エンカウント
「ちょ、ちょっと待って!」
ユナは思わず声を上げた。
「なんでこんなところに誰か来るわけ!?」
ここは廃墟区画最深部。
しかも立ち入り禁止エリアだ。
まともな人間が来る場所じゃない。
探索ユニットは淡々と答える。
「ここは廃墟区画最深部の立ち入り禁止区域です」
「それは知ってる!」
「接近中の機体はユニティ所属である可能性が高いと推定します」
「うげぇ……」
ユナは顔をしかめた。
嫌な予感しかしない。
「もしここにいるのがバレたら……」
「既に検知されています」
食い気味だった。
「辛っ!?」
ユナは思わず叫んだ。
「じゃあどうしたらいいのよ!」
「我々はオリジン所属です」
「正規の身分証明および調査許可証の提示を推奨します」
「それで済むかなぁ……」
ユナは視線を泳がせる。
「ほら、なんかこう……」
「はい」
「道に迷ったとか……」
「虚偽報告は推奨しません」
「最後まで聞いて!?」
思わずツッコミが飛び出した。
探索ユニットは完全に無視する。
「虚偽申告による信頼度低下の可能性があります」
「だって絶対怒られるもん……」
ユナは肩を落とした。
本来なら報告書を書かされるだけで済む。
だが今回は違う。
立ち入り禁止区域への無断侵入。
未確認機体の発見。
正体不明の記録の閲覧。
どう考えても始末書一枚では終わらない。
最悪。
「捕まって拘留とかされたら……」
ユナの顔が青くなる。
「リーダーに殺される……」
「死亡確率を算出しますか?」
「しなくていい!!」
即答だった。
そんなやり取りをしている間にも。
探索ユニットのセンサー表示では、三つの反応がゆっくりとこちらへ近付いていた。
――コツ。
ユナの耳が音を捉える。
――コツ、コツ。
遠く。
暗闇の奥から。
誰かの足音が、いや本当は分かっている。
ユナは思わず息を呑む。
音はゆっくりと。
だが確実に近付いてきていた。
「接近中の機体より降伏勧告を受信」
探索ユニットが告げる。
「内容を表示します」
ユナの視界に簡易ウィンドウが展開された。
【識別番号:RC-7-03】
【降伏勧告】
【抵抗を中止してください】
【降伏を要求します】
「降伏勧告……」
ユナは眉をひそめる。
やはり、ユニティの保安部隊なのか。
その言葉が頭をよぎった。
だが、違和感があった。
もし本当にユニティの保安部隊なら。
身分証明。
所属コード。
執行権限。
必ず同時に提示されるはずだ。
それがない。
何もない。
ただ降伏しろと言っているだけだった。
「ねぇ」
ユナは小声で尋ねる。
「これって普通じゃないよね」
「同意します」
探索ユニットは即答した。
「もし降伏指示を受諾した場合、一部機能の制限が行われます」
「機能制限?」
「移動機能を含みます」
「つまり?」
「逃走不可状態になります」
「それを先に言ってよ!」
思わず声が大きくなる。
だが答えは出ない。
通信の正体も。
相手の所属も。
何も分からないまま。
足音だけが近付いてくる。
――コツ。
――コツ。
――コツ。
そして。
暗闇の奥に。
浮かび上がった三つの赤い光がこちらを見つめる。
「なぜ勧告を無視した?」
低い声だった。
気付けば、相手はもう肉眼ではっきり確認できる距離まで接近していた。
先頭に立つ機体。
その額には赤い光。
そして――
こちらへ向けられた小銃。
ユナの額に汗が流れた。
まずい。
思っていたよりずっとまずい。
「い、いやぁ……」
ユナは引きつった笑みを浮かべながら、隣の探索ユニットをバシバシ叩いた。
「この子ちょっとポンコツちゃんでして!」
バシッ。
「通信が切れたり切れなかったり!」
バシッ。
「今もたぶん受信できてなくて!」
探索ユニットは無言だった。
一切のフォローが入らない。
「ねぇ!?」
ユナは小声で抗議する。
だが探索ユニットは沈黙を貫いていた。
助ける気はないらしい。
「ほ、ほら!」
ユナは慌てて続ける。
「私、オリジン所属です!」
「身分証もありますし!」
「調査許可証だって――」
取り出そうと手を動かした瞬間だった。
パンッ!!
