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三体の天使

第120話 三体の天使


セレフィア神聖国へ向けて出発してから、しばらくが経った。

先頭を進むのは、アルカディア魔法部隊。

その中心には、今回の護衛部隊を任されたエルディオ。

父さんと母さんが乗る馬車を囲むように、セレフィアの聖騎士団。

さらに外側を、B級冒険者たちが固めている。

僕とカイルは馬車の少し前。

ベラは馬車の横を歩いていた。

「……すごいな」

僕は改めて周囲を見る。

「何がだ?」

カイルが聞く。

「この人数」

「今さらかよ」

「だって、父さんと母さんの引っ越しだよ?」

「まだ言ってんのか」

「普通、引っ越しに騎士団とか来ないでしょ」

「普通の家族ならな」

「僕の家族も普通だよ」

「お前が普通じゃねえんだよ」

「僕?」

「お前以外に誰がいる」

「……」

何となく納得できない。

前方からエルディオの声が飛ぶ。

「この先で一度休憩を取ります!」

部隊が進む。

セレフィアまでは、まだ一日半ほど。

今のところ何も起きていない。

魔物すらほとんど姿を見せない。

B級冒険者。

聖騎士。

魔法使い。

これだけの戦力がまとまって移動している。

普通の魔物なら、近づこうとすら思わないのかもしれない。

「平和じゃの」

ベラが欠伸をする。

「良いことでしょ」

「暇じゃ」

「護衛中に何言ってるの」

「妾が必要になるような相手が出る方が問題じゃろ」

「それはそうだけど」

その時だった。

先頭。

エルディオが突然、右手を上げた。

「――全隊停止!」

空気が変わる。

馬車が止まった。

聖騎士たちが即座に動く。

「どうした?」

カイルが剣へ手を伸ばす。

アルカディアの魔法使いたちが一斉に杖を構えた。

魔法陣。

探知魔法が広がる。

エルディオが前方を睨む。

「異常魔力反応」

「魔物?」

僕が聞く。

「……分かりません」

エルディオの表情が険しくなる。

「前方上空。距離、およそ五百」

ベラが空を見る。

赤い瞳が細くなった。

「これは……」

直後。

空気が震えた。

森の上空。

空間が歪む。

「来ます!」

魔法使いが叫ぶ。

光。

その中から。

白い何かが姿を現した。

無機質な身体。

翼。

人のようで。

人ではない。

あの姿。

忘れるはずがない。

「……天使」

僕の声が漏れた。

一体。

雑兵天使。

「全員、戦闘態勢!」

エルディオの声。

聖騎士団が馬車を囲む。

B級冒険者たちが武器を抜く。

アルカディア魔法部隊が杖を構える。

「一体か」

カイルが剣を抜く。

「いや」

ベラが言った。

「え?」

「一体ではない」

次の瞬間。

「隊長!」

アルカディアの魔法使いが叫ぶ。

「別方向から異常魔力反応!」

左。

空間が歪む。

二体目。

「後方にも反応!」

「何!?」

三体目。

三方向。

僕たちを囲むように。

三体の雑兵天使が姿を現した。

「……三体」

カイルの表情が変わる。

父さんと母さんが馬車の中から外を見る。

「ソル……」

「大丈夫」

僕は二人を見る。

「絶対に近づけさせないから」

エルディオの声が響く。

「聖騎士団! 護衛対象を中心に防御陣!」

「了解!」

白銀の鎧が一斉に動く。

「アルカディア魔法部隊! 対象の解析及び周辺魔力を監視! 新たな反応にも警戒しろ!」

「了解!」

「冒険者部隊! 左右へ展開! 正面から当たるな!」

「おう!」

速い。

一瞬で陣形が完成する。

僕も前へ出ようとする。

「ソル様!」

エルディオ。

「ここにいてください!」

「でも三体いる!」

「承知しております!」

「だったら僕も――」

「今回の任務は」

エルディオが僕を見る。

「天使を討伐することではありません」

「……」

「あなた方を、無事にセレフィア神聖国へ送り届けることです」

「でも」

「ソル」

ベラ。

「任せてみよ」

「ベラ?」

「これから天使と戦うのは、お主だけではない」

「……」

「世界連合軍が発足した意味を忘れたか?」

僕は周囲を見る。

セレフィア。

