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次代の魔王

第10話 次代の魔王

勇者の塔を出て。

僕たちは、冒険者ギルドへ向かって歩いていた。

本来なら。

次の目的地はカグラ皇国。

剣聖シリウスの塔。

そのために旅費を稼いで。

装備を整えて。

依頼を受けて。

少しずつ準備をする。

そのはずだった。

「ソル」

「何?」

隣を歩いていたベラトリクスが突然立ち止まった。

「予定変更じゃ」

「え?」

「助っ人を呼ぶ」

「……助っ人?」

あまりにも急だった。

「誰?」

「知り合いじゃ」

「五百年前の?」

「まあ、そうなるな」

「生きてるの?」

「生きておる」

即答。

「多分」

「今、多分って付いたよね?」

「気のせいじゃ」

「聞こえたよ」

ベラトリクスは無視して歩き出す。

「ちょっと待って」

僕は追いかけた。

「なんで急に助っ人?」

「考えたのじゃ」

「何を?」

「この先のことを」

ベラトリクスが指を一本立てる。

「五つの塔のうち、一つ目で既に何者かの妨害が見つかった」

「うん」

「レグルスの塔であれなら、残りも同じとは限らぬ」

「確かに」

「次は海を越える」

「カグラ皇国」

「ああ」

二本目。

「そして」

ベラトリクスが僕を見る。

「お主は弱い」

「急に悪口!?」

「事実じゃ」

「レグルスの力もらったよ!」

「先ほど跳んで転んでおったではないか」

「まだ慣れてないだけ!」

「つまり今は弱い」

「……」

言い返せない。

「しかもF級」

「ベラトリクスもF級だからね」

「……」

今度はベラトリクスが黙った。

「ほら」

「それを持ち出すな」

「そっちが先に言ったんじゃん」

「妾は事情が違う」

「ギルドから見れば同じだよ」

「気に入らぬ……」

本気でまだ気にしているらしい。

「で?」

僕は聞く。

「二人じゃ厳しいってこと?」

「ああ」

ベラトリクスが頷く。

「今の妾は、本来の力には程遠い」

「塔で少し戻ったんでしょ?」

「少しな」

「昨日よりは強い?」

「遥かに」

「じゃあ」

「じゃが、足りぬ」

きっぱり。

「塔を止めた者が何者か分からぬ以上、妾一人の力を当てにするのは危険じゃ」

「……」

意外だった。

もっと。

「妾がいれば問題ない」

とか言うと思った。

「ちゃんと考えてるんだね」

「お主は妾を何だと思っておる」

「自信満々の魔王」

「間違っておらぬ」

「合ってるんだ……」

ベラトリクスが少し考える。

「それに」

「何?」

「お主を守りながら戦うのは面倒じゃ」

「僕、荷物扱い?」

「今のところはな」

「ひどい」

「早く強くなれ」

「昨日冒険者になったばっかりだよ」

「知るか」

理不尽だ。

「それで、助っ人って?」

「ここでは呼べぬ」

「なんで?」

ベラトリクスが周囲を見る。

祭りの王都。

人。

人。

人。

「目立つ」

「……ベラトリクスからその言葉が出るんだ」

「妾とて学習する」

「昨日まで垂れ幕燃やそうとしてたのに」

「それとこれとは別じゃ」

絶対違わない。

結局。

冒険者ギルドへ行く予定は後回しになった。

僕たちは王都の門を出て。

人通りの少ない場所を探した。

王都から少し離れた森。

さらに奥。

昔は採石場だったらしい。

今は使われていない。

木々に囲まれた。

広い空間。

「ここならよい」

ベラトリクスが周囲を確認する。

「何するの?」

「召喚」

「召喚?」

「そうじゃ」

「魔物?」

ベラトリクスが僕を見る。

「妾がわざわざ魔物一匹を呼ぶために、ここまで来ると思うか?」

「思わない」

「なら聞くな」

「じゃあ人?」

「人ではない」

「魔族?」

「近い」

ベラトリクスが地面へ手を翳す。

「魔人じゃ」

「魔人」

聞いたことはある。

魔族の中でも。

特に高い魔力を持つ者。

人間とほとんど変わらない姿をしているけど。

寿命も。

身体能力も。

魔力量も。

普通の人間とは比べものにならない。

そう。

本で読んだ。

「そんな人呼べるの?」

「誰に聞いておる」

「F級冒険者」

「ソル」

「ごめん」

最近。

この返しが楽しくなってきた。

ベラトリクスが地面へ指先を向ける。

黒い魔力。

今朝。

勇者の塔から受け取ったばかりの力。

