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500年を超えて

第103話 五百年を越えて

セレフィア神聖国。

大聖堂。

合同訓練の開催が決まった、その日の午後。

僕たちは教皇の執務室へ場所を移していた。

机の上には。

一冊の古い本。

聖女ルナが。

晩年に残した記録。

ベラは。

その表紙を。

しばらく黙って見つめていた。

「……」

「ベラ?」

「何じゃ」

「いや」

僕は首を振る。

「なんでもない」

ベラは。

もう一度。

本へ視線を落とす。

「五百年経って」

一拍。

「また、こやつの字を読むことになるとはの」

教皇が。

静かに口を開く。

「この記録が残されたのは」

一拍。

「聖女ルナが亡くなる」

「……」

「数年前と考えられています」

「そうか」

ルナは。

齢八十八で。

この世を去った。

五百年前。

災厄を封じた後。

ベラは眠りについた。

そして。

仲間たちも。

一人。

また一人。

この世を去った。

最後まで残ったのが。

ルナだった。

「読みますか?」

教皇が聞く。

ベラは。

少しだけ考えて。

頷いた。

「頼む」

教皇が。

本を開く。

古い紙。

丁寧に残された文字。

「最初は」

一拍。

「五百年前の戦いについて記されています」

そこは。

僕たちも知っている内容だった。

災厄。

天使。

六人の英雄。

封印。

そして。

戦いの後。

世界へ。

別の歴史を残したこと。

魔王ベラトリクスを。

五人の英雄が討伐した。

そういう歴史を。

ルナ自身が。

世界へ広めたこと。

ベラは。

何も言わない。

ただ。

静かに聞いていた。

教皇が。

ページをめくる。

「ここからです」

空気が。

少し変わる。

「災厄を封じた後」

一拍。

「聖女ルナは」

「……」

「賢者アークトゥルスと」

「……」

「何度も書簡を交わしていたようです」

僕は。

ベラを見る。

「やっぱり」

「ああ」

ベラが頷く。

「妾が眠った後じゃな」

教皇が。

続きを読む。

『アークトゥルスは、戦いが終わった後も空を見続けていた』

『皆が勝利を喜ぶ中、あの人だけは終わっていないと言った』

ベラの目が。

僅かに細くなる。

『あの白き者たちは何だったのか』

『どこから来たのか』

『何故、我々の世界を襲ったのか』

『彼は、それを知ろうとしていた』

アークトゥルス。

五百年前。

戦いが終わっても。

調べ続けていた。

教皇が。

次の頁へ進む。

『そして、ある日』

『一通の書簡が届いた』

『そこには、私の知らない国の名が記されていた』

一拍。

『アウレストラ』

僕の胸が。

僅かに熱くなる。

《天核》。

ベラも。

反応する。

「やはり」

「うん」

教皇が続ける。

『千百年前』

『太陽を掲げた巨大な帝国が存在した』

『そして』

『その帝国もまた』

一拍。

『天より来たる白き者と戦った』

静寂。

分かっていた。

アークトゥルスが。

アウレストラへ。

辿り着いていたことは。

でも。

ルナも。

知っていた。

『私たちが戦った災厄は』

一拍。

『初めて、この世界へ現れたものではなかった』

『六百年前にも』

『世界は同じ敵と戦っていた』

僕は。

拳を握る。

千百年前。

アウレストラ。

五百年前。

六英雄。

そして。

今。

僕たち。

同じ敵。

教皇が。

さらに頁をめくる。

『アークトゥルスは言った』

『これは偶然ではない』

『奴らは再び来る』

『百年後か』

『五百年後か』

『あるいは、さらに先か』

『それでも』

一拍。

『いつか必ず』

『再び、この世界へ来る』

ベラが。

目を閉じる。

「……馬鹿者」

小さな声。

「ベラ?」

「何でもない」

でも。

その手は。

僅かに。

握られていた。

教皇が。

次の文章を読む。

『アークトゥルスは最後まで星を見ていた』

『あの人は』

『私たちが救った世界の、その先を心配していた』

『だから』

一拍。

『私も、この記録を残す』

『いつか再び』

『災厄が現れた時』

