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旧魔王城

第115話 旧魔王城

冒険者ギルド本部を出た僕たちは、そのまま魔族領へ向かうことになった。

目的地。

旧魔王城。

五百年前。

ベラが魔王だった時代に使っていた城。

僕は今まで、その場所の存在すら知らなかった。

「ねえ、ベラ」

「何じゃ」

「旧魔王城って、今の魔王城から遠いの?」

「それなりに離れておる」

「魔族領の中?」

「うむ。今の魔王城より、さらに西じゃ」

カイルが横から入ってくる。

「なんで魔王城を移したんです?」

「妾が眠りについた後の話じゃ。詳しいことはアンタレスに聞け」

「ベラ様も知らないんですか?」

「五百年眠っておったからの」

「ああ」

「何じゃ、その顔は」

「いや。五百年って改めて長いなって」

「喧嘩を売っておるのか?」

「違います」

僕は少し笑う。

でも。

ベラはいつも通りに見えて。

どこか違った。

旧魔王城へ行く。

そう決めてから。

時々、考え込むように黙る。

僕には。

その理由までは分からなかった。


数日後。

僕たちは魔族領へ入った。

以前来た時とは違う。

道を歩く魔族たち。

商人。

兵士。

子供。

人間の国と大きく変わらない日常。

でも、一つだけ。

明らかに空気が変わっていた。

「兵士、多くない?」

カイルが言う。

「うん」

街道。

城壁。

町の入口。

以前より明らかに魔王軍の姿が増えている。

世界連合軍の発足。

天使の出現。

その影響だ。

「もう準備が始まっておるのじゃろう」

ベラが言う。

魔族領だけじゃない。

今頃。

アステリア王国。

セレフィア神聖国。

ヴァルガルド。

アルカディア。

カグラ皇国。

全ての国で。

同じように準備が始まっている。

世界が。

本当に動き始めている。

そのまま僕たちは魔王城へ向かった。


魔王城。

以前にも来た場所。

巨大な扉を抜けると、魔王軍の兵士たちが僕たちに気づく。

「ベラトリクス様」

一斉に頭を下げる。

ベラは軽く手を上げ、そのまま進む。

僕とカイルも後ろをついていく。

「すごいな」

カイルが小さく言う。

「何が?」

「いや」

周囲を見る。

「本当に魔王だったんだなって」

「今さら?」

「話では知ってたけどさ」

前。

ベラが止まる。

「聞こえておるぞ」

「すみません」

再び歩く。

やがて。

謁見の間。

扉が開く。

その先。

玉座にはアンタレスが座っていた。

傍にはセラ。

そして、何人かの魔王軍幹部。

アンタレスが僕たちを見る。

「戻ったんですね」

「うん」

「天使の件は聞いています」

アンタレスが立ち上がる。

「二人で討伐したそうですね」

「なんとか」

「雑兵とはいえ、初めての共闘で討伐までできたのなら十分です」

カイルが少し嬉しそうにする。

ベラが横から口を挟む。

「最初は酷かったがの」

「ベラ」

「事実じゃろ」

「最後はちゃんと倒したじゃん」

アンタレスが僅かに笑う。

「その辺りも報告書に書いてありました」

「そこまで?」

「かなり詳しく」

「誰が書いたの……」

たぶん。

現場の誰かだ。

アンタレスがカイルを見る。

「カイル・ヴァルハイト」

「はい」

カイルの背筋が伸びる。

「特別部隊への任命についても聞いていますね」

「はい」

「急な決定になってしまいましたが、引き受けてもらえて助かります」

「俺でよければ」

「実力だけで選んだわけではありません」

「え?」

「これから各国を回るのでしょう?」

カイルが僕を見る。

僕も頷く。

「はい」

「なら、多くを見てきてください」

アンタレスは落ち着いた声で続ける。

「世界連合軍ができたからといって、すぐに全員が一つになれるわけではありません」

「……」

「国も違う。種族も違う。考え方も、戦い方も違う」

一拍。

「それでも一緒に戦わなければならない」

アンタレスが僕とカイルを見る。

「あなたたちが各国を回ることにも、きっと意味があります」

「うん」

僕は答える。

「分かった」

「期待しています」

その時。

アンタレスの視線がベラへ向いた。

「それで」

一拍。

「ベラ様」

「何じゃ」

「今日は私に会うためだけに来たわけではありませんよね」

ベラが少し笑う。

「さすがじゃの」

「どちらへ?」

ベラは少し黙る。

そして。

答えた。

「旧魔王城じゃ」

アンタレスの表情が変わった。

ほんの少し。

「……旧魔王城」

「うむ」

セラもベラを見る。

アンタレスは少しの間、何も言わなかった。

「行かれるんですか?」

「ああ」

「五百年ぶりに」

「そうなるの」

アンタレスがベラを見る。

「どうして今なんです?」

僕も。

カイルも。

ベラを見る。

ベラは少しだけ視線を落とした。

「ソルたちを見ておってな」

「……」

「妾は気づいた」

自分の手を見る。

「五百年前」

「妾は強かった」

誰も否定しない。

「勇者たちと戦い、やがて共に災厄と戦った」

「当時の妾は、自分なりに力を極めたつもりじゃった」

一拍。

「じゃが」

ベラが僕を見る。

「こやつは今も強くなっておる」

次。

カイル。

