表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アート オブ エデン  作者: M-47


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/13

起動

チクタク。


チクタク。


壁に掛けられた旧世代の時計の音が、やけにうるさく、たった数分でさえ異様に長く感じさせる。


あの時計は相馬リーダーの趣味らしく、この会議室と本人の自室にしかないらしい。


額を汗が流れる。


みぞおちの辺りがキリキリと痛んだ。


目の前では相馬玲司が端末を見ているが、何を確認しているかは分からない。


ただ怖い。


そして。


ついにユナは限界を迎えた。


ガタッ!


「相馬大統領陛下!」


相馬の眉がぴくりと動いた。


「腹痛のため退席を願うであります!」


数秒の沈黙。


相馬はゆっくり顔を上げた。


「まず第一に」


低い声。


「俺は大統領陛下ではない」


ユナの背筋が伸びる。


「現場統括リーダーだ。間違えるな」


「は、はい!」


相馬は続けた。


「それから」


端末を閉じる。


「天宮・ロミナ・ユナ隊員」


嫌な予感しかしない。


「貴官が撃たれたのは腹ではなく右脚だったな?」


「は、はい」


「よろしい」


沈黙


「着席」


「はい……」


ユナはしょんぼりと椅子へ座った。


違うのに。


本当にお腹が痛いのに。


こんな状況だから余計に痛いのに。


心の中で必死に抗議するが、もちろん口には出さない。


出したらもっと怒られる。


たぶん。


いや絶対怒られる。


ユナは恐る恐る手を挙げた。


「あのー……」


「何だ」


「私は何をすればよろしいのでしょうか?」


相馬は即答した。


「報告」


たった二文字だった。


「ほ、報告ですか?」


内心で安堵する。


よかった。


報告だけなら何とかなる。


それなら早く終わる。


たぶん。


きっと。


しかし。


相馬はそこで付け加えた。


「ああ」


嫌な予感が戻ってきた。


「始末書も書いてもらうぞ」


やっぱり。


「で、ですよねー……」


ユナは遠い目をしながら、過去に自分が書いた始末書たちを思い出す。


「十枚はくだらないと思え」


「どひゃー!?」


ユナの悲鳴が会議室に響きわたり、すでに集まりつつある各班長たちを笑わせる。


いつも通りの二人のやり取りを見て、緊張の糸がほどけてゆく。


相馬が、小さくため息をついた。


「お遊びはここまでだ。報告に移るぞ」


相馬の一言で空気が切り替わる。


だが最初ほどではなく、各々がいい緊張感を保っていた。


ここがユナの長所かもしれない。


「被害状況」


淡々とした声が続く。


「人体被害、なし」


「機体損失、天宮・ロミナ・ユナ所有シーカー一体」


「場所の正確な位置は」


全員の視線がユナへ向く。


「廃棄区画・最深部、立入禁止区域にて」


(うぅ、みんなの視線が痛い...)