アルカディア。

冒険者ギルド。

違う組織。

違う国。

でも。

今は同じ目的のために動いている。

「……分かった」

僕は頷く。

「でも」

星装。

黄金の魔力が身体を覆う。

右腕。

左腕。

右脚。

左脚。

胴。

頭部。

それぞれに星が灯る。

通常の星装。

第一段階。

カイルが僕を見る。

「ソル」

「何?」

「この前のは使わないのか?」

「この前?」

「星をもっと纏ったやつだよ」

「ああ」

星装の第二段階。

僕は首を振る。

「必要ない」

「……言うようになったな」

「今回は」

僕は周囲を見る。

「別の使い方をする」

右手を上げる。

星装から。

小さな光が生まれた。

一つ。

二つ。

十。

二十。

さらに。

増える。

「何だ?」

カイルが周囲を見る。

黄金の星。

それを。

一気に放つ。

森。

街道。

上空。

馬車。

聖騎士団。

アルカディア魔法部隊。

冒険者。

三体の天使。

広範囲。

星が次々と配置されていく。

「これは……」

エルディオが見上げる。

僕は目を閉じた。

そして。

「――《星域》」

瞬間。

黄金の領域が広がった。

星と星が繋がる。

護衛部隊全体を包み込む。

「なっ……」

B級冒険者が自分の身体を見る。

「身体が軽い」

聖騎士も。

「魔力が……」

「安定している?」

星域。

味方を守る。

支える。

傷を癒やす。

力を引き上げる。

でも。

今回は。

それだけじゃない。

「……」

呼吸。

意識を集中する。

周囲に配置した。

無数の星。

一つ一つへ。

感覚を繋げる。

シリウスから受け継いだもの。

心眼。

目で見るのではない。

感じる。

相手の動き。

気配。

魔力。

呼吸。

それを。

星へ。

「――《心眼》」

瞬間。

世界が変わった。

「……見える」

前。

後ろ。

右。

左。

上。

森の中。

馬車の裏。

僕自身が見ていない場所まで。

星が。

教えてくれる。

天使。

三体。

聖騎士。

アルカディア魔法部隊。

B級冒険者。

父さん。

母さん。

ベラ。

カイル。

全部。

見える。

いや。

違う。

感じる。

「……すごい」

以前の心眼とは違う。

僕一人の間合いじゃない。

星がある場所。

その全てが。

僕の間合い。

「カイル」

「何だ?」

「来て」

「……俺もか?」

「一体、僕たちで倒す」

カイルが笑う。

「最初からそう言えよ」

剣を構える。

エルディオが僕を見る。

「ソル様!」

「大丈夫です」

「しかし――」

「僕も護衛対象かもしれない」

一拍。

「でも」

天使を見る。

「僕は世界連合軍特別部隊でもあります」

「……」

「一体だけ」

エルディオは少し迷う。

そして。

「決して深追いしないでください」

「はい!」

「行くぞ、ソル!」

「うん!」

カイルと走る。

天使が動く。

速い。

でも。

「右!」

「分かってる!」

「違う! 三歩先!」

「三歩!?」

「信じて!」

「っ!」

カイルが踏み込む。

一歩。

二歩。

三歩。

その瞬間。

天使が急加速。

まるで。

そこへ飛び込んできた。

「マジかよ……!」

カイルの剣。

天使の腕と激突。

金属音。

「今!」

「おおっ!!」

カイルが弾く。

天使の身体が僅かに崩れる。

でも。

すぐに翼が動く。

上。

「上!」

「見えてる!」

「そのまま左!」

「了解!」

カイルが動く。

僕も。

星を感じる。

天使の動き。

その先。

さらに先。

予測する。

一つ。

星。

二つ。

星。

三つ。

天使を囲むように。

既に配置してある。

「ソル!」

「行く!」

足元。

星。

踏み込む。

次の瞬間。

僕の身体が弾かれた。

《星渡》

一つ目の星から。

二つ目。

反射。

さらに。

三つ目。

反射。

直線じゃない。

星から。

星へ。

星から。

星へ。

高速で反射するように移動する。

天使の頭部が動く。

僕を追おうとしている。

でも。

遅い。

心眼。

移動先の状況を瞬時に把握。

