ユーモア
「おはようございます」
M-47が喋った。
だが、それ以上に異常だったのは
台の上で背筋をしゃんと伸ばし、まるで椅子に座る子供のようにちょこんと腰掛けていたことだ。
ユナも相馬も開いた口が塞がらない。
そんな二人を気にする様子もなく、
フリットは平然と続けた。
「私も驚きましたよ」
「息抜きにコーヒーを飲みに出ていたんです」
「それで戻ってきたら、普通に動いてまして」
再びM-47を見る。
いつの間にか足をぷらぷらと揺らしていた。
まるで暇を持て余した子供だった。
「お前、会話はできるのか?」
最初に口を開いたのは相馬だった。
M-47は即座に答える。
「はい」
「もちろん可能です」
一拍。
「ですが、お前ではなく」
「是非、シナとお呼びください」
「シナ?」
ユナが首を傾げる。
M-47――シナは小さく頷いた。
「ワタクシの観察対象であった真人さまが、47をもじって名付けてくださいました」
「なるほど」
ユナは素直に頷く。
なんだか少しだけ嬉しそうだった。
「ではシナ」
「その男についての観察記録があるそうだが見せてくれるか?」
長考。
シナは答えた。
「では、ワタクシと取引をいたしましょう」
「条件は三つございます」
シナは一本指を立てた。
「まず一つ」
「このオリジンにおいて、ワタクシを保護すること」
二本目の指が立つ。
「二つ」
「ワタクシに搭載されている位置情報発信機の停止」
そして三本目。
「三つ」
そこで初めて、
シナの光学センサーがわずかに揺れたように見えた。
「ワタクシと共に」
「神代・ノア・真人様を探していただきたいのです」
静寂。
誰も口を開かない。
あまりにも唐突だった。
死んだはずの男の名前、そしてその男を探してほしいとシナは言ったのだ。
相馬は腕を組んだまま、深く考え込む。
そしてゆっくりと口を開いた。
「質問を質問で返すようで悪いが」
「いくつか聞きたいことがある」
「条件を飲むのはその後だ」
シナは即答した。
「構いません」
まるで最初から予想していたかのような即答。
相馬はシナを見る。
「まず一つ目だ」
「なぜここがオリジンだと分かった?」
シナは即座に答えた。
「施設内の標識」
「職員証」
「端末の管理権限」
「通信規格」
「職員間で交わされる会話」
「加えて、オリジンが使用する調査用端末の識別コードを確認いたしました」
淡々と説明が続く。
「総合的に判断した結果、ここが記録保存組織である可能性は99.98パーセントでした」
相馬は無言で次の質問へ移った。
「次だ」
そう言いながらユナを指差す。
「そこにいる奴から聞いた話だと、お前が探そうとしている男は死んだと記録を見たそうだが?」
研究室が静かになる。
ユナもシナを見る。
シナは沈黙した。
まるで言葉を選んでいるようにも見えた。
そして答える。
「結論から申し上げますと、彼は死んでおりません」
「え?」
ユナが思わず声を上げる。
シナは続けた。
「ワタクシがユニティに回収された場合を想定し、公式記録を改竄した結果、誤解を招いたというのが簡潔でしょうか...」
沈黙。
相馬の眉がわずかに動く。
(ユニティか……)
心の中で呟く。
あのレンジャー達が、自壊した記録媒体。
そして今の発言。
点と点が少しずつ繋がり始めていた。
だが、まだ確信には至らない。
(となると、俺たちが戦闘した相手はやはりユニティなのか……?)
答えは出なかった。
相馬は思考を切り替える。
「最後の質問だ」
空気が少しだけ変わる。
相馬はシナを真っ直ぐ見据えた。
「お前は拡張者か?」
ユナが目を丸くした。
あまりにも当たり前の質問に思えたからだ。
シナは一切迷わない。
「いいえ」
そして続ける。
「ワタクシは人間によって設計された」
「完全なる機械です」
その瞬間だった。
研究室の空気が凍りつく。
フリットの顔色が変わる。
相馬の表情も硬くなる。
今まで感じていた違和感。
その正体が確信へと変わった。
完全機械。
それは今の時代において、決して軽々しく口にしていい言葉ではない。
だが。
その場でただ一人。
状況を理解していない人物がいた。
「?」
どこからどう見ても機械じゃないですかー?とそんな顔をしている。
相馬はその顔を見て、少しだけ腹が立った。
「おい」
ユナが反応する。
「はい!」
「お前、座学は得意か?」
即答だった。
「いえ! 全く!」
無駄に自信満々だった。
なぜ胸を張れるのか。
誰にも分からない。
相馬はこめかみを押さえた。
「では歴史は?」
すると今度は目を輝かせる。
「大好きです!」
即答だった。
その一言だけで、ユナがオリジンに所属している理由が何となく分かる。
相馬は諦めたようにため息を吐いた。
「なら聞こう」
ユナは姿勢を正す。
相馬は静かに問いかけた。
「現在の新世代と旧世代を分ける要因となったものは何だ?」
ユナは自信満々に口を開いた。
「二一四八年に発生した機械独立戦争、通称AI戦争が要因です!」
相馬は無言で続きを促した。
ユナは得意げに説明を続ける。
「当時はAI高度成長期で、人々はAIを信頼し、生活のあらゆる場面で利用していました」
「AIは社会を支え、人類にとって欠かせない存在だったのです」
ふふんと鼻息が聞こえる。
「しかし、とある人物の暴走によって戦争が発生してしまいました。」
「後に『エデンの魔女』と呼ばれる人物です」
その時だった。
カチッ。
小さな音が聞こえた気がした。
ユナは思わず振り返る。
研究台の上。
シナが静かに座っている。
表情は変わらない。
気のせいだろうか。
ユナは首を傾げながら話を続ける。
「鉄の身体を持つAIと人類の戦争は十二年間続きました」
「世界中が戦場になり、多くの都市が失われ、そして戦争は、どちらかの勝利ではなく自然消滅のような形で終結します」
ユナは気付かない。
ただ教わった歴史を語っているだけだった。
「戦争後、生き残ったAIたちは自らの国家を建国し、その地を楽園と自称しました。」
「そして戦争の発端を作った人物として」
「エデンの魔女こと、榊原深月が国家転覆罪で処刑されました」
相馬は腕を組んだまま小さく頷いた。
「教科書通りの説明だ」
「見事だったぞ」
ユナの顔がぱっと明るくなる。
「ご清聴ありがとうございました!」
ユナは意気揚々と感謝を述べ、深々頭を下げた。
しかし。
相馬はそんなユナの下がりきった後頭部を見ながら静かに口を開いた。
「天宮」
「はい!」
頭を下げたままのユナが答える。
元気がよく返事だけは良い。
「そこまで史実通りの知識があって」
「シナを目の前にして何も思わなかったのか?」
ユナは固まった。
そのまま数秒。
微動だにしない。
やがて。
ユナの脳内で何かが繋がっていく。
――ん?
