目覚める塔
第9話 目覚める塔
――ドクン。
僕の胸の奥。
レグルスから預かった光が、強く脈打った。
同時に。
地下室の床いっぱいに広がる魔法陣が。
青から。
金色へと変わっていく。
「……何?」
僕は思わず後ろへ下がった。
光。
一つ。
二つ。
魔法陣を構成する無数の線が、順番に目を覚ましていく。
部屋の中央。
六人の彫刻。
その足元から。
低い音が響いた。
ゴゴゴゴゴ――。
「揺れてる!」
「分かっておる!」
「これ大丈夫なの!?」
「知らぬ!」
「知らないの!?」
「完成した塔を見るのは妾も初めてじゃ!」
「そうだった!」
床が大きく揺れた。
壁から細かな砂が落ちる。
僕は咄嗟に身体を低くした。
「壊れないよね!?」
「五百年も残っておるのじゃ。少しくらい耐えるじゃろ」
「少しくらいって今結構揺れてるよ!?」
「騒ぐでない!」
「ベラトリクスも声大きいじゃん!」
「妾は冷静じゃ!」
「絶対嘘!」
その時。
右手。
熱。
「っ」
僕は手を見る。
手の甲。
さっき一瞬だけ現れた。
剣のような紋様。
それが。
金色に光っていた。
「ベラトリクス」
「何じゃ」
「これ」
僕が右手を見せる。
ベラトリクスの表情が変わった。
「……レグルスの魔力じゃ」
「反応してる?」
「恐らくな」
床の魔法陣。
そして。
僕の右手。
同じ金色。
光が。
呼び合うように明滅している。
――ドクン。
また。
胸の奥。
「……何か」
僕は魔法陣を見る。
「呼ばれてる気がする」
「またか?」
「多分」
「便利な力じゃのう」
「僕は全然便利だと思ってないけど」
「行け」
「え?」
ベラトリクスが中央を指差す。
魔法陣。
その中心。
「妾より、お主の方が反応しておる」
「でも」
「レグルスが預けた力じゃ」
「うん」
「ならば」
ベラトリクスが僕を見る。
「最後まで使わせてもらえ」
「本人もう消えたけどね」
「だからこそじゃ」
少しだけ。
声が静かだった。
僕は頷く。
ゆっくり。
魔法陣の中心へ近づく。
一歩。
光が強くなる。
二歩。
剣の紋様が熱を持つ。
そして。
中央。
円形に描かれた紋章。
聖剣。
レグルスの印。
「……触る?」
「それしかあるまい」
「最近、何でも触ってる気がする」
「そして毎回何か起きておるな」
「怖いこと言わないでよ」
しゃがむ。
右手を伸ばす。
「……」
一瞬。
迷う。
祠。
ベラトリクス。
封印の魔法陣。
勇者の塔。
僕が何かへ触れるたび。
普通じゃないことが起きた。
「ソル」
「何?」
「怖いならやめてもよい」
「……」
ベラトリクスを見る。
意外だった。
「珍しい」
「何がじゃ」
「止めないんだ」
「妾を何だと思っておる」
「触れって言う人」
「妾は魔王じゃ」
「それ関係ある?」
「ある」
多分ない。
僕は少し笑った。
「大丈夫」
もう一度。
魔法陣を見る。
「やってみる」
手を置いた。
瞬間。
――カン。
何か。
遠くで金属が鳴った。
「……え?」
次の瞬間。
光。
「うわっ!」
金色の魔力が。
僕の右手から魔法陣へ流れ込む。
いや。
違う。
僕の魔力じゃない。
レグルス。
預けられた力。
それが。
塔へ帰っていく。
「ソル!」
「大丈夫!」
手が離れない。
でも。
痛くはない。
ただ。
身体の中にある何かと。
塔そのものが。
繋がった感覚。
頭の中。
知らない文字。
知らない術式。
意味は分からない。
それでも。
一つだけ。
何故か分かった。
「……鍵」
「何?」
「これ」
僕は右手を見る。
「レグルスの魔力が、鍵になってる」
ベラトリクスの目が細くなる。
「塔の管理権限か」
「管理?」
「塔を作った者だけが触れられる場所がある」
「じゃあ」
「レグルスは力だけでなく、その一部までお主へ預けたのかもしれぬ」