「こやつもこれからじゃ」

そして。

アンタレス。

「お主もじゃ」

アンタレスは黙って聞く。

「ガレスも」

「レオンハルトも」

「世界そのものも」

一拍。

「五百年前にはなかった形へ進んでおる」

ベラが笑う。

「それを見ていたら」

一拍。

「妾だけが、五百年前の自分で満足しておるのが馬鹿らしくなった」

僕は何も言わず。

ベラを見る。

「じゃから」

「旧魔王城へ?」

アンタレスが聞く。

「うむ」

「妾が魔王だった頃に使っていた修練場がある」

一拍。

「もう一度」

ベラの目が変わる。

「自分の力と向き合ってみようと思ってな」

アンタレスが少しだけ笑った。

「ベラ様らしいですね」

「そうか?」

「はい」

そして。

少し間を置く。

「旧魔王城は残っています」

「……」

ベラの表情が僅かに変わる。

「大きく崩れた場所もありますが、城の主要部分は保存されています」

「保存?」

「歴代の魔王たちが決めたことです」

アンタレスが答える。

「五百年前の戦いを忘れないために」

「……そうか」

ベラの声が少しだけ小さくなる。

「ただ」

アンタレスが続ける。

「誰も住んでいません」

「うむ」

「必要なら案内を」

「いらぬ」

即答だった。

アンタレスが少し驚く。

ベラは笑う。

「自分の城じゃ」

一拍。

「道くらい覚えておる」

アンタレスも笑う。

「分かりました」

僕たちは魔王城で一晩休み。

翌朝。

旧魔王城へ向かった。


魔族領西部。

今の魔王城から離れるにつれ。

町が減っていく。

街道も細くなる。

やがて。

荒野。

岩山。

人の姿も。

魔族の姿も。

ほとんど見なくなった。

「こんなところに城があるの?」

僕が聞く。

「ある」

ベラが前を歩く。

「昔はもう少し栄えておった」

「町も?」

「うむ」

「城下町があったんですか?」

カイルが聞く。

「あった」

ベラはそれ以上言わない。

道。

進む。

僕は周囲を見る。

ところどころ。

石。

崩れた壁。

建物だったようなもの。

五百年。

それだけの時間が。

ここを変えた。

でも。

ベラだけは。

その頃を知っている。

さらに進む。

山道。

登る。

そして。

ベラが止まった。

「……」

僕も止まる。

カイルも。

「ベラ?」

返事がない。

ベラは。

前を見ている。

僕も。

その先を見る。

巨大な城。

山の中腹。

黒い城壁。

いくつもの塔。

一部は崩れている。

蔦に覆われた場所もある。

でも。

確かに。

残っている。

五百年前。

この世界で。

魔王ベラトリクスが暮らしていた場所。

旧魔王城。

「……ここが」

カイルが呟く。

僕も。

言葉が出ない。

今の魔王城とは違う。

華やかさもない。

人もいない。

静か。

ただ。

そこにあるだけ。

ベラは動かない。

「ベラ?」

もう一度。

呼ぶ。

「……変わったの」

小さな声。

「え?」

「随分」

一拍。

「変わってしもうた」

ベラが歩き出す。

僕とカイルも。

何も言わず。

後ろをついていく。

城へ続く道。

崩れた石段。

昔。

ここを。

何人の魔族が歩いていたんだろう。

城門。

近づく。

巨大。

黒い扉。

傷。

残っている。

ベラが。

その前へ立つ。

「……」

手。

伸ばす。

扉へ触れる。

目を閉じる。

五百年。

僕には想像もできない。

ベラが眠っていた間。

ここでは。

どれだけの時間が流れたのか。

「入らないの?」

僕が聞く。

「……入る」

でも。

動かない。

カイルも何も言わない。

少しして。

ベラが息を吐いた。

「おかしいの」

「何が?」

「妾の城じゃぞ」

一拍。

「なのに」

扉を見る。

「少しだけ」

一拍。

「怖い」

初めて。

聞いた。

ベラの。

そんな言葉。

僕は何も言わない。

ただ。

ベラの隣へ立つ。

「……何じゃ」

「別に」

「何故そこに立つ」

「一緒に来たから」

「そうか」

反対側。

足音。

カイル。

立つ。

「俺もいますよ」

ベラがカイルを見る。

「お主まで何じゃ」

「特別部隊なんで」

「まだ正式に活動しておらぬじゃろ」

「細かいことはいいんですよ」

ベラ。

二人を見る。

そして。

小さく笑った。

「まったく」

もう一度。

扉を見る。

今度は。

迷わない。

両手。

扉へ。

力。

込める。

ゴゴゴゴゴ……。

五百年間。

閉ざされていた扉が。

ゆっくり。

開いていく。

暗い。

城内。

冷たい空気。

埃。

そして。

その奥。

長い廊下。

ベラは。

しばらく。

中を見ていた。

やがて。

一歩。

踏み出す。

五百年ぶり。

魔王ベラトリクスが。

自分の城へ。

帰った。

僕とカイルも。

その後へ続く。

目的は。

昔の力を取り戻すことじゃない。

五百年前へ戻ることでもない。

ここから。

さらに先へ進むため。

五百年前の魔王を。

五百年後のベラトリクスが。

超えるため。

旧魔王城での修行が。

始まろうとしていた。


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