『私たちより先へ進む者たちのために』

ベラが。

俯く。

誰も。

言葉を挟まない。

長い。

沈黙。

やがて。

ベラが。

小さく笑った。

「本当に」

一拍。

「最後まで働きおって」

その声は。

少しだけ。

寂しそうだった。

「アークトゥルスも」

「……」

「ルナも」

一拍。

「妾が眠っておる間に」

「……」

「随分と先まで行きおった」

僕は。

何も言わない。

ベラは。

本へ手を伸ばす。

古い頁。

そっと。

指で触れる。

「ご苦労じゃった」

一拍。

「ルナ」

それだけ。

ベラは。

手を離した。

教皇も。

静かに本を閉じる。

「分かったことは」

一拍。

「多くありません」

「でも」

僕が言う。

「十分だと思います」

教皇が。

僕を見る。

「アークトゥルスとルナは」

「……」

「五百年前の時点で」

一拍。

「天使が前にも来ていたことに」

「……」

「気づいてた」

「はい」

「それに」

一拍。

「また来るって」

「……」

「考えてた」

ベラが頷く。

「そして」

一拍。

「その通りになった」

窓の外。

青い空。

今は。

何もいない。

でも。

知っている。

天使は。

いる。

再び。

この世界を。

狙っている。

「だったら」

僕は言う。

「僕たちは」

一拍。

「その続きをやればいい」

ベラが。

僕を見る。

「続きを?」

「うん」

「アークトゥルスたちが」

「……」

「調べきれなかったことを調べる」

そして。

「今度は」

一拍。

「来るって分かってる状態で」

「……」

「準備する」

教皇が。

微笑む。

「そのための」

一拍。

「六星同盟ですね」

「はい」

三日後。

セレフィア神聖国。

大聖堂前。

普段。

聖騎士団が使用している。

巨大な訓練場。

その周囲には。

朝早くから。

多くの人が集まっていた。

聖騎士。

神官。

大聖堂の関係者。

そして。

訓練場の外。

遠巻きに。

城下町の人たちも。

こちらを見ている。

理由は。

一つ。

今日。

ここへ。

魔王軍が来る。

「……すごい人」

僕は。

周囲を見る。

「当然じゃろう」

隣。

ベラが。

腕を組んでいる。

「五百年ぶりじゃぞ」

「何が?」

「人間の国へ」

一拍。

「魔族の軍が」

「……」

「正式に招かれて入るのは」

僕は。

正門を見る。

「そっか」

五百年前。

魔族は。

人間にとって。

敵だった。

少なくとも。

歴史の上では。

その魔族の軍隊が。

今日。

人間の国へ入る。

侵略じゃない。

戦争でもない。

同盟国として。

一緒に。

戦うために。

「来ました」

アルヴィスが言う。

正門。

ゆっくり。

開いていく。

最初に見えたのは。

旗。

魔王軍。

その軍旗。

そして。

先頭。

大きな男。

ガレス。

その後ろ。

整然と。

魔族たちが歩いてくる。

四十名。

数だけなら。

多くない。

でも。

空気が変わった。

「……」

聖騎士たちが。

無意識に。

武器を見る。

城下町の人々からも。

僅かなざわめき。

聞こえる。

怖い。

そう思う人がいても。

おかしくない。

五百年。

そう教えられてきたんだから。

魔族。

魔王。

人間の敵。

その歴史が。

変わったのは。

つい最近。

ガレスは。

真っ直ぐ。

訓練場へ入ってくる。

魔族たちも。

誰一人。

列を乱さない。

そして。

教皇の前。

止まる。

ガレスが。

右手を胸へ。

頭を下げる。

「魔王アンタレス陛下の命により」

一拍。

「魔王軍軍隊長ガレス以下四十名」

「……」

「六星同盟合同訓練へ」

一拍。

「参加するため参りました」

静かだった。

周囲が。

ガレスを見ている。

教皇が。

一歩前へ出る。

「遠路」

一拍。

「ありがとうございます」

そして。

「セレフィア神聖国は」

「……」

「皆様を」

一拍。

「同盟国の兵として歓迎します」

ざわめき。

小さく。

広がる。

教皇が。

魔王軍を。

歓迎した。