地面に。

一本の線が描かれる。

「……」

円。

その中に。

複雑な文字。

僕には読めない。

さらに。

一つ。

二つ。

三つ。

いくつもの円が重なっていく。

「すご……」

今まで見た魔法陣とは。

少し違う。

勇者の塔。

祠。

地下の封印。

あれらは。

精密だった。

線の一つ一つに意味があるような。

でも。

ベラトリクスの魔法陣は。

もっと。

荒々しい。

それなのに。

圧倒的。

黒い線。

その一つ一つから。

魔力が溢れている。

「これ、どれくらい魔力使うの?」

「かなり」

「かなりって?」

「今の妾が使える分の」

少し間。

「ほぼ全部じゃ」

「……」

僕は耳を疑った。

「全部?」

「ほぼじゃ」

「同じようなものでしょ!」

「細かい男じゃな」

「せっかく塔で戻ったばっかりだよ!?」

「知っておる」

「なのに全部使うの!?」

「必要経費じゃ」

「魔力に必要経費ってあるの!?」

「ある」

「絶対今作ったでしょ!」

ベラトリクスは気にせず。

召喚陣を作り続ける。

「待って」

僕は本気で止めた。

「その人呼ばないと駄目?」

「絶対ではない」

「じゃあ」

「じゃが、この先を考えれば呼ぶべきじゃ」

「でも、また弱くなるんでしょ?」

「安心せよ」

ベラトリクスが笑う。

「地下から出た直後よりは残る」

「全然安心できない」

「妾は一度決めた」

「……」

「ならばやる」

こうなると。

多分。

止めても無駄だ。

四日しか一緒にいない僕でも。

それくらいは分かる。

「その人」

僕は聞く。

「本当に生きてる?」

「……」

ベラトリクスの手が。

ほんの一瞬。

止まった。

「さっき多分って言ったよね」

「……ああ」

「五百年だよ」

「分かっておる」

「人間じゃないから長生きするの?」

「魔人は人間より遥かに長命じゃ」

「じゃあ大丈夫?」

「普通ならな」

「普通なら?」

ベラトリクスが召喚陣を見る。

「五百年」

小さく。

「何があったか、妾は知らぬ」

「……」

「世界も変わった」

「うん」

「国も消えた」

「……うん」

少し。

声が静かになる。

「だから」

赤い瞳が。

召喚陣を見る。

「呼んでみなければ分からぬ」

今まで。

生きていると言い切っていた。

でも。

本当は。

ベラトリクスだって。

不安なんだ。

「失敗したら?」

「二つじゃ」

「二つ?」

「妾の魔力では届かぬほど遠くにいるか」

少し間。

「もう、この世界にはおらぬか」

「……」

僕は何も言えなかった。

ベラトリクスは。

すぐにいつもの顔へ戻る。

「じゃが」

「うん」

「心配するだけ無駄じゃ」

「え?」

「奴はしぶとい」

「褒めてる?」

「最高級にな」

召喚陣。

完成。

黒い円。

その中央。

僕は。

何となく。

形に気づいた。

「星?」

「何?」

「真ん中」

五つ。

いや。

いくつもの線。

星みたいな形。

「偶然じゃ」

「そう?」

「召喚陣とはそういうものじゃ」

「ふーん」

僕が近づこうとすると。

ベラトリクスが腕を出した。

「下がれ」

「危ない?」

「かなり」

「先に言ってよ」

数歩。

後ろへ。

ベラトリクスが。

召喚陣の中央へ立つ。

黒い髪。

風がないのに。

ゆっくり浮かび始める。

「……」

空気。

変わる。

魔力。

さっき塔で感じたもの。

それが。

さらに強くなる。

でも。

同時に。

ベラトリクスの身体から。

どんどん。

魔力が抜けていくのも分かった。

「本当に全部使う気だ……」

「静かにせよ」

ベラトリクスが両手を広げる。

黒い光。

召喚陣へ。

一気に流れ込んだ。

「――我が声を聞け」

声。

さっきまでと違う。

魔王。

そう。

初めて思った。

「遠き地にあろうと」

黒い魔力。

空へ。

「眠りの中にあろうと」

地面が震える。

「我が名を覚えておるならば」

魔法陣。

黒。

そこに。

別の色が混ざった。

赤。

「……」

真紅。

炎みたいな光。

「我が下へ来い」

ベラトリクスの声。

さらに強くなる。

「魔人アンタレス!」

――ゴォン。

空間。

歪んだ。

「うわっ!」

僕は腕で顔を覆う。

風。

いや。

魔力。

爆発みたいに。

広がる。

