全てを見るということ
第125話 すべてを視るということ
ベラの周囲に浮かんだ黒炎。
十。
二十。
五十。
その全てが、天使たちへ向けられる。
「少々」
ベラが指を上げる。
「退いてもらおうかの」
指を鳴らした。
瞬間。
黒炎が一斉に放たれた。
轟音。
「っ……!」
爆発。
黒炎が天使の群れへ次々と直撃する。
一体。
二体。
そんな数じゃない。
前方を埋め尽くしていた白い翼が、一気に吹き飛ばされる。
地面が抉れる。
木々が揺れる。
そして。
天使の群れ、その中央。
一本の道。
「今じゃ!」
ベラの声。
「全員撤退!」
僕も叫ぶ。
「負傷者を優先して!」
「了解!」
シノブが即座に動く。
「先鋭部隊! 負傷者を中心に移動!」
「はい!」
隊員たちが走り出す。
意識を失った者を背負う。
肩を貸す。
脚を負傷した者を支える。
僕は。
全部を見る。
《星域》。
《心眼》。
そして。
《星律》。
「右!」
星。
シノブの右脚へ。
加速。
「前方二体!」
「任せろ!」
カイル。
右脚。
星を集中。
踏み込み。
次。
胴体。
右腕。
槍。
ドンッ!!
一体を弾き飛ばす。
「もう一体!」
「見えてる!」
「左からも来る!」
「それは見えてねえ!」
左脚。
星。
カイルの身体を強引に横へ。
天使の攻撃が空を切る。
「今!」
右腕。
星。
「おおっ!」
槍が天使を薙ぎ払う。
「そのまま下がって!」
「了解!」
次。
シノブ。
次。
負傷者。
次。
天使。
次。
次。
次。
「っ……」
頭が痛い。
でも。
止めない。
星域の中。
誰がどこにいる。
誰が負傷している。
誰に天使が迫っている。
誰がどこへ動こうとしている。
全部。
見える。
だから。
全部。
制御する。
「ソル!」
シノブ。
「後方から来る!」
「分かってる!」
三体。
いや。
五体。
「カイル!」
「おう!」
両脚。
星。
加速。
カイルが最後尾へ。
「五体だ!」
「聞いてねえぞ!」
「今言った!」
「そういう問題じゃねえ!」
槍。
一体目。
弾く。
二体目。
突く。
三体目。
星を右腕へ。
「っらぁ!」
吹き飛ばす。
残り二体。
「ベラ!」
「分かっておる」
黒炎。
二つ。
天使の額へ。
ドンッ!!
「助かった!」
「礼はあとじゃ」
ベラが僕を見る。
「ソル」
「何?」
「星律を切れ」
「まだ」
「お主」
一拍。
「限界が近いぞ」
「まだ全員出てない」
「……」
「最後の一人が星域から出るまで」
僕は戦場を見る。
「切らない」
「……頑固者め」
「ベラに言われたくない」
「それもそうじゃな」
「納得するんだ……」
カイルの声。
まだ。
撤退は続く。
一人。
二人。
星域の外へ。
安全圏。
聖騎士団と魔王軍もこちらへ向かっている。
そこまで。
あと少し。
「……っ」
鼻。
また。
血。
視界が揺れる。
頭の中に。
何十もの情報。
天使。
仲間。
星。
魔力。
地形。
負傷。
移動。
全部。
全部。
全部。
「ソル!」
カイル。
「大丈夫!」
「聞いてねえ!」
「……」
さっきベラにも言われた。
「お前それやめろ!」
「分かった!」
でも。
まだ。
星律は切らない。
あと。
七人。
五人。
三人。
「シノブ!」
「分かっている!」
最後。
負傷した隊員を背負ったシノブ。
