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連合軍の第1歩

第121話 連合軍の第一歩

セレフィア神聖国。

三体の天使との遭遇から、一日半。

僕たちは無事に国境を越えた。

そこから先は、さらに厳重だった。

セレフィア聖騎士団が合流し、僕たちを囲む護衛の数は倍近くに増えた。

街道を進み、巨大な城壁を抜け、見覚えのある街並みへ入る。

「……ここが」

馬車の窓から、母さんが外を見る。

「セレフィア神聖国……」

「うん」

白を基調とした建物。

遠くに見える大聖堂。

そして、その向こうには空へ伸びる巨大な塔。

聖女ルナの塔。

父さんも外を眺めている。

「本当に別の国まで来たんだな」

「今さら?」

「今までは移動してるだけだったからな」

馬車は大聖堂へ向かわず、その近くにある居住区へ入っていった。

「あれ?」

僕は周囲を見る。

静かだ。

でも、明らかに普通の住宅街じゃない。

道は広い。

建物も大きい。

巡回する聖騎士の数も多い。

「ここ?」

「そのようじゃな」

ベラが答える。

やがて馬車が止まった。

「到着いたしました」

エルディオさんの声。

僕たちは馬車を降りる。

「……」

父さんが固まった。

母さんも。

目の前には大きな家。

二階建て。

庭。

周囲には高い塀。

さらに門の前には二人の聖騎士。

「……ソル」

「何?」

「ここか?」

「みたい」

「俺たちが住むのか?」

「みたい」

父さんが家を見る。

もう一度、僕を見る。

「広くないか?」

「僕に言われても」

「普通の家でいいんだが」

「教皇が用意してくれたみたいだよ」

「それが一番怖いんだよ」

カイルが笑う。

「まだ待遇に慣れてないんですか?」

「慣れるわけないだろ」

母さんは庭を見ている。

「綺麗ね」

「母さんは慣れるの早いね」

「住むなら楽しまないと」

「強い……」

ベラが頷く。

「母というものは強いの」

「そういう話?」

その時。

門の奥から人が出てきた。

白銀の鎧。

「お待ちしておりました」

「レオンハルト」

セレフィア聖騎士長。

レオンハルト。

その後ろには聖騎士たち。

さらに。

「長旅、ご苦労でした」

「……!」

僕は少し驚いた。

教皇。

セレフィア神聖国の最高指導者。

そして世界連合軍最高顧問。

「教皇」

「無事で何よりです、ソル様」

「わざわざ来てくれたの?」

「もちろんです」

父さんと母さん。

完全に固まっている。

「父さん?」

「……」

「母さん?」

「……」

父さんが小声で聞く。

「ソル」

「何?」

「あの方が」

「うん」

「教皇様?」

「うん」

「……本当に来たのか」

「来たね」

「何でお前はそんな普通なんだ」

「知り合いだから?」

「それが普通じゃないんだ」

教皇が少し笑う。

「初めまして」

父さんと母さんが慌てて頭を下げる。

「は、初めまして!」

「息子が大変お世話になっております」

「こちらこそ」

教皇も丁寧に頭を下げた。

「ソル様には、私たちの方が何度も助けられております」

「……」

父さんと母さんが僕を見る。

「何?」

「いや」

父さんが首を振る。

「もう何も言わん」

教皇が二人を見る。

「まずは、中へ参りましょう」

用意された家へ入る。

広い。

居間。

台所。

客室。

寝室。

必要な家具も全部揃っている。

「本当に何も持ってこなくてよかったんだな」

父さんが呟く。

「不足がございましたら、すぐにお申し付けください」

レオンハルトが答える。

「不足どころか余ってるんだが」

母さんが笑う。

少しして。

居間。

父さんと母さんが椅子へ座る。

僕。

ベラ。

カイル。

レオンハルト。

そして教皇。

教皇が静かに二人を見る。

さっきまでの穏やかな表情とは少し違う。

「まず」

父さんと母さんが姿勢を正す。

「お二人に、謝らなければなりません」

「……え?」

教皇が立ち上がる。

そして。

深く頭を下げた。

「教皇様!?」

父さんが慌てて立つ。

母さんも。

「どうか頭を上げてください」

「いいえ」

教皇は頭を上げない。

「あなた方の大切な息子を」

静かな声。

「私たちはこれから、世界で最も危険な場所へ送り出そうとしています」

「……」

僕も何も言えなかった。

「申し訳ありません」

母さんが息を呑む。

「教皇様……」

「これは」

一拍。

「世界連合軍最高顧問としての謝罪ではありません」

教皇がゆっくり顔を上げる。

「一人の母親としての謝罪です」

「……母親?」