「ベラトリクス!」

「まだじゃ!」

叫ぶ。

魔法陣の中心。

空間が裂ける。

黒。

その向こう。

何も見えない。

「来い!」

ベラトリクスが。

最後の魔力を流す。

その瞬間。

赤。

爆発。

「っ!」

熱い。

でも。

燃えてはいない。

真紅の炎。

魔法陣の中心から。

高く。

舞い上がる。

「……」

人影。

炎の中。

誰か。

いる。

長い髪。

風に揺れる。

赤。

炎より。

さらに鮮やかな。

真紅。

少しずつ。

姿が見える。

女性。

背が高い。

黒を基調とした服。

そこに。

赤い刺繍。

長い外套。

腰まで伸びる真紅の髪。

そして。

ゆっくり。

目を開く。

金色。

「……」

炎が。

消えた。

女性が。

立っていた。

「成功……?」

僕が呟く。

ベラトリクスは答えない。

肩で。

息をしている。

「はぁ……」

「大丈夫!?」

「問題……ない」

絶対問題ある。

今にも倒れそうだ。

でも。

その前に。

召喚された女性。

彼女は。

周囲を見る。

森。

召喚陣。

僕。

そして。

最後に。

ベラトリクス。

「……」

金色の瞳が。

大きく開いた。

「……陛下?」

声。

思ったより。

落ち着いていた。

ベラトリクスが。

顔を上げる。

「久しいの」

笑う。

「アンタレス」

「……」

女性。

アンタレスは。

動かなかった。

「何じゃ」

「……」

「妾の顔を忘れたか?」

「……いいえ」

一歩。

アンタレスが進む。

「では」

さらに一歩。

「何故」

さらに。

「五百年も」

ベラトリクスの前。

「消えていたのですか」

「……」

笑顔。

怖い。

僕でも分かる。

ものすごく。

怒ってる。

「事情が」

「五百年です」

「うむ」

「我々が」

声が震える。

「どれほど探したと思っているのですか」

ベラトリクスの顔が。

少しだけ。

引きつる。

「アンタレス」

「魔王城は崩れ」

「……」

「陛下の魔力は消え」

「……」

「死体すら見つからず」

「……」

「それでも」

アンタレスの拳。

握られる。

「生きている可能性があると」

「……」

「何百年」

声。

完全に怒っている。

「何百年待ったと思っているのですか!」

「まあ」

ベラトリクスが。

少しだけ。

後ろへ下がる。

「その話は後でも」

――ゴンッ。

「痛っ!?」

僕は固まった。

アンタレスの拳。

ベラトリクスの頭。

綺麗に。

入った。

「……」

「……」

魔王が。

殴られた。

「何をする!」

「こちらの台詞です!!」

アンタレスの怒声。

森に響く。

鳥が飛び立つ。

「妾は魔王じゃぞ!」

「知っています!」

「ならば殴るでない!」

「昔から何度殴りたいと思ったことか!」

「今初めて殴ったではないか!」

「五百年分です!」

「一発で済ませるな!」

「ではあと四発ほど」

「やめよ!」

僕は。

どうすればいいんだろう。

止めるべき?

無理。

絶対無理。

「えっと……」

二人が。

同時に僕を見る。

「……」

「……」

「僕は何も言ってません」

即座に下がった。

アンタレスが。

初めて。

僕をまともに見る。

金色の瞳。

頭から。

足まで。

ゆっくり。

「……人間」

「はい」

「何故」

また。

ベラトリクスを見る。

「陛下が人間の少年と?」

「色々あった」

「説明してください」

「長い」

「五百年待っています」

「……」

「時間ならあります」

強い。

ベラトリクスが。

押されている。

初めて見た。

「アンタレス」

「何でしょう」

「まず」

ベラトリクスが。

僕を指差した。

「紹介じゃ」

「紹介?」

「ああ」

僕も。

何となく姿勢を正す。

「こやつはソル」

「ソルです」

「フィル村の小僧じゃ」

「小僧いらなくない?」

「十五歳」

「そこも僕が言うよ」

「F級冒険者」

「それも言わなくていい!」

アンタレスの眉が。

僅かに動いた。

「F級?」

「昨日なった」

「……」

「弱いぞ」

「ベラトリクス!」

「事実じゃ」

「でもレグルスの力も」

僕が言いかける。

アンタレスの目。

一瞬。

僕の右手へ向いた。

「……?」

何か。

気づいた?