その後ろ。
天使。
「右脚!」
星。
シノブが加速。
「そのまま!」
走る。
星域。
境界。
越えた。
「……全員」
心眼。
確認。
一人。
二人。
三人。
数える。
全員。
いる。
「全員……出た」
その瞬間。
「ソル」
ベラの声。
今までと違う。
低い。
「星域を閉じろ」
「え?」
「今すぐじゃ」
僕は。
ベラを見る。
その表情。
笑っていない。
「何が――」
天使たちが。
止まった。
「……?」
一体。
二体。
全部。
こちらへ向かっていた天使が。
動きを止める。
そして。
一斉に。
振り返った。
黒い裂け目。
「何だ……?」
カイルが槍を構える。
ベラは。
裂け目だけを見ている。
「下がれ」
「ベラ?」
「ソル」
一拍。
「今すぐ心眼を切れ」
「……」
「早く!」
「っ!」
僕は心眼を解除する。
同時に。
星律。
星域。
黄金の光が消えていく。
「何なんだよ」
カイルが聞く。
ベラは答えない。
黒い世界。
その奥。
何も見えない。
暗い。
ただ。
何か。
いる。
そんな感覚。
そして。
『――観測』
声。
「……!」
機械のような。
感情のない声。
黒い世界から。
響いた。
『観測――完了』
「……」
背筋。
冷たい。
聞いたことがある。
似ている。
「ゼファリエル……?」
僕が呟く。
だが。
「違う」
ベラ。
即答。
「え?」
「あやつではない」
「……」
ベラが。
僕の前へ出る。
『対象――確認』
黒い世界。
何かが。
こちらを。
見ている。
姿は。
見えない。
でも。
分かる。
視線。
僕へ。
向いている。
『太陽因子――検出』
「……!」
僕の心臓が跳ねる。
『照合』
一拍。
『アウレストラ』
「……」
カイルが僕を見る。
「ソル……」
ベラの魔力が。
一気に膨れ上がった。
「下がれ!」
瞬間。
黒い世界。
光。
いや。
黒。
何かが。
放たれた。
「ベラ!」
ベラが片手を前へ。
ドォォォォォン!!!!
世界が揺れた。
「っ!?」
衝撃。
僕とカイル。
シノブたち。
全員。
吹き飛ばされそうになる。
ベラの魔力。
防壁。
その向こう。
黒い何か。
ぶつかっている。
「ベラ!」
「来るな!」
「でも!」
「下がっておれ!」
「……!」
ベラの足。
地面。
ズズッ。
動いた。
「……え」
一歩。
二歩。
三歩。
押されている。
ベラが。
「……」
カイルも。
言葉を失っていた。
あの。
ベラトリクスが。
片手とはいえ。
押されている。
「ふっ」
ベラが。
笑った。
「なるほどの」
魔力。
爆発。
「舐めるでないぞ」
黒炎。
ベラの手から。
一気に膨れ上がる。
「妾を」
一拍。
「誰じゃと思っておる」
ドンッ!!
黒。
赤。
二つの力が衝突。
そして。
黒い世界から放たれていた何かが。
弾けた。
「……」
ベラの右手。
僅かに。
血。
「ベラ……」
「かすり傷じゃ」
「でも」
「今は撤退が先じゃ」
ベラが黒い裂け目を見る。
『――記録』
また。
声。
『対象』
『魔王――ベラトリクス』
『太陽因子――アウレストラ』
『脅威評価――更新』
「……」
ベラの目が細くなる。
「好き勝手言いおって」
黒炎。
巨大。
「覗き見は」
ベラが腕を振るう。
「趣味が悪いぞ」
黒炎。
一直線。
裂け目へ。
直撃。
バキッ!!
