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世界連合軍

第112話 世界連合軍

翌朝。

アステリア王国、冒険者ギルド本部。

僕とカイルは受付の前に並んでいた。

昨日、僕たちは正式にパーティーを組んだ。

そして今日。

初めて二人で受ける依頼が決まる。

受付嬢が一枚の依頼書を机へ置いた。

「緊急特別依頼となります」

カイルが依頼書を覗き込む。

僕も隣から見る。

依頼内容。

アステリア王国北部に出現した天使個体の追跡。

及び、出現地点周辺の調査。

「これが最初の依頼か」

カイルが呟く。

「いきなり天使だね」

「普通もっと薬草採取とかじゃないの?」

「カイルA級でしょ」

「そうだった」

「忘れないでよ」

「お主ら」

後ろから声。

振り返る。

ベラ。

腕を組んでいる。

「遊びに行くのではないぞ」

「分かってるよ」

「本当か?」

「分かってるって」

「昨日、模擬戦で殺し合い寸前までいった者の言葉とは思えぬの」

「……」

何も言えない。

カイルが横を向く。

「カイルもじゃ」

「俺まだ何も言ってないんだけど」

「同罪じゃ」

「はい」

受付嬢が少し笑いながら依頼書をこちらへ向ける。

「今回の最優先事項は調査です。天使個体を発見した場合も、無理な交戦は避けてください」

「はい」

「出現地点では既に現地部隊が封鎖を行っています。到着後、現場責任者から詳しい説明を受けてください」

僕は依頼書を受け取る。

初めて。

ソルとカイル。

二人の名前で受ける依頼。

内容は、とても普通とは言えないけど。

「行こうか」

「ああ」

カイルが槍を背負う。

ベラも僕たちの横を通り過ぎる。

「さっさと行くぞ」

「ベラが一番やる気じゃん」

「当然じゃ。天使が現れたのじゃぞ」

その声から、いつもの軽さが少し消えた。

僕も《明星》を確認する。

昨日現れた、一体の天使。

何のために来たのか。

どこへ消えたのか。

それを確かめるため。

僕たちはアステリア王国北部へ向けて出発した。


同刻。

セレフィア神聖国。

大聖堂、世界会議場。

再び各国の代表者たちが集まっていた。

だが、以前の世界会談とは空気が違う。

議論するためではない。

決定するための会談。

その中央には、昨日アステリア王国北部から届けられた報告書が置かれている。

天使一体。

現地部隊と交戦。

複数名負傷。

討伐には至らず。

そして、天使は戦闘能力、武装、魔法体系、防衛能力を観測した後、自ら撤退。

五百年前の災厄が、再び世界へ姿を現した。

会議場の正面。

教皇が席に着いている。

その隣にはアルヴィス。

さらに各国首脳。

アンタレス。

ガレス。

レオンハルト。

冒険者ギルド統括グレン。

各国の政治、軍事を担う者たち。

全員が揃っていた。

教皇が静かに口を開く。

「昨日の天使出現を受け、各国から最終回答が届きました」

誰も声を発さない。

「五百年前と同じ過ちを繰り返さないため。そして今度こそ、世界そのものの力で災厄に立ち向かうため」

教皇がアルヴィスを見る。

アルヴィスが一歩前へ出た。

手には一枚の文書。

「それでは、各国及び各組織からの正式な合意を確認した上で発表いたします」

一拍。

「本日をもって――《世界連合軍》を正式に発足いたします」

静かな会議場に、その言葉が響いた。

五百年前には存在しなかった軍。

人間だけでもない。

魔族だけでもない。

世界そのものが、一つの敵へ立ち向かうための軍。

アルヴィスが続ける。

「加盟国及び加盟組織、並びに提供戦力を発表いたします」

最初の名が読み上げられる。