でも。

すぐ。

ベラトリクスへ戻る。

「そして」

ベラトリクスが。

今度はアンタレスを指す。

「ソル」

「うん」

「こやつはアンタレス」

真紅の髪。

金色の瞳。

女性が。

静かに立つ。

「魔人アンタレス」

「……」

ベラトリクスが。

少し。

得意そうに笑った。

「妾の次の魔王じゃ」

「……」

僕は。

アンタレスを見る。

次に。

ベラトリクス。

また。

アンタレス。

「……次?」

「ああ」

「魔王?」

「ああ」

「この人が?」

「そうじゃ」

「……」

今日。

朝。

勇者レグルスの残響に会った。

力を預かった。

塔を直した。

魔王が少し復活した。

そして。

今。

もう一人。

魔王が増えた。

「……魔王増えた」

「増えたとは何じゃ!」

「事実でしょ!」

「妾が先代じゃ!」

「では私は何なのです?」

アンタレスが静かに聞く。

「次代」

「つまり魔王では?」

「そうじゃ」

「じゃあ二人いるじゃん!」

「細かい男じゃな」

「これは細かくないよ!」

アンタレスが。

額へ手を当てた。

「……陛下」

「何じゃ」

「その少年」

僕を見る。

「大丈夫なのですか」

「何が?」

「頭が」

「失礼だな!?」

ベラトリクスが笑う。

「面白いじゃろ」

「僕、面白枠なの!?」

アンタレスの表情は。

あまり変わらない。

でも。

ほんの少しだけ。

口元が緩んだ気がした。

「……以前より」

「何じゃ」

「楽しそうですね」

「……」

ベラトリクスが。

一瞬。

黙る。

「そうか?」

「はい」

「気のせいじゃ」

「そうですか」

アンタレスは。

それ以上言わなかった。

「で」

僕は聞く。

「次の魔王ってどういうこと?」

「そのままじゃ」

「ベラトリクスが魔王じゃなくなった後?」

「ああ」

「妾が災厄を封じるために消えた後、魔族を纏める者が必要じゃった」

「それがアンタレス?」

「そうじゃ」

「陛下から直接任命されたわけではありません」

アンタレスが訂正する。

「え?」

「突然消えましたから」

ベラトリクスを見る。

「何の引き継ぎもなく」

「……」

「書類一枚残さず」

「……」

「国の状態も最悪」

「……」

「人間との戦争直後」

「アンタレス」

「何でしょう」

「その辺りで」

「まだ三分の一も話していません」

「長い!」

なんとなく。

分かった。

この人。

すごく苦労したんだ。

「つまり」

僕がまとめる。

「ベラトリクスがいなくなった後、アンタレスが魔族を率いた?」

「はい」

「魔王として?」

「そう呼ばれるようになりました」

「大変だった?」

「……」

アンタレスが。

ベラトリクスを見る。

「非常に」

「妾を見るな」

「陛下以外に誰を見るのです」

「昔から口うるさい奴じゃった」

「誰のせいだと?」

「ほら」

ベラトリクスが僕を見る。

「面倒じゃろ」

「今のところアンタレスの方が正しいと思う」

「何じゃと!?」

アンタレスが。

小さく息を吐く。

「それで」

「何じゃ」

「説明を」

「何の?」

「何故私が呼ばれたのです」

「ああ」

ベラトリクスが。

急に真面目になる。

「少し長くなる」

「五百年よりは短いでしょう」

「それを何度も使うな」

「陛下が言えたことではありません」

強い。

やっぱり。

この人強い。

ベラトリクスは。

簡単に。

今までのことを話した。

五百年。

自分が地下に封じられていたこと。

ソルが偶然。

祠から転移してきたこと。

五英雄の歴史から。

自分だけが消されていること。

五つの塔。

その一つ。

勇者レグルスの塔。

そして。

誰かが。

塔の機能を止めていたこと。

「……」

アンタレスは。

一度も口を挟まなかった。

聞く。

最後まで。

ただ。

表情だけが。

少しずつ。

険しくなっていく。

「それで」

ベラトリクスが言う。

「次はカグラ皇国へ行く」

「剣聖シリウスの塔」

「ああ」

「……なるほど」

