帰還
レンジャーの銃口がユナの心臓を捉える。
もう終わりだ。
そう思った瞬間だった。
「機体反応を検知」
レンジャーの一機が告げた。
「後方です」
三機が一斉に振り返る。
直後。
けたたましい銃声が廃墟へ響き渡った。
赤い曳光が闇を切り裂く。
ユナは思わず目を閉じる。
何が起きているのか分からない。
数秒後。
銃声が止んだ。
砂煙がゆっくりと舞い上がる。
「機体反応消失」
レンジャーの一体が呟いた。
その時だった。
カラン。
乾いた音が響く。
レンジャーたちの足元へ何かが転がる。
EMP。
ユナの表情が強張った。
視線の先。
瓦礫の上にはシーカー。
もう飛べない。
助けられない。
ユナは小さく呟いた。
「……ごめん」
次の瞬間。
閃光と轟音。
EMPが炸裂した。
レンジャーたちの動きが止まり、赤い光学センサーが消える。
そして。
シーカーもまた沈黙した。
ユナは駆け出す。
瓦礫の陰へ飛び込み、M-47を抱え上げた。
背後で警告音が鳴る。
レンジャーのシステムが復旧を開始していた。
「運動能力低下を確認」
「30%以上の性能低下」
数秒後。
再び赤い光が灯る。
パンッ!!
弾丸が瓦礫を砕いた。
ユナは振り返らない。
ただ走る。
走る。
走る。
視界の端で。
動かなくなったシーカーが小さく見えた。
胸が痛む。
だが立ち止まれない。
ユナは廃墟の闇へ飛び込んだ。
「生命体反応、検知可能範囲から離脱」
レンジャーの一体が報告する。
廃墟には再び静寂が戻っていた。
リーダー機は何も答えない。
ただ足元に横たわるシーカーを見つめていた。
右翼は消失。
光学センサーは消灯。
応答なし。
完全停止状態。
民間向け探索支援ユニット。
戦闘を想定した軍用機ではない。
高出力EMPへの耐性も限定的。
復旧の可能性は極めて低かった。
数秒の沈黙。
やがてリーダー機が口を開く。
「この場での記録媒体解析は不可能」
淡々とした声だった。
「機体を回収する」
「本部へ帰還後、報告および解析を実施」
「了解」
後方のレンジャーが即座に応答する。
別の一機が問いかけた。
「あの小娘は追いますか?」
レンジャーが問う。
「放っておいて構わない」
赤い光学センサーが静かに明滅する。
「どの道、逃げられない」
一瞬の沈黙。
そして続けた。
「――それに」
瓦礫の上で沈黙するシーカーへ視線を向ける。
「優先順位はそこのシーカーが上だ」
「記録媒体を確保する」
部下のレンジャーが短く応答する。
「了解」
リーダー機は背を向けた。
「戻るぞ」
「了解」
三機のレンジャーもまた、静かに廃墟の闇へと消えていった。
廃墟区画中層部
ユナはただひたすら走った。
来た道を。
振り返る余裕なんてない。
廃墟区画最深部。
外部との通信も取れない。
助けを呼ぶなら地上へ出るしかなかった。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
荒い呼吸が響く。
腕の中にはM-47。
相変わらず反応はない。
完全に沈黙したままだ。
EMPの効果範囲はギリギリだった。
直撃はしていないはず。
損傷も最小限のはず。
そう信じるしかない。
「絶対……持ち帰るから……」
自分に言い聞かせるように呟く。
現在位置は中層付近。
このまま上へ向かえば地上まではあと数分。
それなのに妙に長く感じた。
ふと腕の中のM-47を見る。
軽い。
驚くほど軽い。
逃げることに必死で考える余裕もなかったが、今になって違和感が膨らんでくる。
「なんなの……あなた」
量産型の観察ユニットなら50キロを超える。
だがM-47は違った。
まるで中身が入っていないみたいに軽い。
もし量産機と同じ重量だったら。
自分は今こうして走れていただろうか。
ユナは抱え直し、再び前を向く。
今は考えている場合じゃない。
地上へ。
とにかく地上へ出なければ。
オリジン本部。
調査員たちが次々と帰還し、各班の報告が行われていた。
会議室の前方に立つ男が資料を閉じる。
「各班、報告」
静かに告げる。
一班。
異常なし。
二班。
旧世代の記録媒体を回収。
三班。
立入禁止区域周辺の地形調査完了。
淡々と報告が進んでいく。
そして。
「第四班」
