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魔王という存在

第117話 魔王という存在

世界を揺らした魔力が収まってから。

しばらく。

僕とカイルは、その場から動けなかった。

旧魔王城。

さっきまで黒赤い魔力が空を貫いていた場所。

今は。

何もない。

静かだった。

「……終わった?」

カイルが聞く。

「たぶん」

「たぶん?」

「僕だって分からないよ」

僕は《心眼》を使う。

旧魔王城。

その中心。

ベラ。

いる。

魔力も。

感じる。

でも。

「……」

「どうした?」

「やっぱりおかしい」

「何が?」

「魔力」

「まだ暴れてる?」

「逆」

僕は目を凝らす。

「全部、ベラの中にある」

「……全部?」

「うん」

さっき。

世界を揺らした。

あの魔力。

一つも失われていない。

外へ漏れていないだけ。

全て。

ベラの身体の中。

完全に。

制御されている。

「行こう」

「ああ」

僕たちは旧魔王城へ戻った。

崩れた城門。

ひび割れた廊下。

さっきの魔力解放で、さらに壊れた場所もある。

「これ、修理するんですかね」

「誰が?」

「ベラ様」

「絶対しないと思う」

「俺もそう思う」

修練場へ戻る。

そこに。

ベラは立っていた。

何もしていない。

ただ。

自分の右手を見ている。

「ベラ」

声をかける。

ゆっくり。

ベラがこちらを向いた。

「……」

赤い瞳。

僕を見る。

カイルを見る。

そして。

静かに口を開く。

「誰の許しを得て」

低い声。

「妾に声をかけておる」

「……え?」

僕の足が止まる。

隣。

カイルも止まった。

ベラがゆっくりこちらへ歩いてくる。

「頭が高いぞ」

一歩。

「若造ども」

空気が変わる。

魔力は。

出ていない。

それなのに。

身体が勝手に緊張する。

カイルが僅かに下がった。

僕も。

反射的に《明星》へ手を伸ばしかける。

「妾を」

ベラが僕たちを見る。

「誰だと思っておる」

「……」

「……」

さらに一歩。

「五百年前」

一拍。

「世界にその名を轟かせた」

赤い瞳。

細くなる。

「魔王」

一拍。

「ベラトリクスじゃぞ」

「……」

僕。

動けない。

カイル。

完全に固まっている。

数秒。

沈黙。

そして。

ベラの口元が。

緩んだ。

「――なんちゃって」

「……」

「……」

「ベラ!!」

「ははははは!!」

ベラが腹を抱えて笑う。

「良い顔じゃったぞ! 二人とも!」

「洒落にならないよ!!」

「何がじゃ」

「今のベラがそれやったら本気にするでしょ!」

カイルが胸を押さえている。

「本当に勘弁してください……」

「お主まで何じゃ」

「俺、一瞬死ぬと思いましたよ」

「妾は魔力すら出しておらぬぞ?」

「だから余計怖いんですよ!」

ベラが楽しそうに笑う。

いつもの。

ベラだ。

それだけで。

少し安心する。

「もう絶対それ外でやらないでよ」

「何故じゃ」

「今のベラが『魔王ベラトリクスじゃ』とか言っても冗談に聞こえないから!」

「元々魔王じゃぞ?」

「そういう問題じゃない!」

その時。

ベラが何かに気づいた。

空。

見る。

「……来たの」

「何が?」

次の瞬間。

遠く。

赤い光。

「え?」

ものすごい速度。

一直線。

こっちへ。

「ちょっ――」

ドォン!!