「聞いてないよ!」
「本人も分かっておらなかったのではないか?」
「ありそうなのが嫌だなあ」
頭の中にレグルスの笑った顔が浮かぶ。
――多分大丈夫。
絶対あの人。
そこまで考えてなかった気がする。
「……勇者ってもっとちゃんとしてると思ってた」
「諦めよ」
「ベラトリクスに言われると説得力ある」
「どういう意味じゃ」
答える前に。
魔法陣。
中央。
カチッ。
小さな音。
それまで激しく揺れていた床が。
突然。
止まった。
「……止まった?」
静寂。
一秒。
二秒。
その直後。
――ゴォン。
塔全体。
下から上へ。
巨大な鐘が鳴ったような音が響いた。
「何!?」
「来るぞ」
「何が!?」
ベラトリクスが。
自分の胸へ手を当てる。
「塔が」
金色の線。
魔法陣の外周。
そこから。
一本。
黒い光へ変わる。
床を走り。
壁へ。
天井へ。
そして。
五百年間。
止まっていた道を辿るように。
ベラトリクスへ。
「っ――」
黒い光が。
彼女の身体へ入った。
「ベラトリクス!」
「来るな!」
「でも!」
「大丈夫じゃ!」
黒い髪。
ふわりと浮かぶ。
空気が震えた。
「……」
僕は動けなかった。
今まで。
弱っていた。
魔力がほとんど残っていなかった。
それでも。
牙狼一体を一瞬で焼いた。
そのベラトリクスから。
今。
桁違いの圧が漏れている。
黒。
でも。
ただ暗いわけじゃない。
夜空みたいな魔力。
その中。
赤い瞳が強く光る。
「……すご」
思わず。
声が出た。
「これが……」
ベラトリクスが。
自分の手を見る。
指先。
黒い炎。
ぼっ。
「おお」
昨日とは違う。
拳ほどじゃない。
僕の身体より大きな炎。
「ちょっと待って」
一歩下がる。
「それ少しじゃないよね?」
「少しじゃ」
「嘘だ」
「全盛期の妾からすれば誤差じゃ」
「これで!?」
ベラトリクスが指を閉じる。
黒い炎が。
消えた。
「五つのうち一つ」
「じゃあ五つ全部戻ったら……」
「どうなると思う?」
「聞きたくない」
「賢明じゃ」
怖い。
今ので。
本当に少し。
なら。
五百年前のベラトリクスは。
どれだけ強かったんだ。
「これなら王都くらい」
「燃やさないでよ!?」
「まだ何も申しておらぬ!」
「顔が言ってた!」
「妾の顔を勝手に読むでない!」
少しだけ。
いつもの空気が戻った。
でも。
ベラトリクスはすぐに。
魔法陣へ視線を戻した。
「……妙じゃな」
「何?」
「供給量が少なすぎる」
「少ないの?」
「本来なら、この程度ではない」
「五百年経ってるから?」
「それだけならよいが」
ベラトリクスがしゃがむ。
床。
金色に輝く術式。
その上へ。
指先を翳した。
黒い魔力。
細い糸のように。
魔法陣を辿っていく。
「……」
「何してるの?」
「黙っておれ」
「はい」
珍しく。
すぐ従う。
ベラトリクスの顔。
真剣だった。
少しずつ。
黒い魔力が術式の中へ入り込む。
その時。
一部分。
金色じゃない線。
暗い灰色。
僕には。
ただの模様にしか見えない。
でも。
ベラトリクスは止まった。
「……見つけた」
「何を?」
「これじゃ」
指差す。
「これ?」
「本来の術式ではない」
「え?」
僕も近づく。
「誰かが後から足したってこと?」
「ああ」
ベラトリクスが。
灰色の線を辿る。
「塔が壊れたのではない」
「じゃあ」
「止められておった」
「……」
五百年間。
ベラトリクスへ魔力を送り続けるための塔。
それが。
自然に壊れたんじゃない。
誰かが。
意図的に。
止めた。
「誰が?」
「知らぬ」
「レグルスたち?」
「違う」
即答だった。
「なんで分かるの?」
「術式が違いすぎる」
ベラトリクスの声が低くなる。
「レグルスはこのような術式を組めぬ」