「天宮・ロミナ・ユナ、敵性ユニット三機とエンカウント」


「EMPを一つ使用」


「混乱状態の隙を利用して離脱」


ユナの頭の中で、あの時の光景がフラッシュバックして胃が締め付けられる。


「間違いないか」


「は、はい……」


少し間を置いて、ユナが思い出したように口を開いた。


「そういえばあの時……」


「敵が何かを感知したみたいで」


「一瞬だけ隙ができて、それで逃げられました」


「何を感知した?」


「そこまでは……わかりません」


「そうか...」


報告は続く。


「その後」


「天宮・ロミナ・ユナは回収対象として観察ユニット通称M-47、識別番号不明個体を回収」


「現場から離脱」


「この際、敵ユニットの攻撃によりシーカー喪失」


ユナの表情が曇る。


助けたかったが、助けられなかった。

いや、自ら巻き込むことを想定し、自らの手で破壊したのだ。


そしてM-47を回収する事を選んだ。


後悔がないと言えば嘘になる。


相馬は視線を上げた。


「やはり、あの場にいたのは三機だけではなく、俺たちが相手にしたのは、地上に残った待機班の可能性が高いな」


「それにしても」


「ユニティの軍事ユニットがなぜ廃棄区画に……」



わずかな沈黙。



「後日、調査対象とする」


そう言って切り捨てるように続けた。


ページをめくるように、報告は進んでゆく。


「廃棄区画上層部にて」


「敵ユニット三機との戦闘発生」


「天宮・ロミナ・ユナ、負傷・意識不明」


報告書の中で自分の名前がフルネームで呼ばれるたびにもどかしくなる


お願いだから連呼しないで欲しい。


「同時刻」


「相馬玲司率いる特別回収班が敵ユニット制圧」


「その後、敵ユニットは自壊」


「人的被害なし」


「天宮・ロミナ・ユナおよびM-47を回収し撤退」


相馬は端末を閉じる。


「なお」


「回収した敵ユニット残骸は一部解析後、ユニティへ引き渡し」


「記録媒体は復旧不能」


一度だけ間を置く。


「M-47に関しては、起動プロセスを試行中ですが、現在も沈黙」


ユナは顔を上げた。


「……ん?」


小さく漏れる。


相馬が視線だけを向ける。


「どうした」


一瞬の沈黙のあと、ユナは口を開いた。


「あの……M-47って、回収された後、起動できなかったんですか?」


会議室の空気がわずかに変わる。


相馬は淡々と答えた。


「現時点の報告だけでも十五回は起動を試みている」


「十五回……」


ユナは目を瞬かせた。


そして小さく首を傾げる。


「あれ?」


相馬の視線が鋭くなる。


「何だ」


ユナは続けた。


「私が最初に発見したとき、動きましたよ?」


会議室にいる全員が、端末からユナに視線を移した。


「何?」


相馬の声が一段低くなる。


「報告書にはその記載がないぞ」


「てっきりもう起動済みだと思ってて、すっかり忘れてました!」


ユナは慌てながら付け足したが、相馬のため息を止める手段は持ち合わせていなかった。


「どうやって起動した」


ユナは少し考えてから答える。


「シーカーの起動シーケンスでは全く反応しなくて」


「でも、私、聞いたんです」


「聞いた?」


「はい」


ユナは少しだけ声を落とす。


「あの観察ユニット……すごく、人の“愛情”みたいなのを感じて」


相馬の眉がわずかに動く。


ユナは続けた。


「だから、“あなたの大切な人について教えて”って」


「そしたら急に起動して」


「誰だかよく分からない男の人の観察ログが再生されたんです」


「観察ログ?」


相馬が繰り返す。


「はい」


ユナは少し興奮気味に話し始めた。


「その人、すごく大変で」


「怪我した後にとんでもない時間リハビリしてて」


「でも復帰してからが凄いんです!」


「量産型ストライカーは瞬殺で」


「ディフェンダーにも勝ってて!」


ユナは身を乗り出す。


「すごくないですか?生身の人間ですよ?」


一瞬にして空気が変わる。


「生身だと?」


「はい」


ユナは頷いた。


「記録には非接続者(ノン コネクテッド)って書いてあって……」


その瞬間、ユナの表情が少し曇る。


レイス……


一瞬だけ言葉が途切れる。


そして続けた。


「その後の記録では」


「レイスっていう機体に殺されてました」


さらに空気がざわつく。


そして沈黙。


「レイス……」


聞いたことない名前だ。

もしこの報告が本当ならば気になる問題は2つだ。


ストライカーを瞬殺し、ディフェンダーを倒すという化け物人間。


それから。


その化け物人間を殺したとするレイスという機体。


精査する必要があるが、まずやるべき事は...


そしてユナと目が合う。


「それよりもだ」


ユナが跳ねる。


「これほど重要な情報を」


更にとび跳ねる。


「なぜ報告書に書いていない」


ユナは固まった。


「ま、待ってください!」


両手を振る。


「私も殺されかけてて!」


「頭いっぱいで!」


「今の今まで完全に忘れてました!」


「ごめんなさい!!」


相馬は深くため息をついた。


額に手を当てる。


「お前にはまだ聞くべきことが山ほどあるようだな」


そして静かに言った。


「報告会議は終了だ」


ユナが顔を上げる。


相馬は会議室を後にする。


「俺はユナを」


「その観察ユニットのところに連れて行く」


(え...今から?!)




