します』**
「……」
誰も。
反対しなかった。
五百年前。
世界は。
災厄に襲われた。
そして。
六人が立ち向かった。
でも。
今は違う。
六人じゃない。
人間。
魔族。
国。
軍。
冒険者。
全て。
五百年。
世界は。
変わった。
そして今。
世界そのものが。
災厄へ向かって。
動き始めた。