呼ばれた班長がわずかに肩を震わせた。
「あー……その」
嫌な予感がした。
男が眉をひそめる。
「どうした」
「天宮ユナがまだ帰ってきてません」
会議室の空気が少しだけ固まった。
男は端末を確認する。
「最終報告地点は」
「第三調査区画です」
「その後は」
「連絡なしです」
沈黙。
班長が気まずそうに続ける。
「いや、でもですね」
「本人は調査範囲を守るって――」
「最深部立入禁止区域だな」
言葉を遮られた。
班長が固まる。
「……はい」
男は小さく息を吐いた。
「なぜ止めなかった」
「くれぐれも立ち入らぬよう警告はしたのですが……」
「結果はどうなった?」
低い声だった。
その場の全員が背筋を伸ばす。
男は会議室を見渡した。
「便利になったからこそ、人は甘える」
「AIがある」
「記録がある」
「警告も出る」
「だから大丈夫だと考える」
静かな声が会議室に響く。
「人間はテクノロジーと共に進化してきた」
男は首筋へ手を当てた。
「この接続端子もその一つだ」
「知識も情報も、昔とは比べ物にならないほど手に入るようになった」
「便利にもなった」
「豊かにもなった」
そこで一度言葉を切る。
「だがな」
少しだけ表情が曇る。
「テクノロジーは道具だ」
「人を助けることもできる」
「世界を豊かにもできる」
「だが...」
「テクノロジー《《が》》人を幸せにする事はない」
会議室は静まり返っていた。
「扱い方を誤れば兵器になる」
「知識は世界を広げる」
「だが死を招くこともある」
男は班長を見る。
「だから確認するんだ」
「だから慎重になる」
「俺は、お前たちに死んでほしくない」
班長は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません……」
数秒の沈黙。
そして。
男が小さく肩をすくめた。
「まあ」
「相手がユナだからな」
会議室に少しだけ空気が戻る。
班長が勢いよく顔を上げた。
「相馬リーダー!!」
「 あいつ勝手に穴に入るし!」
「勝手に扉開けるし!」
「勝手にいなくなるし!」
「あいつ全く人の話聞かないんですよ!」
何人かが苦笑した。
相馬も小さく笑う。
「知っている」
「何度も始末書を書かされた」
会議室から笑いが漏れた。
だが。
その直後だった。
ピィィィッ―――!!
鋭い警報音が会議室に響いた。
全員が反射的に顔を上げる。
相馬の端末が赤く点滅していた。
通常通信ではない。
強制的な割り込み通信。
会議室の空気が一瞬で凍り付く。
相馬が画面へ視線を落とす。
その瞬間。
動きが止まった。
わずか一秒。
それだけだった。
しかし。
その場にいた全員が理解した。
何かが起きた。
班長が戸惑いながら尋ねる。
「何かあったんですか?」
返事はない。
そして端末を閉じる。
「全員待機」
「え?」
班長が目を丸くする。
相馬は踵を返した。
「回収班を出す」
その一言だけを残し。
足早に会議室を後にした。
廃墟区画上層部
ユナは壁にもたれかかりながら荒い呼吸を整えた。
胸が苦しい。
足も重い。
全身が悲鳴を上げていた。
M-47は相変わらず沈黙したまま。
腕の中で微かな重みだけを返してくる。
「あいつら……どれくらいで追いついてくるんだろ」
小さく呟く。
分からない。
だが少なくとも、シーカーがいなくても最短ルートは辿れているはずだった。
この廃墟は何度も調査している。
地形も把握している。
追いつかれるはずがない。
ユナは顔を上げた。
視線の先には上階へ続く階段。
「あそこを上がれば……」
息を整える。
「一番近い出口」
あと少し。
本当にあと少しだった。
ユナは大きく深呼吸をすると、M-47を抱え直した。
そして再び走り出す。
階段を駆け上がる。
一段。
また一段。
足は重い。
肺は焼けるように痛い。
それでも止まれなかった。
出口はもうすぐそこだ。
薄暗い通路の先。
地上へ続く出口が見え始める。
助かった。
そう思った。
その瞬間だった。
出口の向こう。
暗闇の中に。
赤い光が三つ浮かんでいた。
「……え」
思考が止まる。
なんで。
どうして。
追いつけるはずがない。
理由を考える暇すらなかった。
パンッ!!