母さんの表情が変わる。

「私にも、子がおります」

教皇が母さんを見る。

「ですから」

一拍。

「我が子が危険な場所へ向かう恐怖が、どれほどのものか」

静かに。

「痛いほど分かります」

母さんは何も言わない。

ただ、教皇を見る。

教皇でもない。

最高顧問でもない。

一人の母親を見るように。

「本来ならば」

教皇が僕を見る。

「行かせたくなどありません」

「……」

「まだ若い」

その言葉に僕は少しだけ目を伏せる。

「世界の命運などというものを、一人の少年の肩へ背負わせたくなどありません」

「……」

「ですが」

教皇の表情が変わる。

「それでも」

一拍。

「今の世界には、ソル様が必要です」

父さんと母さんが僕を見る。

「いえ」

教皇が首を振る。

「力だけではありません」

「……」

「ソル様が各国を巡ったからこそ、私たちは五百年前の真実へ辿り着くことができました」

「……」

「魔族と人間が、同じ敵を見ることができた」

「……」

「各国が手を取り合うことができた」

「……」

「世界連合軍が生まれた」

教皇が僕を見る。

「ソル様がいたからこそ」

一拍。

「今の世界連合軍があるのです」

「……」

僕自身。

そんな風に考えたことはなかった。

僕はただ。

目の前のことを追ってきただけ。

でも。

それが。

世界を少しずつ繋いでいた。

「だからこそ」

教皇が父さんと母さんを見る。

「身勝手なお願いであることは承知しております」

一拍。

「それでも」

静かに。

「どうか、私たちを信じていただけませんか」

「……」

「あなた方の息子を、私たちに預けていただきたいのです」

母さんが僕を見る。

父さんも。

「ソル様一人を戦わせることは、決していたしません」

教皇が続ける。

「ベラトリクス様がおられる」

「アンタレス様がおられる」

「カイル様がおられる」

「各国の兵がいる」

「冒険者がいる」

「聖騎士がいる」

「魔族がいる」

一拍。

「そして」

教皇が胸へ手を当てる。

「私もおります」

「……」

「世界全体で」

一拍。

「あなた方の息子と共に戦います」

静かになった。

父さんがしばらく僕を見る。

そして。

教皇へ向き直った。

「……顔を上げてください」

「……」

「俺たちは」

父さんが僕を見る。

「こいつを世界のために育てたわけじゃありません」

「……」

「ただ」

少し笑う。

「自分で考えて」

「自分で道を選べる人間になってほしかった」

「父さん……」

「だから」

一拍。

「こいつ自身が行くと決めたなら」

父さんが教皇を見る。

「親の俺が止めるわけにはいきません」

「……ありがとうございます」

教皇が静かに頭を下げる。

その時。

「でも」

母さん。

「一つだけ」

教皇が母さんを見る。

「何でしょう」

「約束してください」

「はい」

母さんが僕を見る。

そして。

教皇を見る。

「世界のためだからって」

一拍。

「この子の命を、当然のように使わないでください」

「……」

部屋が静かになる。

ベラも。

カイルも。

レオンハルトも。

何も言わない。

教皇はすぐには答えなかった。

その言葉を。

しっかり受け止めるように。

そして。

「誓います」

はっきり。

「ソル様は兵器ではありません」

「……」

「希望という言葉で、犠牲を強いるつもりもありません」

一拍。

「一人の人間として」

「必ず帰るべき場所があることを」

一拍。

「私たちは決して忘れません」

母さんが頷く。

教皇も。

少しだけ表情を柔らかくする。

「ですから」

「?」

「お二人には、ここで待っていていただきたいのです」

「……」

「ソル様が帰ってきた時」

一拍。

「『おかえり』と言ってくださる方が必要ですから」

「……」

母さんが小さく笑う。

「はい」

父さんも頷いた。

「分かりました」

僕は。

何も言えなかった。

ただ。

少しだけ。

胸が熱くなった。


その時。

コンコン。

扉が叩かれた。

レオンハルトが反応する。

「失礼します」

外から聖騎士。

「教皇猊下」

「どうしました?」

「緊急会議の準備が整いました」

空気が変わる。

「三体の天使の件ですね」

「はい」

教皇が立ち上がる。

「申し訳ありません」

父さんと母さんを見る。

「少し席を外します」

「どうぞ」

「ソル様」

「うん」

「ベラトリクス様、カイル様もご同行ください」

僕たちは顔を見合わせる。

「分かった」

「行くぞ」

「了解」

大聖堂。

世界会議場。

少しして。

再び。