「まあ、そうだろうね」
「シリウスは魔法そのものを殆ど使わぬ」
「刀の人だもんね」
「アルデバランも同じじゃ」
「じゃあアークトゥルス?」
「違う」
「分かるの?」
「あの爺の術式は癖が強い」
「癖?」
「無駄がない」
「いいことじゃない?」
「無駄がなさすぎるのじゃ」
「何それ」
「必要な線一本、文字一つすら削ろうとする」
「職人気質だなあ」
「この術式は違う」
灰色の線。
「もっと」
ベラトリクスが目を細める。
「異質じゃ」
「ルナは?」
「ルナなら」
一瞬。
少しだけ表情が柔らかくなる。
「このようなことはせぬ」
断言。
僕も。
何となく分かる。
記憶の中で見ただけだけど。
ルナという少女が。
仲間の一人を五百年間苦しませるようなことをするとは思えない。
「じゃあ」
僕は灰色の術式を見る。
「五人じゃない誰か」
「ああ」
「五百年前?」
「それも分からぬ」
「いつ追加されたかも分からない?」
「術式だけではな」
「……」
考える。
僕なら。
「触ってみる?」
「……」
ベラトリクスが僕を見る。
「やっぱりそうなる?」
「最近のお主は、触れば大抵何か分かるからのう」
「便利な道具みたいに言わないでよ」
「嫌ならやめておけ」
「……やる」
僕は灰色の線へ手を伸ばした。
触れる。
「……」
冷たい。
さっきまでのレグルスの魔力とは。
全然違う。
目を閉じる。
いつもなら。
来る。
景色。
声。
記憶。
誰かの感情。
でも。
「……」
何もない。
「ソル?」
「待って」
もう少し。
集中する。
ある。
魔力は。
確かにある。
五百年の間。
塔の機能を邪魔し続けていた。
強い魔力。
なのに。
「……いない」
「何?」
僕は目を開けた。
「誰もいない」
ベラトリクスの眉が動く。
「どういう意味じゃ」
「分からない」
「いつもなら何が見える?」
「人」
「人?」
「正確には……その魔力を使った人の感情とか、記憶とか」
ベラトリクス。
レグルス。
魔法陣。
全部。
魔力の中に。
誰かがいた。
でも。
これは。
「空っぽ」
「……」
「魔力だけ」
自分で言って。
寒気がした。
「使った人の気配がない」
「そんなことがあるのか?」
「僕に聞かないでよ」
ベラトリクスが。
灰色の術式を見る。
赤い瞳。
僅かに。
揺れた。
「……まさかな」
「何?」
「何でもない」
「またそれ」
「気のせいじゃ」
「絶対何か知ってる顔じゃん」
「知らぬ」
「嘘」
「知らぬと言っておる」
ベラトリクスは。
それ以上答えなかった。
ただ。
灰色の術式を見る目だけが。
今までよりずっと険しくなっていた。
やがて。
金色の魔法陣。
その光が。
少しずつ安定していく。
「これで直った?」
「全てではない」
「まだ?」
「妨害術式の大半は停止した」
「大半」
「長い年月で塔そのものも傷んでおる」
「じゃあ完全には戻せない?」
「今すぐはな」
ベラトリクスが立ち上がる。
「じゃが」
自分の手を見る。
「最低限の機能は戻った」
「魔力も?」
「ああ」
「よかった」
何となく。
素直にそう思った。
ベラトリクスが僕を見る。
「何じゃ」
「いや」
「気持ち悪い顔をするな」
「人が心配してたのに!」
「誰が頼んだ」
「そういうところだよ!」
「それより」
ベラトリクスが僕の右手を見る。
「お主の方はどうじゃ」
「僕?」
「レグルスの力」
「あ」
忘れていた。
自分の手を見る。
握る。
開く。
「……分からない」
「走れ」
「ここで?」
「では跳べ」
「急だなあ」
試しに。
軽く。
膝を曲げる。
「よっ」
跳ぶ。
「……え」
高い。
思ったより。
かなり。
「うわっ!?」
天井が近づく。
「待って待って待って!」
着地。
足。
「っ!」
ぐらっ。