「アステリア王国」

王国代表が立ち上がる。

「王国軍を世界連合軍へ編入。また、冒険者ギルドとの協定に基づき、国内全ギルドを対災厄協力体制へ移行します」

グレンが頷く。

正規軍。

そして、各地で活動する冒険者たち。

その双方が動く。

「セレフィア神聖国」

レオンハルトが立つ。

「聖騎士団を派遣します。また、教会に所属する治癒及び結界魔法を扱う聖職者による支援部隊を編成。前線及び後方拠点へ配置します」

剣を持つ聖騎士。

傷ついた者を救う聖職者。

攻撃だけではない。

戦い続けるための力。

「要塞国家ヴァルガルド」

代表者が立つ。

「防衛軍を投入する。城塞戦、防衛線構築、民間人避難路の確保。守りに関する全てを我々が担おう」

アルヴィスが次を見る。

「アルカディア」

「魔法部隊を派遣します」

代表者が答える。

「加えて、天使及び古代資料の解析を行う研究部門。そして各国軍の戦力、地形、補給、敵戦力を分析する軍師団を世界連合軍へ提供します」

魔法。

研究。

そして戦略。

戦場で戦うだけではない。

敵を知り、戦争そのものを組み立てる役割。

「カグラ皇国」

その名に、何人かが視線を向ける。

カグラ皇国の代表者が静かに立ち上がった。

「皇国内に存在する全流派へ協力要請を出した」

刀術。

槍術。

弓術。

それ以外にも、長い歴史の中で受け継がれてきた数多くの武術。

「各流派から戦力を選出する。また、皇国の鍛冶師たちによる武器、防具の製造、修繕、調達支援を行う」

一拍。

「加えて、隠密機動部隊を派遣する」

偵察。

索敵。

追跡。

伝令。

表からでは届かない場所を担う者たち。

「そして――魔族領」

会議場が静かになる。

アンタレスが立ち上がった。

「魔王軍を投入する」

落ち着いた声。

迷いはない。

「魔法隊、防御隊、近接部隊を含め、再編を終えた魔王軍を世界連合軍との共同戦闘体制へ移行させる」

アンタレスは会議場を見渡した。

人間。

魔族。

かつてなら同じ軍議の場にいることすら考えられなかった者たち。

「天使が人間の国を襲えば、魔王軍も戦う」

一拍。

「魔族領が襲われた時には、皆にも力を貸してもらいたい」

誰も反論しない。

「今回の敵に、人間も魔族も関係ない」

アンタレスの赤い瞳が真っ直ぐ前を向く。

「世界全体で戦う。それだけだ」

教皇が静かに頷いた。

アルヴィスが文書をめくる。

「続いて、世界連合軍の組織体系を発表します」

空気が変わる。

「世界連合軍――最高顧問」

一拍。

「セレフィア神聖国、教皇猊下」

教皇は静かに頭を下げる。

「私は五百年前の記録を受け継ぐ者として、天使に関する情報提供、各国間の調整、そして連合軍の判断を支援します」

「続いて」

アルヴィスの視線が動く。

「世界連合軍――最高指揮者」

アンタレスを見る。

「魔王アンタレス陛下」

会議場に僅かなざわめきが起こる。

だが、反対の声はない。

世界会談。

合同訓練。

そして魔族領が示した協力姿勢。

全てを踏まえた上での決定だった。

アンタレスが立つ。

「引き受ける」

短く答える。

「各国から送られる情報を集約し、世界規模での戦力運用を判断する」

一拍。

「ただし、私は各国の上に立つつもりはない」

各国首脳がアンタレスを見る。

「これは魔王軍ではない。世界連合軍だ」

「各国の事情も、守るべき民も違う。それを無視して一人で決めれば、連合を作った意味がない」

教皇が僅かに微笑む。

「だから意見は遠慮なく言ってほしい」

アンタレスは続ける。

「その上で、戦時に一つの決断が必要になった時は」

一拍。

「私が責任を持って決める」

静かな言葉だった。

だが、迷いはない。