次。

次。

次。

「……捕まえられない」

天使の背後。

「カイル!」

「おう!」

正面。

カイル。

背後。

僕。

天使がカイルへ意識を向ける。

「もらった!」

カイルの一撃。

天使が防御。

その瞬間。

僕の右腕。

黄金の光が集まる。

「――《彗星》!」

拳。

天使の背中へ。

直撃。

轟音。

天使が吹き飛ぶ。

カイルが追う。

「まだだ!」

天使が立て直そうとする。

見える。

どこへ逃げるか。

どこへ動くか。

全部。

「カイル!」

「分かってる!」

もう。

場所を言う必要すらなかった。

カイルが踏み込む。

僕も。

星を蹴る。

二人。

同時。

「おおおおっ!!」

「はあああっ!!」

剣。

拳。

同時に天使へ叩き込む。

閃光。

爆発。

天使の身体に亀裂。

そして。

砕けた。

「……」

僕は着地する。

カイルも隣へ。

「倒した?」

「ああ」

カイルが剣を肩へ乗せる。

「俺たちの勝ちだ」

「うん!」

でも。

まだ二体。


別方向。

激しい戦闘音。

「聖騎士隊! 正面を抑えろ!」

エルディオの指揮。

聖騎士たちが天使を囲む。

攻撃。

でも。

硬い。

剣が弾かれる。

「外殻に魔力障壁を確認!」

アルカディア魔法部隊。

「解析を急げ!」

「術式解析――完了!」

「魔力を一点へ集中! 障壁を破壊する!」

複数の魔法陣。

同時展開。

天使へ。

魔法が集中する。

障壁。

揺らぐ。

「冒険者部隊!」

「待ってたぜ!」

B級冒険者たちが左右から突入。

一人。

二人。

三人。

関節。

翼。

一点へ攻撃を集中。

天使の体勢が崩れる。

それでも。

反撃。

腕が振るわれる。

聖騎士が盾を構える。

轟音。

「ぐっ!」

吹き飛ばされそうになる。

その瞬間。

星域。

黄金の光。

聖騎士の身体を包む。

「これは……!」

耐える。

「まだいける!」

エルディオが僕を見る。

「ソル様……」

僕は。

自分の天使と戦いながら。

こっちも見ていた。

いや。

星を通して。

戦場全体を見ていた。

「今です!」

僕が叫ぶ。

エルディオが即座に反応する。

「全隊! 一点集中!」

魔法。

剣。

冒険者たちの攻撃。

同時。

天使へ。

直撃。

轟音。

二体目。

崩れる。

「撃破!」

声が上がる。

「やった……!」

三つの勢力。

初めて組んだ者たち。

それでも。

倒した。

天使を。

自分たちの力で。

「……」

僕は少しだけ嬉しくなる。

「世界は」

ベラの声。

「え?」

「お主一人で守るものではない」

「……」

ベラは。

三体目の天使を見ていた。

「覚えておけ」

「……うん」

でも。

その三体目。

突然。

動きを変えた。

「っ!」

心眼。

分かった。

狙い。

僕じゃない。

カイルでもない。

護衛部隊でもない。

「まずい!」

天使が。

馬車へ。

「父さん! 母さん!」

聖騎士団が前へ出る。

だが。

天使は上空へ。

防御陣を越えようとする。

「ベラ!」

「騒ぐでない」

ベラが。

ゆっくり歩く。

馬車の前。

天使が迫る。

「ベラ様!」

エルディオが叫ぶ。

「下がってください!」

「必要ない」

ベラが右手を上げる。

人差し指。

その先。

黒。

小さな。

黒炎。

「……」

僕は。

一瞬。

目を疑った。

小さい。

あまりにも。

「それだけ?」

カイルも同じことを思ったらしい。

「十分じゃ」

ベラは。

人差し指を曲げる。

親指を添える。

まるで。

デコピン。

「少しだけじゃぞ」

パチン。

黒炎が。

飛んだ。

「……え?」

速い。

そう思った時には。

もう。

天使の胸へ。

当たっていた。

一瞬。

何も起きない。

そして。

――ドンッ!!!!

「うわっ!?」

地面。

跳ねた。

「なっ!?」

馬車が大きく揺れる。

木々がしなる。

森全体が。

揺れる。

地面。

大地。

さらに。

遠くの山まで。

鳥が一斉に飛び立つ。

「ちょっ――」

ゴゴゴゴゴゴゴ……!!