空間が。
大きく歪む。
『――』
声。
途切れる。
裂け目が。
閉じ始めた。
天使たちが。
一斉に。
黒い世界へ戻り始める。
「今のうちじゃ!」
ベラが振り返る。
「撤退するぞ!」
「うん!」
僕は走る。
でも。
一歩。
「……っ」
足。
力が。
入らない。
「ソル?」
カイル。
「大丈夫」
一歩。
また。
視界が。
揺れる。
「おい」
「大丈夫だって」
二歩。
三歩。
「ソル」
ベラの声。
「……」
「もうよい」
「何が?」
「全員」
一拍。
「助かった」
「……」
僕は。
周囲を見る。
シノブ。
いる。
先鋭部隊。
全員。
いる。
負傷者。
生きてる。
「……そっか」
その瞬間。
身体から。
力が抜けた。
「ソル!」
カイルの声。
倒れる。
その前に。
誰かに。
受け止められた。
「まったく」
ベラ。
「加減というものを知らぬのか」
「……ベラに」
「何じゃ」
「言われたく……ない」
「まだ言うか」
声。
遠くなる。
「……」
暗い。
何も。
見えなくなった。
「――違う」
声。
「……?」
僕は。
目を開ける。
そこは。
森じゃない。
天使も。
いない。
「ここ……」
見覚えがある。
五百年前。
いや。
違う。
記憶。
僕の。
記憶。
刀を握っている。
目の前。
一人の男。
黒髪。
静かな目。
剣聖。
シリウス。
「もう一度じゃ」
「……シリウス?」
シリウスが刀を構える。
「何を呆けている」
「え?」
「修行中じゃろう」
「……」
そうだ。
これは。
あの時。
シリウスから。
教わっていた時の。
記憶。
「来い」
シリウスが消える。
「っ!」
右。
刀。
僕は受ける。
ガンッ!
「遅い」
「くっ!」
左。
「っ!」
後ろ。
「うわっ!」
刀。
首元。
止まる。
「死んだぞ」
「……」
シリウスが刀を下ろす。
「もう一回」
「その前に」
「?」
「何を見ていた」
「何って……」
僕は周囲を見る。
「シリウスを」
「嘘をつけ」
「……」
「足」
「え?」
「肩」
「……」
「刀」
「……」
「呼吸」
シリウスが。
自分の胸へ指を向ける。
「魔力」
次。
地面。
「足場」
木。
「風」
そして。
僕を見る。
「全てを見ようとしていた」
「……」
「違うの?」
「違わぬ」
「じゃあ」
「だが」
シリウスが刀を鞘へ収める。
「全てを見ることと」
一拍。
「全てを必要とすることは違う」
「……?」
分からない。
当時の僕も。
分からなかった。
「どういう意味?」
「お主は今」
シリウスが言う。
「妾の――」
「妾?」
「……」
シリウスが一瞬止まる。
「いや」
「今なんかベラみたいだったけど」
「気のせいじゃ」
「絶対――」
「話を戻すぞ」
「はい」
何だ。
この夢。
シリウスが。
僕を見る。
「敵の足を見る」
「うん」
「次の一歩を読むためじゃ」
「うん」
「肩を見る」
「刀の軌道を読む」
「呼吸」
「攻撃のタイミング」
「魔力」
「魔法」
「では」
シリウスが地面を見る。
「戦いの最中」
「うん」
「敵が踏んでもいない場所の小石の数まで必要か?」
「……いらない」
「遠くの木の葉が何枚落ちたか」
「いらない」
「自分へ向かっていない風」
「……いらない」
「そういうことじゃ」
「……」
シリウスが。
僕の額を指で小突く。
「全てを視ろ」
「……」
「だが」
一拍。
「全てを抱えるな」
「……!」
胸。
何か。
引っかかった。
今。
僕は。
何をしていた?