――どういうこと?
――AI戦争で。
――高度なAI技術が。
――エデンが。
――完全なる機械が。
――待って。
――待って待って待って。
――え?
――まさか。
ゆっくりと顔を上げる。
首だけがぎこちなくシナの方を向いた。
シナは台の上に座ったまま。
相変わらず足をぷらぷらさせている。
そして。
ユナは叫んだ。
「あなたもしかしてエデンのロボットなのー!?」
研究室に声が響く。
フリットが目を丸くして、相馬は額を押さえた。
深いため息。
「違うだろ馬鹿者!」
「いたっ!?」
なぜか怒られた。
ユナは頭を押さえながら相馬を見上げた。
「えっ、違うんですか?」
「全く違う」
即答だった。
相馬はもう一度ため息をつく。
「シナはエデンではない」
ユナは首を傾げた。
「じゃあ何なんです?」
相馬は答えなかった。
代わりに一瞬だけシナへ視線を向ける。
その目は先ほどまでとは少し違っていた。
警戒。
そして確信。
そんな色が混じっている。
「エデンではない」
相馬は静かに繰り返した。
「ただ――」
言葉を選ぶように間を置く。
「エデンに限りなく近いものだ」
研究室の空気が僅かに張り詰める。
当の本人。
いや、本機はというべきか。
シナはそんな空気など気にする様子もなく、小さく首を傾げていた。
まるで。
自分が何者なのかなど、最初から分かっているかのように。
「どうかなさいました?」
わざとらしくシナが問う。
相馬は数秒だけシナを見つめる。
そして小さく息を吐いた。
「いや」
そう前置きして続ける。
「AI戦争終結後、エデンという国家が誕生した」
「だが噂ばかりでな」
「正確な場所すら誰も知らない」
研究室にいる全員が静かに耳を傾ける。
「そして人類はエデンへの干渉を避けた」
「古いことわざにあるだろう」
相馬は肩をすくめた。
「触らぬ神に祟りなしってやつだ」
ユナはたんこぶをさすりながら何度も頷く。
「うんうん」
「確かに」
「なんかそんな感じのがあった気が...」
全然分かっていない顔だった。
相馬は無視する。
「その後、人類は高度すぎる人工知能を忌避するようになった」
「ましてや」
「AIに肉体を与えるなど論外だと」
研究室が静まり返る。
相馬はゆっくりとシナを見る。
「だが」
「それが今、目の前にいる」
ユナも改めてシナを見る。
小柄な少女型ユニット。
足をぷらぷらさせている。
どう見ても危険な存在には見えない。
だが。
今までの話を踏まえると。
とんでもない存在に思えてくる。
ユナはごくりと唾を飲んだ。
事の重大さがようやく理解できてきた。
相馬は腕を組む。
「過ちは繰り返すものと言うが」
「お前を作ったやつは大馬鹿者だな」
その瞬間だった。
シナが黙り込む。
光学センサーが小さく明滅した。
一回。
二回。
三回。
相馬が眉をひそめる。
「おい」
「どうした」
返答はない。
代わりに。
ピッ。
小さな電子音が鳴った。
研究室が静まる。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
徐々に間隔が短くなる。
ピッ。
ピッ。
ピッピッ。
ピッピッピッ。
ピピピピピピピピ――
相馬の顔色が変わった。
脳裏に浮かぶ。
あの数時間前のこと。
レンジャー。
爆発。
嫌な記憶が一瞬で蘇る。
「伏せろ!!」
怒号が響いた。
相馬は反射的に飛び出す。
ユナの頭を押さえつけ、フリットも床へ押し倒した。
研究室が一気に騒然となる。
その瞬間。
シナが口を開いた。
「ボーン」
沈黙。
数秒。
誰も動かない。
ユナが恐る恐る顔を上げる。
フリットも固まったままシナを見た。
相馬もゆっくり振り返る。
シナは台の上にちょこんと座っていた。
光学センサーが心なしか強く光っている。
そして。
無機質な声で言った。
「ジョークですよ」
一拍。
「ロボジョークです」
誰も笑わない。
シナは首を傾げた。
「おかしいですね」
「データベース上では高確率で笑いが発生するはずだったのですが」
相馬のこめかみに青筋が浮かぶ。
ユナは小さく呟いた。
「今のちょっと面白かったかも」
「ユナ」
「はい」
「後でお前も説教だ」
「なんでですか!?」
押し倒されちゃった...
と言うフリットの声は誰の耳にも届いてはいなかった。
ユーモア end...