客人として。

そして。

同じ側に立つ者として。

ガレスが。

もう一度。

頭を下げる。

「感謝いたします」

僕は。

その光景を見ていた。

なんだろう。

不思議だった。

魔族領では。

普通だった。

ガレスも。

魔族たちも。

僕にとって。

もう。

知らない存在じゃない。

でも。

ここでは。

違う。

今日。

初めて。

魔族を見る人だっている。

その時。

「ガレス」

ベラが。

手を上げる。

ガレスが。

こちらを見る。

「ベラ様」

「久しいの」

「一週間も経っておりません」

「そうじゃったか?」

「……」

ガレスが。

少しだけ。

呆れた顔をする。

僕は笑う。

「久しぶり」

「ソル」

ガレスが。

僕を見る。

そして。

少し。

口元を上げる。

「鍛錬は続けているか」

「もちろん」

「そうか」

一拍。

「なら」

「……」

「また相手をしてやる」

僕の顔が。

少し引きつる。

「今度は」

一拍。

「会議室の方向に飛ばさないでね」

「保証はできん」

「してよ!」

ベラが。

笑う。

その時。

空気が。

変わった。

聖騎士たち。

一斉に。

姿勢を正す。

「?」

僕は。

反対側を見る。

一人の男が。

歩いてくる。

白銀の鎧。

白い外套。

腰には。

長剣。

左腕には。

盾。

年齢は。

ガレスより。

少し若く見える。

でも。

歩き方。

視線。

何より。

魔力。

ほとんど。

漏れていない。

「……」

僕は。

自然と。

男を見る。

強い。

まだ。

何もしていない。

それなのに。

分かる。

ベラも。

男を見る。

「ほう」

やっぱり。

ベラも。

感じている。

男は。

教皇の前へ進む。

片膝をつく。

「教皇猊下」

「レオンハルト」

「セレフィア聖騎士団」

一拍。

「全員」

「……」

「準備を完了しております」

「ありがとうございます」

男が。

立ち上がる。

教皇が。

こちらを見る。

「紹介します」

一拍。

「セレフィア神聖国」

「……」

「聖騎士団長」

そして。

「レオンハルト」

レオンハルトが。

ガレスを見る。

ガレスも。

レオンハルトを見る。

「魔王軍軍隊長」

一拍。

「ガレスだ」

「セレフィア聖騎士団長」

一拍。

「レオンハルト」

二人。

向かい合う。

ガレスが。

手を出す。

レオンハルトも。

その手を握る。

「……」

「……」

離さない。

僕は。

ベラを見る。

「なんか」

一拍。

「怖くない?」

「そうか?」

「二人とも笑ってないし」

「初対面とは」

一拍。

「こういうものじゃ」

「絶対違うと思う」

二人。

ようやく。

手を離す。

「魔王軍の話は」

レオンハルトが言う。

「聞いている」

「そうか」

「五百年間」

一拍。

「人間の前から姿を消していた軍」

ガレスの目が。

僅かに細くなる。

「聖騎士団の話は」

一拍。

「俺も聞いている」

「ほう」

「五百年」

一拍。

「魔族と戦ったことのない軍」

空気。

止まる。

「ガレス」

僕が。

思わず言う。

でも。

レオンハルトは。

怒らなかった。

「事実だ」

ガレスも。

少しだけ。

口元を上げる。

「気に入った」

「それは光栄だ」

全然。

仲良さそうじゃない。

むしろ。

怖い。

でも。

ベラは。

楽しそう。

「よいではないか」

「どこが?」

「こういう者同士は」

一拍。

「案外」

「……」

「気が合うものじゃ」

「本当に?」

「知らぬ」

「適当じゃん!」

その時。

訓練場の上。

巨大な魔法陣が。

いくつも展開された。

通信魔法。

そこに。

各国の代表が。

映し出される。

アステリア。

ヴァルガルド。

アルカディア。

そして。

魔族領。

アン。

その隣。

セラ。

『聞こえる?』

アンの声。

教皇が頷く。

「問題ありません」

今日。

この訓練を。

見ているのは。

セレフィアだけじゃない。

六星同盟。

各国首脳。

全員。

今回の結果を。

見届ける。

アンが。