「危な――」
そのまま。
前へ転んだ。
「痛っ!」
地下室。
僕の声が響く。
「……」
後ろ。
沈黙。
振り返る。
ベラトリクスが。
口元を押さえていた。
「笑った?」
「笑っておらぬ」
「絶対笑ったよね!?」
「くっ……」
「今笑った!」
「お主……っ」
肩が震えている。
「見事な着地じゃったぞ」
「転んだんだけど!」
「知っておる!」
「笑うなよ!」
ベラトリクスが。
とうとう声を上げて笑った。
「はははっ!」
「そんな笑う!?」
「跳んだ瞬間の顔が……」
「急に身体変わったんだから仕方ないでしょ!」
「レグルスも似たことをしておった」
「え?」
ベラトリクスが笑いながら言う。
「聖剣の力を初めてまともに使った時じゃ」
「どうなったの?」
「勢い余って崖から落ちた」
「……」
勇者。
「助かった?」
「アルデバランが下で受け止めた」
「守護騎士すごい」
「その後、ルナに二時間説教されておった」
「……」
少しだけ。
安心した。
僕だけじゃないらしい。
「じゃあ僕もそのうち慣れる?」
「レグルスでも一月はかかった」
「長いな」
「お主なら半年か」
「なんで増えるの!?」
「才能の差じゃ」
「レグルスよりないのは分かってるけど!」
でも。
確かに。
身体が軽い。
力も。
少しだけ。
強くなっている気がする。
拳を握る。
集中。
「……」
ほんの一瞬。
腕。
金色の光。
「出た」
「魔力をまとっただけじゃ」
「僕、こんなのできなかったよ?」
「だからレグルスの力じゃ」
「そっか」
でも。
すぐ消える。
「短い」
「当然じゃ」
「練習すれば?」
「伸びるかもしれぬ」
「本当に?」
「知らぬ」
「またそれ!?」
「妾はレグルスの力を受け継いだことなどないからのう」
「それもそうか」
自分の右手。
勇者の魔力。
僕の中。
確かに。
何かが変わった。
でも。
勇者になったわけじゃない。
レグルスも言っていた。
預けるだけ。
どう使うかは。
僕が決める。
「……」
少しだけ。
右手を握りしめた。
その時。
部屋の中央。
魔法陣が。
また形を変え始めた。
「今度は何!?」
「騒ぐでない」
「だって毎回何か起きるんだもん!」
光。
床から。
空中へ。
粒子が浮かぶ。
一つ。
二つ。
無数。
それが。
形を作る。
「……地図?」
僕は目を凝らす。
大陸。
光で作られた。
大きな地図。
今の地図と。
少し形が違う。
「五百年前の地形?」
「恐らくな」
ベラトリクスが近づく。
地図の上。
五つ。
光。
中央。
一つ。
金色に強く輝いている。
「これ」
「この塔じゃ」
アステリア。
勇者レグルスの塔。
その周囲。
四つ。
東。
北。
西。
南。
「残りの塔?」
「ああ」
僕は一つずつ見る。
北。
暗い。
西。
暗い。
南。
暗い。
そして。
東。
「……あれ?」
僅かに。
光。
消える。
また。
点く。
弱い。
今にも消えそうな。
「これだけ」
「動いておるな」
ベラトリクスの目が細くなる。
「どこの塔?」
「今の国なら」
僕は地図を思い出す。
東。
海を越えた先。
「カグラ皇国」
「……」
「ってことは」
僕も分かった。
「シリウス」
「ああ」
剣聖シリウス。
刀を持つ。
五百年前。
人間で最も強かった剣士。
ベラトリクスへ。
初めて刃で傷をつけた人。
「刀馬鹿の塔じゃ」
「本人の前で言わない方がいいよ」
「本人にも言っておった」
「言ってたんだ……」
その時。
地図。
中央。
文字。
光で。
浮かび上がる。
「何?」
古い文字。
でも。
今回は。
僕にも読めた。
レグルスの魔力。
僕の中にあるものが。
意味を伝えてくる。
《一つ目が目覚めたなら》
「……」
次。
《次は刀を追え》
「刀」
ベラトリクスが。
小さく笑った。