鋭い発砲音が廃墟に響く。
ユナの身体が硬直した。
視界の下限ギリギリ、足元で火花が散る。
砕けたコンクリート片が飛び散った。
弾丸はユナのつま先から、わずか数センチの位置に着弾していた。
白い煙がゆっくりと立ち上り、ユナの鼻腔をくすぐる。
心臓が嫌な音を立てる。
先頭の機体が小銃を構えたまま告げた。
「動くな」
その声には感情がなかった。
「これは警告ではない」
一拍。
「二度目はない」
冗談ではない。
本気だ。
本当に撃つつもりだ。
「両手を頭の後ろに回し、膝立ちにて降伏せよ」
震える手を必死に抑えながら、ゆっくりと両手を頭の後ろへ回す。
そして言われた通り、その場に膝をついた。
細かな石。
砕けた瓦礫。
尖った破片。
膝に食い込む痛みが妙に生々しい。
だが今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
先頭の機体が一歩前へ出る。
赤い光学センサーが暗闇の中で鈍く光った。
ユナはその姿を見て息を呑む。
RC-7-03。
通称〈レンジャー〉
ユニティで運用されている前線偵察戦闘ユニットだ。
索敵能力と戦闘能力を両立した高機動機。
本来なら廃墟探索程度で遭遇するような相手ではない。
――なのに。
怖い。
それだけじゃない。
何かがおかしい。
この機体はレンジャーだ。
見た目も識別番号も一致している。
だが。
もし本当にユニティの部隊なら、もっと手順があるはず。
何より、いきなり発砲なんてしない。
少なくともユナの知るユニティはそうだった。
考えれば考えるほど嫌な予感しかしない。
先頭のレンジャーが口を開いた。
「名前と所属を述べろ」
ユナは唾を飲み込む。
「……天宮ユナ」
声が少し震えた。
「オリジン所属です」
レンジャーは何も言わない。
ただユナを見つめている。
数秒。
やけに長く感じる沈黙だった。
やがてレンジャーが再び口を開く。
「最近、この周辺で戦闘が発生している」
ユナの心臓が跳ねた。
「何か見たか」
「何か聞いたか」
頭の中に浮かぶ。
瓦礫の向こうで沈黙しているM-47。
そして。
たった今見たばかりの観察記録。
神代真人。
レイス。
未送信ログ。
もしあの記録が本物なら。
人類史を揺るがしかねない発見だ。
そんな記録をこいつらが求めている。
そんな気がした。
「い、いえ」
ユナは首を横に振る。
「私たちは何も見てません」
できるだけ自然に。
できるだけ平静を装う。
「調査任務でここまで来たんです」
「それで……その……」
ユナは気まずそうに視線を逸らした。
「ちょっと奥まで入り過ぎちゃっただけで……」
自分でも苦しい言い訳だと思った。
それでも今は、それしか言えなかった。
先頭のレンジャー、おそらくリーダー機が、わずかに左後方へ視線を向けた。
その瞬間。
パンッ!!
2度目の銃声が廃墟に響く。
「――っ!」
ユナが反射的に顔を上げる。
探索ユニットの右翼が吹き飛んでいた。
火花を散らしながら機体が大きく傾く。
「シーカー!!」
ユナの叫び声が響く。
探索ユニットはいつも通りの無機質な声で答えた。
「右翼損傷」
「飛行不能」
そう告げると、そのまま瓦礫の上へ落下した。
ガシャリ、と重い音が響く。
リーダー機が振り返る。
「連れて行け」
短い命令。
左後方の1機が即座に動き出した。
そして。
リーダー機は再びユナへ視線を向けた。
「質問を変える」
赤い光学センサーが細く光る。
「ここへ来るまでに検知した反応は二つ」
「生命体反応がお前」
「機体反応がそのシーカー」
一拍。
「他に仲間はいるか?」
真っ白になりそうな頭で考える。
――検知されていない。
M-47。
瓦礫の陰で沈黙している観察ユニットは検知対象に含まれていない。
放置されていた年月のせいか。
経年劣化のせいなのか分からないが、あの時動力を失ったお陰で今は検知はされていない。
しかし。
きっと嘘は見抜かれている。
だからシーカーを撃った。
記録媒体を確認するつもりだ。
リーダー機が告げる。
「答える気がないのならここで処分する」
淡々とした声。
感情は感じられない。
「そのシーカーはレガシー本部へ移送しろ」
「私はこいつの記憶媒体を確認する」
終わった。
ユナは理解した。
完全に詰みだ。
ここで殺される。
私の記録媒体を確認すれば嘘もバレる。
M-47も。
観察ログも。
全部見つかる。
何とかしないと。
何とか隙を作らないと。
こいつらが何の目的でM-47を捜しているかは分からない。
でも。
なぜか分からない。
こいつらにだけは渡してはいけない気がした。
必死に思考を巡らせる。
武器は腰のハンドガン一丁
それとナイフ。
相手は戦闘用ユニット三機。
どう考えても勝ち目はなかった。
せめて。
せめてポーチの中のEMPさえ取り出せれば何とか。
ユナは震える呼吸を整えながら口を開いた。
「ねぇ」
リーダー機の視線が向く。
「死ぬ前に一つだけ教えて」
少しでも時間を稼ぎたかった。
少しでも。
「あなたたち……レガシーの所属なの?」
沈黙。
ユナは続ける。
「レガシーって肉体至上主義の組織でしょ?」
「なのに、なんでロボットであるあなたたちがレガシーに関わっているの?」
返答を待つ。
数秒。
永遠のような沈黙。
だが。
返ってきたのは。
あまりにも冷たい一言だった。
「お前には関係ない」
そう言って、レンジャーは小銃をユナの胸に突き立てた。
エンカウント end...