魔族領を率いてきた魔王として。

今度は世界全体の戦力を預かる。

その責任を受け入れる言葉だった。

「最高指揮者を補佐する相談役として、加盟各国の国家元首、政治責任者、軍事責任者及び加盟組織代表者を置きます」

各国首脳。

軍事責任者。

政治を担う者。

グレンを始めとする加盟団体の代表。

彼らが各国の状況を共有し、最高指揮者の判断を支える。

「続いて、実働軍の指揮系統です」

アルヴィスが一人の男を見る。

「世界連合軍――総隊長」

一拍。

「魔王軍軍隊長、ガレス殿」

「……俺か」

ガレスは驚きながらも、すぐアンタレスを見る。

「アンタレス様」

「私が推薦した」

「やっぱりですか」

「不満?」

「いえ」

ガレスは苦笑する。

「ただ、随分と大きな仕事を任されたなと」

レオンハルトが隣から口を開く。

「私も推薦に賛成しました」

ガレスが横を見る。

「お前もか」

「はい」

「先に言ってくれてもよかっただろ」

「決定前でしたので」

「真面目だな」

「よく言われます」

僅かに笑いが起こる。

だが。

ガレスはすぐに表情を変えた。

立ち上がる。

人間。

魔族。

聖騎士。

冒険者。

これから、その全てを率いる。

「俺は魔族だ」

静かに言う。

「人間の軍を率いた経験はない。聖騎士に命令したこともなければ、冒険者をまとめたこともない」

グレンが黙って聞く。

レオンハルトも。

「だから、最初から全て上手くいくとは言わない」

一拍。

「だが」

ガレスが全員を見る。

「天使が目の前に来た時、隣に立っている奴が人間か魔族かを気にしている余裕はない」

「必要なら王国軍にも命令する。聖騎士にも、冒険者にも、魔王軍にもだ」

一拍。

「その代わり、俺は全員を同じ軍の仲間として扱う」

誰も声を上げない。

「……分かった」

ガレスが頷く。

「引き受ける」

アンタレスも頷いた。

「任せる、ガレス」

「はい」

アルヴィスが続ける。

「世界連合軍――副隊長」

ガレスの隣。

「セレフィア神聖国、聖騎士長レオンハルト殿」

レオンハルトが立ち上がる。

「拝命いたします」

ガレスが横を見る。

「これから忙しくなるぞ」

「覚悟しています」

「俺の方が先に倒れたら頼む」

「縁起でもないことを言わないでください」

「冗談だ」

二人が並ぶ。

魔王軍軍隊長と聖騎士長。

かつてなら決して並ばなかった二人が。

世界連合軍の総隊長と副隊長として並ぶ。

アルヴィスが最後の文書を手に取る。

「そして、通常の軍事指揮系統とは別に、最高指揮者直属の特別部隊を設置します」

「特別部隊?」

ガレスが聞く。

「はい」

「通常部隊での対応が困難な天使及び大天使級個体への対処、追跡、調査、重要拠点への突入など、特殊任務を担当します」

アンタレスが静かに聞いている。

「現時点での構成員は三名」

一人目。

「五百年前の魔王――ベラトリクス」

二人目。

「冒険者――ソル」

そして。

三人目。

「A級冒険者――カイル・ヴァルハイト」

グレンが僅かに目を見開く。

「特別部隊は最高指揮者アンタレス陛下直属とし、必要に応じて通常の軍事指揮系統から独立して行動します」

アンタレスが頷く。

「異論はない」

ガレスも腕を組む。

「俺たちが前線を支えて、あの三人には通常の部隊じゃ対応できない相手を任せるってことか」

「その認識で構いません」

「なら分かりやすい」

教皇が立ち上がる。

全員の視線が集まった。

「五百年前」

静かな声。

「世界を守ったのは、僅かな者たちでした」

勇者。

剣聖。

賢者。

守護騎士。

聖女。

そして。

魔王。

「彼らが命を懸けたからこそ、今の私たちがあります」