「間違いない」
「シリウス?」
「ああ」
東。
弱く明滅する光。
「次は」
ベラトリクスが。
その光を見る。
「カグラ皇国じゃ」
次の目的地。
決まった。
アステリアから。
遥か東。
海を越えた先。
剣聖シリウスの故郷。
カグラ皇国。
「……遠そう」
「またそれか」
「だって遠いでしょ」
「転移門が」
「ない」
「……」
ベラトリクスが嫌そうな顔をする。
「本当に不便な時代じゃ」
「諦めてよ」
僕は光の地図を見る。
「でも」
「何じゃ」
「すぐには行けないよ」
「何故じゃ」
「お金」
「……」
「船乗るのもお金いるでしょ」
「泳げばよい」
「無理だよ!」
「妾なら飛べる」
「今飛べる?」
「……」
「飛べないよね?」
「もう少し魔力が戻れば」
「僕は飛べないよ!」
「掴まっておればよい」
「絶対嫌!」
何時間飛ぶつもりなんだ。
というか。
途中で魔力切れたら。
海へ落ちる。
「まず」
僕は指を立てる。
「旅費を稼ぐ」
「面倒じゃ」
「それから装備」
「妾には要らぬ」
「僕にはいる」
「レグルスの力があるではないか」
「昨日F級になったばっかりだよ!」
「今もF級じゃろ」
「そうだけど!」
ベラトリクスが。
自分の冒険者証を思い出したらしい。
「……」
「何?」
「妾もFか」
「うん」
「気に入らぬ」
「まずそこから上げる?」
「当然じゃ」
「目的変わってない?」
「変わっておらぬ」
絶対ちょっと変わった。
僕はため息をつく。
「とりあえず」
「何じゃ」
「王都でもう少し準備しよう」
「何日じゃ」
「分からない」
「一日」
「無理」
「二日」
「交渉しないで」
「三日」
「冒険者の依頼次第」
「妾がそこらの依頼を受けるのか……」
「F級だからね」
「ソル」
「何?」
「その言葉を何度も使うな」
「便利なんだよ」
ベラトリクスが睨む。
僕は笑った。
その時。
塔の核。
光。
一気に。
上へ走った。
「え?」
天井。
突き抜ける。
「何これ」
「塔が完全に目覚めたのじゃ」
「それ外まで行ってない?」
「行っておるな」
「……」
「……」
僕たちは。
顔を見合わせた。
「目立つ?」
「かなり」
「まずくない?」
「知らぬ」
「ベラトリクス!」
その頃。
王都。
勇者の塔。
頂上。
五百年間。
淡い青色だけを灯し続けていた光が。
突然。
金色へ変わった。
次の瞬間。
一本の巨大な光柱が。
空へ。
「何だ!?」
「勇者の塔が!」
「見ろ!」
「光ってる!」
王都中。
人々が空を見上げる。
祭り。
五百周年。
勇者レグルスを讃える日に。
勇者の塔が。
五百年ぶりに。
本来の力を取り戻した。
鐘が鳴る。
神官たちが駆け出す。
兵士たちが塔を囲む。
そして。
誰かが叫んだ。
「勇者様の奇跡だ!」
その言葉は。
あっという間に。
人々の間へ広がっていった。
地下。
そんなことを知らない僕たちは。
階段を上っていた。
「戻れるかな」
「道は一つしかない」
「さっきの壁閉じたけど」
「お主が開けよ」
「また僕?」
「鍵なのであろう?」
「便利に使わないでよ」
階段。
上。
石壁。
手を触れる。
金色の紋様。
音もなく。
開いた。
「……本当に開いた」
「便利じゃな」
「やっぱり便利扱いしてる」
壁の向こう。
第三層。
戻る。
瞬間。
「うわ」
人。
さっきより。
明らかに多い。
ざわざわ。
全員。
窓。
上。
「塔が光ったぞ!」
「見たか!?」
「五百周年の日に!」
「勇者レグルスの奇跡だ!」
「神官を呼べ!」
「何が起きたんだ!?」
「……」
僕は立ち止まった。
ベラトリクスも。
「……ソル」
「うん」
「これは」
「多分」
窓から。
金色の光。
今も空へ伸びている。
「僕たちのせいだよね」
「知らぬ」
「絶対そうだよ」