旧魔王城の前。

地面が爆ぜる。

土煙。

赤い魔力。

その中から。

一人の女性が歩いてくる。

長い髪。

赤い瞳。

「……アン?」

アンタレス。

「ベラ様!!」

怒ってる。

ものすごく。

怒ってる。

「おお、アンタレス」

ベラが手を上げる。

「早かったの」

「早かったの、ではありません!!」

「何じゃ」

「何をしたんですか!?」

アンタレスがベラの前まで来る。

「修行じゃ」

「修行で世界を揺らさないでください!!」

「世界というほどでは」

「揺れました!!」

「……そうか?」

「そうです!!」

僕が手を上げる。

「揺れたよ」

カイルも。

「俺も確認しました」

アンタレスが二人を見る。

「ほら!!」

「お主ら、どちらの味方じゃ」

「世界」

「世界です」

「裏切り者め」

「何でだよ」

アンタレスは大きく息を吐く。

珍しい。

普段はかなり落ち着いているのに。

「本当に……」

ベラを見る。

「何かあったのかと思ったんですよ」

その声だけ。

少し違った。

「何か?」

「突然、感じたこともないほどの魔力が魔族領西部から発生したんです」

「……」

「それもベラ様の魔力」

アンタレスが続ける。

「天使が現れたのか」

「ベラ様が戦っているのか」

「何が起きたのか」

一拍。

「何も分からなかった」

だから。

飛んできた。

全速力で。

ベラは少しだけ黙る。

「……心配をかけたの」

「本当ですよ」

「すまぬ」

「……」

アンタレスの怒りが。

少しだけ収まる。

「それで?」

「何じゃ」

「説明してください」

「何を?」

「今の魔力です」

「ああ」

ベラが自分を見る。

「妾のじゃ」

「それは分かっています!」

また怒った。

「だから、何をしたんですか!」

「少しリミッターを外した」

「少し?」

「全部じゃ」

「全部!?」

アンタレスの表情が変わる。

「……まさか」

ベラが頷く。

「妾が自分へかけておった方じゃ」

アンタレス。

黙る。

どうやら。

知っているらしい。

「七割五分の……?」

「うむ」

「全て?」

「全てじゃ」

アンタレスがベラを見る。

しばらく。

何も言わない。

そして。

「制御は?」

「問題ない」

ベラが右手を上げる。

黒赤い魔力。

指先。

ほんの少しだけ。

集まる。

ビリッ。

空気が震える。

そして。

消える。

「ほれ」

「……」

アンタレスが見る。

「完全に?」

「うむ」

「百パーセントを?」

「そうじゃ」

アンタレスが。

小さく息を吐いた。

「……本当に」

一拍。

「五百年前の自分を超えたんですね」

「当然じゃ」

ベラが笑う。

「妾を誰だと思っておる」

「魔王ベラトリクス」

「分かっておるではないか」

「元、ですけどね」

「……」

ベラの眉が動く。

「今なんと言った?」

「元魔王です」

「アンタレス」

「何です?」

「お主、少し生意気になったの」

「誰の影響でしょうね」

二人。

見つめ合う。

「……」

「……」

僕とカイルは黙っていた。

今は。

入らない方がいい。

絶対。

その時。

アンタレスの通信魔法が光った。

「……」

アンタレスが見る。

「セラ?」

『アンタレス様!』

声。

焦っている。

『ようやく繋がりました!』

「どうしました?」

『各国から緊急通信が入っています!』

「各国?」

『はい!』

一拍。

『アステリア王国!』

『セレフィア神聖国!』

『ヴァルガルド!』

『アルカディア!』

『カグラ皇国!』

『その他、世界連合軍加盟組織からも問い合わせが殺到しています!』

「……」

アンタレス。

ゆっくり。

ベラを見る。

ベラ。

目を逸らす。

「ベラ様」

「何じゃ」

「説明してください」

「今したじゃろ」

「私にではありません」

アンタレスが通信魔法を見る。

『各国とも、魔族領西部で観測された超大規模魔力反応と地震について説明を求めています!』

「……」

『アルカディアからは観測器が測定上限を超えたとの報告も!』