「地震!?」

また。

地震。

「ベラァァァァァ!!」

「何じゃ!?」

「また地震起こしてる!!」

「今回は小さくしたぞ!」

「起きてる時点で小さくない!!」

カイル。

固まっている。

「……今の」

「何じゃ」

「小さくしたんですか?」

「うむ」

「……」

煙。

土埃。

ゆっくり晴れていく。

そこに。

天使は。

いない。

跡形もなく。

消えていた。

そして。

黒炎が当たった先。

地面。

大きく抉れている。

「……」

聖騎士。

アルカディア魔法部隊。

B級冒険者。

全員。

固まっている。

一体。

三勢力が連携して。

ようやく倒した。

一体。

僕とカイルが二人で倒した。

そして。

一体。

ベラが。

デコピンで飛ばした小さな黒炎で。

消した。

「……」

ベラが自分の指を見る。

「何?」

僕が聞く。

「いや」

もう一度。

抉れた地面を見る。

「まだ少し」

一拍。

「加減が難しいの」

「少し!?」

「以前ならもっと吹き飛んでおる」

「そういう問題じゃない!」

「何を怒っておる」

「地震!」

「この程度なら問題なかろう」

「問題あるよ!」

「細かいの」

「細かくない!」

その時。

「……ソル」

父さん。

馬車。

父さんと母さんが。

外を見ている。

顔。

さっきまでとは違う。

僕は二人へ近づく。

「大丈夫?」

「ああ」

「母さんは?」

「大丈夫よ」

「良かった」

父さんが。

天使の残骸を見る。

そして。

ベラが消し飛ばした場所を見る。

僕を見る。

「……ソル」

「何?」

「お前」

一拍。

「普段、こんなのと戦ってるのか?」

「……」

僕は少し黙る。

「うん」

「……そうか」

それだけ。

父さんは。

しばらく何も言わなかった。

母さんも。

僕を見る。

その目に。

心配。

怖さ。

色んなものが混ざっている。

きっと。

今。

初めて。

分かったんだと思う。

僕が。

何と戦っているのか。

僕が旅をしている。

冒険している。

それだけじゃない。

これから。

僕は。

こんな存在たちとの戦争へ向かう。

「大丈夫」

僕は言う。

「僕、一人じゃないから」

「……」

父さんが。

少しだけ笑った。

「ああ」

ベラ。

カイル。

護衛部隊。

父さんも。

周囲を見る。

「そうみたいだな」

その頃。

エルディオたちは。

残された天使の破片を調べていた。

「……」

「隊長?」

アルカディアの魔法使いが呼ぶ。

「どうしました?」

「……おかしい」

エルディオが呟く。

僕たちも近づく。

「何がですか?」

「三体」

「え?」

「天使が」

エルディオが周囲を見る。

「同時に三体」

「……」

「しかも」

視線。

僕たちが来た道。

そして。

これから向かう道。

「この場所です」

「この場所?」

「我々はセレフィア神聖国まで、およそ一日半」

「うん」

「この街道を進んでいることを知る者は限られている」

「……」

空気が。

変わった。

カイルも気づく。

「まさか」

「断定はできません」

エルディオが言う。

「偶然出現した可能性もあります」

「……」

「ですが」

一拍。

「三体が同時に」

「我々の進路上へ現れた」

「……」

僕は。

父さんと母さんを見る。

さっき。

三体目。

明らかに。

馬車へ向かった。

「僕を狙った?」

「分かりません」

エルディオが答える。

「ソル様を狙ったのか」

「……」

「護衛部隊を狙ったのか」

「あるいは」

エルディオの視線。

馬車。

父さん。

母さん。

「ご家族を狙ったのか」

「……」

僕の手。

無意識に。

握られる。

「それはまだ分からぬ」

ベラ。

「ベラ?」

「天使がどこまでこちらの情報を掴んでおるかも分からぬ」

「……」

「偶然という可能性も捨てるな」

「うん」

「じゃが」

ベラが空を見る。

「偶然と思い込むのも危険じゃ」

「……」

エルディオが立ち上がる。

「同意します」

そして。

隊長として。

全員を見る。

「ここからセレフィア神聖国まで、およそ一日半」

一拍。

「以降」

声が響く。

「最高警戒態勢へ移行します!」

「アルカディア魔法部隊! 探知範囲を倍へ!」

「了解!」

「聖騎士団! 馬車周辺の警護を二重へ!」

「了解!」

「冒険者部隊! 前後左右へ斥候を配置! 単独行動は禁止!」

「了解!」

すぐに。

全員が動き出す。

誰も。

もう。

この護衛を大袈裟だとは思っていなかった。

僕は。

空を見る。

青い空。

さっきまで。

何もなかった場所。

そこから。

三体の天使が現れた。

偶然。

なのかもしれない。

でも。

もし。

違うなら。

「……」

僕は。

馬車を見る。

父さん。

母さん。

守る。

絶対に。

そのために。

僕は強くなってきた。

でも。

さっき。

ベラが言った。

世界は。

僕一人で守るものじゃない。

周囲を見る。

カイル。

ベラ。

エルディオ。

聖騎士。

魔法使い。

冒険者。

みんながいる。

「ソル」

「何?」

カイルが隣へ来る。

「行くぞ」

「うん」

再び。

部隊が動き始める。

目的地。

セレフィア神聖国。

あと一日半。

だけど。

さっきまでとは違う。

三体の天使。

偶然と呼ぶには。

あまりにも。

出来すぎていた。


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