会議室外、通路




無言の時間が続く。


時間も遅いためか、通路に人は少なく、2人の足音だけが響いていた。


静寂に割って入ったのは、相馬からだった。


「おい」


「は、はい!」


ユナが伺うように顔を上げる。


相馬は淡々と続けた。


「飯でも食うぞ」


「……え?」


あまりにも意外な言葉に、思考が一瞬止まる。




気づけば、二人は施設内の食堂にいた。


白色照明の下、整然と並ぶテーブルと簡素な椅子


戦闘区域とは思えないほど静かで、日常の匂いがした。


ユナは席に着くなり、淡々と注文をはじめる。


(リーダーの奢りリーダーの奢り、これはリーダーの奢り)


注文する手が止まらない。


「……お前」


向かいで相馬が呟く。


「相変わらずよく食うな」


「えっ、すみません!」


ユナは慌てて姿勢を正す。


しかし手は止まらない。


相馬は呆れたように息を吐いた。


だが、その目は少しだけ柔らかい。


しばらくして、ユナがぽつりと口を開いた。


「あの……」


相馬が視線だけを向ける。


「どうして私を助けに来てくれたんですか?」


ユナの問いに少し驚き、少しの沈黙がつづく。

運ばれてくるカトラリーの音だけが小さく響いていた。


そして相馬は淡々と答えた。


「お前が使用していたシーカーから」


「緊急救難信号が送られてきた」


「……そう、ですか」


ユナは視線を落とす。


あの時、まともな操作は出来ていない。


レンジャー三機に囲まれて操作どころか、緊急救難信号を送る余裕なんてなかった。


胸の奥に、小さな違和感が残る。


しかし、驚きもしない。


ユナは少しだけ言葉を続けた。


「あのシーカー……」


「私が入隊したときに支給されたものなんです」


「それからずっと、一緒で……」


声が少しだけ弱くなる。


「ずっと、側に居てくれたのに......」


言い終わる前に、ユナは気づいた。


自分の声が震えていることに。


相馬は何も言わなかった。


ただ立ち上がり、ユナの横に歩いてくる。


そして軽く、肩を叩いた。


「惜しい友人を亡くしたな」


その一言だけだった。


ユナは一瞬だけ目を見開き、


それからゆっくりとうつむいた。


涙が落ちそうになるのを必死にこらえる。


「ほら」


相馬が何事もなかったように言った。


「冷めないうちに食え」


気づけば、料理がすでに並んでいた。


湯気はまだわずかに残っている。


ユナは小さく鼻をすすり箸を持った。


「……いただきます」


食堂には、静かな時間だけが流れていた。




研究室前




「おい、さっさと歩け」


「は、はい……」


ユナは壁に手をつきながら、牛歩のような速度で一歩ずつ進んでいた。


足取りは重い。


というより、重すぎる。


後ろを歩きながら、相馬は小さくため息をつく。


結局あの後……


彼の脳裏に先ほどの食堂がよぎる。


麻婆豆腐。


大盛りラーメン。


うな重。


寿司20巻。


見事に完食していた。


しっかりあいつの給料から天引きされるよう、上に報告しておくかと相馬は心の中でそう呟いた。


「さて」


相馬が足を止める。


「到着だ」


研究室の扉が開き、中には台の上に横たわるM-47があった。


たった数時間ぶりの再会。


だがユナにとっては特別だった。


それは生まれて初めて命をかけて守り抜いたものとの再会だったからだ。


ユナは一歩前に出る。


小さく息を吸う。


そして、はっきりとした声で言った。


「あなたの大切な人について教えて」


沈黙。


何も起こらない。


もう一度。


「あなたの大切な人について教えて」


それでも反応はない。


胸部のランプすら点かない、完全なる沈黙だった。


ユナは恐る恐る相馬を見ると、相馬はいつもの無表情で言った。


「起動しそうか?」


「は、はい!今すぐにでも!」


ユナは慌ててM-47の筐体を叩いたり、揺すったりする。


「ちょ、ちょっと!起きて!」


相馬の視線がさらに冷たくなる。


「先ほどの報告の信憑性がかなり怪しくなるな...」


「本当です!」


ユナは食い気味に返した。


そんなやり取りの最中だった。


コンコン、と控えめな音。


研究員の一人が姿を現す。


「いらしてたんですね、相馬リーダー」


「ああ」


研究員はユナをちらりと見ながら続ける。


「今日は来られないのかと」


「どこかの大食いのせいで遅れたがな」


相馬がわざと聞こえるように言うと、ぎくっとユナの肩が跳ねる。


そして、ふと思い出したように口を開く。


「そういえば、そちらの方なんですが」


一拍


「もう起動していますよ」


「……は?」


相馬が動揺する。


「え?」


ユナも同時に固まる。


二人の視線が一斉にM-47へ向く。


その瞬間だった。


――ピッ。


静かに。


しかし確かに。


光学センサーが灯った。


まるで、笑うように。




                  起動 end...

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