「……」

『アステリア王国からは、世界連合軍を緊急展開させる必要があるのかと!』

「……」

『セレフィア神聖国からも、天使による攻撃の可能性について確認が――』

「分かりました」

アンタレスが額を押さえる。

「すぐ繋いでください」

『はい!』

少しして。

複数の通信魔法が接続される。

光。

いくつもの映像。

各国首脳。

軍関係者。

教皇。

世界連合軍の主要人物。

全員。

緊張した表情。

『アンタレス殿』

最初に声を上げたのはアステリア王国側。

『魔族領で何が起きた?』

『こちらでも地震を確認しております』

セレフィア。

『アルカディアでは異常な魔力反応を観測しました』

『天使による攻撃ですか?』

次々。

質問。

アンタレスが口を開く。

「まず」

一拍。

「天使による攻撃ではありません」

空気が。

少しだけ緩む。

『では、何が?』

「それについては」

アンタレスが。

ベラを見る。

「原因となった本人から説明してもらいます」

「妾?」

「ベラ様以外に誰がいるんです?」

「お主が説明すればよかろう」

「最高指揮者として、私にも説明責任があります」

「なら」

「ですが原因はベラ様です」

「……」

「お願いします」

ベラが通信を見る。

各国の代表たち。

全員。

自分を見ている。

「……」

少し考える。

そして。

口を開いた。

「心配するな」

『……』

「天使ではない」

『では』

教皇が聞く。

『先ほどの魔力と地震は、いったい何だったのでしょうか』

「……」

ベラ。

考える。

数秒。

そして。

「ちょっと」

一拍。

「気合いを入れただけじゃ」

『……』

「……」

「……」

通信の向こう。

全員。

沈黙。

僕は額を押さえた。

「絶対それじゃ伝わらないよ」

カイルも頷く。

「むしろ怖くなりました」

「何故じゃ」

アンタレス。

震えている。

「ベラ様……」

「何じゃ」

「ちゃんと説明してください!!」

「面倒じゃの」

「世界を揺らした本人が言わないでください!」

仕方なく。

ベラが説明する。

自分が生まれながらに持っていた魔力。

幼い頃。

自分自身へかけた制限。

総魔力の七割五分を。

長い間。

封じていたこと。

そして。

今回。

その全てを解放したこと。

説明が終わる。

「以上じゃ」

『……』

また。

沈黙。

教皇が。

ゆっくり口を開く。

『確認してもよろしいでしょうか』

「何じゃ」

『ベラトリクス様は』

一拍。

『これまで基本的に、二十五パーセントの魔力で戦っていた……ということでしょうか』

「そうなるの」

『……』

アステリア王国側。

沈黙。

ヴァルガルド。

沈黙。

アルカディア。

沈黙。

カグラ皇国。

沈黙。

誰も。

すぐには喋らない。

「どうした?」

ベラが首を傾げる。

カイルが小声で。

「引いてます」

「カイル」

「だって」

「聞こえるよ」

「でも絶対そうだろ」

否定できない。

僕も。

最初に聞いた時。

同じだった。

『では』

アルカディア側から声。

『先ほど観測された魔力が』

一拍。

『ベラトリクス殿の本来の魔力……』

「うむ」

『全て?』

「全てじゃ」

『……』

「ただし」

ベラが続ける。

「もう先ほどのように暴れることはない」

『と、言いますと?』

「制御できるようになった」

ベラが指先へ。

ほんの僅かに魔力を集める。

「今は全て妾の支配下じゃ」

『……』

何故だろう。

安心させるための説明のはずなのに。

通信の向こうの顔が。

さらに引きつったように見える。

その時。

ベラがアンタレスを見る。

「そういえば」

「何です?」

「お主は今、どこまで戻っておる?」

「私の力ですか?」

「うむ」

アンタレスは普通に答える。

「八十五パーセントほどですね」

「……」

「……」

通信の向こう。

三度目の沈黙。

僕も。

アンタレスを見る。

「……アン」

「何です?」

「まだ八十五パーセントなの?」

「ええ」

普通。