訓練場を見る。

魔王軍。

聖騎士団。

『じゃあ』

一拍。

『始めよう』

教皇が。

一歩前へ出る。

「今回の合同訓練は」

「……」

「勝敗のみを」

一拍。

「目的とするものではありません」

全員。

教皇を見る。

「我々は」

一拍。

「五百年間」

「……」

「別々の道を歩んできました」

人間。

魔族。

「戦い方も」

「……」

「考え方も」

一拍。

「異なります」

そして。

「だからこそ」

一拍。

「今日」

「……」

「互いを知ります」

教皇が。

魔王軍を見る。

聖騎士団を見る。

「いつか」

一拍。

「本当に」

「……」

「同じ戦場へ立つ日のために」

静寂。

アンが。

通信越しに。

口を開く。

『その前に』

「?」

『一つ』

アンが。

少し笑う。

『確認しておきたい』

嫌な予感。

僕は。

アンを見る。

『お互い』

一拍。

『どれくらい強いの?』

「アン!?」

ベラが。

笑い出す。

「よい!」

『でしょ?』

「分かりやすい!」

「二人とも!」

でも。

周囲。

反応したのは。

僕たちだけじゃなかった。

ガレス。

レオンハルト。

二人。

既に。

互いを見ている。

教皇が。

少し困ったように笑う。

「レオンハルト」

「はい」

「どうしますか?」

レオンハルトは。

迷わない。

「必要でしょう」

そして。

ガレスを見る。

「魔王軍を率いる者の力」

一拍。

「この目で」

「……」

「確認しておきたい」

ガレスが。

笑う。

初めて。

はっきりと。

「いいだろう」

ガレスが。

背負っていた。

大剣へ手をかける。

「俺も」

一拍。

「聖騎士団を率いる男が」

「……」

「どれほどのものか」

大剣。

抜く。

「興味がある」

レオンハルトも。

腰の剣へ。

手を伸ばす。

「なら」

一拍。

「話は早い」

二人が。

訓練場中央へ。

歩いていく。

魔王軍。

聖騎士団。

左右へ。

分かれる。

僕とベラも。

端へ移動する。

「いきなり」

一拍。

「この二人なんだ」

「最高ではないか」

ベラが。

楽しそうに笑う。

「ソル」

「何?」

「よく見ておけ」

ベラの声。

少し。

真剣になる。

「お主にとっても」

一拍。

「よい勉強になる」

僕は。

中央を見る。

ガレス。

大剣。

レオンハルト。

長剣。

盾。

全然違う。

武器も。

構えも。

魔力の使い方も。

ガレスは。

大きく。

堂々と。

レオンハルトは。

静かに。

隙なく。

二人。

向かい合う。

観覧席。

教皇。

アルヴィス。

通信魔法の向こう。

アン。

セラ。

そして。

各国首脳。

全員が。

二人を見る。

五百年間。

交わることのなかった。

二つの軍。

その頂点に立つ。

二人。

アルヴィスが。

中央へ出る。

「双方」

一拍。

「準備はよろしいですか」

「ああ」

「問題ない」

アルヴィスが。

二人を見る。

「これは」

一拍。

「互いの戦闘能力を」

「……」

「確認するための模擬戦です」

そして。

「致命傷となる攻撃は」

一拍。

「直前で止めてください」

ガレスが。

大剣を構える。

レオンハルトが。

盾を前へ。

剣を。

その後ろへ。

アルヴィス。

右手を上げる。

僕は。

息を呑む。

ガレスの魔力。

膨れ上がる。

でも。

レオンハルトは。

動かない。

ただ。

その目だけが。

ガレスを捉えている。

「それでは」

アルヴィスの手が。

振り下ろされる。

「始め!」

瞬間。

ガレスが。

消えた。

「っ!」

次の瞬間。

訓練場中央。

大剣。

盾。

激突。

轟音。

大気が。

震えた。

僕は。

目を見開く。

ベラが。

笑う。

「始まったの」

魔王軍軍隊長。

ガレス。

セレフィア聖騎士団長。

レオンハルト。

五百年ぶりに。

人間と魔族が。

同じ未来のために。

剣を交えた。

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