各国の代表者たちが繋がった。

魔道通信。

アステリア王国。

ヴァルガルド。

アルカディア。

カグラ皇国。

魔族領。

アンタレス。

ガレス。

セラ。

グレン。

各国の軍事責任者。

世界連合軍の主要人物。

そして。

今回の護衛部隊を指揮したエルディオ。

教皇が席へ着く。

「始めましょう」

エルディオが立つ。

「まず、セレフィア神聖国へ向かう護衛任務中に発生した天使との交戦について報告いたします」

地図が開かれる。

「確認された天使は」

一拍。

「三体」

会議場が僅かにざわつく。

『三体……』

『同時にか?』

「はい」

エルディオが頷く。

「我々が確認している限り」

一拍。

「複数の天使が同地点へ同時出現した事例は、今回が初めてです」

空気が重くなる。

アンタレスが魔道通信越しに聞く。

『被害は?』

「死者なし」

一拍。

「重傷者もありません」

『……三体を相手に?』

「はい」

エルディオが続ける。

「三体全てを撃破しました」

ざわめき。

「一体は」

地図。

「セレフィア聖騎士団、アルカディア魔法部隊、冒険者部隊による混成戦力で撃破」

「一体は」

僕とカイルを見る。

「ソル様及びカイル殿」

「そして最後の一体は」

ベラを見る。

「ベラトリクス様が撃破されました」

『……』

何故か。

最後だけ。

みんな少し黙った。

たぶん。

前回のことを思い出したんだと思う。

教皇が口を開く。

「今回」

一拍。

「私が最も重要だと考えているのは、最初の一体です」

エルディオが頷く。

「私も同意見です」

「つまり」

教皇が確認する。

「ベラトリクス様」

「ソル様」

「カイル様」

一拍。

「そのような特別戦力を投入せずとも」

「通常戦力の連携によって」

「天使一体を討伐できた」

「間違いありません」

教皇が静かに頷く。

アンタレスが口を開く。

『これは大きいですね』

ガレスも。

『ああ』

『雑兵とはいえ』

一拍。

『各国の通常戦力だけで天使を討てることが証明された』

レオンハルトが続ける。

「聖騎士が正面で敵を止め」

「アルカディアが魔力障壁を解析」

「冒険者たちが死角と関節を狙った」

「それぞれの役割が明確でした」

「加えて」

エルディオが僕を見る。

「ソル様の《星域》による支援がありました」

「僕?」

「はい」

エルディオが言う。

「身体能力」

「魔力制御」

「防御」

「回復」

「さらには、ソル様が展開した星による戦場把握」

一拍。

「部隊全体の生存率と連携精度が大きく上昇していました」

アルカディア側から声。

『星を広域に展開し、部隊全体を補助した上で索敵まで?』

「はい」

「……」

また。

何人かが僕を見る。

「何?」

カイルが小声。

「お前、また自分が何したか分かってないだろ」

「分かってるよ」

「本当か?」

「たぶん」

「ほら」

教皇が少し笑う。

そして。

すぐ表情を戻した。

「今回の成功を」

一拍。

「偶然で終わらせてはいけません」

全員が教皇を見る。

「連合とは」

静かな声。

「同じ旗の下へ集まることではありません」

「……」

「互いの長所を理解し」

「互いの短所を補い」

「一つの軍として戦えるようになって」

一拍。

「初めて連合軍と呼べるのです」

アンタレスが頷く。

『同意します』

最高指揮者。

アンタレスの表情が変わる。

『各国へ通達します』

一拍。

『合同訓練の規模を拡大してください』

『各国単独での訓練だけではなく』

『騎士、魔法部隊、冒険者、魔王軍、防衛軍』

一拍。

『異なる戦力を組み合わせた混成訓練を増やします』

ガレスが頷く。

『指揮系統も作り直す必要があるな』

『頼みます』

『了解』

アンタレスが続ける。

『魔道通信網も再構築します』

『天使の出現情報は国境を問わず即時共有』

『今回の戦闘記録は全加盟国へ配布』

『アルカディアには三体の残骸の解析を最優先で』

アルカディア代表が答える。

『承知しました』

『そして』

一拍。

『連携精度を、さらに上げます』

「……」

会議場。

誰も反論しない。

今回。

三体の天使が現れた。

それは。

確かに悪い知らせ。

でも。

一つ。

分かったことがある。

僕たちは。

戦える。

一人じゃない。

国一つでもない。

世界全体で。

その時だった。

「教皇猊下」

アルヴィスが立つ。

「カグラ皇国より、緊急通信です」

教皇の表情が変わる。

「繋いでください」

「はい」

新しい魔道通信が開く。

映像。

森。

暗い。

その中。