本当に。

普通に答える。

カイルがゆっくり僕を見る。

「ソル」

「うん」

「今、“まだ”って言ったよな?」

「言った」

「俺も同じこと思った」

アンタレスが首を傾げる。

「何かおかしいですか?」

「……」

おかしい。

かなり。

世界連合軍最高指揮者。

現魔王アンタレス。

以前。

魔族領で行われた儀式によって。

大部分の力を取り戻した。

その時。

十分すぎるほど。

圧倒的だった。

それでも。

現在。

八十五パーセント。

つまり。

まだ。

十五パーセント残っている。

『……失礼』

アルカディア側から声。

『確認なのですが』

「はい」

『アンタレス殿も』

一拍。

『まだ完全な状態ではない……と?』

「そうなりますね」

『……』

また。

黙った。

ベラが笑う。

「安心せい」

一拍。

「こやつも、そのうち全部戻る」

『……』

アンタレスが横を見る。

「ベラ様」

「何じゃ」

「たぶん今の発言」

一拍。

「全く安心させていません」

「何故じゃ」

「さあ」

カイルが小声で呟く。

「……もう一人いるんだ」

「何が?」

「まだ強くなる魔王」

「……」

その通り。

何も言えない。

目の前。

ベラ。

七割五分の自己制限。

完全解除。

百パーセント。

その魔力を解放しただけで。

世界が揺れた。

そして。

その隣。

アンタレス。

八十五パーセント。

残り。

十五パーセント。

ベラがアンタレスを見る。

「残りもさっさと取り戻せ」

「簡単に言わないでください」

「妾は全部使えるようになったぞ?」

「それとこれとは別です」

「現魔王が元魔王に負けてどうする」

「……」

アンタレスの眉が。

僅かに動いた。

「言いましたね?」

「何じゃ」

「別に」

アンタレスが笑う。

「残り十五パーセントを取り戻した時」

一拍。

「後悔しないでくださいね」

ベラの口元が上がる。

「面白い」

「……」

「……」

黒赤。

赤。

二人から。

僅かに。

魔力が漏れる。

ビリッ――。

空気が震える。

「やめて!!」

僕はすぐに二人の間へ入った。

「何じゃ」

「何です?」

「今、世界揺らしたばっかりでしょ!」

「妾ではない」

「ベラだよ!」

「地面が勝手に揺れたのじゃ」

「ベラの魔力でね!」

カイルも頭を抱える。

「勘弁してくださいよ……」

通信の向こう。

誰も。

喋らない。

教皇。

各国首脳。

軍関係者。

世界連合軍の主要人物。

みんな。

見ている。

目の前で。

普通に言い合っている二人を。

五百年前。

世界にその名を轟かせた魔王。

ベラトリクス。

百パーセント。

完全解放。

現代。

魔族領を治める魔王。

アンタレス。

八十五パーセント。

未完成。

「……」

カイルが僕の肩を叩く。

「ソル」

「何?」

「俺さ」

「うん」

「魔王って、もっとこう……」

少し考える。

「肩書きみたいなもんだと思ってた」

「……分かる」

「違ったわ」

「……うん」

カイルが二人を見る。

「魔王って」

一拍。

「本当に魔王なんだな」

「……うん」

『……』

誰も。

否定しなかった。

というより。

否定できなかった。

ベラが僕たちを見る。

「さっきから何を話しておる?」

アンタレスも。

「何かありました?」

「……」

僕。

カイル。

通信の向こう。

全員。

二人を見る。

世界を揺らして。

「ちょっと気合いを入れただけ」と言った元魔王。

その元魔王と張り合い。

まだ十五パーセントの力を残している現魔王。

そして。

当の二人だけが。

何故みんなが引いているのか。

全く分かっていない。

「……何じゃ?」

「何です?」

同時に。

首を傾げる。

その姿を見て。

僕は思った。

たぶん。

この場にいる。

魔王二人以外の全員が。

同じことを思っている。

やっぱり。

魔王って。

とんでもない。


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