星域。
心眼。
星律。
天使。
仲間。
負傷者。
地形。
魔力。
全て。
全部。
僕の中へ。
入れていた。
「選択しろ」
シリウス。
「……選択」
「必要なものを選べ」
刀へ。
手。
「必要でなくなったものは捨てろ」
「……」
「そして」
抜刀。
一瞬。
「切り替えろ」
刀。
もう。
僕の首元。
「……!」
見えなかった。
「攻撃する瞬間に必要な情報」
「……」
「守る瞬間に必要な情報」
「……」
「動く瞬間に必要な情報」
シリウスが刀を収める。
「全て違う」
「……」
「全てを同時に考える必要などない」
「でも」
僕は聞く。
「それじゃ、全部見えてない」
「逆じゃ」
「え?」
シリウスが笑う。
「選択するためには」
一拍。
「まず全てが見えていなければならぬ」
「……」
「全てを視ろ」
一歩。
「選択しろ」
一歩。
「切り替えろ」
僕の前。
「そして」
額。
指。
「また」
トン。
「全てを視ろ」
「……」
世界。
揺れる。
「シリウス」
「何じゃ」
「また妾って言った」
「……」
「やっぱベラ混ざってない?」
「夢じゃからな」
「認めた」
シリウスが笑う。
その姿が。
少しずつ。
遠くなる。
「待って」
「ソル」
「……」
声。
今度は。
いつもの。
シリウス。
「心眼とは」
一拍。
「目を増やす技ではない」
「……」
「必要なものを」
刀。
鞘へ。
「見失わぬための技じゃ」
「……」
「忘れるな」
世界が。
白くなる。
最後。
シリウスの声。
「全てを視ろ」
一拍。
「だが」
「全てを必要とするな」
光。
「……」
目を開けた。
天井。
「……ここ」
知らない。
いや。
見覚えがある。
セレフィア。
僕たち家族に用意された家。
自分の部屋。
「……」
身体。
重い。
でも。
生きてる。
「起きたか」
横。
「……ベラ」
椅子。
ベラが座っている。
「どれくらい寝てた?」
「半日ほどじゃ」
「そんなに?」
「そんなに、ではない」
ベラが呆れた顔。
「心眼」
「……」
「星域」
「……」
「星律」
「……」
「あれだけ同時に使い」
「……」
「よく半日で起きたものじゃ」
「みんなは?」
「無事じゃ」
「……」
「先鋭部隊も」
「全員?」
「全員じゃ」
「……よかった」
身体から。
力が抜ける。
ベラが僕を見る。
「ソル」
「何?」
「星律」
「うん」
「あれは強い」
「……」
「お主が今まで得てきたものが、ようやく一つに繋がり始めた」
「……うん」
「じゃが」
ベラが。
僕の額を指で小突く。
「今のお主では」
「痛っ」
「星を増やせても」
一拍。
「頭が追いついておらぬ」
「……」
僕は。
目を見開く。
夢。
シリウス。
全てを視ろ。
でも。
全てを必要とするな。
選択。
切り替え。
「……そっか」
「何じゃ?」
「分かったかもしれない」
「何を?」
僕は。
天井を見る。
星の数じゃない。
魔力量でもない。
もっと。
単純。
僕は。
全部を。
全部同時に見ようとしていた。
違う。
全てを見る。
その中から。
今。
必要なものだけを選ぶ。
必要な瞬間だけ。
星を動かす。
終われば。
次。
「ベラ」
「何じゃ」
「もう一回やったら」
「駄目じゃ」
「まだ何も言ってない」
「顔で分かる」
「……」
「今日は寝ておれ」
「でも」
「寝ろ」
「はい」
「よろしい」
ベラが立ち上がる。
扉へ向かう。
「ベラ」
「何じゃ」
「次は」
僕は。
自分の手を見る。
「もっと上手くできると思う」
「……」
ベラが振り返る。
少しだけ。
笑った。
「なら」
一拍。
「次は倒れるな」
「うん」
扉が閉まる。
僕は。
もう一度。
目を閉じた。
頭の中。
星。
一つ。
二つ。
三つ。
たくさん。
でも。
全部を。
同時に動かす必要なんてない。
見る。
選ぶ。
切り替える。
そして。
また。
全てを見る。
「……星律」
まだ。
完成してない。
もっと。
先がある。
そんな気がした。