アンタレスが。

目を閉じる。

考える。

「それで私を?」

「そうじゃ」

「この先」

ベラトリクスが。

僕を見る。

「二人だけでは、少々しんどい」

「やっぱそう思ってたんだ」

「主にお主のせいじゃ」

「全部僕!?」

「半分」

「残り半分は?」

「今の妾が弱い」

「……」

自分で言った。

ベラトリクスが。

自分で。

「珍しい」

「何が」

「弱いって認めた」

「今の妾は、じゃ」

「はい」

「全盛期なら」

「分かった分かった」

「最後まで聞け!」

アンタレスが。

じっとベラトリクスを見る。

「陛下」

「何じゃ」

「今」

「うむ」

「どの程度の力が?」

「……」

嫌な予感。

ベラトリクスが。

視線を逸らした。

「ベラトリクス?」

「何じゃ」

「さっき召喚にほぼ全部使ったよね」

「使ったな」

「今残ってるの?」

「……」

「ベラトリクス」

「多少」

「どれくらい?」

「多少じゃ」

アンタレスが。

一歩近づく。

「陛下」

「何じゃ」

「まさか」

声。

静か。

怖い。

「勇者の塔から得た魔力を」

「……」

「私の召喚に」

「……」

「ほとんど使ったのですか?」

「必要経費じゃ」

「何をしているのですか!!」

また。

鳥が飛んだ。

「仕方なかろう!」

「何がです!」

「お主を呼ぶには魔力が要る!」

「なら呼ばないでください!」

「何故じゃ!」

「せっかく五百年ぶりに目覚めた陛下が、また魔力枯渇で倒れたらどうするのです!」

「倒れぬ!」

言った。

直後。

ぐらっ。

「……」

「……」

「……」

ベラトリクスの身体が。

傾いた。

「危なっ」

僕より先に。

アンタレスが動いた。

一瞬。

姿が消えたように見えた。

次。

ベラトリクスの身体を。

支えている。

「陛下」

「……」

「何でしょうか」

「地面が」

「傾いていません」

「五百年の間に」

「傾いていません」

「……」

「以前も同じ言い訳をしておったぞ」

僕が言う。

ベラトリクスが睨む。

「ソル」

「何?」

「余計なことを申すな」

「アンタレス、この人森から出る時も同じこと言ってたよ」

「ほう」

「ソル!」

アンタレスの笑顔。

怖い。

「陛下」

「何じゃ」

「座ってください」

「嫌じゃ」

「座ってください」

「妾は」

「座ってください」

「……」

ベラトリクスが。

座った。

強い。

本当に。

強い。

「ソル」

ベラトリクスが小声で呼ぶ。

「何?」

「こやつ、昔より怖くなっておる」

「五百年苦労したからじゃない?」

「……」

「原因ベラトリクスだよね?」

「妾のせいではない」

「全部とは言わないけど結構ベラトリクスのせいだと思う」

「貴様まで……」

アンタレスは。

ベラトリクスの手を取る。

目を閉じる。

「何してるの?」

僕が聞く。

「魔力を確認しています」

「分かるの?」

「はい」

少し。

沈黙。

そして。

アンタレスが。

目を開く。

「……本当に少ない」

「ほら」

ベラトリクスが言う。

「何故得意げなのですか」

「事実を申しただけじゃ」

「自慢することではありません」

「アンタレス」

「何でしょう」

「妾はお主の主じゃぞ」

「五百年前までの話です」

「何!?」

「今は私も魔王です」

「妾が先じゃ!」

「年功序列ですか?」

「ならば妾の圧勝じゃ!」

「年齢聞くと怒るくせに」

「ソル!」

今度は。

アンタレスが。

はっきり笑った。

ほんの少しだけ。

でも。

初めて。

「……」

僕はその顔を見る。

ベラトリクスとは違う。

真紅の髪。

金色の目。

整った顔。

黙っていれば。

冷たそうにも見える。

でも。

ベラトリクスと話している時だけ。

少し。

表情が変わる。

「アンタレス」

僕は聞く。

「何でしょう」

「これから一緒に来るの?」

「……」

アンタレスが。

僕を見る。

そして。

ベラトリクス。

「陛下」

「何じゃ」

「一つ確認します」