「塔が勝手にしたことじゃ」
「直したの僕たちだけど」
周囲。
興奮。
歓声。
「レグルス様が五百周年を祝福されたんだ!」
「奇跡だ!」
「さすが勇者様!」
ベラトリクスの眉が。
ゆっくり。
動いた。
「……」
「ベラトリクス」
「何じゃ」
「我慢して」
「まだ何も言っておらぬ」
「顔が言ってる」
「またか」
一人の神官が。
涙を流しながら祈っている。
「勇者レグルス様……五百年経った今も、我らを見守ってくださっているのですね……!」
「……」
ベラトリクスの顔が。
さらに怖くなる。
「ベラトリクス」
「何じゃ」
「我慢」
「妾たちが直したのじゃぞ」
「分かってる」
「レグルスは今しがた消えた!」
「声大きい!」
「何故あやつの奇跡になる!」
「みんな知らないから!」
「また歴史が歪んだではないか!」
「今回は僕たちも原因だから!」
「納得できぬ!」
「静かに!」
周囲の人が。
こちらを見る。
「……」
僕は笑う。
「すみません」
ベラトリクスの腕を掴む。
「行くよ!」
「離せ!」
「目立つから!」
「既に塔が目立っておる!」
「僕たちは目立たなくていいの!」
人混みを抜ける。
階段。
二階。
一階。
どこも。
大騒ぎ。
「勇者の奇跡だ!」
「五百周年の祝福だ!」
「王宮へ知らせろ!」
そして。
塔の外。
「……うわ」
僕は止まった。
人。
人。
人。
数百。
いや。
もっと。
王都中から。
勇者の塔を見に集まっている。
全員。
空。
金色の光。
「……すごい」
「くだらぬ」
「怒ってる?」
「怒っておらぬ」
「嘘」
「非常に腹が立っておるだけじゃ」
「それ怒ってるって言うんだよ」
ベラトリクスが。
塔を見上げる。
そして。
少し。
口元を緩めた。
「じゃが」
「何?」
「レグルスの塔が」
金色の光。
「まだ生きておった」
「……うん」
「それだけは」
ほんの少し。
笑う。
「悪くない」
僕も。
塔を見る。
五百年前。
勇者レグルスが。
仲間たちと作った塔。
その中に残っていた。
声。
記憶。
力。
全部。
消えたわけじゃなかった。
「次はシリウス」
僕が言う。
「ああ」
「カグラ皇国」
「ああ」
「その前に」
「金じゃろ」
「分かってきたね」
「人間は金、金、金と面倒じゃ」
「生きるためだから」
「妾は魔王じゃぞ」
「F級のね」
「……ソル」
「何?」
「一度本気で殴ってよいか?」
「駄目」
「けちじゃ」
「普通だよ!」
僕たちは。
光り続ける勇者の塔を背に。
冒険者ギルドへ向かって歩き始めた。
次の旅。
剣聖シリウス。
刀。
カグラ皇国。
そのために。
まずは。
「お金稼がないとなあ……」
「もっと魔王らしい仕事はないのか?」
「F級で?」
「その言葉をやめよ!」
五百年前の勇者から力を預かった。
世界の歴史が違っていることも知った。
塔が壊れたのではなく。
誰かに止められていたことも。
そして。
残る四つの塔。
次は。
東。
刀を追う。
その時の僕たちは。
まだ知らなかった。
勇者の塔が目覚めた瞬間。
遠く離れた場所でも。
もう一つ。
五百年間沈黙していた何かが。
僕たちの存在に。
気づいていたことを。
――遥か遠く。
光の届かない場所。
暗闇。
そこには。
窓も。
扉もない。
ただ。
宙に浮かぶ。
五つの光。
そのうち。
一つ。
長い間消えていた光が。
金色に変わる。
「……」
誰かが。
それを見る。
声。
感情がない。
「第一塔」
少し間。
「再起動を確認」
別の声。
「予定より早い」
「原因は」
「不明」
金色の光。
その隣。
小さな黒い光も。
灯る。
「……器」
「反応あり」
静寂。
そして。
最後。
「目覚めたか」
その声だけが。
暗闇へ。
静かに。
消えていった。