教皇が各国の代表者を見る。

「ですが」

一拍。

「今度は違います」

王国軍。

冒険者。

聖騎士。

聖職者。

防衛軍。

魔法部隊。

研究者。

軍師。

カグラの全流派。

隠密機動部隊。

そして。

魔王軍。

「今度は、彼らが守った世界そのものが」

一拍。

「災厄と戦うのです」

静寂。

そして。

各国代表が一人ずつ立ち上がる。

最後にアンタレスが立った。

最高指揮者として。

最初の指示を出す。

「まずは、各国が約束した戦力の編成を始めてほしい」

一拍。

「天使に関する情報は、どれほど小さなものでも共有する」

「ガレスとレオンハルトは各軍の指揮系統を整えて」

「アルカディアには研究、分析、戦略部門の始動をお願いする」

「カグラ皇国の隠密機動部隊には、可能な範囲で広域索敵を」

「冒険者ギルドも各支部との連携をお願いしたい」

それぞれが頷く。

アンタレスは一度、全員を見渡した。

「急いで準備する必要はある」

一拍。

「でも、焦って連携を崩したら意味がない」

「私たちは違う国で、違うやり方で戦ってきた」

「だからこそ」

アンタレスの声が少し強くなる。

「互いの強みを理解して、一つの軍として戦える形を作ろう」

ガレス。

レオンハルト。

各国首脳。

全員がその言葉を聞く。

「五百年前と同じ戦いにはしない」

一拍。

「今度は、世界全体で迎え撃つ」

この日。

歴史上初めて。

人間と魔族。

国家と国家。

軍人と冒険者。

剣士と魔法使い。

その全てが、一つの敵と戦うため正式に手を結んだ。

《世界連合軍》。

最高顧問――教皇。

最高指揮者――魔王アンタレス。

相談役――各国首脳及び各国政治・軍事責任者。

総隊長――ガレス。

副隊長――レオンハルト。

そして。

最高指揮者直属特別部隊。

ベラトリクス。

ソル。

カイル・ヴァルハイト。

世界が。

戦う準備を始めた。


その頃。

そんな大きな話が進んでいることなど知らず。

僕とカイルは、アステリア王国北部へ到着していた。

「……ここか」

カイルの声から、いつもの軽さが消える。

監視塔。

その周囲には。

戦いの跡が残っていた。

抉れた地面。

砕けた鎧。

折れた槍。

焼け焦げた街道。

僕も。

言葉が出ない。

カイルがゆっくり歩く。

「これを」

一拍。

「一体で?」

「うん」

僕は答える。

「たぶん」

カイルが黙る。

昨日まで。

カイルにとって天使は、話で聞いただけの存在だった。

でも。

今は違う。

目の前に。

その痕跡がある。

「……雑兵なんだよな」

「そう聞いてる」

「これで?」

返せない。

ベラが僕たちの横を通る。

「そこを退け」

しゃがみ込む。

地面へ手を当てる。

目を閉じる。

しばらく。

沈黙。

そして。

ベラの目が開いた。

「……間違いない」

僕とカイル。

ベラを見る。

「天使じゃ」

空気が変わる。

ベラは立ち上がる。

周囲を見る。

森。

街道。

空。

残された魔力。

その流れを追う。

「それと」

「何?」

僕が聞く。

ベラの表情が険しくなる。

「この残滓」

一拍。

「思ったより新しい」

カイルが槍へ手を伸ばす。

「つまり?」

ベラが森の奥を見る。

「まだ」

一拍。

「そう遠くへは行っておらぬかもしれん」

僕も《明星》へ手をかける。

カイルが槍を握る。

二人。

初めて受けた。

パーティーとしての依頼。

天使の追跡。

その本当の始まりは。

ここからだった。


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