「申せ」

「私を呼んだ理由は」

「ああ」

「この先の塔を巡るため」

「そうじゃ」

「私に」

少し間。

「同行しろと?」

「ああ」

ベラトリクスが。

当たり前のように言った。

「来い」

「……」

命令。

魔王。

昔の主。

アンタレスが。

目を閉じる。

僕は。

少し緊張した。

五百年。

ずっと待っていた。

でも。

その間に。

アンタレスにも。

きっと色々あった。

今すぐ。

全部捨てて。

来い。

普通なら。

簡単に答えられない。

「……まったく」

アンタレスが。

息を吐いた。

「五百年前から」

ベラトリクスを見る。

「何も変わっていませんね」

「何がじゃ」

「人の都合を聞かず」

「うむ」

「勝手に決め」

「うむ」

「最後に命令」

「魔王じゃからな」

「私も魔王です」

「妾が先じゃ」

「それはもう聞きました」

アンタレスが。

一度。

空を見る。

青い空。

五百年前も。

同じだったのかもしれない。

そして。

「分かりました」

「え?」

僕が聞き返す。

「いいの?」

「はい」

「そんな簡単に?」

「簡単ではありません」

アンタレスが。

少しだけ。

笑った。

「五百年待ちましたから」

「……」

「今度こそ」

ベラトリクスを見る。

「目を離さない方がよさそうです」

「妾は子供ではない!」

「四日で何回倒れました?」

「……」

「二回?」

僕が答える。

「ソル!」

「もっと?」

「二回じゃ!」

「十分です」

アンタレスが頷く。

「では」

立ち上がる。

「同行します」

「うむ」

ベラトリクスが。

嬉しそうに。

ほんの少しだけ。

笑った。

「それでこそアンタレスじゃ」

「ただし」

「何じゃ」

「無茶をする時は私の許可を取ってください」

「嫌じゃ」

「では帰ります」

「待て!」

早い。

「あはは……」

思わず笑った。

二人が。

こちらを見る。

「何じゃ」

「何ですか」

「いや」

僕は。

少しだけ。

安心した。

ベラトリクス。

五百年前の世界から。

一人だけ。

取り残された。

そう思っていた。

レグルス。

シリウス。

アルデバラン。

アークトゥルス。

ルナ。

みんな。

もういない。

でも。

一人。

いた。

五百年前のベラトリクスを知っている人。

待っていた人。

怒ってくれる人。

「よかったね」

僕は言った。

「何がじゃ」

ベラトリクスは。

分かっているくせに。

そう聞いた。

「別に」

「変な小僧じゃ」

「それより」

僕はアンタレスを見る。

「アンタレスって身分証持ってる?」

「身分証?」

「……」

嫌な予感。

「何ですか、それは」

「やっぱり」

「王都入るのにいるんだよ」

「王都?」

「アステリア王国の」

「……アステリア?」

アンタレスの顔。

今度は。

本当に分からない顔だった。

僕とベラトリクス。

目が合う。

「知らない?」

「聞いたことがありません」

「五百年前にはなかったからね」

「……」

アンタレスが。

ゆっくり。

ベラトリクスを見る。

「陛下」

「何じゃ」

「今の世界について」

「うむ」

「私は何も知らないのですが」

「妾もほとんど知らぬ」

「……」

「ソルがおる」

「僕!?」

二人。

僕を見る。

「案内せよ」

ベラトリクス。

「お願いします」

アンタレス。

「待って」

「何じゃ」

「何でしょう」

「僕も王都来たの昨日なんだけど」

「……」

「……」

沈黙。

「三人とも」

僕は言う。

「ほぼ王都初心者だよ」

「妾は魔王じゃ」

「関係ない」

「私は一応、五百年前の地理なら」

「役に立たないと思う」

「……」

アンタレスが。

また額を押さえた。

「先が思いやられます」

「大丈夫じゃ」

ベラトリクスが胸を張る。

「何故陛下が一番自信満々なのです?」

「妾じゃからな」

「答えになっていません」

「とりあえず」

僕は言う。

「アンタレスも冒険者登録した方がいいかも」