黒を基調とした装束を纏った人物が映った。

顔の下半分を布で覆っている。

腰。

刀。

背中には短い弓。

身軽そうな装備。

「初めまして」

低い声。

「カグラ皇国隠密機動部隊」

一拍。

「隊長を務める、シノブ・カゲツと申します」

カグラ皇国。

今回。

全流派が世界連合軍へ協力することを決めた国。

その中でも。

偵察。

索敵。

追跡。

潜入。

情報収集。

それらを専門とする。

隠密機動部隊。

アンタレスが聞く。

『緊急通信とのことですが』

「はい」

シノブが答える。

「まず、部隊について簡単に説明いたします」

「お願いします」

「世界連合軍発足を受け」

一拍。

「カグラ皇国では、隠密機動部隊を母体として」

「各流派より特に偵察、追跡、潜伏、遠距離観測に秀でた者を選抜しました」

「……」

「現在」

一拍。

「それらの者を《先鋭部隊》として再編しております」

「先鋭部隊……」

僕が呟く。

シノブが続ける。

「敵を倒すことを最優先とはしておりません」

「……」

「敵を見つけ」

「追い」

「観測し」

「情報を持ち帰る」

一拍。

「それが我々の役割です」

ベラが少しだけ笑う。

「カグラらしいの」

シノブが僅かに頭を下げる。

「恐縮です」

アンタレスが聞く。

『それで、緊急報告とは?』

「はい」

空気が変わった。

シノブ。

周囲を一度確認する。

そして。

声を落とした。

「現在」

一拍。

「我々先鋭部隊は」

会議場。

静かになる。

「天使一体を」

一拍。

「追尾しております」

「……!」

僕も。

カイルも。

顔を上げる。

『追尾?』

アンタレス。

「はい」

「既に」

一拍。

「六時間」

ざわめき。

「気づかれている様子は?」

教皇が聞く。

「ありません」

「確実ですか?」

「我々の技術を信じていただきたい」

シノブが答える。

自信。

でも。

驕りではない。

「対象は」

一拍。

「戦闘行動を取っておりません」

「……」

「人里を避けるように移動しております」

ベラの表情が変わる。

「人里を?」

「はい」

「進行方向は?」

アンタレスが聞く。

シノブ。

地図を映す。

「現時点では」

一拍。

「断定できません」

「……」

「しかし」

地図。

天使が進んできた軌跡。

街。

村。

全て。

避けるように。

移動している。

「明確な目的地を持って移動している可能性が高いと判断しています」

教皇が地図を見る。

「目的地……」

僕も。

見る。

天使。

今まで。

現れて。

襲って。

戦って。

消える。

そればかりだった。

でも。

今回。

違う。

どこかへ。

向かっている。

「……妙じゃな」

ベラ。

「何が?」

僕が聞く。

「今までの奴らは」

一拍。

「現れれば、こちらを観測するか」

「……」

「攻撃するかじゃった」

「うん」

「じゃが」

ベラが地図を見る。

「こやつは」

一拍。

「何かへ向かっておる」

「……」

アンタレスがすぐ判断する。

『シノブ隊長』

「はい」

『討伐しないでください』

「承知しております」

『追尾を継続』

一拍。

『絶対に気づかれないこと』

「はい」

『目的地を確認するまで』

一拍。

『交戦は禁止します』

「承知」

シノブが頭を下げる。

「先鋭部隊」

一拍。

「必ず情報を持ち帰ります」

通信が切れる。

会議場。

静かになる。

地図だけが。

残っている。

天使が進む道。

それを。

誰も。

黙って見る。

「……」

僕は思う。

今まで。

考えていなかった。

天使が現れた。

倒す。

また現れた。

倒す。

でも。

その前は?

どこから。

来る?

どこへ。

戻る?

何のために。

動く?

「ベラ」

「何じゃ」

「天使って」

一拍。

「どこから来てるの?」

「……」

ベラは。

すぐには答えなかった。

地図を見る。

「それを」

一拍。

「これから知ることになるのかもしれぬ」

「……」

教皇も。

アンタレスも。

各国首脳も。

同じ地図を見る。

三体同時出現。

それでも。

世界連合軍は。

協力して撃破した。

そして今。

別の場所では。

カグラの者たちが。

一体の天使を追っている。

迎え撃つだけだった世界が。

少しずつ。

変わり始めている。

人類は。

魔族は。

世界連合軍は。

初めて。

天使の後を。

追い始めた。


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