鋭い発砲音。
次の瞬間。
右脚に凄まじい衝撃が走った。
「――っ!!」
足から力が抜ける。
身体が傾く。
視界が回る。
そのまま階段を転げ落ちた。
腕をぶつけて頭をぶつけて背中を瓦礫にうちつけて。
何度も。
何度も。
そして。
ようやく止まった。
何が起きたのか分からない。
痛い。
苦しい。
怖い。
色々な感情が頭の中を駆け巡る。
なのに。
意識だけが少しずつ遠ざかっていく。
視界が霞み、音が遠くなる。
静寂に包まれ鼓動だけを感じる今は、気持ちがいい。
このまま目を閉じてしまいたい。
そんな気さえする。
腕の中に重みを感じた。
M-47。
ユナは無意識にその身体を抱き寄せる。
なぜなのかは分からない。
怖かったからか。
寂しかったからか。
それとも。
あの記録を見たからなのか。
ただ一つだけ。
はっきりしていた。
自分が守らないと。
そんな気がした。
遠くで足音が聞こえる。
近付いてくる。
ゆっくりと。
確実に。
ユナは薄れていく意識の中で、M-47を抱く腕に力を込めた。
同時刻
同フロア階段上
「対象への制圧射撃を実施」
レンジャーの声が響く。
「右脚損傷率28パーセント」
「対象行動停止を確認」
先頭の三機は互いに状況を共有する。
「先行部隊との通信状況」
「圏外」
「応答なし」
短い沈黙。
「階段下にて対象の生命反応を確認」
「敵性存在の可能性あり」
「念のため対象を捕縛する」
「了解」
三機はゆっくりと階段に向けて、歩き始めた。
その時だった。
⸻
パンッ。
パンッ。
パンッ。
⸻
乾いた発砲音が連続して響く。
三機のレンジャーが同時に反応した。
「攻撃――」
言い終わる前だった。
各関節部へ撃ち込まれた無力化ボルトが青白い火花を散らす。
電流が駆け巡る。
機体が硬直した。
「機動系統異常」
「姿勢制御不能」
「解析開始――」
その声を遮るように男が歩み寄る。
オリジン現場統括リーダー。
相馬玲司である。
相馬は動けなくなったレンジャーを見上げた。
「レンジャー標準装備の生体感知機能について」
班長達が答える。
「音源」
「熱源」
「光源」
「複合判定だったな」
レンジャーは沈黙する。
相馬は続けた。
「だから死角からの不意打ちも食らう」
「相応の装備を使えば感知も避けられる」
一歩前へ出る。
男の視線が赤い光学センサーを捉えた。
「現在この区画に発砲許可は出ていない」
冷たい声だった。
「どこの所属かは知らん」
「だが、お前たちはユニティへ引き渡す」
相馬が小さく合図を送ると周囲の隊員たちが動き出そうとした。
その瞬間。
レンジャー三機の光学センサーが不規則に点滅を始めた。
赤。
消灯。
赤。
消灯。
バラバラだった点滅が。
少しずつ。
揃い始める。
嫌な予感がした。
「……待て」
小さな声。
隊員たちが足を止める。
点滅はさらに同期していく。
まるで。
何かのカウントダウンのように。
相馬の表情が変わった。
「下がれ」
誰も動かない。
「伏せろ!!」
怒号が響いた。
全員が反射的に飛び退く。
次の瞬間。
⸻
バンッ!!
⸻
爆発音が廃墟に響いた。
レンジャー三機の頭部だけが内側から破裂したように吹き飛ぶ。
金属片が周囲へ散る。
静寂。
威力は大きくなかった。
相馬はゆっくりと立ち上がる。
そして転がる残骸を見つめた。
「自壊...いや、証拠隠滅か」
小さく呟く。
数秒の沈黙。
返事はない。
当然だ。
三機とも完全に沈黙していた。
相馬は端末へ視線を落とす。
「周辺索敵、ここの三機だけとは限らない注意を怠るな」
即座に返答が返る。
「敵反応なし」
「天宮ユナを発見」
「意識不明」
「生命維持反応正常」
男は短く頷いた。
「連れて撤退する」
「了解」
隊員たちが動き出す。
その中の一人が声を上げた。
「こちら観察ユニットを確認」
男の視線が向く。
瓦礫の中。
ユナに抱き締められたままのM-47がそこにあった。
男は数秒だけ沈黙した。
「……そいつも回収しろ」
「了解」
隊員たちはユナとM-47を慎重に担ぎ上げる。
廃墟区画に再び静寂が戻った。
だが。
誰も気付いていなかった。
M-47の光学センサーが。
ほんの一瞬だけ。
微かに明滅したことを。
帰還 end...