「冒険者?」

「身分証になるよ」

「なるほど」

「妾たちも昨日登録した」

ベラトリクスが言う。

アンタレスが。

少し興味を持つ。

「陛下も?」

「ああ」

「何級ですか?」

「……」

ベラトリクスが黙る。

「陛下?」

「……」

「何級です?」

「ソル」

「何?」

「絶対に申すな」

「F級」

「ソル!!」

「……」

アンタレスが。

固まった。

「F?」

「最下級」

「説明せんでよい!」

「陛下が」

「事情がある!」

「F級」

「魔力がなかったのじゃ!」

「……」

アンタレス。

肩。

震えている。

「笑っておるな?」

「いえ」

「顔を上げよ」

「無理です」

「笑っておるではないか!」

「五百年ぶりに陛下と再会して」

アンタレスが。

口元を押さえる。

「最初に聞く近況が、F級冒険者とは思わなかったもので」

「貴様ぁ!」

「ベラトリクスも僕の時笑ったじゃん」

「今は関係ない!」

しばらく。

森の中。

二人の魔王の言い争いが続いた。

そして。

「では戻るぞ」

ベラトリクスが立ち上がろうとする。

「陛下」

アンタレスが止める。

「何じゃ」

「歩けますか?」

「当然じゃ」

一歩。

「……」

ぐらっ。

「……」

「……」

アンタレスが。

無言で。

ベラトリクスの前へしゃがんだ。

「何じゃ」

「乗ってください」

「嫌じゃ」

「歩けないでしょう」

「歩ける」

「今倒れました」

「地面が」

「傾いていません」

「……」

「乗ってください」

「嫌じゃ!」

「陛下」

「妾は魔王じゃぞ!」

「私も魔王です」

「それ関係ある?」

僕が言う。

二人が僕を見る。

「……ごめん」

数分後。

「降ろせ!」

「暴れないでください」

「妾は自分で歩ける!」

「落としますよ」

「それは嫌じゃ!」

アンタレスの背中。

そこに。

ベラトリクスがいた。

「……」

僕は。

何とも言えない光景を見る。

「ソル」

「何?」

「笑ったら殺す」

「笑ってないよ」

「顔が笑っておる!」

「だって」

真紅の髪。

次代の魔王。

その背中に。

先代の魔王。

「すごい絵だなと思って」

「忘れよ!」

「無理だよ」

アンタレスは。

何事もないように歩く。

「昔からこうだったの?」

僕が聞く。

「いえ」

「そうなんだ」

「昔はアルデバラン殿が担当していました」

「……」

ベラトリクスが。

固まる。

「え?」

「陛下は疲れると、守護騎士殿の背中に乗っていました」

「アンタレス」

「何でしょう」

「何故知っておる」

「本人から聞きました」

「アルデバラン……!」

五百年越しに。

守護騎士が怒られている。

「やっぱり昔から乗ってたんじゃん」

「違う!」

「何が?」

「あれはアルデバランが勝手に」

「陛下から乗ったと聞きました」

「アンタレス!」

「事実です」

僕は笑った。

王都。

魔王討伐五百周年記念祭。

その城門へ。

僕たちは戻っていく。

勇者レグルスから力を預かった。

勇者の塔が目覚めた。

次の目的地は。

カグラ皇国。

剣聖シリウスの塔。

そして。

その旅に。

新しい仲間が加わった。

真紅の髪の魔人。

アンタレス。

ベラトリクスの後を継ぎ。

魔族を率いた。

次代の魔王。

「……」

僕は。

二人の背中を見る。

「どうしたのですか?」

アンタレスが振り返る。

「いや」

「何じゃ、ソル」

「ちょっと思っただけ」

「何を?」

僕は。

遠くに見える。

王都の城壁を見る。

その上。

巨大な文字。

《祝 魔王討伐五百周年》

そして。

僕の前。

本物の魔王が二人。

「……絶対バレたら駄目だなって」

「何故じゃ」

「当たり前でしょ!」

先代魔王ベラトリクス。

次代魔王アンタレス。

魔王討伐を祝う王都へ。

二人の魔王が。

揃って戻ろうとしていた。


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